20章:夏休みの出来事④
夏の暑さにもいい加減慣れてきたから、本格的に稼ごうと意気込んだ矢先の事だった。
雨が降った。
それも土砂降り。バケツをひっくり返した様な雨とはこのことを言うのだと如実に語る雨だ。
そんな雨の中、依頼をする気力は当然ながらないので、部屋でゴロゴロとして過ごしていた。
部屋の中で魔法の練習をする訳にはいかない。この時ほど自分の無趣味さを悔いた時はない。
「あ~~~ひ~ま~だ~~~」
転がりながら叫ぶ。クロだけでなく、トラまでも冷ややかな目で見つめてきた。
ウサ子だけは俺の上を飛び越えて遊んでいる。目が回ってきたところで転がるのを止める。
止まった先でクロが座って俺を待っていた。取り敢えず頭を撫でておく。
「マスター。両手を出してください」
前置きもなくクロが要求してきた。クロのお願いとあれば断る理由もない。
床に寝転がったままクロに両手を差し出す。クロが右前脚で手に触れてきた。
その瞬間、両手首に何かが巻き付く感覚が伝わってきた。
完全に気を抜いていた為に、突然の負荷に耐えられず、両手を床に叩き付ける形になった。
痛みに顔を顰めつつ、緩慢な動作で手首を見てみると手錠がかけられていた。
リストバンドに鎖を繋げたような武骨な手錠だ。装飾は施されておらず、寒々しい印象を受ける。
「なにコレ?」
「手錠です。正式名称は『手錠型魔力阻害魔法陣』と言い、通称として手錠と呼ばれています」
「は?…まりょ…え?」
嫌な言葉が聞こえてきた。聞き間違いだと願い、身体強化しようと集中する。
が、一向に魔力を操れている感じがしない。クロを見るとなぜか得意げな顔をしていた。
「どうですか?久しぶりに魔力が使えない感覚は?」
嫌味たっぷりに言ってくれる。文句の1つや2つ言ってやりたくなるが、悪い顔をしているつもりのクロの顔を見るとそんな気持ちもなくなる。
「まぁ、使えない体の方が長かったからな、どうってことはない」
ただ、黙っているのも癪だから皮肉を込めつつ答える。床に転がったままだから格好がつかないけど。
「てか、コレ外してくれよ」
強がってみても便利な力は手放しがたい。クロに両手を差し出しながら訴える。
クロは猫の顔で器用にも口の端を上げて影のある笑みを浮かべた。あ、これ、碌でもない事を考えている時の顔だ。
「それでは、魔力を送るようなイメージで手錠に意識を向けてみてください。初めは目を閉じるといいですよ」
すんなりと言う事を聞くつもりはないようだ。
諦めて言われた通りにする。目を閉じ、手首に意識を向ける。
すると、薄ぼんやりとした何かが頭の中に浮かんだ。それに照準を合わせる様に集中する。
次第に形がはっきりとしてきた。くの字に曲がった鉄の棒が2つ絡み合っている。コレは…
「知恵の輪…?」
「見えましたか。今、マスターはその手錠に対して解錠魔法を使っている状態にあります。つまりは、その知恵の輪を解けば手錠が外れると言う事です」
一生外れる気がしなくなってきた。知恵の輪は何回か挑戦した事があるけど、結局自力で解けた事は数回しかない。
大体は解き方を検索するか、投げだすかの2つだった。もう一度頭の中の知恵の輪を見た。
横から見ると『く』だが、別の角度から見るとU字になっていた。あ、コレはまだ簡単なやつだ。
Uの開いている方を合わせると、外れ、はず、外れる、と思うんだけど、うまく合ってくれない。
コレ、欠陥品だったりしないか?どうやっても挟まってしまう。
イラつき適当に動かす。力技で通そうとしてみたり、逆に引っ張ってみたりするが当然の様に外れない。
絶対レベルで言うと初級の知恵の輪のはずなんだ。初級くらい自力で解けないと心が折れる。
無心にガッチャガッチャと適当に動かす。しばらく動かして、飽きて昼ご飯を何にしようか考えだした頃、両手が抵抗なく離れた。
「あ、外れた」
そう言うが早いか、手錠が外れ床に落ちて鈍い音をたてた。試しに土球を出すと、ちゃんと出た。
「やっと外れましたか。それはまだ初歩のつもりだったのですが…」
「うっせ。人には向き不向きがあんだよ」
立ち上がり、椅子に腰かけつつクロに抗議する。クロは何も言わず机の上に飛び乗った。
その振動でコップが倒れそうになった。倒れる前に支え、コップに残っていたお茶を飲みほした。
すっかり冷めていたが、乾ききった喉を潤すには丁度よかった。コップを机の上に置くのと同時にクロが近づいて来た。
撫でようと上げかけた手を抑える様にクロが前足を乗せてきた。反射的に払おうと手を動かした。
しかし、すでに遅く手首には手錠がかけられていた。クロを見ると愉快そうに顔を歪めていた。
「もう一回解けるドン」
「マジかよ…勘弁してくれよぅ…」
いくら文句を言った所でクロが外してくれる訳がないので、諦めて手錠に集中する。
今度の知恵の輪はさっきのモノより形が複雑になっている。
「思ったんだけどさ、こんな便利なモノがあるんだったら、あらゆる人につければつけてない奴が最強になれるんじゃないか?」
考えても解けそうにないから、知恵の輪を適当に動かしながらクロに質問する。
「はぁ~~~…マスターは今何をしているのですか?」
「何って、知恵の輪を解いてるけど?」
答えるとさっきよりも長く大きなため息をつかれた。間違った事は言っていないはずだけどクロに呆れた顔をされた。
「それはそうですが。では、知恵の輪を解くことでどうなりますか?」
「どうって…手錠が外れる…あ、そうか」
今、俺がしているのは解錠魔法だった。解錠魔法があるのだから手錠をしてもあまり意味がないと言う事か。
知恵の輪が解けなければ外れないけど。現に俺は知恵の輪に苦戦している。
「だったら、囚人とかはどうするんだ?解かれたら脱獄されるだろ」
「囚人の場合はそもそも牢屋に魔力停止魔法陣が設置されています。更に手錠と足枷を併用するので、より難解な知恵の輪となります」
足枷も手錠と同じ魔法陣が書かれていて、それを併せて使う事で効果が増すと言う事か。
話を聞いている間も知恵の輪を必死に動かしていたが、外れる気配が微塵もしない。
降参しクロにヒントを貰う。ヒントの通りに知恵の輪を動かしながらも口は動かす。
「でもさ、そんな2つも使わなくても、コレみたいに1つだけで難解な知恵の輪になるやつを使えばいいんじゃないか?」
2つも使うとそれだけで費用が余計にかさむ。その費用は大体税金で賄われているはずで。
囚人を捕らえておくのに必要だったとしても、1つで済むものを2つも使う必要がない。そう思い聞いた。
「そう簡単にはいきません。その理由は手錠にあります」
「手錠に?」
「はい。今現在、世界に出回っている手錠型魔力阻害魔法陣は全て、ある1人の天才魔導師によって作られたものの模造品なのです」
クロがそう言い終ったのとほぼ同時に手錠が外れた。手錠が机に当たり出た鈍い音は俺の驚愕ぶりを表現している様だった。
クロは俺の様子など気にせず、また俺に手錠をかけると、話を再開した。
「その天才魔導師が作った手錠は全部で12個ありますが、発見されているのは世界でも3個だけです」
クロの話を聞きながらも手錠に意識を向けた。浮かんできた知恵の輪はさっきよりもより難解になっていた。
今回ばかりは適当に動かしても外れない気配がありありとする。
「なので、比較研究ができず劣化版になるざるを得ない。と言われていますが、本当の所は天才魔導師が一人で作ったものなので、魔法陣に独自の技術が使われており、誰もそれを理解できていません」
知恵の輪に集中し過ぎてちゃんと聞けなかったが、そうそう難解な知恵の輪を作れないと言う事だけは分かった。
「じゃあコレは?」
「マスターが今付けているものは、その天才魔導師が作ったものです」
コレがそうなのかよ。道理で難しい訳だ。そんなモノ普通な頭脳の俺に解ける訳がない。
色々と動かし過ぎて最初の状態に戻すのも難しくなってしまった。もうムリゲーだろ、コレ。
諦めて天井を見上げる。これからなんて言い訳して生きて行こう…
依頼中にちょっとした事故で……これはダメだな。どんな事故に遭えば手錠をかけられるって言うんだ。
手錠で遊んでいたら鍵がなくて外れなくなりました……俺は小学生か。
良い言い訳が思いつかない。あぁ、そもそも心配してくれるような友達がいなかった…
だったら言い訳を考えなくてもいいか。よかったぁ…ボッチで。
あれ、おかしいな、戸締りはちゃんとしている筈なのに、頬の上を雨粒が流れていく。
独り静かに涙を流していると、やけにモフモフとした何かで涙が拭われた。下を見るとクロが尻尾で拭ってくれたようだ。
「泣かないでください。マスターには私はいるじゃないですか」
やだ、イケメン。惚れてしまいそうだ。両手でクロに抱きつこうとしたが、手錠が邪魔をして、クロに手錠を押し付ける形となった。
そこで気づく。元を辿ればクロが原因じゃないか。危うく騙されるところだった。
「外して」
そのままクロに押し付けつつ要求する。反応がない。顔を両側から挟んでこねくり回す。
クロの顔が歪むが、それでも可愛いままだった。むしろ別の可愛さが顕在化したかもしれない。
このまま続けていると俺の心が持たない。早々に手を離す。が、普通にしていてもクロは可愛かった。
どうすればいいんだ。ここは心を鬼にして怒らないといけない場面なのに、そんな顔で見つめられたら許してしまう。
俺は最終手段にでた。クロから顔を背ける。顔を見なければどうと言う事はない。
顔を背けた先にはトラとウサ子がいた。静かにしていると思ったら、2匹とも寝ていた。
本来ならば、捕食者と被捕食者の関係にある2匹が、寄り添って寝ている姿は何とも言えない。
トラとウサ子を眺めていると、クロの尻尾により強制的に顔を前に向けさせられた。
どことなく不貞腐れているような気がする。その雰囲気のまま手錠に前足をのせた。
何をする気だ。黙って見ていたが外してくれる様子ではない。そして、すぐに前足を退けた。
見た目的な変化はない。と言う事は内側、つまり知恵の輪の方か。意識を向ける。
知恵の輪は綺麗に元に戻っていた。絡みに絡まって最早動かせない状態になっていたのに。
そのまま何もしないで見ていると、知恵の輪が勝手に動き出した。突然の事に肩が跳ね上がった。
知恵の輪は止まることなく動き続ける。その動きを見守っていると遂に外れた。
「こうやって解きます。それでは今度はマスターがやってみてください」
いったいどういう風の吹き回しだ。素直に解き方を教えるだけでなく、実演までして見せるなんて。
言われるがままに、クロがやったのと同じ手順で知恵の輪を動かしていく。すると、詰まる事なく動き外れた。
その後も外しては手錠をかけられ、クロにヒントを貰って解く事を繰り返した。
今日一日だけで相当な量の知恵の輪を解いた。最終的には自力で最高難易度の知恵の輪を、時間をかければだが、解けるようになった。
雨が上がった翌日、俺はとある店の前に立っていた。かれこれ1時間くらい。
その店と言うのが美容院だ。ここに来た理由は1つ、髪を切りに来た。いい加減前髪が鬱陶しくなってきた。
俺としては床屋の様な古ぼけた店が良かったのだが、生憎とこの周辺ではここ以外に髪を切れるような場所がなかった。
美容院なんて意識高い系の人間しか利用しないイメージがある。俺みたいな人間が来るような所ではない。
だが、自分で切る勇気もない。そう言う訳で止む無くここまで来たのだが、その決心もここにきて揺らいでいる。
もう帰ろうか。店に背を向けて離れようとしたその時、店の扉が開いた音がした。
突然の音に足を止めてしまった。扉の方を見ると、女性が箒を持って立っていた。
「あれ、ウチに用ですか?」
俺に気が付いた女性が話しかけてきた。笑顔を向けられ反射的に顔を逸らした。
「あぁ…えっと…その、髪を切ろうかなと思ったんですが……ちょっと予算をオーバーしてしまって…」
顔を逸らした先に置いてあった値段が書かれた看板を見つけ、咄嗟に嘘をついた。
本当は余裕で払えるが、帰りたかったのだから仕方がない。
「カットだけなら1,000イェンでしますが、どうですか?」
「あ…えっと、それなら、お願いします」
女性の勢いに押され頷いてしまった。もう、安くなったのだから儲けもの、と思って割り切るしかない。
「申し訳ないのですが、その子達は外で待っていてもらえますか?」
店に入ろうとしたところ、女性がクロ達を見て言ってきた。どうせこれから髪を切るのだから多少汚れても良いだろうに。
釈然としない思いを抱きながらもクロ達を連れて一度店の外に出る。
「多分すぐに終わるとは思うけど、暇だったら依頼を受けたり遊びに行ったりしても良いからな」
それだけを言うと俺は店に入った。客は俺1人しかいないようだ。たまたま暇なのか、はたまた同業他社に客を取られているのか。
俺が気にするようなことではないな。それよりも今一番気になるのは店の内装だ。
オシャレな雰囲気がどうにも落ち着かない。照明がシャンデリア風なのも意味が分からない。
そわそわする体を動かして椅子に座る。すぐにポンチョの様なものをかけられた。
「それでは、どのようにしましょう?」
「え、えっと……えっと、全体的に梳く感じで…」
突然言われても答えられる訳がない。こんな事なら前もって考えて来たら良かった。
「最近ですと、ツーブロックが人気ですよ」
つ、つーぶろっく?なんだソレは。サイコロステーキの種類か何かか?それか、角材のサイズか?
「あ、いえ、いいです。普通で」
よく分からない事はしないに限る。
まず初めに、女性は髪を霧吹きで湿らせた。いつも思っている事だが、どうして湿らせるのだろうか。
「お客さん、彼女はいるんですか?」
来た。沈黙を埋めるためにされるプライベートに土足で踏み込む質問。知りたい訳でもないのに聞くな。
静かなのが嫌だったら自分の事を勝手に話していればいい。こっちで適当に相槌を打っておくからさぁ。
「いえ、いたことないです……こんなですし…」
そう思っていても言える訳がなく、正直に質問に答える。なんでこんな話をしなくちゃいけないんだ。
そして想像していた通り、「えぇ~?うそ~かっこいいのに」とお世辞を返してきた。
そう思っていないくせに白々しい。その後も切り終わるまで質問は続いた。
1,000円を払って店を出る頃には一日分の体力を使い切ったみたいな疲れを感じた。
髪は思っていたような仕上がりになっていたが、次は絶対に来ない事を誓って店の前から離れる。
顔を左右に振ってクロ達を探す。店の前に誰も待っていなかった。近くにもいない。
本当にみんな依頼か遊びに行ってしまったようだ。確かに、俺は行っても良いとは言ったが、待っていてほしかった。
俺とクロ達との絆はこんなものだったのか。ぐすん。
仕方がないから一人でフラフラと街の中を歩く。依頼を受けようと思っていたけど、もうそんな気力が湧かない。
なにかないかと辺りを見渡すと、本屋が目についた。また雨が降った時の為に本を何冊か買っておこうか。
本屋に入って物色する。こんな魔法がある世界でも漫画はあるんだな。パッと見た感じは恋愛ものが多い気がする。
他には少数だがファンタジーに分類されたものもあった。が、魔法などが出てくるようなものではなさそうだ。
魔法が一切ないような世界が舞台となっている。
流石にビルが建ち並ぶ風景は想像できなかった様だが、ひと昔前の地球での暮らしと似た描写がされている。
面白そうだったから、1巻だけ手に取る。あとは魔導書を幾つか買って本屋を出た。
早速買った本をボックスに入れた。まだ、昼ご飯には早いので、もう少し散策する。
本屋から歩くこと数分、『魔法水晶入荷しました』と書かれた看板が道に置かれていた。
文字の下には路地裏に向けて矢印も書かれていた。魔法水晶がどういうものか分からないが、宣伝するぐらいだから珍しいのかもしれない。
矢印に従って路地裏を進んでいく。しばらく歩いたが見えてこない。
イライラしながら歩いていると、突然後ろから殴られ、何もする事が出来ずに意識を失ってしまった。
「ウッ…」
頭と背中を強く打ちつけた事で目が覚めた。目を開けてみても、閉じていた時のように目の前は暗かった。
頭を触ろうとして上げた右腕に左腕がついてきた。目線を下げると手首に手錠がされているのが見えた。
またか。昨日、散々見たからすぐに分かった。コレは手錠型魔力阻害魔法陣だ。
上半身を起こして周りを見た。暗さに慣れてきて少し離れた場所も見えるようになった。
周りには項垂れた男やしゃくりあげて泣く女の子などがいた。人間だけでなく巨人やエルフと言った者まで多岐に渡る。
十中八九ここは奴隷市場だ。そして、ここにいて手錠をかけられていると言う事は、俺も他の人たちと同じように商品なのだろう。
鉄柵の向こう側にもう一つ鉄柵があった。向こうはこっちよりも小さいようだが、中には一人しかいなかった。
特別待遇か。こっちにいる人たちよりも身なりが整っている気がする。
顔は暗くてよく見えないが、耳が長いように見える。エルフの特徴だ。
他人を気にしている場合ではない。一刻も早く手錠を外さないと。手錠に意識を向けた。
すぐに浮かんできた知恵の輪はごく簡単なつくりのものだった。
「ちっ、粗悪品かよ」
つい声に出して不平を言ってしまった。でも、仕方がない事だと思う。
昨日、散々知恵の輪を解いたのだから、こんな程度では満足できない。案の定、知恵の輪はすぐに解け、手錠が外れた。
手錠を放り捨てて、後ろ―――人が沢山いる方―――を見る。さっきから馴染みのある波長の魔力を感じていた。
「クロ……黒江、いるんだろ。出て来いよ」
奥の方から黒江が歩いて近づいて来た。黒江も手錠を外していた。
暗いから確信は持てないが黒江の服が綺麗なように見える。
「随分と乱暴な扱いをされていましたね」
俺の視線に気づいてかは分からないが、黒江が話しかけてきた。その状況を思い出したのか微妙に笑っている。
「ほんと意味わかんねぇ…大事な商品じゃねぇのかよ…お前はどうだったんだ」
「それはもう、高価な品を扱うように丁寧に運ばれましたよ」
「納得いかねぇ…」
全身を使って遺憾の意を表す。やっぱり顔か?顔なのか?それとも性別か?何にせよ責任者に一言物申したい。
項垂れていると視界の端で何かが動いた。反射的にその方向に顔を向けた。おっさんが顔を上げて俺たちを見ていた。
「まぁ、何でもいいか。腹減ったし、帰るか」
おっさんに話しかけられる前に黒江に言った。黒江は頷くと俺の肩に手を乗せて転移した。
転移先は寮の俺の部屋。すぐにソファーに飛び乗った。半日しか経っていないのに変に疲れた。
「そう言えば、あの人たちはなんで手錠を外してなかったんだろうな」
ソファーの上で寝転がりながら独り言のように呟く。
「それはこの世界に知恵の輪がないからですね」
クロが背中に飛び乗って俺の呟きに答えた。そのまま背中の上を歩き、頭の定位置に収まった。
「はぁ?だったらなんで解錠魔法なんてあるんだよ」
「いくら知恵の輪がないと言ってもセンスのある人には解けますから。ただ、現在では忘れられた魔法になっています」
殆どの人には解けないから実用性がなかった。実用性がないから誰も使わなくなり、結果忘れられたと言う事か。
つまり、解錠魔法を使えないのが普通で、使える俺は普通でない、と。当初の『普通の人でいる』と言う目標はどこへ行ったのやら。
「つか、クロ、お前こうなるって分かってただろ」
「さぁ?どうでしょう?」
とぼけるクロを取り敢えずもみくちゃにしておいた。便利だからいいけど、クロに色々と改造されている気がする。
手錠の件にしても、毒殺や暗殺にしても。よくよく考えれば普通とはかけ離れた生活をしている気がする。
もう吹っ切れて行けるところまで行ってみるのもいいのかもしれない。




