表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
10/35

10章:土日ぐらいは休みたい

土曜日になり、午前中は寮でゴロゴロして過ごそうと決めた時携帯が鳴った。


嫌な予感がしながらも相手を見て、映し出された名前にげんなりする。『ギルド長』と画面に映っている。


居留守をしたらダメかな。この時点で100%碌な用事じゃない事は分かる。


携帯の電話帳には2人しか登録されていない。1人が彰吾でもう1人がお察しの通りギルド長だ。


寂しくなんてない。俺にはクロがいるから。それに路地裏に行けばすぐに猫に会える。猫万歳。


留守番に切り替わりそうだし、いい加減五月蝿いから出るか。


「はい、もしもし。五十嵐です」


『出るの遅いよ。何してたの』


「トイレに行ってました」


『そっか、それならしょうがないか』


あっさり信じちゃったよ。こんな人がギルド長で大丈夫か?悪い大臣とかに騙されそうだ。


「それでご要件はなんでしょうか」


『あぁ、そうそう。五十嵐君、今からこっちに来れる?』


「大丈夫ですが……」


『それじゃ、紅茶を淹れて待ってるね』


そう言って一方的に切られた。自由人か。予定が狂ったが仕方ない、着替えてギルド長の所に行くか。


……あれ、どうやって行こう。ギルド長室に居るとは思うけど、そこが何処か分からない。


って事は、一度ギルドに行かないといけないのか。面倒臭い。


受付に行って事情を話したら、すんなり魔法陣をくれた。本当は面倒臭い手続きがいるらしいが、ギルド長から話を聞いていた様だ。


比較的マシな用件である事を祈りつつ魔法陣に魔力を込めた。


木製の大きな扉が俺を出迎えてくれる。正直、二度と来たくない場所ではあった。普通のギルド員が来れるような場所じゃないと思う。


帰りたい気持ちを押し殺して扉をノックする。前来た時よりも早く返事があった。


紅茶を淹れて待ってるとか言ってたから当然だろう。そもそも、前がおかしかったんだ。


人を呼んでおいて寝てるとか終わってるだろ。何がとは言わないが。


扉を開けると部屋の中から紅茶のいい香りが漂ってきた。


「丁度いいタイミングで来たね。ところで、甘いものは大丈夫?」


「はい、大丈夫です」


「良かった。このケーキね。すっっごく人気のお店のケーキで、中々買えないんだよ。今日は五十嵐君を呼ぶから奮発しちゃった」


そう言いながら切り分けているのは、苺だけが乗ったシンプルなケーキ。光の当たり具合なのか少し輝いて見える。


ますます怪しい。そんなレアもんのケーキを俺なんかの為に買って来るなんて絶対裏がある。


これが最後の晩餐になったりしないだろうな。今は朝だけど。


取り敢えず怪しさ満点のケーキには手をつけずに紅茶だけ飲む。


「あれ?ケーキ食べないの?」


「ああ、いえ先に用件を聞いておこうかなと…」


あからさまに落ち込まれると対処に困る。年上の女性にこんな事を言うのもアレだがギルド長は可愛い所がある。


見た目は落ち着いた雰囲気のある美人だが、性格は少し『女の子』って感じがする。


さっきもケーキを食べた時に滅茶苦茶顔が綻んでいたし、ますますこの人が何でギルド長になれたのか不思議になる。


「それもそうだね。用件はこの後すぐにランク昇格試験を受けてもらうってだけ。もういいでしょ。早く、早く食べて感想聞かせてよ」


ランク昇格試験とか結構気になるが、感想以外は聞く耳を持たなそうだ。仕方なくケーキを小さく切り分けてから口に入れる。


ケーキのスポンジがフワフワしていて、生クリームも丁度いいくらいの甘さ。それに、間に挟まれた苺が甘酸っぱく、これは何というか。


「美味しいですね」


「でしょ、でしょ。全てが丁度いいバランスを保っているからこその味なんだよ。私はこのケーキを食べる為に生きていると言っても過言じゃない」


高評価を貰えたことで舞い上がったのか、拳を握り力説するギルド長。それからはお互い無言になりケーキを堪能した。


ケーキを食べ終わり紅茶を飲んで一息つく。これで話が再開できる。


「それでですね。ランク昇格試験ってどういう事ですか」


「そのままだよ。読んで字の如くギルド『ランク』を『昇格』させる為に行う『試験』の事」


「いや、そうじゃなくてですねぇ…」


頭が痛くなる。思わず目頭を押さえてしまうこの気持ちを誰も責めることはできないだろう。


ギルド長に至っては『あれ?何か間違ったこと言ったっけ?』みたいな顔をしている。


間違ってはいない。間違ってはいないが、俺が聞きたいのはそういう事じゃない。


「なんでそれを受けるのかって言う事を聞いてるんですよ」


「あぁ、そういう事ね。理由は至極簡単、ランチェスター魔法学園の入学条件」


あのSランクになるってヤツか。すっかり忘れていた。それなら納得できない事もない。


俺もそろそろBランクに上がろうかと思っていたし丁度いいかも知れない。前もって知らせてくれれば心の準備もしてきたのに。


「まぁ、それならいいです。それで試験内容は何ですか?」


「魔獣の連続討伐………待って待って、帰らないで。お願いだから帰らないで」


ギルド長が無言で帰ろうとする俺を必死に引き止める。帰りたくもなるわ。魔獣の連続討伐とか頭沸いてんじゃねぇのか。


「魔獣の連続討伐とかBクラス昇格には過ぎた試験だと思いますが」


「それなら大丈夫。Aクラスに昇格する為の試験だから」


もう訳が分からない。なんで、飛び級せねばならんのだ。普通にBクラスに上げてくれよ。


嫌だよ~。もう帰ってふて寝したいよ~。ギルド長は俺の気持ちを気にもせず説明を続ける。


「最近の実績を見てAクラス相当の力があると思ったから受けてもらうよ。保険として帝を試験監督兼救助役としてつけるから安心して」


わぁ、それなら安心だ、ってなるか。その帝が四方やあの女の子だったら面倒臭い事になるじゃないか。


断りたいけど入学費等を払ってもらっている手前断れない。俺には四方や女の子じゃない事を祈るしかできない。


「分かりました。それでは、試験の詳しい内容を教えてください」


「詳しい事はこの紙にまとめておいたから読んでね。分からない事があったら聞いてくれていいよ」


A4サイズの紙を渡された。箇条書きで書かれているから読み易い。


制限時間が2日。魔獣は全部で3種類。火焔鳥・雷電狼・水氷竜。どれも属性が分かり易くていいな。


でも、最後だけ容認できない。竜と戦ったら確実死んでしまう。


ただ、文句を言っている時間はなさそうだ。これだけの魔獣を相手にすると言う事はそれなりに時間がかかるに違いない。


2日の制限内で終わらせるためには今すぐにでも行かないといけない。のんびりケーキを食べてる場合では無かった。


半ば自棄になりながら試験を受ける旨を伝えてからギルド長室を出る。出た先にある魔法陣に乗りギルドに戻った。


ギルドの前にある道具屋で携帯食料等を買ってから国を出る。勢いで出てきたのはいいが場所が分からない。


一度戻って聞こうかと考えたが、さっき貰った紙の裏に簡易地図が載っていた。


北の火山地帯に火焔鳥、東の森林に雷電狼、南の雪山地帯に水氷竜がそれぞれ生息しているみたいだ。


どれもここから途方もなく遠い。下手をすれば火山に行くだけで1日かかるかも知れない。


予期せぬ展開に心が折れそうになる。だがしかし、こっちには最強な猫様がいるからな。


クロに頼んで近くまで転移してもらう。転移した瞬間に感じる熱風に気圧された。


近くにいるだけで汗が滲み出てくる。クーラードリンクだっけか、アレが欲しいな。


モン〇ン最近やってねぇな。3○Sで出てるのが悪い。VI○Aで出せってんだよ。フロンティアは面倒臭いから却下。


つーか、雷電狼とか完全にモン〇ンだな、今思えば。


ぼやきながらも水属性の膜で体全体を覆う。ただ、上手くできずムラが出来てしまった。


涼しくなったから良し、と自分に言い聞かせて火山地帯に近づく。空には火山灰のせいなのか黒い雲が広がっている。


黒い雲で覆われている場所に火焔鳥がいるなら骨が折れる。火山に登って見渡したらすぐに見つかるかもしれない。


当面の目標を立てて歩き出す。周囲に気を配る事も忘れない。普通にそこらを歩いてたり…


…特徴を知らない。写真なんて気の利いたものはないしどうしろと言うのだ。


もういい。鳥みたいなヤツがいたら片っ端から討伐してやる。それで生態系が壊れたとしても知った事か。


火山に近づくにつれてマグマが辺りから噴き出て、溶岩流を形成している。


膜で覆っていても軽く汗が出る。膜がなかったら溶けてなくなっていたかもな、比喩でなく。


苦笑しながら目の前の岩を曲がると、直後フワフワしたものにぶつかった。


あ、なんか懐かしい匂いがする。これは忘れもしない小学生の頃、学校で飼育していた鶏の匂いだ。


顔を埋めていると不穏な気配を感じ咄嗟に飛び退いた。すると俺の目の前を嘴が通り過ぎた。


嘴の先は鋭く尖っていて、尚且つ物凄い速さだった。あのままだと間違いなく頭に大きな穴が開いていた。


俺は脇目も振らず逃走した。気持ちを落ち着けたいのと接近戦は苦手だからだ。


かと言って、魔法戦が得意か聞かれればそう言う訳では無い。むしろ得意なものなんてない。


ずっと逃げているのに、火焔鳥はいつまでも追いかけてくる。俺は美味しくないです。骨と皮しかないから食べ応えなんて無いですよ。


牽制として岩球を飛ばす。これで怯んでくれたら御の字なんだが。そんな効果が得られるわけもなく嘴で砕かれた。


主な攻撃手段は嘴と考えていいのか。前も今も嘴で攻撃してきたわけだし。


これからはそれを前提に動いていく必要があるな。嘴の届かない所、或いは、嘴で捌けない程の手数で勝負するか。


まだ未知の攻撃方法がある可能性を頭の片隅に置きつつ準備を始める。


いつものように地面に針を生やす。これは傷を負わせる為ではない。地面を警戒して空に飛ぶようにと言う思惑がある。


幾ら首の筋肉が凄かろうと飛びながら、嘴を勢いよく振るう事は出来ないだろう。


遠距離攻撃が出来るなら飛ばす事で、逆に不利になるかも知れない。が、もう針を生やしてしまったから、そんな事を思っても後の祭りだ。


果たして、飛ばす事には成功した。火焔鳥が地面の針に気を取られている間に、俺は硬さだけを追求した無骨な石を5個ほど飛ばした。


それは直前で気づいた火焔鳥に避けられてしまった。結構速かった筈なんだけどな。


さて、打つ手がなくなってしまった。帰ろうかと振り向いた時、空中に赤いフード付きマントを着た人物がいた。


その人物は胸の前で腕を交差させて『×』を作っていた。帰るなと言う事だろう。


アレがお目付け役の帝か、面倒だ。そもそも、どうやって浮いているんだ。武空術かな。


帝が『×』から微動だにしないから、仕方なく火焔鳥の方に向き直る。取り敢えず、地上に落とすか。


飛ばしたのが悪かった。相手し難い。俺は右腕を空に向けて大きな手を想像する。


その手で火焔鳥を叩き落とすイメージを固めていく。しっかりとイメージをしてから仕上げにイメージにあった言葉を言う。


『巨岩手』


俺の体内から魔力がごっそりと抜け、それと同時に空に巨大な岩の手が出現した。


上げていた右腕を思い切り振り下ろす。連動するように空中に浮かぶ手が地面に向かって落ちる。


空を飛んでいた火焔鳥は避けようとするが、手が余りに大きい為に避けられず手を共に地面に落ちる。


手が地面に触れるとその形が崩れた。さっきは岩と言ったがそこまでの強度は無く、硬めの土で形作っていた様だ。


突然、土の中から火焔鳥が飛び出してきた。右側を負傷している様だが、他は特に変わった様子はない。


それに、右側の負傷も打撲程度で骨が折れている感じはしない。現に、両翼を広げて威嚇してきている。


あれ、火焔鳥の周りに炎が見える。成程、火焔鳥と言う名前は炎を纏ったあの姿に由来するものなのか。


感心し眺めていると、火焔鳥が僅かにジャンプし、滑空しながらこちらに突っ込んでくる。


俺は咄嗟に横に跳び転がりながら避けた。火焔鳥の通った後には熱風が起こり、更に遠くに転がされる。


素早く立ち上がり、火焔鳥を見据える。炎を纏っているから迂闊に近づけなくなった。


ここはやっぱり水属性の魔法で遠距離攻撃をするしかない。


ただそうした場合、今の魔力量では心許ないから、仕方なく『過回復』を発動させる。


魔力を回復している間にも火焔鳥は襲ってくる。火焔鳥が一瞬のうちに俺との距離を縮め嘴を何度も突き出してきた。


俺はその攻撃を何とかといった様子で躱していく。火焔鳥が一息ついた隙をついて水属性の壁で押して遠ざける。


ジュウウと蒸発する音を聞きながら俺も後ろに下がる。下がってから間髪入れずに水の塊を火焔鳥に当てていった。


ダメージを与えられてないけれど、反撃する暇をなくし嫌がらせする程度には役に立っている。


このまま押し切れるんじゃないか、そう期待を抱いた時全ての水が蒸発した。


次に当てようとして用意していた水の塊も、俺を覆っていた水の膜も全て。


水の膜が無くなった事で火山の熱が直接当たるようになる。暑さで朦朧とする視界が捉えたのは一層大きな炎を纏った火焔鳥だった。


火力を上げたのか。俺は火焔鳥から遠ざかろうと足を動かす。が、思ったように足が動かず、火焔鳥との距離は広がらない。


むしろ火焔鳥が猛然と突っ込んで来ている為、一方的に縮まっていく。体力の限界がきて足も止まってしまった。


あわやここまでか、と諦めた瞬間、目の前から火焔鳥が消えた。それと同時に暑さも消えている。


周囲を見渡すとどうやら火山地帯から少し離れた場所に立っている様だ。クロが転移してくれたのだろう。


「ありがとう、クロ」


「いえ、当然の事をしただけです」


地面に座りボックスの中から水筒を取り出して中の水を飲む。危ない所だった。


休憩しながらも火焔鳥の対策を考える。あの体に纏っている炎が厄介だな。


鎮火するまでここでのんびりと過ごそうか。今行ってもまたここに逆戻りしそうだし。



お腹が空いたから携帯食料を食べていると、帝が目の前に現れた。口の中にモノが入ってるし、取り敢えず会釈だけしておく。


「突然消えたから驚いた。どうする、もう止めるか?」


まだ飲み込めていないから、首を横に振って否定の意を示す。その時に帝をよく見る。


帝は声を変えて男っぽい話し方をしているが女性の様だ。胸の膨らみが激しく主張をしている。


話し方は素なのだろうか。炎帝だから男勝りで戦闘狂かな。完全な偏見だけど。


俺の意思を確認しに来ただけなのかすぐに空に戻ってしまった。よくよく考えれば止めとけば良かった。


今更、前言撤回するのも格好悪いから火山地帯に行く。火焔鳥の怒りもおさまった頃だろう。


今度は気づかれずに遠くから一撃で仕留めるしかなさそうだ。また、炎を纏われたら厄介だしな。


水属性はダメだ。普段あまり使わないから、イメージが湧き難い。土属性がやっぱり使い易い。


この試験が終わったら土属性縛りで1ヶ月過ごそうか。そうでもしないと一生使わなくなるかも知れない。


そうと決まれば、一撃で葬れる土属性の魔法のイメージをしないとな。


候補としては、生き埋めか串刺しかのどっちかがある。どっちにしようかな。


生き埋めでいいか。皮が固くて貫けなかったらお笑いモノだし。何よりもそっちの方が楽だ。


水の膜で覆うのも忘れず息を潜めて歩く。高台を目指そうか。広範囲を見渡せる場所が好ましい。


なるべくさっき通った道を行かない様にする。鉢合わせる可能性は低いだろうが、念には念を入れる。


曲がり角に気を付けながら歩く事数十分、何の問題もなく高台に来る事が出来た。


更に、少し離れた所を歩く火焔鳥を見つけた。ここまで順調すぎて後でしっぺ返しが来ないか不安だ。


火焔鳥は未だに炎を纏っていて時折辺りを見渡して、何かを探しているように見える。


十中八九、俺を探しているのだろう。離れているからと言って、うかうかしていられない。


俺は空中に幾つもの岩の塊を浮かべる。ただ生き埋めするだけでなく、万が一助かっても打撲で動けなくする算段だ。


岩の塊は出来るだけ多く作った。少ないと前みたいに避けられてしまうかも知れないからな。


戦いは数だよ!と言う事だ。どんなに優れたモノでも数の暴力の前には無力となるのさ。


調子に乗って作っていると俺の真上が岩の塊で覆い尽くされてしまった。数は余裕で50を超えている。


これぐらいでいいか。後はこれら全部を火焔鳥にぶつけるだけだ。頼むからこれで死んでくれ。


全部の石を火焔鳥の真上まで静かに飛ばす。右腕を上へ伸ばし勢いよく振り下ろした。


石が俺の腕の動きと連動して火焔鳥へ向かっていく。火焔鳥はまだ気づいていない。


火焔鳥まであと数mの所で気づかれたがもう遅い。火焔鳥は威嚇なのか、驚きなのかは分からないが両翼を目一杯広げていた。


その行為はただ的を大きくするだけで何の効果も得られず、火焔鳥に石が次々と当たっていく。


全ての石が降り注いだ後には小さな山が出来ていた。俺は仕上げとばかりに右手を思い切り握って石が圧縮するイメージをした。


イメージは見事成功し、山が丘に思えるぐらいには圧縮された。


俺は見に行きたい気持ちを抑えて、少し待った。万が一、アレで仕留めてなかった場合近づくと危ないからな。


携帯食料を1つ食べ終わり、それなりに時間が経ったので見に行く事にする。


鉄刀を握り締めて不測の事態にいつでも対応できるよう身構える。


距離はそう遠くなかった為すぐに石の丘に着く事が出来た。近くに来て石の間から僅かに火が漏れ出ている事に気がついた。


火がついていると言う事は、まだ生きているかも知れない。さっきよりも気を引き締めて掘削作業に取り掛かる。


掘削と言っても実際に掘る訳では無い。石を頂点から魔力に戻していくだけだ。


少しずつ戻すと首から上だけが出てきた。白目をむき痙攣しているが生きている様だ。


炎を水で消してから鉄刀を上段に構える。このまま放っておいてもいずれ死ぬだろうが、せめて早く苦しみから解放してやろう。


いや、これは本音では無いな。綺麗事を並べても隠し切れない汚い本音がある。


生き物を殺す感触に慣れる為に死にかけの火焔鳥を利用しよう、と言う汚い本音が。


無意識に閉じようとする瞼を無理やり開け、鉄刀が火焔鳥の首をはねる様を目に焼き付ける。


鉄刀を通して手に伝わる『ぶにっ』とした肉の感触。次に伝わるのは首の骨の上を滑る感触。


また肉を断ち切る感触を味わってから息を深く吐く。思ったよりもきつくない?


あまり思いたくないが普通に鶏肉を捌いている印象を受けた。よくよく、考えたらおかしな話じゃないか。


既に死んでいる鶏肉や牛肉は切っても何も感じないくせに、生きている時だけ何かを思うのはズレている気がする。


いや、アレは人を殺した時とかか。どっちにしても変だ。人を尊い生き物とする風潮も気に食わないものがある。


武器が無けりゃ何もできない生き物風情が何を粋がってんだって感じだよな。


長々と講釈を垂れてきたが何が言いたいかと言うと、俺は普通だって事。


石を全て魔力に還元して消す。ドサッと音を立てて地面に火焔鳥だけが転がる。


さっき切った首から血が止め処なく流れている。正直触りたくないが原因は俺にあるし腹をくくる。


ボックスを開け血が付いていない所を持って素早く中に入れる。ボックスの中はどういう訳か分からないが時間が止まっている様だ。


これで1体目の討伐が完了した訳だ。俺は休む暇なく次の討伐目標に向かう。


ここから近いのは森林にいる雷電狼だ。今日中に雷電狼は倒しておきたい。


明日は水氷竜に専念したいからな。ドラゴン相手に疲れた状態だと死にかねない。


別に雷電狼を甘く見ているのではなく、どっちも死ぬ可能性はあるが天秤にかければ水氷竜に傾くだけだ。


そんな事を考えていると火山地帯から少し離れた。水の膜を消しても我慢できるくらいには暑さがマシになった。


そこで、魔法の練習をしてみようと思う。練習する魔法は転移魔法だ。


さっきは近くと言ったが森林まで結構な距離がある。またクロにお願いしてもいいがそれでは成長できない。


森林までの道中を転移で行くことで、歩くよりも早くに行ける・転移魔法の練習になる。つまりは実益を兼ね備えた練習だ。


かと言っても、長距離は魔力を大量に使うから、短距離を繰り返す事になる。


まずはあの枯れ木の傍まで転移してみよう。無属性の膜で体を覆って『転移』と唱える。


転移の詠唱なんて知らないし、もとよりするつもりもない。


浮遊感を感じてちゃんと枯れ木の傍まで転移する事が出来た。それと同時に頭痛もしてきた。


魔力は十分回復していた筈だ。転移はこれほどまでに魔力を消費するものなのか。


いや俺の練度が低いからだろう。それにしても酷いな。さっきいた場所からはたった10m位しか離れていない。


これでは連続使用なんて出来ないな。休憩を挟みつつじゃないと身体が持たない。


その場に腰を下ろし水筒を取り出して水を飲む。遠くの方を見ると緑色の何かが薄ぼんやりと確認できた。


恐らくアレが目的地である雷電狼がいる森林だろう。あそこに行けば今よりも幾分か涼しくなるに違いない。


そう思うと今すぐにでも行きたくなるが、尻から地面に根をはって立ち上がれなくなった。


もう動きたくない。火焔鳥だけでも結構疲れたのに、こんな事をあと2回もしないといけないとか、気が重い。


それに1回はもっと疲れる事請け合いなしだ。今帰ったらAは無理でもBくらいには上げてくれないかな。…上げてくれないよなぁ。


いつまでものんびりしていられないし、腹をくくるか。そこでだ、もう『過回復』は解禁しようと思う。


『過回復』の効果なんてちょっと魔力量を気にしていたら誰にでも気づけることだし。


そもそも、今になっても判明していないのが不思議なくらいだし。これは自分が元々持っている力だからチートでも何でもない。


効果はチート級であってもみんなが持ってるからチートではない。そうだ。『過回復』はチートじゃないんだ。


と休憩中に屁理屈をこねてみた。自分が納得できたしいいかなと思っている。


早速『過回復』を使って魔力を回復させてから転移を行う。


やっぱり、魔力を大幅に消費するが心なしか少なくなっている気がする。本当に微々たる差だけど。


頭痛の程度が≪ズキンズキン≫から≪ズキズキ≫に変わったくらい。それも『過回復』を使ったから一瞬の事だった。


今更ながらスキルはどうやって発動しているのだろうか。魔力を使っているのか。


或いは、何も使っていないのか。はたまた、魔力じゃない別の何かを犠牲にしているのか。例えば、寿命とか。


そう考えるとスキルを使う事に抵抗が出て……来ないな。俺のモットーは〈太く短く〉だからな。


例えスキルの代償が寿命だったとしても惜しむ事は無い。


転移を何回もしてやっと森林がくっきり見える位置まで来た。ここからは歩いていくか。


転移も少しコツが掴めてきた。この依頼が終わって無事だったら転移で帰ってみるのもありかも知れない。


まずはこの森林にいる雷電狼を倒さないと計画を立てても意味が無い。


俺は歩きながら岩塊を量産する。さっきので味を占めて今回も同じ手で倒す心積もりだ。


ただ見た感じ高台がないのが不安だ。だがまぁ、何とかなるだろう。さっきも何とかなったし。


今まで楽観視して痛い目を見てきた気がしないでもないけど、そんなのは考えない。


岩塊を十分作ったから止めて大きな木を見上げる。ここにある木は全部が大木で幹も枝も太くしっかりとしている。


これなら枝にのっても折れなさそうだな。右手を枝に向けて、水で形成した手を伸ばしていく。


先端を枝に巻き付けて何度か強く引っ張る。枝はビクともしない。これなら十分だな。


水の手を縮めるイメージで自身を持ち上げる。足が地面から離れていき落ち着かないが我慢をする。


なるべく下を見ないように上がっていく。高所恐怖症と言う訳では無いがなんとなく見たくない。決して高所恐怖症ではない。


枝に無事着いた俺は枝に座って息をつく。昔から登ってみたいと思っていたが、いざ登ってみると怖いな。いや、怖くない、コワクナイ。


右手で枝をしっかりと持ちながら、左手に水を纏い向かいの枝に同じ要領で巻き付ける。


ターザンの真似事をして雷電狼を探そうかなと考えている。上に居れば簡単に手出しは出来ないはずだ。


俺は意を決して枝から飛び降りる。左手に全体重に加えて遠心力もかかり悲鳴を上げそうになる。


歯を食いしばる事でうめき声が出るだけにとどまった。体が枝の真下を通った所で、右手を別の枝に向けて水の手を巻き付ける。


巻き付いたのを確認してから左手を離す。そのまま振り子のように体は前に流れていく。


これはこれで一種のアトラクションの様で楽しい。楽しさが恐怖を上回った事で心にゆとりが出来た。


下を見ながら探し回っていると割と近くで木が倒れる音がした。


次の枝に向けていた手を引っ込めて、今掴んでいる枝の上に乗る。音がした方を見ると1体の魔獣がいた。


がっしりとした体躯から生える灰色の体毛。背中と四肢を覆う明らかに堅そうな何か。たまに身体から発せられる電光。


間違いなく雷電狼だ。その雷電狼の傍には根元付近から折れている大木がある。


雷電狼が折ったんだ。俺が30人位は立てそうなほど太い木をだ。恐ろしいなんて言葉じゃ表しきれない感情が俺を支配する。


あれは近づいてはいけない系のヤツだ。いち早くここから離れなければ。


取り敢えず雷電狼がどっちに行くか見とくか。雷電狼の方を見ると雷電狼と目が合った。


目と目が合う瞬間に好き(隙)だと気づいた~、ってか。雷電狼は俺が動くよりも早く動き出した。


俺は考える間もなく目の前の枝に水の手を巻き付けて逃げる。その直後、俺が立っていた大木がもの凄く揺さぶられた。


確認したいが今は逃げに徹する。ある程度離れたので確認しようと大木の枝の上に立つ。


方角はあっちか、と見ているといきなり体が揺さぶられる。地面を見ると雷電狼が大木に体当たりをしていた。


やめてくださいしんでしまいます。いや、割とマジで止めて。


こんなに揺れている状況で他の大木に移れるはずもなく揺られ続ける。ダメだ、酔ってきた。吐きそう。


薄っぺらいプライドで吐くのを何とか堪えていると突然振動が収まった。助かった。


安心してその場にへたり込んだのも束の間、目線が傾き始める。酔いによるモノではなく大木が倒れているからだ。


パニックになりながらも大木から離れて、目についた枝に飛び乗る。何とか枝にしがみつく事ができ、大木の下敷きになるのは免れた。



いつまでもしがみ付いてたらさっきの二の舞になる。早々に飛び出し雷電狼から離れていく。


枝から枝へ移りながら対抗策を考える。移動しながらだと攻撃できない。かと言って止まっていたら大木をへし折られるし。


ましてや地面に下りて真正面から戦うなんて愚の骨頂だし。どうにか移動しながら攻撃できるようにならないとジリ貧だ。


ダメもとで空中に待機させていた岩塊を飛ばす事にする。雷電狼の方に向き細かい照準を合わせずに飛ばす。


木が邪魔で火焔鳥の時の様に大量の岩塊で一斉に仕掛ける事は出来ない。が、細かい指示を出していないから速さは上がっている。


雷電狼も流石にこの速さには反応できないだろう。移動しながらだからよく見れていないが、雷電狼は上からくる岩塊に気づいていない様子だ。


枝に水の手を巻き付け、もう一度雷電狼の方を見ると岩塊だけが地面にめり込んでいた。


今の一瞬で反応して避けられたのか。そんなことは無いはずだ。避けたのもマグレかギリギリだろう。


今度は範囲攻撃で行こう。幾つかは木に阻まれるだろうが気にしていられない。


残っている全部の岩塊をそのまま下に落とす。これでかなりの範囲になる。今度は避けれまい。


大木の枝にぶら下がりながら行く末を見守る。仕留められずとも怪我を負わせる事は出来るだろう。


雷電狼は自身に降りかかる岩塊を見上げて微動だにしない。動揺して動けないとかだったらいいな。


あと少しで当たると言うところで雷電狼が目の前から消えた。あれれ~、おかしいぞ~。


岩塊はまたもや地面に穴をあけるだけに終わった。大木の陰に隠れたのかも知れない。


探しに行く為に別の枝に移った時に後ろで大木が倒れる音がした。首だけを回して後ろを見ると雷電狼が地面にいた。


雷電狼がさっきまでいた所はここから数十m離れていて、到底一瞬で来られないような距離の筈だ。


この機動力のぶっ壊れ性能は雷属性が原因なんだろうな。よく分からないが、電気信号をうんちゃらかんちゃら的な感じのアレだ。


それじゃあ、点の攻撃では分が悪いな。面の攻撃でいくしかないけど、面なだけに使用魔力量が多くなるから嫌なんだけど。


それに土よりも水の方が面の攻撃に向いているだろうし、それだけでも憂鬱だ。


ただ水属性で雷電狼を倒す事が出来れば、苦手意識を払拭するのに最高の舞台である事には間違いない。


いつまでも逃げてたら終わらないし、何でもいいからさっさとやってしまおう。


津波で押し流す感じで行くか。木も一緒に倒れるだろうが知った事か。環境破壊上等、かかってこいや。


範囲は目に見える全て。それじゃあ~、いってみよ~。


『大津波』


目の前に10mを優に超える高さの津波が出現した。完全に雷電狼を見失ったが問題ない。


同じ様な津波を左右と奥に出現させる。中央にいるであろう雷電狼に向かって狭まっていく。


無理に発動させたために魔力がすっからかんになる。構えていたが耐えきれず胃の中のモノを吐き出してしまう。


今は気にするな、服にかからなかっただけマシだ。『過回復』を発動させて魔力を回復させる。


更に今回は魔力0の状態で使ったため魔力量が増えたはずだ。暇な今の内に確認しておく。


ギルドカードを見ると【魔力量:6,079/73,080】となっていた。未だに頭痛がしているから計算できないけど増えているのは確認できた。


さっさとギルドカードを片付けてしまう。津波の方はあと少しで全部がぶつかる所だった。


飛び出してくるかと思ったが杞憂に終わったらしい。森で暮らしてきたから津波なんて見た事がなかったのだろう。


それで対処が遅れ真正面から受け止める事になったに違いない。


津波が全てぶつかり空高く水しぶきを上げた。これで仕留められたなんて思っていない。


右手を津波に向けて握り締める。すると水が意思を持つように動き中心に集まっていく。


水の中には雷電狼がちゃんと入っている様だ。上手く捕らえられた。俺は地面に下りて雷電狼に近づく。


何でもやってみるもんだ。さて、雷電狼をどうしようかな。このまま溺れさせるのもいいか。


もう一度雷電狼の方を見ると明らかに水の量が減っている。心なしか霧がかかっている気もする。


いや、気のせいだ。雷電狼はどうする事も出来ないし蒸発したのだろう。さっきの津波で大木が倒れて太陽光が直接当たっている訳だし。


全部蒸発して逃げられてはたまらないから、仕方ない、止めを刺しておくか。


鉄刀を抜いて準備をしていると水が全てなくなり雷電狼が解放されていた。


なんでだ。いや、今はそんな事よりも逃げなくては。地上じゃ到底太刀打ちできない。


雷電狼は遠目からでも分かる程に怒っていた。あっこれ、俺死んだわ。


死を確信した瞬間、体が吹き飛ばされた。無意識に頭を守ろうと腕をクロスさせていた。


吹き飛ばされながらも腕の隙間から前を見るも、目の前が霞みよく見えなかった。


俺はそのまま飛ばされ大木に打ちつけて気を失った。


◇◇◇


「………うぅ…」


体中が痛い。俺はどうなったんだ。確か、雷電狼と戦ってたんだよな。


それでいきなり体が吹き飛ばされた。状況を把握しようと辺りを見る。


視界がぼやけてよく見えないが夕方になっている様だ。俺は気絶していたのか。


指を一本動かすだけで激痛が走る。目を瞑り深く息を吐く。ボックスの中にギルド前で買った回復薬があるはずだ。


それを飲めば傷も癒えるだろう。ただ、ボックスから取り出して飲む、と言う動作がつらい。


下手をすればまた気絶しかねない。迅速かつ丁寧に行わないと…。右手の傍にボックスの穴を開ける。


やる事は、右手を突っ込んで瓶を出す・その中身を飲む、それだけだ。おし、いくぞ。


1で右手をボックスの中に入れ、2で瓶を掴みだし、3で顔にぶつける勢いで持ち上げる。


4で持ち上げている途中に蓋がある事に気づき絶望し、5でヤケクソ気味に魔力を流すと蓋がはじけて中の液体を飲むことに成功する。


呷るように飲むと痛みが引いて体が動かせるようになった。念のためもう1つ取り出して飲む。


すると完全に回復し視界が良好になった。そうしてやっと自分の状態を確認することが出来た。


俺は木にもたれかかっていて、服のあちらこちらが焼けていた。血はとうに乾き茶色く変色している。


そして、何よりも驚くべきは目の前に大きな穴がぽっかりと開いている事だ。


月にあるクレーターを彷彿させる穴だ。一体何が起きたってんだよ。可能性を挙げてみるか。


1.隕石が落ちてきた


2.雷電狼が怒ると必ずこうなる


3.爆発物が埋まっていてそれが暴発した


今のところ思いつくのはこんなものか。次は調べて1つずつ消去していく。


1番の隕石はないか。これだけ大きな穴を作れる隕石が落ちてきたら隕石が残っていないとおかしい。でも、隕石は見当たらない。


2番もあり得ないかな。雷電狼にそんな力はないだろうし、仮にあるとしたらAランクじゃなくてSランクに登録されるはずだ。


残っているのは3番か。これもないとは思うけど…。そんなものがピンポイントでここに埋まっている確率は低い。


ダメか、何も思いつかん。パッと閃かないものか…。……あぁ、丁度いいスキルがあったな。


普段使わないから忘れてたけど『究明者』ってスキルが『人より閃き易くなる』って効果だったはず。


早速、『究明者』を発動させる。いまいち変化が分からんが、もう一度考えるか。


爆発はいい線いってると思うんだけどな。爆発…爆発……あっ、もしかしてアレか。


水素爆発…って言葉で合ってるか知らないけど、まぁ水素爆発でいいや。穴の原因は多分コレだろうな。


雷電狼を包んでいた水は結構な量あったから、それが水素と酸素に分解されればそれはもうあり得ない位の量になったんだろう。


そんで、そんな危険な状態で雷電狼が怒って放電させちゃったもんだから、大爆発が起こって現在に至ると。


よく死ななかったものだ。自分の幸運に感謝しながら、一番へこんでいる場所を目指して歩く。


恐らくその辺りに雷電狼がいるだろう。周りは当然の事ながら木は一切生えておらず、半日前は森だったなんて到底信じられない状況だ。


原因の一端を担っているだけに責任は免れないと思うと気が重くなる。元に戻せとか言われたらどうしよう。


先の事を心配しても詮ない事と諦め、雷電狼探しに注力する。ある程度低い場所に来たからこの辺りだと思うのだけど。


辺りはなんだかよく分からない臭いが立ち込めて、すぐにでも立ち去りたい気持ちになる。


溶けて無くなってたりしないよな、雷電狼。そんな心配も空しくあっさりと見つかった。


雷電狼は身体の原型を保っていたが、それもやっと、と言った様子だ。ボロボロになり見ていられない。


これだけの爆発を起こした中心にいたんだ無事でいられる筈がない。俺は雷電狼をボックスの中に入れて冥福を祈った。


これは次に進んでいいのだろうか。漁夫の利を得た様なものだから判断が分かれる所だな。


ここまで来た訳だし最後までやるけど、帰ってやっぱりダメでした、ってなったら確実に落ち込む。


残った水氷竜は明日に回すとして、これからは今日の寝床を探すか。俺はまだ森が残っている場所に向かって歩き出した。


湖とか川とかがあればその近くで休みたいものだ。魚を食べたいし、体を拭きたい。


完全に夜になる前にそういった場所が見つかればいいけど、太陽は無慈悲にもその身体の半分を地面に埋めていた。


太陽を恨めしく思いながら歩いていると、奥の方に開けた場所があるのに気づいた。


残った体力を全て動員して全速力で走った。あっという間に開けた場所に着き、俺は衝撃的な光景を目にした。


開けた場所には望み通り湖があった。そう、あったんだ。水たまりを幾つか残し、ほとんどが干上がっている。


しかもつい最近干上がった様だ。根拠としてはあちこちでピチピチと魚が跳ねているからだ。


ずっと前に干上がっていたとしたら魚が生息している筈がない、と言う訳だ。原因は1つしか考えられない。


雷電狼による大爆発だろうな。近くであんな大爆発が起こったんだ、湖の1つや2つ干上がっていても不思議じゃない、と思う。


楽々魚を手に入れる事が出来たから良しとしよう。魚を2匹捕まえてサバイバルナイフで捌いていく。


腹を裂いて内臓を取り出した後は、水で血などを洗って下準備は完了。取り敢えずボックスに入れておく。


次にまだ水が残っている所に行き、ボックスから出しておいたタオルを湿らせる。


これも魔法で湿らせても良かったんだが、出来るだけ魔力は温存しておきたい。


コートを水たまりの傍にあった枯れ木にかけて上着を脱ぎ捨てる。穴が開いたし仕方ない。


タオルを絞ってから体を拭く。これだけでも結構さっぱりとして気持ちいい。


体に付いていた血が拭き取れたので、タオルをボックスの中に戻し新しい服を取り出して着る。


ズボンも穿き替えようかとも考えたが、誰も見ていないとはいえ外でズボンを脱ぐのは抵抗がある。


ダメージジーンズだと思えばイケる。コートを羽織って湖だった場所から離れる。


目的だった魚を手に入れられたからここに留まる理由はない。それに地面がぬかるんでいて休める様な場所でもない。


湖から少し離れた大木の傍に腰を下ろす。腰を下ろしたがそう悠長にしている暇はない。


辺りが完全に闇に包まれている為、すぐにでも野営の準備を始めないといけない。


さっき脱いだ服と周囲に落ちている枯れ枝を一か所に集める。これで焚き火をしようと言う魂胆だ。


巾着からマッチを取り出して火をつけてから枯れ木を集めた場所に放り投げる。


服を入れた理由は燃やして処分しようと言うのが1つと、火がつき易くなるだろうと言うのが1つある。


火の勢いが強くなるのを待ちつつ、残しておいた枝をサバイバルナイフで削って形を整えていく。


ある程度思い描いた形になると、さっき内臓を取り出した魚に枝を刺す。塩が無いのが悔やまれる。


火力も十分強くなったから、魚を刺した枝を火から少し離して地面に刺す。キャンプみたいで案外楽しい。


パチパチと木が弾ける音以外なにも聞こえない。こうして静かな場所で火を眺めていると色々な事を考えてしまう。


今日は内容の濃い1日だった気がする。朝、ギルド長に呼び出されたかと思うとランク昇格試験を受けさせられるし。


火焔鳥を頭脳プレイ(笑)で倒したら、次の雷電狼はあっさりと終わったし。よくよく考えればよく生きていたもんだ。


そんな事を考えていると魚がいい具合に焼けた。何時の間にか頭の上で寝ていたクロを起こして遅めの夕食を食べ始める。


塩が無くても美味しく食べられる事には驚いた。食べ終わると安全確保の為に火は消さず、ボックスから出した毛布を掛けて眠りについた。


何事もなく朝を迎える事が出来た。毛布をボックスの中に戻し、伸びをして体のコリをほぐす。


焚き火は既に燃え尽きそこには灰しか残っていない。森は昨日と同じで異様な静けさで包まれている。


生き物がいるような気配が全くしない。携帯食料をモソモソと食べながら現在地を確認する。


どっちに行けば水氷竜がいる雪山地帯に行けるのだろうか。大木の上から遠くを見るけど目印が何も見つからない。


雪山に行く事も出来ずに制限時間が来そうだ。そうならない為にも足掻いてみるけど。


右の方は遠くに見覚えのある黒い雲がうっすら見える。暑い場所の反対側に寒い場所があるだろう、と言う安直な考えのもと左に行く事にする。


半日かけても行けなかった場合は、火山地帯の時と同じ様にクロに転移して貰おう。


短距離転移を繰り返して歩くよりも速く移動する。それにしても、これから竜と戦わないといけないのか。


前も思ったかも知れないけど憂鬱だな。竜と戦うのは初日以来実に1ヶ月ちょっとぶりだ。


今回は前のように簡単に倒せたりしないだろう。前回の飛竜は特別な属性が無かったけど、今回は水と氷の2つの属性を持っている。


ここまで来てなんだけど、すっごく帰りたい。


帰りたい、帰りたい、と願いながらも転移していると雪山らしきものが見えてきた。


今日は雲が少なく太陽が目一杯地面に降り注いでいる。その為、雪が太陽光を反射して眩しい。


後は水氷竜を倒すだけだ。そうすれば寮に帰れる。俄然やる気が出てきた。


そのやる気も雪山方面からの風によりどこかに飛ばされてしまった。寒い、帰って布団の中でぬくぬくしたい。


取り敢えず、今のままでは到底雪山での活動なんて出来ない。ボックスを開けて防寒具を探す。


漁って見つけたのはヒートテックみたいな感じのインナーと長袖、それとレザージャケットみたいなの。


レザージャケットには硬くて動き辛いイメージがあったけど、これはそんな事なく動き易い。


腕が抵抗なく曲げられるのに、日本に居た頃に触ったレザージャケットよりも硬い気がする。


これなら、動きを制限されずに防御力だけを上げる事が出来るな。細かい事が気になるけどこの際どうでもいい。


寒さが軽減された事だし早速探索に行くか。欲を言えば手袋もあれば良かった。


雪山に目線を戻すと、山の一部に木が一切生えていない場所を見つけた。


あそこにいる確証は無いけど、居ればいいな、と言う願望を込めてあの場所を目指して歩きだした。


道中気になるものが幾つかあったが、無視してまっすぐ歩いていると目的の場所に着いた。


ここは木が1本も生えておらず、地面は平らでこれほど戦うのに適した場所は無いと思う。


ただ、難点は新雪に足を取られて動き辛い。今の内に踏み固めておくか。ここで戦う事になるだろうし。


足が霜焼けになって痒いのを我慢しつつ、雪を踏み固めていると遠くの方で何かが飛び上がった。


それは大きな竜だった。それなりに離れているのに竜だと視認できるほどに大きく威圧感がある。


竜は明らかにこちらに気づいている。アイツの縄張りに土足で踏み込んだ事に激おこみたいだ。


さながら、「勝手に入るなって言ってんだろ、くそババぁ」と喚き散らすニートの様。そうか、自宅警備員だったのか。


怒りを鎮めるのは簡単で、縄張りから出て行ってやればすぐに静かになる。俺は竜を見据えたまま後ずさる。


ソロリソロリと後ろに下がっている時に事件は起きた。後ろに行くと言う事は体重が後ろに傾いている訳で。


さっき踏み固めた雪が太陽光によって表面だけ融けて、滑り易くなっている所を何気なく歩けばコケるのが当然である。


頭から地面に着地して意識が飛びそうになった。何とか意識をつなぎ留め、頭を抱えて蹲っていると不穏な空気が漂ってきた。


取り敢えず目についた木に転移をする。木の傍に飛んだ瞬間、轟音と振動が伝わって来た。


広場を見ると地面に大きな氷柱が4,5本刺さっていた。こんな事が出来るのはあの竜だけだ。


俺はさっきまで竜がいた方を見てみたがそこには何もいなかった。もう一度広場を見ると竜がいた。


近くに来ると更に迫力が増したように感じる。竜は胸と腹以外の全てが透明な氷に包まれている。


氷は殆どが尖っていて触れるだけでも傷ついてしまいそうだ。接近戦は控えた方がいいかも知れない。


それに、四肢が太く氷に覆われているから、飛竜の時の様に足を狙ってのダウンは見込めない。


武器がハンマーとか打撃系だったら氷を砕けるんだけど、生憎俺の手元には斬撃系の鉄刀しかない。


残る手札は魔法だけだが、それだけでは勝てそうにないな。でも、何もせずリタイアするのも癪だ。嫌がらせして帰ろう。


俺は魔力を全部使って沢山の岩塊を顕現させる。目の前が暗くなり倒れそうになるが、何とか意識を保ち『過回復』を発動した。


出来た岩塊の数は火焔鳥の時とは比べ物にならない程多い。水氷竜は距離を取るように飛び上がろうとした。


俺はすかさず岩塊を飛ばした。水氷竜は飛ぶのを止め、目の前に氷の壁を造り防御に徹した。


あれを見るに前側しか護れていない。そこを律儀に真正面から攻撃してやるほど俺は優しくない。


残しておいた岩塊の一部を氷壁の左右と上に移動させて、水氷竜がいるであろう場所を攻撃をする。


これは決まったと思ったが、聞こえてきたのは水氷竜の叫び声ではなく、岩塊がぶつかり合う音だった。


そして間髪入れずに氷壁の上に氷柱が現れ飛んできた。俺は転移をしてその場を離れた。


転移した事により氷壁の後ろが見え水氷竜の姿を捉える事が出来た。水氷竜は氷壁を造ってあと後ろに下がっていた様だ。


牽制の為に岩塊を幾つか飛ばす。時間を少し空けてからもう一度飛ばす。もう一度飛ばす。


波状攻撃なら対処するだけで手一杯になる筈だ。攻撃の角度も変えているから氷壁でも防げない。


予想通り水氷竜は避けるのに必死になって反撃してこない。ただ、全て避けられているから傷を負わせていない。


このままじゃダメだ。別の手を打たないといけないけど、かと言って何も思いつかない。


手を拱いていると水氷竜が飛び上がってしまった。飛ぶ事で機動力が増し余裕で躱され始めた。


俺は全ての岩塊をわざと隙間を空けて飛ばした。当然、水氷竜は簡単に隙間を縫う様にして全てを避けた。


狙い通り。俺は岩塊を伸ばして下が開いている箱に造り替えた。そして、箱を地面に向かって落とす。


水氷竜は咄嗟の事に反応できず、箱に捕らえられ一緒に落ちてきた。箱は壊される事なく爆音を出して着地した。


俺も一緒に箱の中に入っている。箱の中は暗く何も見えない。わざわざ一緒に入る意味は無い様に思えるが、俺には考えがあった。


外にいる炎帝には中の事を知る術はないと思う。だから、何をしてもバレない筈だ。


「クロ、起きろ。アイツを倒すぞ」


「…その言い方だと一緒に倒すように聞こえますよ」


「そうか。じゃあ訂正。アイツを倒せ」


「はい、畏まりました」


そう、俺の考えとはクロに丸投げしちゃおう、と言うものだ。水氷竜に限らず竜は倒せるようになるつもりだが、今はその時ではない。


クロはと言うと俺の頭の上から飛び降りて何処かへ行った。その少し後、どこからともなく叫び声が聞こえた。


その叫び声はしばらく続いたが、何も見えない俺は壁に背をつけて待つしかなかった。


叫び声が消え何かが倒れる音がしたかと思えばクロが戻ってきた。


「水氷竜の討伐、完了致しました」


「お、おう。お疲れさん」


暗くてよく見えなかったが、声色から笑っているのが分かった。怖いよ、この猫ちゃん。


クロの実力があれば水氷竜を苦しめる事無く殺せたはずなのに、あれだけ叫び声が聞こえたって事は弄んでいたに違いない。


何はともあれ終わった事だし箱を魔力に還元するか。箱が消えると太陽光が暗闇に慣れた俺の目を攻撃してきた。


咄嗟に手で影をつくって直接当たらないようにする。暫くして目が慣れてきた所に衝撃的な場面が目に飛び込んで来た。


あちこちが切り裂かれているが、傷跡からは血があまり出ていない。


これから察するに、致命傷は避けた、痛みを与えるだけの攻撃をされたのだろう。


そんな状態の水氷竜は最終的に首を切り落とされて死んだみたいだ。えげつない事をしやがる。


この惨状の原因であるクロは頭を俺の足に擦り付けて来ている。褒めて、褒めて~、と言う事だろう。


か、可愛い。もう、こんな残虐な事をしたなんてどうでもいい。どっかの誰かも言ってたじゃないか『可愛いは正義だ』って。


俺が褒める意味も込めてクロを撫でていると誰かが近づいてきた。


「これで全部討伐したな。結果をギルド長に報告する為にギルドに帰るが、一緒に帰るか?」


「ぜひ。お願いします」


試験監督をしていた炎帝だった様だ。って言うか、普通に連れて行ってくれよ。こんなところに置いて行かれては堪らない。



炎帝が止まったかと思うと地面に魔法陣が展開された。見覚えのある転移魔法陣だ。


転移した先はギルド長室の扉前。セキュリティはどうした。前にセキュリティの為にギルド長の場所を知らせていないって聞いた気がするんだが。


もしかして、帝には例外的に知らせているのか。これじゃ帝に裏切られた時は終わりだな。


「クレア、入るぞ」


炎帝はノックもせずに中に入っていった。俺も炎帝の後に続き部屋の中に入っていく。


「ノックはしてっていつも言ってるでしょ、アニーちゃん。それに、女の子がそんな乱暴な言葉を使わないの」


「ななな、何を言ってるんだ。おお俺は男だぞ。それよりも!コイツの試験が終わった」


「そんな分かり易い嘘を……。まぁいいや。この時間に帰って来たって事は合格なんだよね」


ギルド長が確認するように俺を見てきたから頷いておく。炎帝は女である事を隠したがっている様だ。無駄なのに。


その豊満なお胸様が何よりもの証拠だ。まぁ、俺には関係のない事だからどうでもいいのだけど。


「うん、うん。これで五十嵐君はAランクになれたね。おめでとう。お昼の時間だし、お祝いの意味を込めてお昼ご飯をご馳走するよ」


ギルド長にやたらと高そうなレストランに連れて行ってもらい昼食を食べた。その後は寮に帰ってすぐに眠った。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ