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18章:夏休みの出来事②

夏に相応しく背筋の凍りそうな体験をしたあの日家族が増えた。


「主、腹が減った」


「さっき食べたばっかりだろ。我慢しなさい」


「主、アレが食べたい」


「ダメ」


この腹ペコモンスターがその新しい家族だ。名前はずっと心の中で呼んでいたトラに定着してしまった。


俺はずっとトラは雄だと思っていたが、声を聞くと案外と高く雌だと言う事が判明した。


それなら可愛い名前にするかとトラに提案したが却下された。因みに、トラは使い魔になった瞬間から喋れるようになった。


クロによると、「私の力の断片がマスターを経由して流れた結果です」との事。


ただ、あくまでも断片だから出来る事も限られていて、話せる以外は元々の力に変化はないらしい。


さらに、野生の魔物を使い魔にすると魔力供給は要らず、食事だけで事足りるみたいだ。


本来なら喜んでいる所だが今回は食事と言う事が問題となった。トラの1食の量がとんでもなく多い。


今まで碌な食事も出来なかっただろうからと、食べさせていたら三日で1か月分の食費がとんだ。


そんな訳でここ最近は毎日依頼を受けている。少しでも稼いでおかないとすぐに貯金が底を突いてしまう。


そして、手早く稼ごうと思うと討伐系の依頼が多くなる。命の危険があるから報酬は高くなる。


ただ、最近受けた依頼は全て魔物の死体を提出しないといけなかった。その魔物の素材を使って研究するらしい。


だから、飛竜の時の様に死体を解体屋に持って行って換金する事が出来ない。世知辛い。


世知辛いけど報酬がいいし、今のところは収支で釣り合いが取れているからまぁいい。


そんな訳で今日も気の進まない討伐系の依頼を受けて、現地に向かっている所だ。


今日受ける依頼は『大量発生したリザードイーターを駆除しろ』と言う内容だ。


リザードイーターとはその名の通りトカゲを主食とする魔物だ。トカゲと言ってもオオトカゲだ。


リザードイーターは全長3mもあるオオトカゲを余裕で丸飲みにすると言われている。


前に見た魔物図鑑ではそんな事を思わせないくらい小さな口をしていたと思う。


こんな事なら絵だけじゃなくて説明文もよく見ておけばよかった。


弱点とかが分かったらこの依頼もすんなりと終わったかもしれないのに。後悔先に立たずとはこのことだ。


なんとか思い出そうとして依頼場所に着くまで延々と魔物図鑑を見た時の記憶を掘り返していた。


馬車に揺られ着いた場所は空気が乾燥し砂漠手前の草原だ。如何にもオオトカゲが生息していそうな場所だ。


目的地まではあと少しあるが御者は怖がり離れた場所に俺を降ろした。御者にお礼を言って馬車を離れた。


御者が恐れたのも理解できる。少し離れた所で大きな何かが群れとなって動いている様子は圧倒される。


注意しながらその群れに近づいていく。近づくにつれて魔物の全貌がはっきりと見えてきた。


その魔物はさながら毛むくじゃらの机の様だった。毛の色は薄い黄色の様で周りの風景に溶け込んでいる。


机の様に見えたのは背中にあたるだろう部分が平らだったからだ。見事なまでに平らだ。


そして、頭らしきものが全く見当たらない。動けていると言う事はどこかに頭はあるはずだ。それか頭に相当する何かが。


俺はリザードイーターの進む先に回り込んだ。大体の生き物は頭がある方を前にして進む。


目を凝らし探してやっと見つけた。右前足と左前足のちょうど真ん中に毛の間から小さな突起を出していた。


あの感じからすると頭はアリクイの様に細長いのかもしれない。ただ、さっきから気になっている事があった。


俺が魔物図鑑で見た事のあるリザードイーターの姿からはかけ離れている事だ。



不思議に思いつつもリザードイーターを観察していると、リザードイーターの足元で動くものがいた。


それをよく見てみると俺が図鑑で見た事のあるリザードイーターの姿がそこにはあった。


ソイツは毛の生えていないアリクイの様な姿をしていて、前足と後ろ足が黒色で他は薄い黄色だった。


体は小さく一目でそれがリザードイーターの幼体である事が分かった。


幼体が何故さも成体であるかのように図鑑に載っていたのかは疑問だが、今気にしても仕方がない。


俺はリザードイーターの観察を打ち切り、討伐するための準備を始めた。


準備と言っても、鉄刀を構えて気持ちを落ち着かせるだけだ。鉄刀の鞘を左手で握り、右手を胸に当てて深呼吸する。


よし、行くか。俺は鉄刀を鞘から抜きリザードイーターの群れに向かって走った。


走っている間に身体強化を5掛でかけておく。素の状態では到底太刀打ちできないと判断したからだ。


身体強化された俺の横をトラは走っていた。それも必死な様子はなく、むしろ軽々と言った様子だった。


そのトラの眼はリザードイーターを捉えていた。狩猟本能を刺激されたのかその眼には殺意が目一杯込められていた。


ある程度リザードイーターとの距離を縮めると、トラは急に加速し幼体に襲い掛かった。


幼体はトラに気づいていなかったのか抵抗することなく吹き飛ばされた。


それを見届けた所で俺は成体の群れに突っ込んだ。ざっと数えた感じでは10体以上はいた。


一度にこれだけの数を相手するのは骨が折れる。二つの意味で。それに全長が5m程で体格差もある。


出し惜しみしている場合ではないか。俺は土属性の魔装を発動させた。


防御力と攻撃力を同時に上げられるから気に入っている。ただ、実戦投入は今回が初めてだ。


今まで楽なものしか受けてこなかったから仕方がない。


リザードイーター達は吹き飛んだ子どもの事が気になる様で俺の方を見ている奴は少ない。


俺はこっちに気が付いている奴で一番近くにいた1体に斬りかかった。


リザードイーターの足は太く斬り落とすことは出来なかったが、それでも半分は斬る事が出来た。


あまりに抵抗なく斬れた為に踏ん張りがきかず転びそうになった。それでも何とか踏み止まり転ばずに済んだ。


魔装は想像していた以上に力を上げてくれる様だ。この力があればこの依頼は案外と簡単に達成できるかもしれない。


足を斬られたリザードイーターはその場に倒れこんだ。ただ致命傷ではないからのたうち回っている。


俺はそれを無視して別のリザードイーターに迫った。また同じように足を斬り裂こうと鉄刀を振り上げた。


あと少し近づいてから振り下ろそうと考えていると、リザードイーターが目の前から消えた。


こういう時は大体上に跳んでいる。俺は鉄刀を下ろしてその場で見上げた。


思っていた通りリザードイーターは上空にいた。奇妙な事に背中を地面に向けてこちらに落ちてくる。


押し潰す気なのだろうか。単純な攻撃だがあの大きさのものが上から降ってきたら一溜まりもない。


その場から離れるべく動き出した瞬間、リザードイーターに異変が起こった。


リザードイーターの背中が縦に裂け、鋭利な歯がびっしりと並んだ大きな口が姿を現した。


この時になってようやくこの魔物がリザードイーターと呼ばれる所以が分かった。


なるほど、これほど大きな口であれば3mもあるトカゲを丸飲みする事も簡単だろう。


そんな事を考えている内にリザードイーターが避けられない距離にまで近づいてきていた。


俺は心の中では諦めながらも、頭を抱えて丸くなった。


地面をずっと見ていることに耐えられず、目だけを動かして上を見た。


そこにはお世辞にも綺麗とは言えない歯が所狭しと並んでいた。一列だけでなく何列も。


アイアンメイデンみたいだと思った。この状況でそんな事を思ったのはある意味現実逃避だった。


その歯が俺に迫ってきた時にはそんな事を思う余裕もなくなって、目を閉じ体を堅くして衝撃に備えていた。


いつまで経っても衝撃がやってこない。これは瀕死体験をした人がよく言う『世界がスローモーションで見える』って奴なのか。


目を開けてないから実際にスローモーションに見えるかは分からないけど、開ける気もない。


それでもやっぱりちょっとは見ようかな。意を決して目を開けようとした時、上から生暖かいねっとりとしたものが降ってきた。


突然の事過ぎて逆に頭が冴え渡る。今俺がいるのはリザードイーターの口の中、あるいは下。


口から出る液体は通常であれば一つしかない。つ、つまり、これは……。


それを言葉にする前に俺は動き出した。体を滅茶苦茶に動かす。一心不乱に体を振る。


体を動かす度に服と体の間に流れてきて、それを取り除く為にもっと激しく動く。


悪循環になっている事に気づくことなく体を振り続けた。


体を振るだけではダメだと気づき地面を転がった。土が口に入ってきたが気にする余裕がない。


何にもぶつかることなく転がり続けていると、水に突っ込んだ。冷たい水のおかげで目が覚めた。


その場で立ち上がって辺りを見渡す。ここは砂漠で言うところのオアシスみたいなところか。



……あれ、そう言えば俺は何してたんだっけ。……あぁ、リザードイーターの討伐に来たんだった。


じゃあなんで、俺は沼に突っ込んでびしょ濡れになってんだ?…リザードイーターのせいだ。


そうだ、リザードイーターがいなけりゃ俺がここに来ることもなかったし、沼に突っ込むこともなかった。


うん、ころそ。


リザードイーターが突然向こう側に逃げ出した。逃がすわけがない。


全速力で先頭のリザードイーターに追いつき、殴る。リザードイーターの足に腕が刺さった。


左腕も差し込んで足を左右に裂いた。返り血を浴びたが気に留めず、次の獲物を探す。


目についたリザードイーターを魔装の力にモノを言わせて裂いていく。


足を裂いて逃げられなくしてから、背中の口を無理矢理開けてそのまま身体を真っ二つに分ける。


リザードイーターに発声器官はないのか、暴れるだけで叫ぶことは一度もなかった。


気が付いた時には辺り一面に毛の生えた肉が転がっていた。はぁぁぁぁ……疲れた。


普段は本気になって暴れる事がないから楽しかったが、終わってしまった今ではただ癒しが欲しい。


いつの間にか頭の上から消えていたクロを探す。あまり動きたくないから緩慢に頭を振る。


すぐに見つける事が出来た。クロは沼の傍に1本だけ生えている木の根元にいた。


腕をだらりと下に向けたままのそのそとクロを目指して歩く。傍から見るとゾンビに間違えられそうだな。


ある程度までクロに近づくと抱き着くように倒れた。


「まずは体を洗ってください」


クロに受け止められることなく俺は沼の方に吹き飛ばされた。俺は何もできず沼に突っ込んだ。


すぐに立ち上がり自分の手を見ると真っ赤に染まっていた。手だけでなく服も真っ赤だ。


こんなに返り血を浴びていたのか。服を脱いで全て沼に浸ける。手洗いだけで落ちるかな、コレ。


コートは結構気に入っていたし、帰ったら取り敢えずクリーニングに出すか。


いい機会だしコートを着るのは止めようかなぁ。いい加減暑くなってきたし。


ただ、コートを着ると気が引き締まる感じがするから、依頼をする時は着たいんだよなぁ。


目に見える体の汚れは大体落とせた。だが、手はまだ血の臭いがする。


「あ~ぁ、ダメだこりゃ」


コートを持ち上げ全体を見て思わず呟く。コートに焦げ茶色のシミが出来てしまっている。


適度に服とコートを絞ってからボックスの中に放り込んだ。そこでようやく周囲に人がいないか確認した。


すっかり忘れていたが、ここは外なんだ。こんなパンツ一枚の姿を見られたら普通に死ねる。


顔を左右に向けるがどこにも人の姿は見えない。良かった。それでもいつ誰が通るかも分からないからな、さっさと着替えよう。


沼から出てタオルで身体を拭きながらボックスの中を覗く。着替えってまだ入れてたかな。


全部出した気がするんだよなぁ。手前にあるものを退けていると奥の方に服とズボンが綺麗に畳まれて置いてあった。


取り出してみると見覚えのあるデザインをしていた。黒い服に白い文字で縦に『暇神』と書いてあった。


これは彰吾が着ていた奴と同じものだ。本人がここにいないからいいけど、野郎とペアルックはキツイ。


今はこれしかないから着るけど、帰ったらタンスの奥の方にしまっておこう。


全て着替えてからクロの許に行く。クロは寝ている時の様に丸くなっていた。


クロを撫でようと伸ばした手を途中で止めた。クロの後ろに生えている草の間から小さな顔が出てきたからだ。


その顔にはくりっとした黒い瞳が2つあり、そのどちらもが俺を見ている。


耳は空に向かってピンと立っている。回りくどく言ってみたが、つまりはウサギが突然草の間から顔を覗かせた。


そのウサギは目が痛くなるほどに赤かった。しばらく見ていたら緑の靄が目に焼け付いた。


あまりにそのウサギが俺を見てくるものだから、伸ばしていた手をそのままウサギに向け頭を撫でた。


逃げられるかと思ったがすんなりと触れる事が出来た。ウサギは目を細めて気持ち良さそうにしている。か、かわいぃ。


「マスター、何をされているのですか?」


クロが体を起こして非難する様な口調で聞いてきた。拗ねているのだろうか。


拗ねているクロも可愛いが機嫌を直してもらう為にも撫でてやるか。


ウサギから手を離そうと手を浮かせると、ウサギが頭を動かして手に擦り付けてきた。


なにこれ~、ちょ~かわいいんですけど~。じゃなくて、ウサギが全く手から離れてくれない。


右に動かしても、左に動かしても頭を動かしてついてくる。そろそろクロの視線が痛くなってきた。


「いつまでそうしているつもりですか、マスター」


「いやぁ…俺は悪くないと思うんだけどなぁ」


そう言ってもクロの視線は鋭くなる一方だ。右手は諦めて左手でクロを撫でる。


それでクロは満足した様でクロの視線は穏やかなものになった。しかし、今度は後ろからの視線を感じた。


振り返るとトラが近くにまで来ていた。


「まぁ、我は飯さえ貰えればどうでもいいんだがな」


聞いてもいないのにトラは言い訳のような事を喋りだした。


そして、そんな事を言っていても尻尾は不機嫌そうに地面を叩いている。


その様子があまりにも可愛くてクロとウサギを撫でるのを止めてトラに抱きついていた。


「なななななな、何、なにするんだ」


トラは暴れるが本気で嫌がっている訳ではなく、素の状態の俺でも抑え込む事が出来た。


暫くトラに抱きついて癒しを存分に補充してから離れる。クロとウサギの方に向き直ると2匹が睨み合っていた。


「で、こいつはなんなんだ?」


ウサギを指差しながらクロに聞く。色々と順番がおかしい気がしなくもないけど取り敢えずウサギの事が知りたい。


「ホワイトスノーラビットと言う魔物です」


真っ赤なウサギなのに種族名がホワイトスノーラビットとはおかしな事を言う。


「目が痛くなるほど赤いんだけど、その名前はおかしくないか?」


「それはコレがホワイトスノーラビットの突然変異体だからです」


ウサギの方を見る。ウサギはのんきに地面を這う虫を見ていた。こんなのが突然変異体とは俄かに信じがたい。


突然ウサギが顔を上げて俺の方を見てきた。そして、身を縮めて俺の胸に飛び込んできた。勢いが強く後ろに倒れた。


何か怒らせるような事をしたかと思ったが、顔を擦りつけてくるのを見るに怒っている訳ではない様だ。


それにしても人間臭いウサギだ。警戒感が薄すぎて本当に野生の魔物なのか疑ってしまう。


「なぁ、コイツって人間に飼われてた事があったのか?」


「いえ、ありません。ただ、生まれた時から今まで親にさえ愛された事がないので、愛情に飢えているのでしょう」


それを聞いて未だに俺にしがみつているウサギを見て納得する。でも、新たに納得できない事も出てきた。


「なんで親にも愛されなかったんだ?」


「親は普通のホワイトスノーラビットなので寒い環境を好みます。しかし、突然変異体であるコレは見た目通り火属性の魔力を持っています。魔力をうまく制御できない幼体の時によく周りを暑くしてしまっていたのです」


つまりは暑苦しいからハブられていたと。俺の胸にしがみつくウサギをもう一度見る。


今では制御出来ている様で全く暑くない。撫でると目を細めて気持ち良さそうにする。


「行く当てがないなら家に来るか?」


ウサギを見つめながら冗談半分で聞いてみた。来てほしい気持ちはあるが、流石に来る事はないだろう。


そんな思いとは裏腹に右手の甲に電流が流れたような痛みが走った。この痛みは覚えがある。


右手の甲を見てみると使い魔の契約印が変化していた。クロが上に、トラが左下に、そして、ウサギが右下に描かれていた。


みんな中心にある光の方を向いている。この光は俺を表しているのだろうか。


「契約してくれてありがと~。マスター、だ~いすき~。ねぇねぇねぇ、名前つけて、名前!」


契約印を見ているとウサギが突然喋りだした。トラの時と同じでクロの力が流れたのだろう。


それにしても名前か。声が可愛かったから雌に違いない。これは可愛い名前を付けてやらないとなぁ。


「…じゃあ、ウサ子ってどうだ?シンプルでいて可愛さも表現した良い名前だと思うんだけど」


「マスター…その名前はどうかと思いますが…」


「ウサ子…ウサ子…ウサ子……うん、良い名前!今日からよろしくね、マスター」


ウサギ改めウサ子がまた顔を胸に擦り付けてきた。そんなウサ子を撫でているとクロが頭に乗った。


「マスター、そろそろ帰りましょう」


「ああ、そうだな」


立ち上がりリザードイーターだった肉の塊の方を向く。今にして思えばここまでする程の事ではなかった。


が、やってしまったものは仕方がない。ボックスの中からギルドから渡されたものを取り出した。


今回は討伐対象が多数だったから討伐完了の確認方法がいつもとは違う。今回は写真を撮ればいい。


写り込もうとするウサ子を抑えに苦労しながらも、視点を変えつつ何枚かとってからカメラをボックスに入れる。


リザードイーターの死体はそのままにして帰路についた。


俺が死体から離れると、草を掻き分けて死体に近づく音があちこちから聞こえてきた。


たぶんリザードイーターを食べようと魔物が近づいて来たのだろう。自然の一部を垣間見た気分だ。


自分が標的されないよう気配を消しながらどうやって帰るか考える。馬車は当然ないから徒歩か?


いや、転移で帰ればいいのか。転移でサクッと帰ってギルドで報酬を受けとる。


その報酬で時間は早かったが、ウサ子の歓迎会を兼ねた少し豪華な夕食を食べた。

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