23章:後付け設定
何とか終わらせた課題を全てカバンの中に入れて寮を出た。
久しぶりの学校で遅刻はしたくなかったので朝早くに出たのだが、早すぎて周りには誰もいない。
欠伸を噛み殺しながら歩く。朝はどうにも気分が上がらない俺の隣で、今日初めて学校に行くトラとウサ子は興奮している。
ただ、トラは静かに、ウサ子は飛び跳ねたり、と対極的な様子ではあるが。
教室に入ると当然ながら誰もいない。気にせず自分の席に座りひと眠りする事にした。
起きた時には教室に殆どの人が集まって互いに夏休みの思い出について語り合っていた。
話す相手がいない俺はトラを撫でながら窓の外を眺めて時間を潰した。
予鈴が鳴ったとほぼ同時に担任が入ってきて、少し話をすると始業式を行う為移動する事になった。
「五十嵐くんは次の休み時間に職員室に来なさい」
移動しようとみんなが教室を出て行く中で、俺は先生に呼び止められてそんな事を言われた。
分かりました、と返事をしてから呼び出された理由を考える。
課題はちゃんとやってきたし、夏休み中に問題行動や事件を起こしたりもしていない。
呼び出される理由が思い当たらないまま時間が進み休み時間がやってきた。
「失礼します」
「あぁ、五十嵐くん、こっちにいらっしゃい。はい、コレ。放課後までに書いておいてね」
職員室にいくと担任から紙を一枚渡されただけだった。担任はこれ以上話すつもりはない様で机に向かった。
何かを言われるわけではなかったのか。釈然としないものを抱えながらも職員室を出た。
教室に戻りつつ渡された紙に目を通す。紙には『大型使い魔同伴許可申請書』と書かれていた。
トラに視線を移す。トラは二本足で立ち上がれば俺と同じぐらいの高さに程大きい。
恐らくトラは大型使い魔の部類に入るのだろう。体が大きいというだけで怖がる奴はいるから、連れて歩くにも許可がいるようだ。
紙一枚出せばトラと一緒に居られるというのなら出すしかない。
幸いにして、使い魔の種族と他人を傷つけた場合同伴許可を取り消す事に同意する旨だけを書けばいい。これなら数分あれば書ける。
教室に戻りすぐに申請書に記入して机の中にしまった。
久しぶりの学校だからか、まだ午前中なのにもう帰りたくなってきた。
そもそも、夏休み明け初日から午後まである意味が分からない。さらに言えば、午後が戦闘訓練なのも意味が分からない。
意味が分からないまま昼休みになった。戦闘訓練に備えて昼食はしっかり食べておかないと。
久しぶりにおばちゃんに会えると考えればまだ我慢できるかもしれない。
「―――に――え―――」
何を食べようか。おばちゃんの料理は何でもおいしいから迷ってしまう。
あ、でも魚料理が食べたいな。今日は魚はあるのかな。なかったらどうしよっかな。
「兄上ぇええーーー」
突然、真後ろから聞こえたと思った次の瞬間に勢いよく抱きつかれた。勢いを殺しきれず前に倒れてしまった。
何とか頭を守る事は出来たが代わりに胸を強打した。胸の痛みに耐えている間ずっと抱きついてきた奴は離れなかった。
「だ、大丈夫ですか?先輩」
声がした方を見ると見た事がある顔が心配そうに俺を見ていた。なんだったっけ、コイツの名前。
真っ白な髪に猫耳。くそ、猫ちゃんの名前を忘れるなんて最低だ、俺。
「あれ、ソフィーは兄上の事を知っているのか?」
そうだった、そうだった。ソフィーって名前だった。思い出したついでにこの状況も何とかしなければ。
さっき聞こえた声から抱きついてきているのは女子なのが分かった。
学校の廊下で女子が男子に抱きついていたら好からぬ噂が立ってしまう。それだけは何とか阻止しないと。色々と遅いかもだけど。
周りに意識をやるとすでに声を潜めて話しているのが聞こえてきた。
【クロ、頼む】
【はい】
さっきまで俺たちの方を見ていた人たちは興味をなくした様にすぐに立ち去った。
一先ず安心かな。まだ、一番厄介な問題が残っているけど。俺の事を『兄上』って呼んでいたがどういう事だ。
【説明してくれ】
【はい。今、マスターに抱きついている女子は五十嵐 聡美といい、五十嵐麟児の妹です】
【うん、さっぱりわからん。俺に妹なんていないんだが?】
【マスターはこの世界に来て最初に、偽名として五十嵐麟児と名乗りましたね。その時に、辻褄合わせとして五十嵐家が誕生しました】
愕然とした。たぶん、四方とかに調べられた時に、針山真と五十嵐麟児は別人だと思わせる為に、彰吾が手を回してくれたんだと思う。
それは有難いのだけれど、やり過ぎた感は拭いきれない。たった一人の後付け設定の為に家系を一つ作るか?普通。
【それで、どうしますか?消しますか?】
【いや、消すとか怖い事言うなよ。もっと他にマシな選択肢はないのかよ】
【では、五十嵐家で過ごした記憶を捏造しますか?】
【それって俺にって事だよな。それが良いか】
そう答えた瞬間に頭の中に五十嵐家の記憶(偽物)が前からあったような感覚が起こった。
五十嵐家。それはこの国から東にずっと行った所にある国に存在する家系。
家は剣道の道場を開いている。起源は古く300年近く前になる。
特徴は古さだけでない。どこからともなく猫が集まってきて、猫で溢れかえっている為に、近所では猫道場という愛称で呼ばれている。
その様な特殊な環境で育ったからかは分からないが、家族のほぼ全員が猫を溺愛している。
家族構成は両親と兄妹の計5人。
家長であり道場の師範である父・巖雄、影の支配者と専ら噂の母・静恵。
俺を除く家族全員から不遇な扱いを受けている兄・優幸、猫が大好き兄(注:優幸でない)も同じくらい大好き妹・聡美。
そんな情報が自然と思い出された。経験した事がないはずなのに、思い出すという表現がしっくりときて、なんだか懐かしく感じる。
ただ、針山真としての記憶もあるので、なんだか不思議な感覚だ。
記憶から思い出したと言うべきか、学んだと言うべきか、とにかく聡美の対処方法が分かった。
「なぁ、ちょっと離れてくれるか?」
「いやです」
俺の要求に聡美は間髪入れずに拒否した。むしろ抱きつく力を強めてきた。これは予想通りだ。
すかさず用意していた言葉を吐く。
「あぁ…久しぶりに元気な妹の顔が見たいなぁ…」
「はい、兄上。妹はここにいます。…改めまして、お久しぶりです兄上」
聡美はすぐに離れ俺の正面に回った。俺はまだ倒れたままだから、目線を上げるとスカートの中が見え……ない。絶妙に隠れていた。
いつまでも倒れている訳にもいかないので立ち上がった。服についた埃を払いつつ聡美を見る。
黒色の長髪で顔はキリッとしていて並の男顔負けのカッコいい系だ。初めて見る顔なのに懐かしさが込み上げてくる。
顔を眺めている間に聡美も立ち上がった。その動作につられて、聡美の顔を見ていて俺の顔も少し上に傾いた。
でけぇな、おい。170ちょっとの俺が若干見上げるとか、聡美は180くらいあるんじゃないか。
いつまでも見上げていると首が痛くなる。少し後ろに下がって無理なく顔が見られるようにする。
しかし、見れば見るほど使い魔たちとキャラが被ってるな。
黒色で長髪なのは黒江と、背が高くボーイッシュなのは黄虎と、妹属性は赤音と。
正直に言って要素を詰め込み過ぎて軽く胸やけを起こすレベルだ。
それでも受け入れないといけない。事実としてそこに存在して、俺が消すことを拒否したのだから。
「積もる話もあるが、まずは飯を食いに行くか」
「はい、行きましょう」
食堂に向かい歩き出した。歩いている間にこれからの進退を考える。
聡美はどう見てもモテる。男子からは当然、女子からももしかしたらあるかも知れない。
その聡美は俺の意思に関係なく関わってくる事は記憶から分かっている。
無理に突き放すことは不可能だと考えていい。だとしたらだ。ある程度の妥協が必要だ。
ならば要求する事はただ1つ。学校では昼休み以外接触しない、だ。
ただ、これは休み時間の度に会いたいだろう聡美にとっては受け入れがたい事だと思う。
この要求を飲ませる為にはある程度話しをして、いい雰囲気を作り出さないといけない。
くそ、今まで受けてきたどんなものよりも高難易度のクエストだ。ボッチコミュ障の俺に出来るか?
いや、やるしかないんだ。学校での平穏の為にがんばれ、おれ。
「いやぁ…しかし、お前も旅を選んだな。大変だったろ」
「確かに大変でしたが兄上の事を思えばどんな事も乗り越えられました」
「そ、そうか…」
物凄く良い笑顔で言われてしまった。思わず胸が高鳴って言葉が出てこなかった。
因みに五十嵐家では、高等部に入る年の四月に家に残るか、旅に出るかを決めなければいけない。
多分これは俺が旅人設定をしていたからそれに合わせた感じなのだろう。
会話が途切れてしまったが何か話さないと。
「あれ、よくよく考えればなんでここにいるんだ?」
「あ、兄上それは近寄るなと言う事ですか…?」
さっきまで満面の笑みを浮かべていたのに、一瞬にして絶望の顔へと変わった。表情がよく変わる奴だ。
「あ~…そういう意味じゃなくって…俺が一年かけて着いたこの国に…え~っと…5か月ぐらいか…で着いた理由」
「そう言う事ですか。兄上に会いたく急ぎました」
「急いだんだ…」
「はい。それはもう三日三晩休まないくらいの勢いで」
フンスフンスと聞こえてきそうなくらい鼻息を荒げて語った。これはあり得ないくらいブラコンを拗らせてるな。
記憶ではこんなに重症じゃなかったはずだ。何をするにしてもついてくるぐらいだった。…あれ、あんまり変わらない?
…いいや。気にしたら疲れる。話をしている間に券売機の傍まで来ていた。
お金を突っ込んでおすすめと書かれた定食をよく見ずに買った。
「先輩は何にしたんですか?」
今まで空気になっていたソフィーが話しかけてきた。買ったばかりの食券を見せながら答える。
「ん…ゴーヤチャンプル定食」
「じゃあ私はから揚げ定食にしようかな。さとちゃんは何にする?」
「私はサバ煮定食にしようと思う」
聡美は俺以外には淡白な対応をするようだ。それは突き放している訳ではなくて、素の状態なのだろう。
みんなが食券を買った事を確認してからおばちゃんの前に行く。
「久しぶりだね。あや、新しい女の子かい?」
「お久しぶりです。こいつは妹ですよ。ほら、挨拶しろ」
「初めまして五十嵐聡美です。よろしくお願いします」
「へぇ…妹さん。綺麗な子だねぇ」
おばちゃんと軽く会話をしながら食券を渡し席についた。
おばちゃんは話しを繋げるのが上手く、沈黙が訪れることなく楽しく過ごす事が出来た。
聡美も気分が上がっている様で、話を切り出すなら今しかない。
「あぁ…聡美ちょっといいか?」
「はい、何でしょう」
聡美を真正面から見据える。俺の真面目な雰囲気を察したのか、聡美が気を引き締めた様に見えた。
「これからの事なんだが、学校では極力会わないようにしよう」
「な、何故ですか!?兄上」
聡美は今にも胸倉を掴みかかって来そうな勢いだ。やっぱり簡単には納得してくれないか。
「家がどうして旅に出る事を許しているのか考えた事があるか?」
俺の質問に聡美はすぐには答えられなかった。特に疑問に思う事もなかったのだろう。
「それはな、自立できるようになるためだ。それなのに俺にべったりだと意味がないだろ?」
「はい…」
聡美は苦しそうに返事をした。心で反論したい一方で、頭では俺の言っている事が正しいと理解している様だ。
「なに、絶対会うなってわけじゃない。たまにはこうやって一緒に昼飯を食べよう、な?」
うつむく聡美の頭を撫で諭す。これで学校の平穏は確保された……かな?




