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19章:夏休みの出来事③

「今日はみんなに重大なお知らせがあります」


朝食を食べ片付けも終わったところでのんびりとしている使い魔たちに向けて言った。


俺のいつもとは違う雰囲気を察してかみんな俺の前に集まってきた。


「・・・・・・」


「ん?飯か?」


「なになに~?」


1匹ものボケおばあちゃんが混ざっているが無視だ無視。深呼吸してから口を開く。


「家計が非常に良くない状態にあるので、ある事をみんなにはしてもらいます。クロ」


クロに呼び掛けると、何も説明していないのにクロが動き、トラとウサ子の頭を触っていった。


俺はそれを見届けてクロが元の位置に戻ってからまた話し出した。


「今クロに『擬人化』のスキルを与えてもらいました」


そう言い終わるのとほぼ同時にみんなが光りだした。その光が次第にヒトの形を成してきた。


光が収まるとそこには三者三様の女の子が並んでいた。


クロはロングの黒髪が似合う清楚系女子。白のワンピースにデニムベストを着た、160前後の身長。


トラは一部が黒色で金と言うより黄の髪色をした姉御と言われそうな女子、170くらいはあると思う。


ウサ子は目が痛くなるほど真っ赤な髪をした可愛い妹系女子。この中では一番小さく150弱。


「う、うむ…無事できたようだな…」


「マスター、ちゃんとこっちを見て言ってください」


クロが恐らくジト目になりながら言ってきた。そんな事を言われても見られる訳がない。


みんなタイプは違うが、間違いなく美少女と言われる容貌をしている。そんな人たちを直視できるだろうか、いや出来ない。


わざわざ反語まで使ってその思いを強調しながらも目線はずっと動いていた。


可愛いから見ていたいけどずっとは見ていられない。


「えっと…それでだ。人になってもらったのには理由があって、みんなには働いてもらいます」


「え~やだ~」


「断る」


すぐにウサ子とトラが反応した。それだけでもう俺の心はポッキリと折れてしまいそうだ。


だが、それでも伝えなければならない事がある。


「なにも食費を家に入れろと言ってるわけじゃない。お前たちだっておやつは食べたいだろう?」


「うぅ~~それはそうだけど~」


「確かに」


またもウサ子とトラが反応する。クロは目を閉じたままじっとしている。俺に委ねてくれているように感じた。


その厚い信頼に思わず涙が出そうになる。あまりに動かないから寝ているようにも見える。


……寝てないよな?


「それで、私たちはどうすればいいのでしょう」


あ、寝てなかった。


「まぁ、ここで働くと言ったらギルドしかないしな。当然、ギルドに登録してもらう」


もう観念した様で文句を言うやつはいなかった。ただ、ウサ子は集中力が切れてきたのかそわそわしている。


「んで、登録するのに人名が必要だろ。姓は五十嵐でいいとして、名を考えなきゃいけないけど、自分で考えるか?」


「マスターにお任せします」


「我も主が決めてくれ」


「ウサ子も~」


困った。てっきり自分たちで考えるものだと思っていたから、全然考えていなかった。


そもそも俺にネーミングセンスはないって分かってるはずだろ、みんな。クロとかトラとかウサ子とか殆ど見たままだ。


でも、ウサ子は目を輝かせてあからさまに期待してるし、トラは興味ないように振る舞っているけどチラチラとこっちを見てくるし。


これは適当につけられない雰囲気だぞ。ちゃんと考えてやらないと。失望されたらきっと俺は生きていられない。


どうしよう…何も思い浮かばない…うぅ…長く考えていると期待度が高まっていく一方だ。


俺は頭を上げてみんなの顔を見た。すると、不思議な事に名前が湧いて出てきた。


黒江くろえ黄虎きとら赤音あかねだ」


指差しながら名前を呼んでいく。自分の事ながら良い名前を付けられたと感心する。


「一応理由を聞いてもよろしいでしょうか?」


クロ、もとい黒江がすかさず聞いてきた。相変わらず俺の痛い所ばかりを突いてくる。


「えっと…まずはみんなのイメージカラーを取り入れて……あとは…インスピレーションだ」


部屋に微妙な空気が漂った、様な気がした。俺は空気を変えるべくわざとらしく大きな咳をした。


「ゴホン……と言う訳で、名前も決まったことだし、はい、登録に行ってらっしゃ~い」


柄にもなく元気よく手を振ったけど誰も動こうとしない。


赤音が唯一動こうとしたけど、他2人が動かないのを見ると立ち止まった。


「あ~……どうした?」


「いや、別にいいんだけどな。主は一緒に来ないのかなぁ、と思っただけだ」


黄虎が床をつま先でいじりながら言った。黄虎は些細な事は気にしないような見た目に反して寂しがり屋な所がある。


はっ、これがギャップ萌と言うやつか。この破壊力に耐えられる男はいるはずがない。


「ああ、いや、一緒に行くつもりだったよ、うん。よし、それじゃあ、行くか」


クリーニングから戻ってきたばかりのコートを着て部屋を出た。


街に出ると雑然と騒がしさが方向性を持ったものに変わった。そして、みんなの目線の先には俺たちがいる。


当然と言えば当然だ。全くタイプの異なる美少女がともに行動しているのだから話題にならない訳がない。


やっぱりコートを着てきて正解だった。俺はフードをもっと深く被り直した。


もう地面しか見えないけど問題ないだろう。ここは何回も通った道だ。ギルドまでなら簡単に行けると思う。


「ところでマスター。その恰好は暑くないですか?」


黒江が唐突に話しかけてきた。それも答えが分かり切っている事を。顔は見えないが絶対にやけてる。


「あぁ、暑いよ。ちくしょう。これで満足か」


地面を見つめながら答える。だめだ、意識したら余計に暑くなってきた。目の前地面が揺れて見える。


「それでしたらコートを脱げばよろしいのではないでしょうか?」


黒江が笑いを必死に堪えながら言ってくる。もう知らん。今日のクロの晩ご飯は安物にしてやる。


俺が反応しないのを不審に思ったのか、黒江がフードの中を覗こうとしたが、そっぽを向いてやった。


麟児さんおこなのです。今は猫の姿じゃないから甘くはないのです。暫く自分がしたことを反省するがいいのです。


「ひま、ひま、ひま~~~かまって~~~」


「ぐぇ」


唐突に赤音が後ろから抱きついてきた。首が締め付けられて変な声が出てしまった。


く、苦しい。赤音の腕を軽く叩いたが一向に離そうとしない。目の前が暗くなってきた。


「こら、主が苦しそうだろ」


そう声が聞こえると急に体が軽くなり息苦しさもなくなった。倒れそうになるのを何とか踏み止まり呼吸を整える。


横を見ると黄虎が赤音を抱きかかえていた。黄虎が助けてくれたのか。赤音はやり過ぎた自覚がある様で項垂れている。


「ますた~…ごめんなさいぃ…」


黄虎に抱き上げられながら赤音が謝ってきた。その様子がなんとも言えないほど可愛い。


こんな事をされたら何でも許してしまうじゃないか。


「大丈夫だから気にすんな。ただ、まぁ…突然するのは控えてくれ、な?」


「うん…」


赤音の頭を撫でながら言うと、赤音は泣きそうな顔で頷いた。黄虎から解放されて暫く経っても赤音は落ち込んだままだ。


いつも元気な赤音が静かだとどうにも落ち着かない。


「赤音。……ほれ」


赤音に左手を差し出した。これで元気になるとは思えないけど、これぐらいしか思いつかなかった。


赤音は立ち止まった。やっぱりこれは違うよな。こんなので喜ぶのはギャルゲーの女の子ぐらいか。


「……いいの?」


恥ずかしくなり手を引っ込めようとしたところで赤音が口を開いた。


「ああ、いやなら別に無理する事はないから…」


「い、いやじゃない、いやじゃないよ。むしろありがとうございます(?)」


「お、おう」


赤音が訳の分からない事を口走りながら手をつないできた。赤音の勢いに押されながらも手を引いて歩く。


周りの目がさらに険しいものになったけど、赤音はそんなのに構わず上機嫌に腕を振り歩いている。


赤音が元気になった事だしいいか。意識すると恥ずかしさに襲われてまともに歩けなくなるから他の事を考える。


今日は何の依頼を受けようかな。最近ずっと討伐系だったし、息抜きがてら久しぶりの採取系にするか。


意識を別の場所に向けていても何事もなくギルドについた。中に入るといつもの様におっさんたちが騒いでいた。


話に夢中になっているようで街中よりも視線を感じない。関心を向けられていない内に登録を終わらせよう。


俺は3人を連れて、初めてギルドに来た以来近寄らなかった『新規ギルド登録窓口』に向かった。


『新規ギルド登録窓口』には俺を担当してくれた受付さんとは別の人が座っていた。今日はシフトじゃないのか。


見知った人でない事に気を重くしながらも窓口に近づき声をかけた。


「すみません。ギルド登録をしたいんですけども」


「はい、それではこちらの紙にご記入ください」


受付さんはそう言うと紙とペンのセットを4つ渡してきた。俺はそれを取り敢えず受け取り3人に配る。


「あ、俺は済んでるんでこれはお返しします」


受付さんに余った1セットを返して、横にある机に集まっている3人の傍に行く。


黒江は紙に目を通している対して、黄虎と赤音はペンと紙を机の上に置いたまま固まっていた。


紙を見てみるとまだ何も書かれていなかった。


「どうした、2人とも。何も書いてないじゃないか」


「う~~とね、字が読めないの」


赤音は困った顔をしながら言ってきた。驚きながら黄虎の方を見ると「実は…我も…」と打ち明けてきた。


勘違いしていた。話が出来るのだから、読み書きも出来ると思っていたがそうではなかった。思わず黒江の方を見てしまう。


「特に言われませんでしたから」


黒江は悪びれる様子もなく言った。確かに俺は何も言わなかったけど、そこは汲み取ってほしかったなぁ。


「はぁ~~~~……黒江、2人に読み書きの能力を。あぁ、それからヒトとしての一般常識も。あとは…思いつかないしいいか」


「はい」


黒江は紙を机の上に置いて黄虎と赤音に触れる。それは一瞬で終わり黒江はまた紙に目を戻した。


2人は黒江が触った自分の手を見たり、互いの顔を見たりを繰り返している。変化が感じられない様だ。


それでも黒江を信じる事にしたのか紙を手に取った。すると「ぉぉ…ぉぉお…おおおおおお」「…ふむ」とどちらも驚いていた。


無事読めたらしい。赤音は読めた事がよっぽど嬉しいらしく小さく跳ねながら文章を読んでいく。


2人ともすぐに読み終わり自分の名前を書いた。赤音は丸文字で黄虎は書道の様に達筆なものだった。


性格が字によく表れている。因みに黒江は綺麗な字ではあったが、書道みたいなものではなかった。ある意味黒江らしい。


書き終わった紙を受付さんに渡すと横にあった扉の先に通された。中には懐かしの魔動機が置いてあった。


相変わらずのデカさで部屋の半分くらいが魔動機で埋まっている。


その魔動機の中心に黒江・黄虎・赤音の順で立っていった。俺はその様子を入り口近くの壁に凭れかかりながら見ていた。


全てのデータが揃ったにも関わらず、すぐにはギルドカードを発行しないで、受付さんは3人と話をしていた。


話の内容は魔力量が相当なものだから、実力を見てギルドランクを決定するというもの。


伝え終ると受付さんは俺たちを残して魔動機の奥に行ってしまった。


暫く待っていると入り口があるのとは反対の壁の真ん中に穴が開いた。その穴は音もなく元から開いていた様に現れた。


俺たちが穴に気を取られている間に戻ってきていた受付さんが3人を連れて穴の先に進んでいった。


呼ばれていないが穴の先が気になり俺もついていった。何か言われたら保護者だと言ってごり押そう。


穴の先は地下に続く階段があった。階段は広くなく2人並んで歩くことが出来ないほどだ。


その階段を会話もなく進んでいく。この中で唯一赤音だけが楽しそうに忙しなく頭を動かしている。


頭を動かしても見えるのは白い壁だけで、楽しいものは何もない。赤音には何が見えていると言うのだろうか。


もしかしたらよくよく見れば面白いものがあるのかもしれないと思い、俺も赤音に倣って頭を動かして周りを見ながら歩いた。


何も見つける事が出来ないまま平坦な場所についた。そこには右側の壁に扉があるだけだった。


よく見るとまだ階段が下に続いていた。俺が先に気を取られている間に話が進んでいた。


みんなに意識を戻したころには赤音がはしゃぎながら階段を下りて行った。


残った組は受付さんに促され扉の先に進む。中に入った時に最初に思ったのは指令室みたい、だ。


そう思った理由は部屋の左側の壁の下3分の1を魔動機が埋め、残り全てがガラス張りだったからだ。


ガラスの先に見えるのは何もない部屋だった。今いる部屋は目の前の部屋の天井近くにある。


少し待っていると唯一ある扉が開き、赤音が首だけを部屋の中に入れた。部屋の中を隅々まで見てから恐る恐る入室した。


赤音が部屋に入ってきたのを確認すると、受付さんは魔動機から伸びるマイクに向かって話し出した。


「それではこれから実力確認テストを開始します。よろしければ右手を上げてください」


突然聞こえた声に驚いたのか赤音がその場で跳ねた。それでもちゃんと話は聞こえていた様で小さく右手を上げる。


それを受けて受付さんが目の前の魔動機を操作した。操作が終わるとまたマイクに口を近づけた。


「まず初めにBランクの敵を相手していただきます」


そう言い受付さんがスイッチを押すと、赤音がいる部屋の床の一部に穴が開き何かが迫り上がってきた。


完全に上がりきり敵の全貌が明らかになった。敵はヒトの形をしているが顔がなかった。


それは俺が何度か使った事のある土人形に酷似していた。ただ、アッチの方が何倍も綺麗な形をしているが。


じっくりと観察していると敵が動き、持っていた両刃の剣を構えた。動きも素早く滑らかだった。


俺も練習すれば土人形をあれほど滑らかに動かせるだろうか。時間がある時は土人形の練習でもしようかな。


そんな事を考えている内に状況は動いていた。赤音が右斜めに跳び、敵の横に回り込むようにして近づいていく。


敵は赤音の動きに合わせて常に赤音が正面に来る様に体の向きを変える。自分から動かないと言う事はカウンタータイプか?


しばらく赤音は敵の周りを跳び回っていたが、痺れを切らし赤音の方から仕掛けた。


赤音は火球を1つだけ出して敵へ飛ばした。敵は冷静に剣の腹で火球の軌道を逸らした。


火球は剣の腹の上を滑り敵の後方に飛んでいった。赤音の攻撃は失敗したかと思ったが、火球を当てる事が狙いではなかった様だ。


敵は火球を逸らす為に剣を上げていた。そのせいで腹ががら空きになり、そこに赤音のドロップキックが完璧に決まった。


敵は壁まで吹き飛ばされた。赤音は綺麗に着地するとすぐさま火球を幾つも出して敵に飛ばす。


全て飛ばすとすぐに新しい火球を出しまた飛ばす。そうして火球は途切れることなく敵に当たり続ける。


火球の1つ1つは弱いが、それが何十個と立て続けに当たれば、火球と言えど無事ではいられない。


赤音の攻撃は受付さんがテスト終了の合図を出すまで続いた。


攻撃が止み煙が晴れるとそこには体が溶けた敵が横たわっていた。


やり過ぎた感は否めない。ここまでする必要はなかったのではないかと思ってしまう。


元の姿はウサギだけど、そもそもは魔物だから残酷な部分があると言う事なのだろうか。


え?俺に似たんじゃないかって?バカを言うんじゃないよ、俺でもあんな酷い事はしない……事もないか。


敵は徹底的に潰さないと反撃されるかもしれないし、自分のペースに持ち込めたならそのまま押し切らないとな。


そう考えると敵があの状態になっていても普通の事の様に思えてきた。


敵を溶かした当事者である赤音はと言うと涼しい顔をして立っていた。今にも鼻歌を歌い出しそうだ。


受付さんが何かを紙に書いてから赤音に部屋から出る様に指示を出した。赤音のテストはこれで終了だ。


元々赤音の能力的にはBランクが限界らしい。お小遣いを稼ぐだけだからBランクでも十分だと思う。


少し経つと扉が豪快な音をたてて開いた。扉の方を見ると赤音が胸を張って仁王立ちをしていた。


暫く立ち止まったままでみんなの注目を集めてから歩き出した。鼻息を荒くし、明らかに興奮した様子で俺の方に来た。


「ん」


赤音は俺の目の前まで来ると頭を突き出して止まった。コレは撫でろと言う事なのだろうか。


「…あ~~~……んんっ…よしよし、よく頑張ったな」


「えへへ」


撫でてやると赤音は満足そうに笑った。擬人化してから初めて触ったけど、ウサギの時と毛質変わらずふわふわしている。


「んっ…ゴホン」


黒江がわざとらしく咳ばらいをした。俺はそれを合図に赤音から手を離した。


触り心地が良くて離すタイミングを逃していたから助かった。手を離すと赤音は受付さんに呼ばれた。


赤音が受付さんの方に行くのと反対に黄虎は部屋から出ていく。次は黄虎がテストをする番だ。


黄虎は特にどんな戦い方をするのか想像がつかないから、テストでそれが見られるし楽しみだ。


黄虎が出て行ったのを見送って、赤音の方に耳を傾ける。赤音は受付さんからBランクになった事を伝えられていた。


次は黄虎の番だ。黄虎が入室するとすぐにテストが始まった。


今回もまた床の一部が開き敵がせり上がってきた。敵はさっきと同じのっぺりとした人形だ。


持っている武器も同じ。いくらBランクのテストだからと言って手を抜き過ぎじゃないか。


俺の憤りを他所にテストは始まった。最初に動いたのは意外にも敵だった。


コイツはカウンタータイプじゃないのか。見た目は同じだけどタイプが違うと言う訳か。


黄虎は向かってくる敵を観察しながら腕を横に少し広げた。黄虎の耳元が少し光ると、次の瞬間には黄虎が双剣を握り構えていた。


そのころにはもう敵も目前に迫っていた。敵が上段から振り下ろした剣を黄虎は右の剣で受け流し左の剣で敵の腹を狙う。


敵は黄虎の左腕を蹴り距離を取った。一定の距離を取り2人とも剣を構え直し見つめ合う。人形に目はないけど、雰囲気的に。


次に仕掛けたのは黄虎だ。走って敵との距離を一気に詰め、右は上から下に、左は左から右に、と十字になる様に斬りかかった。


敵は防げないと悟ったのか後ろに跳んだ。黄虎はそれを読んでいた様で、腕が交差する瞬間に刺突する形で前に跳ぶ。


敵は空中にいる為避ける事も出来ず、被害を抑えようと腰を引いた。


更に敵は黄虎の双剣を下に逸らそうと剣を振り下ろしてきた。


空中にいる為に力は入らなかっただろうが、黄虎も同じく空中にいるので、それでも逸らす事には成功した。


態勢を崩された黄虎は右足だけで着地すると、左下に逸らされた勢いを利用して回転し敵に斬りかかった。


空中で無理に動いた敵はどうする事も出来ず、左肩から胸の中心辺りまで斜めに斬られた。


ただ、左肩こそ深く斬られたが、後ろに下がっていたおかげで胸の辺りは浅い傷で済んだ。


それにしても、黄虎の反射神経と運動能力の高さには目を見張るものがある。


俺だったら下に逸らされた時点で攻撃を諦めて距離を取っていただろう。


今も黄虎の攻撃が続いている。敵に逃げられないように、敵の周りを回りながら色々な角度から攻撃を仕掛けている。


敵は防御に徹していた。二手の内致命傷に至る攻撃だけに絞り黄虎の攻撃を防いでいく。


しかしそれはすぐに戦闘不能にならないだけで、傷は増えていく一方だ。


もしかしたら、敵は黄虎のスタミナ切れを狙っているのかもしれないが、黄虎に疲れている様子はなく、むしろ攻撃の速度が上がってきている。


敵は終始黄虎の勢いに押され、終に反撃する事が出来ないままその場に倒れた。


黄虎もBランクで終わりらしく受付さんから退室する様に伝えられていた。


残るは黒江のテストだけだ。だが、黒江に関しては何も心配していない。


この世で最強なのは間違いないから、敵が誰だろうと瞬殺する事が出来るはずだ。


黒江の方を見ると、黒江はもうすぐテストが始まると言うのに、目を閉じて静かに直立している。


それに対し、赤音は黄虎の戦いが面白かったのか、ガラスに額を擦り付けて敵を見つめている。


少しすると扉が開き黄虎が入ってきた。黄虎は真っ直ぐ受付さんの許に向かった。


俺のところには来てくれないのか…寂しい…。


「それでは行ってきます」


「ん、ああ、頑張れよ」


黒江が部屋から出て行った。気のせいかもしれないが、黒江の声が明るかったような気がした。


テストが楽しみなのだろうか。普段は俺の頭の上でのんびりしているけど、身体を動かすのは好きだったりするのか。


腕を組み頭を捻っていると服を軽く数回引っ張られた。引っ張られた方を向くといつの間にか黄虎が隣に立っていた。


「どうした?」


「…いや…何でもない…」


口ではそう言っているが明らかに落ち込んでいる。本当にどうしたんだ。


黄虎の後ろにいた赤音が視界に入り思い当たる。もしかしてアレか?…まぁ、違っていても良いか。


「黄虎、ちょっとしゃがんで」


「…こうか?」


黄虎の頭が鼻先ぐらいまで下がった。黄虎は何をされるのか分かった様で、さっきまでの暗い顔は消えていた。


間違っていなかった事に安心しながら黄虎の頭を撫でる。


黄虎は俺と同じぐらいの身長があるから、しゃがんでくれないと腕を上げないといけないし疲れる。


暫く撫でていたが黒江が入室したのを確認すると手を離した。名残惜しいがいつまでも撫でている訳にはいかない。


「対戦相手を呼んでいますので、少々お待ちください」


これまでとは違う事を受付さんは言った。黒江がBランクではない事がこれで確定したけど、一体ランクは何なのだろう。


数分待ってみたが一向に来る気配がない。立っているのが辛くなってきたところで床の一部が開いた。


やっと対戦相手が来たのか。


もし、対戦相手が人だったらテストが終わり次第文句の1つや2つ言ってやろう。


だんだんと対戦相手が迫り上がってきたが、緑色の髪が見えてきたところで嫌な予感がしてきた。


いやいや、事務仕事があるはずだからこんなところには来ないって。そう自分に言い聞かせるが願いは届かなかった。


黒江の対戦相手は最悪な事にギルド長だった。ギルド長がこっちを向こうとしたから反射的に屈んで身を隠した。


ギルド長の事は嫌いではないが苦手だ。魔動機から頭を出して向こう側を覗き見る。


ギルド長がこちらを、と言うより俺を見て手を振っている。あ、コレは完全にばれてる。


完全に立ち上がって苦笑しつつ手を振り返す。つくづく容姿と行動が食い違う人だ。


ギルド長は気が済んだようで、黒江の方に向き直り何か話をしている。


向こうの部屋に集音機はないらしく声は聞こえてこない。ただ、テストに関する説明を受けているに違いない。


黒江も口を動かしているのを見るに質問とかをしているのだろう。


何度かやり取りがあってからギルド長が今度は受付さんに向けて手を挙げた。それを受けた受付さんは魔動機を操作する。


それとほぼ同時に2人が動き出した。


ギルド長が右腕を上がると一瞬にして薄く緑色がかった槍が幾つも現れた。


黒江はソレに対抗するように両腕を軽く広げると槍の数だけの黒い球が発生した。


槍と黒い球は一斉に動き出し、黒江とギルド長の真ん中あたりでぶつかり合った。


見た目以上に威力があった様で、目の前のガラスが音をたて震えた。


それでも2人にとっては小手調べだったようで、すぐさま両者共に魔装を纏った。


黒江の魔装は決まった形を取らず、黒い靄が体全体を包んでいる。靄は体に沿って漂うが、時々黒江の体の位置を誤認しそうになる。


ギルド長の魔装は両手に付けられた鋭利な鉤爪が特に目を引く。鉤爪の4本の刃はどれも長く15センチ以上はありそうだ。


次に動いたのはギルド長だった。と言っても、俺が認識できたのはギルド長が僅かに沈んだ所までで、いつの間にか黒江に肉薄していた。


このままでは観戦もろくに出来ないと思い、目に集中して身体強化を施す。


それで漸く2人の一挙手一投足を追う事が出来る。2人に目線を戻すとまさにギルド長が黒江に襲い掛かっている所だった。


ギルド長の右手に付いた鉤爪が黒江に迫る。黒江は慌てる様子も避ける様子もなく、左腕を上げ鉤爪を受け止めようとしている。


どう考えても斬り裂かれると思っていた。しかし、そうはならなかった。


鉤爪が黒い靄に触れると触れた場所が黒くなった。その変色は瞬く間に広がり、黒くなった刃の部分は粉の様に崩れた。


ギルド長は黒江から離れて右腕を軽く振った。すると欠けていた刃は元通りに生え揃っていた。


ギルド長の早業には驚いたが、黒江の魔装は驚きを通り越して軽く恐怖すら覚える。


あの黒い靄は人体に当たっても同じように黒く変色して崩れるのだろうか。そうだとしたら実に厄介だ。


魔法でも物理でも触れれば漏れなく崩す靄相手では打つ手はないように思える。


黒江は味方だから安心できるが、もし闇属性の魔装が全て同じ効果を持つとしたら敵にはしたくないな。


まさに今その敵に回したくない人物を相手にしているギルド長は少し考える素振りを見せるとすぐに動き出した。


黒江は自分からは動くことなく完全に受け身だ。あの靄は最強の盾であり矛でもあるからわざわざ自分から動く必要はないからだろう。


更に今度は防御する様子もなく棒立ちしている。そんな事には構わずギルド長はまた右手の鉤爪で黒江に襲い掛かる。


そしてやはり鉤爪が靄に触れると黒くなり崩れる。しかし今度は下がることなく左手の鉤爪を刺すように振り上げる。


強化された目でも追うのが困難なほどに早かったが、黒江の体を満遍なく包む靄には関係なかった。


左手の鉤爪も黒く変色する。今度こそ距離を取るのかと思ったが、既にギルド長の右手が黒江の顔に迫っていた。


右手の鉤爪はいつの間にか復活していた。


その鉤爪も案の定黒くなり崩れた。しかし、ギルド長は尚も鉤爪での攻撃を続ける。


ギルド長の攻撃は途絶えることがないため、防戦一方となっている黒江は苦しそうな顔をしている。


ただ、苦し”そう”なだけで実際は余裕なはずだ。黒江の事だから縛りでも設けて戦っているのだろう。


そんな事を想像もしていないであろうギルド長は攻撃の手を緩めない。鉤爪が崩れた端から再生し攻撃する。


そんなギルド長の攻撃が続いていると、気のせいか黒江を覆っている黒い靄が薄くなった様に感じる。


その感覚は黒江が攻撃を受ける度に強くなっていく。そしてついには靄に隙間ができ、服が見え隠れするようになった。


やはり、崩れさせるのに靄を消費していたんだ。ギルド長も感じ取ったようで攻撃の手を速める。


黒江はこのままではマズイと思ったようで、このテストで初めて後退した。


しかし、ギルド長はそう易々と距離を取らせてくれない。ギルド長は黒江を追い前に跳んだ。


その瞬間黒江が笑ったように見えた。口角が少し上がっただけで、それも一瞬の事だったから見間違いだったかもしれない。


しかし、その考えはすぐに否定された。黒江は引いた足で地面を蹴りギルド長に突っ込んでいく。


黒江はギルド長を罠にかけたのだ。後退すると見せかけて、相手を空中に誘い出した。


あまりにも上手くいったので笑いを抑えきれなかったのだろう。


黒江とギルド長が衝突する前に靄が突如膨張した。それと同時に2人は後ろに吹き飛んだ。


黒江はその場に足をつけて踏み止まった為に少し下がるだけで済んだ。


しかし、空中にいたギルド長は踏ん張る事ができずに後ろの壁に激突してしまった。


傍から見るとそう思えるが、ギルド長は何事もなかった様に平然と立っている。


ここで先ほどの出来事に違和感を感じた。靄に当たっただけなのにあれほど吹き飛ぶものだろうか。


今は想像する事しかできないが、恐らく吹き飛んだ原因は靄ではないと思う。


原因はギルド長にあるだろう。靄の突然の膨張にギルド長は黒江との間に風を起こして対処した。


そう考えると2人が吹き飛んだ理由も、ギルド長が無傷なのも説明できるはずだ。


2人はまた離れた位置で睨み合う。遠距離ともなれば今度は魔法の応酬になると普通は思う。


最初に動いたのは黒江だ。黒江を覆っていた靄が収斂し体に密着していく。


全てが集まったころには黒江の姿が今までとは異なったものとなっていた。


手首が手っ甲で覆われ、上は鳩尾までしかなく、下は短パンの様なスカートの様な短いものを穿いている。


他は鎖かたびらの様に編み込まれた形となっていて、口元には鼻まで覆うマスクをしている。極めつけには右手で小刀を逆手に握っていた。


それは所謂くノ一の格好だ。さっきまで着ていた服はどうしたとか、鼻まで覆っていて苦しくないのかとか疑問は色々と浮かぶ。


しかし、それらの疑問も吹き飛ぶほど黒江は格好良かった。やっぱり忍者衣装には黒髪が映えるな。


黒江の姿に見とれていられたのも一瞬で、瞬きをしたその間に黒江はさっきまでいた場所から消えていた。


ギルド長の方を向くと、ギルド長の後ろにいた黒江がまさに小刀でギルド長に斬りかかろうとしていた。


ギルド長は反応できていないのか振り返ろうとしない。黒江の攻撃が決まると確信した時、ギルド長と黒江の間に壁が現れた。


攻撃を防がれた黒江は距離を取ろうと後ろに跳ぶが、またも急に現れた壁に阻まれ失敗に終わる。


手を拱いていると左右にも壁が現れ、上にも蓋をされてしまい黒江は完全に閉じ込められてしまった。


その間にギルド長は黒江から離れ、黒江を閉じ込めている箱を囲むように、風の剣を幾つも出現させる。


壁の一部が黒く変色し崩れ中から黒江が出てきた。その黒江に向けて風の剣が飛んでいく。


黒江は両手を上げて降参の意を表明した。風の剣は黒江の目の前で停止し、まるで最初からなかったかのように消えた。


それからギルド長は受付さんに向けて手を上げると、黒江を連れて部屋から出て行った。


ふー…これでみんなのテストは終わったか。初めて他の人の試合を真剣に見て疲れた。


まだ昼頃だと言うのに、もう家に帰って寝たくなってきた。


黒江達を待たずに1人だけ先に帰ってしまおうかと思ったが、ちょうど2人が部屋に入ってきた。


ギルド長は俺を横目で見ると何も言わず受付さんの方に向かった。絶対に何かされると身構えていたのが恥ずかしい。


「どうでしたか?」


いつの間にか隣に来ていた黒江に感想を求められた。


「見応えのある戦いだった」


特に気の利いたことが思いつかなかったから、当たり障りのない事しか言えなかった。


それだけですか、そう口には出さないがそういった雰囲気が黒江から漂ってくる。


その非難する様な目線に耐えられず、思わず顔を背けてしまった。それでも黒江の視線を感じる。


誤魔化すように黒江の頭をポンポンと優しく叩いた。


何とか誤魔化せたらしく黒江からの刺すような視線は消えた。


「あ、そう言えば、苦戦していたようだけど、何か縛っていたのか?」


「そうですね。魔力量をマスターと同じ量にしていました」


俺と同じ魔力量でギルド長と渡り合っていたのか。もし俺が戦っていたら瞬殺される自信がある。


俺と黒江でどこが違うかと聞かれれば色々と浮かぶが、一番大きな違いは魔力のコントロール能力だろう。


魔力のコントロールが上手かったら、初級の魔法でも威力を底上げする事が出来るのは、さっきの戦いが証明になった。


それじゃあ、魔力をコントロールする練習をしたらいいじゃないかと思うかもしれないが、これが簡単な話ではない。


その練習はひたすらに同じことを繰り返す単調なものだ。それ故に面白味に欠ける。


練習において楽しさが欠如する事は致命的だ。どんなに最終成果が魅力的でも過程が苦しいと途中で諦めてしまいがちだ。


まぁ、それでも魔力のコントロールの重要性は痛いほど分かったし、気が向いた時にでも練習するか。


「それからもう1つ。あの闇属性の魔装って他の奴も同じ効果が出るのか?」


「いえ、それはありません。私の場合、闇属性に『侵食』のイメージを持たせましたが、ほとんどの人は『隠密』のイメージを持ちます」


ここでも出てくるのか、イメージの壁が。


「ど~~~ん」


そう聞こえたのとほぼ同時に右側に衝撃が走った。黒江がギルド長に抱きつかれて俺に寄りかかってきた様だ。


だから、黒江の頭は俺の脇腹辺りにある訳だが、どうしてか俺の右手はまだ誰かの頭を叩いていた。


嫌な予感をしつつも右を向くと、予想通りギルド長の頭を叩いていた。慌てて手を引っ込める。


「ちぇ~…」


ギルド長は口を尖らせて分かり易く残念がった。でも、すぐにいつもの顔に戻った。


「まぁいいや。それで、黒江ちゃんのランクなんだけど、明日Sランク試験を受けてもらう事になりました」


重要な事を言っている筈なのに、抱きついたままだからいまいち真面目に聞けない。


「明日ですか」


黒江はちゃんと聞いていた様で、抱きつかれたまま質問していた。質問する前に離れてもらえよと思わない事もない。


「別に明日予定があるなら他の日でもいいよ」


「予定ですか…」


黒江が俺の方を見てきた。黒江の視線を追ってかギルド長も見てきた。


「あぁ…別に予定はないから、いい機会だし受けてこいよ」


「そうだ、五十嵐君も一緒に受ける?」


ちょっとそこまで行こうぜ、みたいな軽いノリで誘われた。思わず、いいぜ、と答えそうになったが思い止まる。


Sランク試験は命の危険と隣り合わせの試験だ。そんなものを軽々しく受けられない。


「いえ、止めておきます。私はまだそれほどの実力がありませんので」


「あると思うんだけどなぁ……まぁいいや、気が変わったらいつでも声かけてね」


ギルド長は手を振りながら部屋から出て行った。一気に部屋の中が静かになった。


部屋の中には唯一受付さんが魔動機を操作する音だけが響く。それもすぐに終わり受付さんが俺たちの方を向いた。


「登録が終わりましたので、こちらに来てください。まずは赤音さんから」


「は~~い」


赤音が元気よく返事をして受付さんに近づく。俺の時と同じように魔動機から出てきた黒いカードを引き抜いた。


赤音は引き抜いたカードを見て顔を綻ばせながら戻ってきた。今度は黄虎が呼ばれ赤音と入れ替わる様に受付さんの許に行った。


「見てみて~赤音が写ってる~」


ギルドカードを掲げる様にして見せてきた。やっぱりいつ撮ったのか分からない写真とともに基本情報が載っている。


「おぉ…本当だな。あぁ、それから、コレは大切なやつだから落とさないようにしろよ」


「うん。分かった」


口だけで返事をする赤音はギルドカードを食い入るように見ていた。新しいおもちゃを買ってもらった子供みたいだな。


黄虎も無事に受け取れた様で戻ってきた。平静を装っているつもりだろうが、嬉しさを隠しきれず顔に出ている。


「良かったな」


「…う、うむ」


黄虎は赤音のようにギルドカードを眺めたりせず、すぐにポケットに入れた。それでもポケットの上から触ってにやけている。


黄虎は素直じゃないところがたまにある。まぁ、そこが可愛いんだけど。


「取り敢えずAランクで登録しておきましたのでご確認ください」


「はい」


受付さんが黒江に説明しているのが聞こえてきた。黒江はAランクで登録されたのか。俺と一緒だな。すぐに抜かれるだろうが。


これでみんなギルドに登録できたわけだ。受付さんにお礼を言ってから部屋を出て1階に戻る。


魔力測定室の扉を開けると喧騒が耳を突く。時間にしたらほんの1時間くらいなのに懐かしさを感じる。


「さてと。みんなには腕試しと言うか肩慣らしと言うか、まぁ、何にせよ依頼を受けてもらおうと思っているんだけどどうだ?」


「さ~んせ~」


「うむ」


「はい」


みんな快く返事をしてくれた。依頼を早く受けたくて仕方がない様子だ。


みんなを魔動機の前に連れて行くと早速操作し始めた。俺も何か依頼を受けようかな。


みんな受ける依頼が決まり一度集まった。3人の依頼は全て討伐系の依頼だった。


まだ体を動かしたりないと言うのか。俺は何もしていないのに街頭系だと言うのに。


依頼を受付に出してから少し早い昼ご飯にする。3人の事を考えると食べておいた方が良いだろうと思ったからだ。


流石に俺はまだ腹が減っていないので、サンドイッチと紅茶の軽めの昼ご飯で済ませた。


黒江は海鮮丼、黄虎はステーキ、赤音はナポリタンとサラダのセット。食事一つをとっても個性が出るな。


昼ご飯を食べ終わると3人とも依頼に行ってしまった、赤音と黄虎は走って。


取り残された俺はとぼとぼと街に出る。俺の依頼は今度新装開店する店のチラシを配る簡単なものだ。


今ある街頭系の依頼で報酬がそれなりにいいのがこれしかなかったのだから仕方がない。


店に着くとそこにはすでに何人かが集まっていた。挨拶をしてから輪の中に入る。


店の説明と担当場所を聞いてからチラシが入ったカバンを受け取る。新しい店はアクセサリーショップのようだ。


ただのアクセサリーだけでなく特殊効果を持ったものも取り扱っている。開店したら一度見に行くのもいいかも知れない。


何とか配り終わる事が出来た。炎天下のチラシ配りは辛かったが、何よりも受け取ってくれないのが一番心に来た。


依頼人に報告すると報酬が入った封筒と缶ジュースを貰った。缶ジュースは報酬に含まれていなかったが、暑い中頑張ったご褒美らしい。


ギルドへの報告は依頼人の方がしてくれる様でその場で解散となった。缶ジュースを飲みながら街を歩く。


そう言えば、冷蔵庫の中がそろそろ空になりそうだったな。ちょうど報酬で3万円を手に入れた事だし食材を買い足しておくか。


色々な店を渡り歩き食材を買っていった。気が付けばカバンを両腕に提げ、大きな紙袋を抱えていた。


買い過ぎた感が否めないが、頭数を考えれば丁度いいのかもしれない。


重い荷物を苦労しながら寮に戻ってきた。扉を開けるのに四苦八苦して、何とか部屋の中に入る。


荷物を机の上に置いて一息つく。そこでようやくトラが寝転がっていることに気が付いた。


「なんだ、もう帰っていたのか」


「うむ」


トラは疲れているのか顔をこちらに向けず返事をした。部屋の中を見回したが帰っているのはトラだけの様だ。


と、先に買ってきた食材を冷蔵庫に入れよう。こんなに暑いとすぐに傷んでしまう。


全てを入れ終わり椅子に座ろうとして、机の上に封筒が置いてあるのに気が付いた。


何気なく手に取り中を見てみると現金が入っていた。トラの方を見る。


「トラ、これって…」


「いや、欲しいものは買ったし…そんなにあっても逆に困るって言うか、少しでも食費の足しになればと言うか…」


いつも以上に饒舌にトラが取り繕うように言う。尻尾もバッタンバッタンと動き回っている。


そんなトラを後ろから抱きしめて頭を撫でる。


「もう、可愛いやつだな、おまえは。ありがとな。ちゃんと食費に足しておくな」


「う…うむ」


トラを撫で回していると玄関の方から扉が開く音が聞こえてきた。誰かが帰ってきた様だ。


「ただいま~…って何してるの、トラだけずるい~」


大きな紙袋を抱えていた赤音は机に紙袋を置いて近寄ってきた。ついでに頭も突き出してきた。


「はいはい、それで、何買って来たんだ?」


赤音の頭を軽く叩きながら立ち上がり紙袋の中をのぞき込む。見えているのはお菓子ばかりだ。


「えっとね~、お菓子とか、可愛い服とかいっぱい買ったの」


紙袋から取り出し机の上に並べていく。全部を並べると机がお菓子と服で埋め尽くされた。


聞くと報酬のほとんどを使ってしまったそうだ。討伐系の依頼の報酬は結構高かったはずだけど。


服をクローゼットに入れ、お菓子を台所の収納スペースに収めていると、黒江も帰ってきた。


その後は、みんなでご飯を食べたり、寝るまでだらだらと過ごしたりと普通に過ごした。



翌日。黒江のSランク試験があったが、特に問題は起こることなく無事黒江はSランクとなった。


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