21章:夏休みの出来事⑤―2
咳女子から冷たい言葉を頂いていると、四方が近づいてきていた。
「なんだ?お前ら、泳がねぇのか?」
「はい、今は止めておきます」
「ゴホゴホ……私も…パス…ゴホ」
咳女子はいつも以上に辛そうに答えていた。エイダさんは答えず静かに立っていた。
「そうか…エイダはどうする?」
「私は…行く」
エイダさんは一瞬俺を見たが行くことに決めたようだ。俺への興味より海への興味が勝ったのかな。それは大変良いことだ。
四方はエイダさんを連れて海の方へと戻っていった。俺と咳女子だけが残った。
咳女子と話す話題がないのでボックスの中から以前買った本を取り出した。
買ったっきり読む暇がなくて入れっ放しにしていた。トラに凭れかかって本を開いた。
本は水属性について書かれた魔導書だ。あまり使う機会の恵まれない水属性。
土属性の使い勝手が良過ぎて、ついつい土属性ばかり使ってしまう。
魔法のパラメータを見たら絶対土属性が一番高くて、水属性はあまり上がっていないに違いない。
どうにかして水属性を使えないものか。魔導書を読んで何か手掛かりでも見つかるといいんだけど。そうそう見つかるものでもないか。
挿絵だけを見てページを捲る。どれもパッとしない。
鞭みたいに操るとか、津波で押し流すとか。俺でもすぐに思いつくようなモノしか書かれていない。
もっと斬新な魔法はないのか。ページを捲る手を速めるが、面白そうな魔法は見当たらなかった。
「ゴホ…ゴホ」
魔導書を読んでいる間ずっと咳女子は苦しそうに咳をしている。本から目を離して咳女子の顔を伺った。
自身の灰色の髪と同じくらいに顔色が悪くなっていた。大丈夫だろうか。
一度気になると本の内容に集中できない。絵を眺めるだけだから、集中する必要はないのだけれど。
心配しながら咳女子の様子をチラチラと見ていると突然それはやってきた。
「ゴホゴホ、ゴホ…ゲホッ」
咳とともに水っぽい音が聞こえた。口元を抑えていた咳女子の手が真っ赤に濡れていた。
血を吐いたのだと理解するのとほぼ同時にボックスに手を突っ込みタオルを取り出した。
そのタオルを水で濡らして軽く絞ってから咳女子に渡した。
「大丈夫ですか。取り敢えず、コレで拭いて下さい」
「ありがと…ゴホ」
咳女子はタオルを受け取り、手を口元についた血を拭いた。咄嗟にタオルを濡らすには便利なんだよな、水属性って。
戦闘で役立てたいのに。魔導書を読んでも得られるものはなかった。実際に身体を動かした方が良い気がしてきた。
魔導書をボックスに放り込み立ち上がった。腰に手を当てて胸を反らす。
「どこか行くの?…ゴホゴホ」
「ええ、少し身体を動かそうかと思いまして」
「あ、コレ…」
「あぁ、あげますよ。口にあてていれば多少は楽になるでしょう」
話しながらパラソルから離れた。俺が向かうのは海ではなく、左の方にある岩が積み重なった場所だ。
あそこの奥にいけるなら、四方達からは死角になって見えないはずだ。思う存分動く事が出来る。
岩場に着くまで水属性の使い方を海を見つつ考える。あ、そうだ。
「なぁ、魔法で海の上に立てたりしないのか?」
「方法は3つほどありますね」
忍者みたいに立ちたいな、という思いで言った事だが、意外にも出来て案外方法が多かった。
「マジか。どうすんだ?」
「1つは魔装などで反応速度を極限まで高め足が沈み切る前に足を上げ続けるもの、もう1つは水属性で足元の液体を操作して沈まないようにするもの、最後は足に魔力を集中させ液体を弾くもの、です」
聞く分には簡単そうなものばかりのようだ。
「簡単そうだな」
「そうですね。この中で難しいものは2番目の方法くらいでしょう」
マスターに限った話ですが、と付け加えた。それはどっちの意味だろう。俺以外にとってはどれも容易いのか、俺がよく出来る方なのか。
前者なのは明らかだ。俺だって自分が特別凄いと思いたいが、客観的に考えると凄い訳がない。
岩を乗り越えながら考える。やっぱり初めは簡単な方法から試すのが一番か。
だったら魔装で反応速度を上げる方法になる。足に魔力を集中させるのはバランスが取れそうにない。
「あ…なぁ、足に魔力を集中させて弾く方法だけどさ、魔装だったら全身で弾けるんじゃないか?」
「そこに気づきましたか。流石です。仰る通り、魔装なら全身で弾く事が出来ます」
なら方法が実質2つになると思い聞こうとしたが、クロが先回って説明してきた。
クロによると、例として魔装を挙げたが、反応速度を上げ動けるようにする魔法であれば何でも良いらしい。
岩場を超えた先は入り江になっていた。想像通りの風景があった事に気分が上がり、急いで岩を下り海岸に立った。
秘密の修行場という感じがして俺の内側で眠っていた少年心がむくむくと起き上がり始めた。
早速魔装を発動させる。今回はいつも使っている土属性ではなく水属性で。
ただ何となくだけど土属性の魔装は重くて沈んでしまいそうだと思ったからだ。
いつも以上に重力が感じられ、水属性の魔装はうまく発動できたようだ。
海に向かって歩くが、トラは砂浜に座って動かず、クロは頭の上から飛び降りた。
ウサ子だけが俺の後をピョンピョンと跳ねついてくる。無理に連れて行く事はしない。
波打ち際まで来ると足に波がかかりひんやりとしていて気持ちがいい。
ウサ子は波に近づいて濡れるか濡れないかというところで遊んでいた。うむ、癒される。
ウサ子から活力を貰い沖へ足を進める。膝まで海水に浸かるほど歩いて違和感に気づいた。
魔装だったら水を弾くんじゃないのか。抗議の意味を込めてクロの方を向いた。
クロは丸くなって寝ていた。俺の視線に気づきながらもその姿勢を崩さない。
クロは当てに出来そうにないので自分で考える。その前に実は弾いてたりしないかと足元を見た。
膝から先がなくなっていた。驚き足を上げるとそこにはちゃんと膝から先があった。
光の屈折で見えなくなったのか。一瞬そう考えたが、真上から見ているのに屈折はないだろうと考え直した。
また足を海水に浸けた。また見えなくなった。それでもそこに足がある感覚は残っていた。
考えられる原因はただ一つ、魔装だ。それ以外は普段通りなのだから当たり前といえばそうなのだが。
取り敢えず膜を一枚脱いで魔装を解除した。足元を見るとちゃんと足が見える様になっていた。やっぱりか。
魔装を解除したことで魔力の膜が水を弾いて、海水が全く足に当たらない様になった。
海水が俺を避けるように流れていく。この状態で本当に海面に立てるのだろうか。
前屈みになって海面を触ろうとしたが、指の間をするりと抜け触れない。
そのまま前に倒れる。まるで買いたての傘の様に俺の体は海水を弾き、濡れることなく海底に寝転がれた。
海底の砂はしっとりとしていた。仰向けになると目の前を海水が流れていく。
水族館で下から覗き込めるタイプの水槽を見ている感じだ。まだ浅い場所だから小魚でさえ見当たらないけど。
寝転がっていても面白いものは見えないので立ち上がった。
今のままでは撥水能力が高すぎて立つどころの問題ではない。膜が厚すぎるのがいけないのだ。
思い切って膜を9枚消した。俺を覆っている膜は10枚になった。さっきよりも海水が近づいている気がする。
今度こそ海面を触った。若干の反発を感じる。素手でゼリーを触っているような感じだ。
ただ、すぐに潰れてしまうような手応えではなく、弾力があり立てそうな気がしてくる。
直感を信じて海面に両手をつき体を持ち上げる。海面はぶにっと少し沈んだが、それ以上沈むことなく足を上げることができた。
右膝を海面にのせると手の時以上に沈んだ。それでも1センチ沈んだかも怪しいところだ。
左足も引き上げる。片膝をついている状態ではあるが、海面に立つことができた。
うぉぉおお~~立てた、立てたぞ。やばい、楽しい。
この感情を共有しようとクロ達のほうを見た。誰も見てくれてはいなかった。
いいや。俺は俺で楽しむから。クロ達なんかしらん。
前に向き直り立ち上がるために足に力を入れた。中腰までは耐えられたが、背筋を伸ばそうとすると途端に重心がブレて倒れそうになる。
ゆっくりゆっくり重心を移動させながら立ち上がった。翼を広げるように両腕を広げてバランスをとる。
しばらくそのままじっとしていた。波に揺られ危ない時もあるが概ね感じは掴めた。
次は歩行を試してみよう。両腕は広げたまま、片足立ちはまだ怖いからすり足で、右足を前に出した。
倒れることなく歩を進める事が出来た。一息ついてから左足を引き寄せる。
右足を出して左足を引き寄せる。その繰り返しで岸から結構離れた。下を見れば小さな魚が何匹か泳いでいる。
伸ばしていた両腕を下げた。途端にバランスが取れなくなり海面に倒れてしまった。
腕を下げるには早かったようだ。体を起こして海面にあぐらをかく。倒れてもあんまり痛くなかったな。
ここは思い切って走ってみるのも悪くないかもしれない。何度か転べば体が勝手にバランスをとれるようになるだろ。
自転車だってそうやって乗れるようになったんだから怖い事は何もない。
勢いよく立ち上がって倒れる前に走り出す。2、3歩進んだところで波に足を取られて転んだ。
でも、海が優しく俺を受け止めてくれる。母なる海は偉大なり、ってね。言葉の使い方がおかしい気がしなくもないが気にしない方向で。
その後は走り込みを少ししただけで倒れる事が極端に少なくなった。未知の動きをしている訳ではないから順当ではある。
ちょっと動きのある床の上に立っていると考えれば簡単だった。
それでも慣れるために入り江の中を走り回った。たまに跳んだりしながらずっと走った。
走り回って疲れた。膜を全て消して海に沈む。動いて汗をかいていた体が瞬時に冷やされた。
力を抜いて浮かび空を見上げる。海面に立つという目標を達成してしまい、したい事がなくなった。
黙って帰ってしまおうか。本気で悩んでいると何かが近づいてくる音がしてきた。
バシャバシャと騒がしい事から人が泳いで近づいているようだ。
この近くには見知った人しかいないから、海に漂い近くに来るまで待った。
「ふぅ…こんなところにいたんだ。バーベキューするから戻ってきて」
「分かりました。少ししたら戻りますね」
上を見たまま答えた。想像通りやってきたのはサユリさんだった。あの人たちの中から俺を探そうとするのはこの人位なものだ。
サユリさんは来た時と同じように泳いで戻っていった。音が完全に聞こえなくなるまで待ってから立ち上がった。
やらかした。Tシャツが水を吸って重たい。体に張り付く服を何とか脱いで、絞りつつ岸に向かった。
岸では赤音が砂の城を黄虎と一緒に作っていた。その城は歪ではあったが当人たちが楽しそうなので何も言わない。
微笑ましく見ていて、ちょっと待て、と。この大きさからして今作り始めた訳ではない事が分かる。
と言う事はさっき来たサユリさんに赤音たちが見られたかもしれない。
見られて困るって訳ではないけど、説明するのが面倒だ。気づいてないといいなぁ…
「バーベキューするらしいから、ちょっと向こうに戻るけど、お前たちはどうする?」
「う~~ん…いいかなぁ…このお城を完成させたいし」
「我も遠慮しておく。赤音の手伝いをしないとな」
赤音は砂の城をぺしぺしと叩き砂を固めながら答えた。黄虎も来ないと。
クロに目線を送る。クロは器用に前足を使って体についた砂を落としていた。
「私はついて行きます」
砂を落とし終わり足元まで近づいて来た。抱き上げようと手を伸ばしたが避けられてしまった。濡れているからだろうか。
「んじゃ、行ってくる。大丈夫だとは思うが、もし誰かが来てもついて行ったりするなよ」
「は~~い」
「承知した」
口だけで返事をした赤音とは違い、黄虎はしっかりと俺の方を見て頷いて見せた。
保護者役がいるなら大丈夫か。岩を上りみんなが集まっている場所を目指す。
遠目からも煙が上がっているのが見える。その煙に近づくにつれておいしそうな匂いが漂ってきた。
近づく俺に気が付いた四方が、火を調節するために持っていた団扇を高く掲げ、俺に向かって招くように振ってきた。
小走りで近づく。すでに焼き上がっているものもあるようで、熱血や双子が頬に肉を詰め込んでいる。
「どこ行ってたんだ?見つからなかったから先に始めてるぞ」
「気にしないでください」
二つの意味を含ませ答えつつ、傍らに積んであった紙の皿と割り箸を取った。
網にのっているのは少し焦げた野菜と生焼けの肉。生焼けのものを食べる気にはなれないので野菜を取る。
かぼちゃを食べながら肉が焼けるのを待つ。その間にも焦げた野菜の処理の手を止めない。
「お肉、食べないの?…ゴホ」
「っ…ええ、まだ焼けていないですからね」
「ウソ…ゴホ…さっき…焼けてたけど取らなかったでしょ」
よく見ているなと思う。咳女子の言う通り、肉が焼けても取らなかった。焼けた肉はすぐに黄緑髪やサユリさんに取られた。
野菜の処理で手一杯と言うのもあったけど、積極的に肉を取りに行くのは何となく違う気がしたからだ。
「しょうがない。あげる…ゴホ」
咳女子が皿に肉をのせてきた。2枚も。焼き加減は見た感じ丁度良く、焦げ目が薄く付いている程度だ。
「いやいや、大丈夫ですよ。自分で取りますから」
咳女子に肉を返そうとしたが皿を遠ざけられてしまった。
「ちゃんと食べて…ゴホ…じゃないと筋肉つかないよ」
「…はぁ…分かりました。ありがたくいただきます」
持ち上げていた肉をそのまま口に運ぶ。冷えていたがそれでも美味しかった。
皿の上の肉がなくなり、野菜の処理に戻ろうとしたが、咳女子がすかさず肉をのせてきた。
また同じ事を繰り返すのも面倒だから、何も言わずに野菜と肉を食べた。咳女子を見ると何となく満足そうな顔をしていた。
「五十嵐君、ちゃんと食べてる?そうだ!私のお肉もあげる!」
「あ、ありがとう…ございます…」
サユリさんが俺と咳女子の間に突然割って入ってきた。一瞬にして皿の上に肉の山が築かれた。
俺よりも肉が必要だろと思わくもないが、言うと怒られそうだから黙っておく。…別に怒られても良いか…
タイミングを失ったからもう言わないけど。黙って肉を食べる。これだけ肉を食べたら胸やけがしそうだ。
咳女子の方を見ると特に気にした様子もなく、網の上の肉を見つめている。
助けは期待できそうにない。何とか肉を食べきり一息ついていると今度は野菜を山盛り盛られた。
肉と野菜のわんこ状態を抜け出せたのは、四方がサユリさんに自分も食べる様に注意した時だった。さっさと注意しろよ、四方さんよぉ。
「うぅ…苦しいぃ…」
「自業自得だけどね」
「いやいや、元凶が何を言ってるんですか」
咳女子は思い当たる節がない様に首をかしげている。何か言ってやろうかと思ったが口を開くと言葉とは違うものが出そうだ。
黙ってシートの上に寝転がった。横になると胃の内容物が逆流してきた。慌てて半身を起こす。
目の前では四方達がスイカ割りを楽しんでいた。時々サユリさんがこっちを見てくるが黄緑髪に腕を掴まれて来られないようだ。
それと、さっきからクロが前足で手を叩いてきて地味に痛い。たぶんエサを催促しているのだろうけど今は動きたくない。
誤魔化すためにクロを撫でようとしたが避けられてしまった。ついでに軽く引っ掛かれた。
ご飯を食べるまでご機嫌斜めのようだ、このお嬢様は。二つの意味で重い腰を上げ岩場に向かう。
「もう行くの?」
「ええ、向こうにお腹を空かせて待っている子がいるので」
「スイカは?」
「もう食べられませんよ。それでは」
クロを頭に乗せて歩き出す。一歩踏み出すたびに吐きそうになるのを堪えるのが辛い。
そんな状態でふと耳を澄ませると足音が余分に聞こえてきた。振り返るとそこには何食わぬ顔をしてついてくる咳女子がいた。
あ、コレはフラグが立ってしまったかもしれない。気軽に話し過ぎたようだ。旅先で気が緩んだのだろうか。
待て、散歩しているだけの可能性が微粒子レベルで存在している。たまたま歩いているのが俺の後ろなだけだったり…
「それにしても驚いた…ゴホゴホ…夏休み前は使い魔が1体だったのに…ゴホ…3体に増えてるなんて」
淡い期待はすぐに裏切られた。話しかけてくると言う事はついてくるつもりなのだろう。
「幸運が重なった結果ですよ」
深く考えずに返事をしながら考える。どうしたら好感度を下げられる。取り敢えず悪口を言ってみるか。
「ば~か、あ~ほ、ちんちくりん」
「君は他人と一定の距離を取りたがるね…ゴホ…だが残念、私はそんな事では離れないよ…ゴホ」
咳女子は楽しそうに笑い気にした様子は全くない。小学生レベルの悪口では効かないと言う事か。
だったら、尊厳を傷つけるような事を言うか。咳女子は何を大切に思っているのか。
考えてみても思いつく訳がなかった。俺は咳女子の事を何一つ知らない。名前でさえ。
もうこのままでもいい気がしてきた。咳女子から向けられる視線は好意よりも好奇心に近いように感じる。
俺の事は一風変わった観察対象か何かとしか思っていないような。そんな感じだ。
方針が決まれば後は行動に移すのみ。咳女子を無視して岩を上っていく。
足をあげると腹が圧迫されて吐きそうになる。1つ上がるたびに一息つかないと人として大切なものを失いかねない。
咳女子はそうではないようで軽々と岩を上っていく。ところどころ血が付いたタオルを口に当てながら。
息を荒げ上りきった。頂上では咳女子が入り江の方をじっと見ていた。
今になってようやく思い出したがトラとウサ子がヒト型になっていたんだった。
なんて説明しようか悩みつつ咳女子の視線を追った。そこには小さな砂の城を挟むようにしてトラとウサ子が寝そべっていた。
助かった。なんで戻っているのかこの際どうでもいい。説明しなくて済んだ喜びでトラ達に駆け寄った。
トラ達は俺が近づく足音に気が付いたようで頭を上げ近寄ってきた。
「主、腹が減った」
「おなかすいた~~」
「あ、あぁ、悪かった。いま準備するからちょっと待ってろ」
俺が戻ってきたことが嬉しくて近寄ってきたわけじゃなかったのね。そっか…
若干の心のしこりを抱えながらもみんなのご飯を用意する。クロも頭の上から下りてトラ達の隣に並んだ。
三者三様のご飯を用意し終えるとみんなすぐに食べ始めた。
「ゴホ、ゴホ、ゴホゲホ…ふぅ…すごいね。君の使い魔も話せるんだ」
思わずトラを撫でる手を止めてしまった。そう言えば咳女子がいたんだった。
必死に誤魔化す方法を考える。すぐに思考を放棄してトラを撫でる。見られたものはどうしようもない。
「ええ、この子たちはみんな賢いんです」
開き直ってうちの子自慢を聞かせてやる。それにしても『も』か。咳女子もかなり高位の使い魔を持っている様だ。
さてと、どうしようか。やりたい事はなくなった。いや、水属性の魔装で海と同化した問題があったか。
でも、あれは咳女子に見られたくない。ほんと、どうしよっかな。
周りには海か砂浜か岩くらいしかない。砂浜にはさっきウサ子たちが作った砂の城がある。
俺も作ってみるかな、暇だし。ただ、普通に作るのは面白くないから、魔法で作ってみる。
土属性で砂を操作できるが、それだけだと形が保てなくなる。そこで水属性で適度に砂を湿らせる。
同時に別の属性を操らないといけない訳だから、魔法の練習にはなるだろう。
思い立ったが吉日。立ち上がりクロ達の後ろにまわって離れる。咳女子は少し離れた場所から俺の事を観察していた。
何かを言ってくる様子はない。咳女子を無視して砂浜に両手をついた。割合的に土が7で水が3かな。
目の端でウサ子達作の城を捉えながら魔力を操作する。砂の色が濃くなり盛り上がっていく。
だが、盛り上がる以上の事が出来なかった。装飾しようと尖らせた場所が脆く崩れていった。
水が多すぎるのが原因だろう。難しい。水分をそのままに砂の量を増やして割合を変える。
「何してるの…コホ」
「ただの砂遊びですよ。一緒にどうですか?」
「ん…それもいいかもね…ケホ」
咳女子が俺の隣に腰を下ろした。おぉぅ、冗談だったのに。俺の周りは冗談が通じない奴ばっかりなのか。
咳女子も俺と同じように砂浜に両手をつけた。手を中心に染みが広がっていき、ある程度広がると今度は盛り上がった。
出来上がったのは半分位の大きさになったクロだった。耳がピンと空を衝くように立って、澄まし顔が容易に思い浮かぶ。
あぁ、やっぱりSクラスにいるだけの事はあるな。俺がやっている事をちょっと見ただけで理解して、簡単にやってのけるんだもんな。
凄すぎて嫉妬すら感じない。俺とコイツとではそもそも出来が違う。俺はコツコツと努力するしかない。
「やっぱりここにいた!!」
努力を始めようとしたところで出鼻を挫かれた。声の主を責める意味を込めて声がした方に向いた。
サユリさんが半分に割れたスイカを抱えて立っていた。それを見ただけで遠のいていた吐き気が戻ってくる。
もう何も入らない。向こうに戻ってくれないかな。助けを求めて咳女子を見たが、砂遊びに夢中でサユリさんに気づいていないようだ。
そうこうしている内にサユリさんは近づいてくる。その姿が俺には悪魔にしか見えない。
逃げ出す事も出来ず、サユリさんが普通に会話ができる距離までやってきた。
「はい、スイカ。食べるでしょ?…てか、なんでミカがいるわけ?」
「ん…暇つぶし…コホ」
サユリさんが半玉をそのまま渡してきた。食べられるか、こんなの。そしてさらっとでてくる咳女子の名前。
ミカ、か。呼ぶことはないだろうな。これまでもこれからもずっとこの女子は咳女子だ。
絡みも旅行中だけだろうしな。くそ、俺の記憶領域は小さいんだ、要らない情報を入れるんじゃないよ。ついでにスイカも要らない。
返品したい。送料は負担するから返品させてくれ。
「あの、大変ありがたいのですが、もう食べられそうにないので…」
言いつつサユリさんにスイカを差し出した。
「大丈夫。食べられるって」
そう言い押し返してくる。あなたは俺の何を知っていると言うんだ。腹が減ってても半玉は食べられないぞ。
さて、どうしたものか。今は食べられないし、ボックスに入れようか。
「それ貸して…ケホ」
悩んでいると咳女子が助け船を出してくれた。言われるがまま咳女子に渡した。
一瞬、サユリさんが止めようと手を上げたが、その手は結局途中で止まりすぐに下ろした。
スイカを受け取った咳女子はというと、左手だけでスイカを持ち、右手をスイカの上で広げていた。
何をするつもりなのだろう。右手の指を軽く曲げたかと思うとすぐに指を力いっぱい真っ直ぐに伸ばした。
すぐにスイカに変化が訪れた。ボロボロだった端が綺麗に山型に切り取られた。
切れ端を振り落としてから咳女子がスイカを返してきた。何?飾り切りがしたかっただけなのか?
どうやってやったのか全然見当がつかないけど。不承不承ながらスイカを受け取る。
スイカの中を見ると外以上に変わっていた。赤い部分の全てが綺麗に球体に加工されていた。
これこそ訳が分からない。まぁ、方法なんてこの際どうでもいい。どんなに綺麗にされたって食べられないものは食べられないんだよ。
受け取ってしまったものは仕方ない。暇を見つけて食べていくか。
本当は投げ捨ててしまいたいけど、食べ物を粗末にしては罰が当たる。
ボックスから大きめの鍋を出した。鍋を砂浜に置いて、小さい水の塊を幾つか浮かべる。
その水の塊を氷に変えて鍋に入れた。それから鍋の半分くらいまで水を入れスイカを浮かべた。
冷やしておけば長時間放置していてもきっと大丈夫だろう。たぶん。俺の心が大丈夫って言っているからいいとしよう。
「氷属性も使えたんだね…ゴホ」
「え、いや、ちがっ……あぁ…はい。そうなんです」
俺の答えがぎこちなかったせいか、咳女子は首を傾げていたが、すぐに立てなおし砂遊びに戻った。
答えに詰まったのは、今のは氷属性を使った訳ではなかったからだ。かと言って、氷属性を使えない訳ではない。
けど、それを説明するもの面倒臭かったので氷属性を使った事にした。今さっきまで氷属性の存在を忘れていたけど。
そんな事は今はもういいか。俺も咳女子と同じように砂浜に両手をついて砂遊びに戻る。
複雑な形のものを諦めて簡単なものから始めようか。
そう考えて魔力を流そうとしたところ、サユリさんが俺と咳女子の間に割り込んできて座った。
「何してるの?」
サユリさんが質問してきたが、咳女子が答えるだろう。俺は無視して魔力を流すことに集中する。
簡単なもの。バケツとかにしてみるか。頭の中で形を想像してから、魔力を形になる様に操作する。
砂がゆっくりと盛り上がっていき、想像した通りのバケツが出来た。一先ずは成功だ。
「…へぇ」
横で見ていたサユリさんが感心したように息を漏らした。これくらいで感心してもらっては困る。
こんなものは土属性があれば簡単にできる。本題はこれからだ。
魔力の流れを絶つ。すると、形を保っていた力がなくなり、中ほどから折れて崩れた。
まだ水分が多いのか。水分を調整するのが難しい。一度砂浜に滲み込んだ水を抜き浮かべる。
水を海の方に放り捨てて一から始めた。何度か試していると、途中からサユリさんも砂遊びに参加してきた。
ただ、サユリさんは土属性も水属性もない様で、ボックスから出してきたバケツで海水を汲んで、魔力を使わない普通の砂遊びだった。
たまにスイカを摘まみながら砂遊びをしていると、気づいた時には太陽が水平線の彼方に沈もうとしていた。
最終的には簡単な形のものであれば作れるようになった。
「今日からは各自で修行するぞ」
朝食を食べ終わり、四方にロビーに集められそんな事を告げられた。修行って何?
俺以外は知っていた様で、適当に返事して旅館から出て行く。ここには修行しに来たの?
おかしいとは思っていたんだ。海に行くだけなのに一週間分の用意をさせられたのを。
呆然としているとロビーには俺たちしか残っていなかった。
「どうしますか?」
「ほんと、どうしよっかね…」
「はい、はい、は~~い!!また海行きた~い!!」
「ん…まぁ、いいか。よし、行くか」
修行をする気はなかったので、ウサ子の提案を受け入れて海へと向かう。今日もあの入り江でいいか。
入り江は誰かに見られる可能性が低いと言う訳でみんなヒト化して遊んだ。
ビーチバレーだったり、ビーチフラッグスだったり、人じゃないと楽しめない事を沢山した。
途中、咳女子やサユリさんが乱入してくる騒動があったが、何とか黒江の予見のおかげでヒト化がばれる事を回避できた。
いろんな事がありつつも修行をすることなく過ごし、気づけば明日には帰る事になっていた。
今日も今日とてみんなで何故か砂浜で鬼ごっこをして遊んでいた。そんな時だった。
黒江からパンパカパーンとファンファーレが鳴り、一呼吸置いてから黄虎、赤音の順に同じように鳴った。
この音は前にも聞いた事がある。新しいスキルを取得した時にギルドカードから出る音だ。
何を取得したのか聞こうとした直後、少し離れた山の中腹で爆発が起こった。
衝撃が振動として伝わり立っていられなくなった。振動が収まるまで砂浜に手をつき耐えた。
何とか立てるまでになり山の方を伺う。爆発が起こったであろう場所では煙がたっており、木々は円を描くように吹き飛んでいた。
「なんだ?」
「どうやら魔族が来たようですね」
俺の呟きに黒江が淡々と応えてくれた。よく目を凝らしてみると何かがぶつかり合っているのが見えた。
【みんな!逃げろ!】
突然、四方から念話がきた。短くそれだけを伝えるとすぐに切れてしまったが。
多分あの魔族と戦っている奴が四方なのだろう。念話から切羽詰まっている様子は容易に想像できる。
助けに行こうか一瞬考えてすぐに決断する。助けにはいかない。
四方は逃げろって言ってたし、俺なんかが行っても邪魔になるだけだ。
それに何よりも面倒臭い。ここから山までは若干距離がある。そこまでしてやる義理はない。
生きていたらまた会おうぜ、四方。
黒江の転移で寮の自室に帰った。すぐに目の前にあったソファーに倒れた。
その上からクロ達がのしかかってきた。体の向きを変えてクロ達を抱きしめる。
あぁ~…疲れたぁ…
一週間近く離れただけでこの部屋が懐かしく感じる。安心したのか、目を閉じると自然と眠ってしまった。
起きた時には窓から差し込む陽が橙色になりつつあった。俺の上で寝ているクロ達を起こさないようソファーに移してから立ち上がった。
両腕を伸ばして体の凝りをほぐしつつ時計を見る。3時か。
帰ってきたのが昼前だったから軽く4,5時間は寝ていたことになる。
そこに考え至ると同時に腹がなった。何か軽く摘まめるものでも食べるか。
棚から煎餅の袋を取り出してきて椅子に座る。が、すぐに立ち上がって台所にお茶を沸かしに行く。
煎餅にはお茶がないとな。いま飲む分だけで良いのですぐに沸き、コップに注いで戻った。
すると、黒江がすでに起きてコップを片手に煎餅を食べていた。黒江も腹が減っていたのだろうか。
「おはよう」
「おはようございます」
黒江の向かい側に座って煎餅を1つ取る。煎餅をかじりお茶を飲む。思わず深いため息が出てしまう。
「あ、死にました」
1枚目を食べ終わり2枚目に手を伸ばしたところで黒江が唐突に呟いた。
「誰が?…バリボリ」
「魔族の幹部です」
煎餅の粉末が気管に入り噎せた。話しをする時のお供としては煎餅は不向きなのかもしれない。お茶を飲んで息を整える。
「誰担当?」
「熱血です」
熱血ねぇ…あいつは典型的な脳筋野郎だから、その相手も当然ながら脳筋なのだろう。
脳筋であるが故にその絶対的な力は無視できないものな訳で。ソイツが死んだと言う事は人類が勝つ可能性が僅かながら上がったと言える。
「じゃあ四方達は勝ったって事か…」
「いえ、四方達が殺した訳ではありません」
「は?」
このタイミングで言ってきた事から旅行先で襲ってきた奴が幹部だろうと当たりを付けた。
それは当たっていたが、当たっていたのはそこだけだった。
「あと、ついでに、帰ったのはマスターだけです。他の人はみんな四方を助けに行きましたよ」
うん、その情報はいまいらない。逃げろって言われたんだ、逃げて何が悪い。
そんな事よりも幹部が死んだ理由だ。四方達が殺した訳ではないと言う事は自殺したか、他の誰かに殺されたか、になるのかな。
「で、結局何で死んだんだ?」
「魔王が殺しました」
「あぁ、あの中二病か」
「はい、あの中二病です」
会った事もない、しかも年上を中二病患者呼ばわりしているが、その人物の事を知れば仕方のない事だ。
「一応聞くけど、殺した理由は?」
「独断先行したことに腹を立ててです」
それは文句が言えない。中二病はこれから世界を転覆させようと画策しているのに、勝手な行動をされると計画が破綻しかねない。
俺には関係ない事だけど。そんな世界の存亡がかかった一大事件に大部分で関わるつもりはない。
俺には端っこの方で静かに戦いが終わるのをじっと待っているのが似合っている。
話すこともなくなり部屋には煎餅を噛み砕く音だけが残った。
そろそろ煎餅を片づけようかと思た時、ウサ子が起きた。机に煎餅があるのをすぐに見つけると赤音は椅子に座って煎餅を食べ始めた。
それから数分としないうちにトラも起きた。そして、黄虎もまた煎餅を手に取った。
4人静かに向かい合って静かに煎餅を食べる姿は他人から見ると異様なものに映ったかもしれないが、俺にとっては凄く心休まる状況だった。
「あ~ぁ…今日はもう疲れたし、晩飯は外に寿司でも食いに行くか」




