人手不足
「人手不足なので、少し手伝っていただけますか」
帰宅途中にそう声を掛けられ、ぼぅっとしていた私は反射的にいいですよと答えてしまった。
あぁしまった。知らない人なのに。
そんな私の心を見透かしているかのように、彼は苦笑いをしてすみませんと呟く。
「本当に困っているんです。少しの間ですから」
今度は私が苦笑いをする番だった。
彼は本当に困っているようだ。
「こちらこそすみません。それで、何を手伝えばいいんですか」
真っ黒なスーツ姿の彼に、改めて顔を向ける。
「説明するのは簡単なんですが…。皆さんなかなか理解してくださらないんですよ」
これはまた不思議なことを言う。
「そうですね…見ていればわかりますよ」
やはり不思議に思いながら、そうですかと返事をする。
こちらです。と彼は私の手をとって、細い路地裏へと連れていく。
なんだか怪しくなってきたな。
「あの」
「どうされましたか」
「何をすればいいのか、説明してもらわないと」
彼はぐいぐいと私の手を引っ張って、さらに奥に奥にと連れていこうとする。
「本当に人手不足なんです」
言いながら引っ張る彼の手が、私の手首に食い込んでいく。
身の危険を感じるが、もう遅いだろう。
「あの」
「人手不足なんです。少しの間ですから」
急に彼は立ち止まった。私の体はその動きに付いていけず、少しよろめく。
ふと足に何かが当たった。
何だろうと眼で追うと、誰かが横たわっているように見える。
取り憑かれたように、足元に横たわる人の姿をなめるように見て、やっと彼の目的がわかった。
息をするのも忘れている私に、真っ黒なスーツ姿の彼の言葉が再び降ってくる。
「人手不足なんです」
自分の手は大切にしたいですね。