15章:再会と無茶ぶり
あの女体化事件から2日が経った。あの日以来話しかけてくる人が増えたが、来週にはまたボッチ生活に戻るだろう。
それまでの辛抱だと自分に言い聞かせて、つまらない話に適当に相槌を打っていた。
昼休みになれば離れていくのはこの前で分かったので、それまでの休み時間を乗り切るのは容易かった。
そうして、4時間目の授業が終わるや否や教室を慌てて出ていく奴はたくさんいた。
俺は良くも悪くも人気のない場所で食べているから、急ぐ必要もなくのんびりと学食まで歩く。
何を食べようかと思案しながら階段前を通りがかった時だった。階段の方で誰かが何かを叫んだ。
野次馬精神で階段の方を見ると誰かが俺に向かって跳んできていた。俺は咄嗟に右に避けた。
跳んできた人はそのまま廊下の壁に当たり鈍い音をたてて止まった。あぁ、痛そう…
改めて、跳んできた人を見てみる。さっきすれ違いざまに見た時に既視感があったがコイツだったのか。
目が痛くなるほどに白い毛並みの耳と天を衝くようにピンと伸びた尻尾。
跳んできた人の正体はこの前助けた獣人だった。同じ学校の生徒だったのか。
いつまでも壁に貼り付けている訳にもいかず、抱えて邪魔にならない場所に移動した。
人が通らない隅で腰を下ろした。運ぶ時に軽く見たがどこにも傷はなかった。
むしろ、衝突した壁がへこんでいて重傷だった。アレは俺が怒られるのか?
そうであるならば早く立ち去らなければならないが、後ろであの女の子が呻き声を上げながら起きてしまった。
無視する訳にはいかないので、取り敢えず女の子の方に向き直った。
女の子は頭を押さえながら状況を確認するように首を振っていた。
「大丈夫ですか?あぁ…えっと…」
「あ、私はソフィア・アヴリル・タウンゼントと言います。ソフィーって呼んでください」
そう言って獣人の女の―――ソフィーは元気に笑った。え、笑顔が眩しい。
「丁寧にどうもありがとうございます。私は五十嵐麟児と申します。どうぞ、好きなようにお呼びください」
顔は直視できず明後日の方向を見ながら軽い自己紹介をした。声が上擦らなかっただけマシと言える。
そして、まだ上の学年か下の学年かは分からず、変な言葉遣いになったけど気にしない。
「先輩」
「はい」
「その…猫かぶりは止めませんか?」
想像もしていなかった事を言われ思考が停止した。何故ばれた。
確かに言葉は変だったかもしれないが、出会って数秒の人物に見破られるほど完成度は低くないはずだ。
何はともあれ、ソフィーといるとボロが出てしまう。早急にこの場を離れなければ。
「ちょ、ちょっと、どこ行くんですか。待ってくださいよ」
立ち上がろうとしたところ、腕を引っ張られ強制的に座らされた。その時左手が最初に地面に着いた為に左肩に衝撃が走った。
今すぐにでも肩を押さえてうずくまりたいが、女子が見ている手前、男としての矜持から何とか我慢する。
「だ、大丈夫ですか?」
「何がですか?特に問題はありませんよ」
「その割には震えている様ですけど…」
言われて気づく。自分がマナーモードよろしく震えていた。そりゃそうだよ。だって痛いもん。
「…まぁ、それはこの際おいておいて、ですね。…あの、この間は助けていただき、ありがとうございました」
ソフィーが頭を下げる。それと同時に猫耳がペタッと閉じる様に折れた。それだけで癒された。
「あ、あぁ…あの時の…お礼を言いに来てくれたのね。なるほど。うん、全然気にしなくていいから。あれは俺の自己満だから。それだけだよな。じゃあな」
「だから待ってください」
また立とうとして腕を引っ張られ左肩に衝撃が伝わった。もう、ほんとに勘弁してよ、マジで。
「あの時もそうやって逃げたんですよ。思い出せませんか?」
思い出すも何も覚えてるから行かせてくれ。こうしている間にも時間が過ぎて昼休みが終わってしまう。
「その話は後にしてご飯食べに行っても良いか?腹が減って頭が働かないからさ」
「それもそうですね。行きましょうか」
ソフィーはさも当然の様に隣に並び学食へと向かう。今から購買に行っても大したものは残ってないだろうから別にいいけど。
学食に着き中を見てみると、いまだに券売機に長蛇の列ができていた。ソフィーは一目散にその列の後ろに並んだ。
席を確保しておかなくても大丈夫なほど席は沢山あるから何も不思議ではない。だが、俺はその列を無視して奥に進む。
「先輩、どこに行くんですか?券売機の列はあっちですよ」
「あぁ、ちょっとな…」
ソフィーが列から離れて俺の後をついてきた。くそ、これで離れられると思ったのに。
いや、待てよ。まだ望みはある。あの券売機は現金のみだ。ここでソフィーが現金を持っていなければあそこでは券を買えない。
これは勝ったな。ソフィーが向こうに券を買いに行っている隙に食べ終わって、すぐに学食を出ればもう会うことはなくなる。
俺は慣れた手つきでお金を入れると券を買う。今日はスピード重視だ。悩んでいる暇はない。
「いらっしゃい。今日は遅かったねぇ」
「ええ、ちょっと厄介な人物に捕まりまして…」
「ちょっと、厄介って酷くないですか、先輩。あ、すみません、コレください」
俺は思わず後ずさってしまった。何故ここにソフィーがいる。何故券を買えた。
疑問は尽きないが取り敢えず席についた。そしてソフィーは当然と言った雰囲気で隣に座った。
「あやぁ?この子、彼女かい?」
「そんな訳ないじゃないですか。そこでたまたま会っただけですよ」
「その通りですけど……この前の土曜日に街で不良に捕まってた時に先輩が助けてくれたんです」
「へぇ…やるじゃないか、アンタ。ちょっと見直したよ」
俺は気恥ずかしくなってただ黙って水を飲んでいた。すると頭の上から怒気を含んだ鳴き声が聞こえてきた。
俺の頭の上にはクロしかいない。一瞬何を怒っているのか分からなかったがすぐに思い当たった。
クロのご飯の用意をしていなかった。おばちゃんとソフィーが話し込んでいる隙にボックスからエサ皿とエサを取り出した。
地面にエサ皿を置いてやるとクロが頭の上から飛び降りた。
クロが食べ始めた頃に俺が頼んだものが出来た。手渡されたお盆の上には鯖味噌煮定食の面々が載っていた。
俺はソフィーを待つことなく食べ始めた。案の定ソフィーに文句を言われたが無視を決め込む。
「そういえば、先輩、午後って何かあるんですか?」
「…実戦訓練がある」
「へ~いいなぁ~。私も早く実戦訓練がしたいです」
「ただ疲れるだけだぞ」
俺は鯖の身をほぐしながら応えた。身体を動かすのは楽しいけど戦いとなると一気に面倒臭くなる。
「でも、魔武器とか使い魔とかは楽しみですよ。…そのコ、使い魔ですか?」
「ああ、ニュートラルキャットのクロだ」
俺が手短に紹介するとクロが軽く鳴いた。クロは俺以外の前では喋らないつもりの様だ。
「可愛いなぁ…私もクロちゃんみたいに可愛い使い魔だったらいいなぁ」
自分の事ではないが褒められて悪い気はしない。そして、そんな事を言っているソフィーの頭の上では猫耳が忙しなく動いていた。
自分の使い魔に思いを馳せているのかソフィーは心ここにあらずと言った様子だった。
俺はその隙に残っていたものを全て掻き込んで、お盆をおばちゃんに渡して学食を出た。
急ぎ過ぎてクロを取り残してしまったが、すぐにエサ皿を咥えたクロが走ってきた。
ソフィーは追いかけて来なかった。未だにトリップしているのか、ご飯を食べているのかは定かではないがなんにせよ助かった。
俺だって一匹狼を気取っている訳ではない。出来る事なら休み時間は友達と馬鹿な話をして過ごしたい。
ただ、いきなり来られると対応が上手くできない。次ソフィーに会ったら、次こそはちゃんと話をして友達と言える関係になるんだ。
新たな決意を胸に俺は午後の実戦訓練のために着替え始めた。
◇ ◇ ◇
いつもの様に第一闘技場に集まり、いつもの様に試合をする場所を告げられ、いつもの様に言われた場所に移動する。
そんな、みんながいつも通りの行動をしている中、俺だけは座ったままで動けずにいた。
俺だけ何も言われなかった。空気過ぎて忘れてたってか?泣くぞ?
俺が抗議の為に立ち上がると、先生は「分かっている。お前はあっちだ」と言って奥の方を指差した。
いやいや、ご冗談はよしてくださいよ、先生。だって、あっちは『Sクラス』ですよ。
間違えていないか聞こうとしたが、先生はすでにそこにはいなかった。
いつまでもじっとしていても埒があかないので、俺は泣く泣く、渋々、嫌々、ため息をつきながらSクラスの方に向かった。
Sクラスに向かう間にこうなってしまった原因を考える。と言っても思い当たる節が全くない。
俺は一度もSクラスの奴らと戦いたいなんて言ってないし、客観的に見ても俺に力があるとは思えない。
頭を悩ませるけれども答えは見つからずSクラスの場所まで来てしまった。
出来るだけ気配を消して近づく。決して四方やサユリさんに気取られてはいけない。
しかし、Sクラスに近づく人間と言うのは否が応でも注目されるもので、どれだけ空気になろうとしても見つかってしまう。
「よっす!マコト君!やっとこっちに来たのか」
「…久しぶりです」
「おぉお!!!マサキ!!!そいつは誰だ!!?」
「なんだか弱そうだね……お前、やんのか?あぁん?」
「なんだか強そうだね……そっちこそ、やんのか?おぉん?」
「ゴホゴホ…不思議な…空気を…ゴホ…纏っている…」
「あぁ~!!ネコだぁ。いいなぁ…ボクもネコに触りたいなぁ…」
ほら、厄介なのが来た。先頭から、四方・サユリさん・熱血男子・瓜二つな男子・咳をする女子・ボクっ娘女子。
熱血は終始五月蝿いし、双子は勝手に喧嘩を始めるしで俺の周りが一気に騒がしくなった。
言いたいことは山ほどあるが、まずは訂正からだ。
「ヨモ君、私は五十嵐麟児ですよ」
「ん、そうだったな、わりぃ、わりぃ」
四方が白々しくも謝ってきた。絶対わざとだった癖に…
四方が何かを言おうとした所で、先生が集めるよう号令を掛けた。周りにいた人は皆先生の許に集まった。
俺は何食わぬ顔で四方達から離れた場所に座った。そんな俺を四方は穴が開くほど見つめてきた。
それでも俺は無視を決め先生の話に集中した。Sクラスともなれば殆ど制限を受けない様だ。
試合では殺しさえしなければ何をしても良いそうだ。この時点で帰りたい気持ちが限界を超えた。
Sクラスの生徒同士はその条件でも十分に戦えるだろうが、俺みたいな奴だと一方的な試合になってしまう。
俺の不安を他所に試合は始まってしまった。呼ばれなかったので一先ずは観戦する事にした。
何試合か終わったが、試合の内容はどれも参考にならないものだった。
何が起こったのか全く分からないままに決着していたものがあれば、強力な魔法でゴリ押ししたものもあった。
俺が敵わないのは分かり切っていたから落胆する事はなかったが、試合が終わる毎に恐怖感が増してくる。
今まで試合を行った人の中に四方の周りにいた人はいなかった。四方と仲がいいと言う事は実力はかなりのものに違いない。
俺はあの人たちに当たらないよう祈り続けた。試合も見ずに祈っていると俺の名前が呼ばれた。
胸の鼓動を抑えながら舞台に上がり対戦相手の顔を見た。俺の祈りが誰かに届いたのか対戦相手は全く見た事のない人だった。
一先ず安心だと思ったが、よくよく考えればこの人もSクラスなのだから強さはバケモノ級だろう。
今すぐにでも降参したいが先生は許してくれそうにない。俺は鉄刀を構えた。
先生の掛け声とともに試合が始まった。俺がどうしようか迷っていると相手は真正面から攻めてきた。
相手は大剣を握っている。もう避けられないところまで来ていたから、鉄刀で大剣を受け止めた。
鉄刀から衝撃が腕に伝わる。思わず鉄刀を落としそうになるが気力で持ち堪えた。
身体強化もしていない状態では力で負けてしまう。俺は大剣を横に流し相手の後ろを駆けて距離を取った。
振り向くと同時に水属性の魔装を纏った。本当は土属性で行きたかったが、アレは見た目が変わり過ぎるから止めた。
それに水属性は体が水になるから傷を負わなくて済む。魔力切れからの試合終了を狙おう。
それからも相手からの攻撃は苛烈を極めた。魔装により飛躍的に向上した動体視力でも剣を逸らす事しかできなかった。
突然相手が離れた。すると直後相手の頭上に大きな黒い塊が出現した。闇属性の魔法だ。
気球ほどの大きさがあるソレが上級か最上級に位置するであろう事は魔法に無知な俺でも分かった。
その魔法を詠唱破棄で発動させるんだから相手のバケモノっぷりがよく分かる。
のんびり感心している間に相手は上げていた右手を振り下ろした。それと同時に黒い塊が俺に向かって落ちてきた。
あの大きさだと前後左右どこに逃げても確実に当たってしまう。それならば、と上を向いた。
天井が高いから上まで行けば、もしかしたら避けられるかもしれない。俺は転移をした。
1回ではそこまで高い位置に転移する事は出来なかった。真上は距離感が掴み難かった。
少しでも距離を稼ぐため斜め上を見て転移をした。それを何回か繰り返しているといつの間にか黒い塊の上空にいた。
それでも転移をして天井に張り巡らされている鉄骨の1つに掴まり下の状況を見た。
ちょうど黒い塊が俺のいた場所に当たったところだった。黒い塊が舞台に触れると、爆発などは起こらずに舞台が消失した。
黒い塊は全体の下半分を地面に埋めると突然消えた。舞台と地面も半球の跡を残して消失していた。
そして一歩間違えれば俺も消失していたと言う恐怖心よりも、今いる場所の高さを認識して漏らしそうになった。
高い所が特別苦手と言う訳ではないが、この高さなら誰でも俺と同じ感想を抱くはずだ。
一刻も早く安心するために地面に向かって転移をした。あわよくば不意打ちをしようと相手の後ろを出現地点とした。
狙い通り相手の後ろを取る事が出来た。俺はすでに上げていた鉄刀を相手に目掛けて振り下ろした。
勝った。
そう確信した直後、相手が急に振り返り、その勢いのまま大剣を薙いできた。
鉄刀を振り下ろしている最中のため避けられず、左脇腹に当たってしまった。
幸いなことに相手が大剣の腹を当ててきたから、上半身と下半身が離れる事態にはならなかった。
しかし、魔装ではなくただの身体強化だったために踏ん張る事が出来ずに吹き飛ばされた。
舞台に当たり何度か撥ねてから舞台の上を転がる。体中が痛み指1本動かす事が出来ない。
ぼやける視界の中で何かが動き近づいてきた。その何かは当然対戦相手で、相手は俺の喉元に大剣の先を向けた。
それを見た先生は試合終了の合図を出した。俺のSクラスでの初戦は負けという形で幕を閉じた。
しばらく寝転がっていると先生が近寄ってきて治癒魔法をかけてくれた。淡い光が俺を包んだ。あぁ~癒されるぅ。
ちょっとして光が消えて舞台から下りる様に指示される。舞台を下りるとすぐに四方達が近寄ってきた。
「試合は…まぁ、残念だったな。けど、あの魔法を避けたのは凄かったぞ」
「なんだぁ!!!さっきの不抜けた試合はぁあぁ!!男なら!!当たって!!砕けろぉお!!!」
「思ったよりも強い?」
「思ったよりも弱い?」
「ゴホゴホ…手を…抜いた…エホゴホ」
「ネコちゃん、ねてるぅ。可愛いよぉ…ハァハァ」
俺は特に言葉を交わすことなく軽く笑うだけで地面に座った。こんな反応をするから友達が出来ないんだよ。
そう思っていても今は人を相手したくない。試合で疲れたし、狙っていたと言っても負けるのはそれなりに辛い。
俺は試合を見ることなく地面とにらめっこをして時間をつぶした。
たまに四方がちょっかいをかけてきたが、すぐにサユリさんに連れていかれた。
心を無にしているといつの間にか時間が過ぎていて、今やっているのが最終試合となっていた。
その試合もあっけなく終わり実戦訓練は終了した。
教室に戻るとクラスメイトにSクラスはどうだったか聞かれたが、それも適当に流して寮に帰った。




