俺と桜さん
目の前の小さな頭は電車がガタガタと揺れるたびにゆらゆらと動く。
特に大きな揺れがあったときなんかは、ぐらっと体ごと傾いてちょっとひやひやする。
ずいぶんとイメージと違う。
目の前にいるのは山田 桜さん。
たしか合唱部で、この前の文化祭では1列目で歌っていた。いつもは乗らない電車に乗ったら姿を見つけたので思わず声をかけた。
うちのクラスには「山田」さんが3人もいて、それぞれみんなあだ名や名前で呼ばれている。教師ですらややこしいと下の名前で呼ぶやつが多い。
本人たちとあまり仲良くなくても、基本的に下の名前にさん付けだ。
だって、話しているときに「山田さんが~」となっても、どの山田さんかわからないから。
そんなに親しくもないクラスメイトの俺がこの子のことを「桜さん」と呼ぶことに最初はちょっと抵抗があったが、まあ慣れてくればどうってことはない。
桜さんは、いつも女友達と一緒にいてじっくりと近くで見たことはなかったけれど思いの外小柄で、なんだか頼りない。
基本的に明るく、誰とでも笑いながら話していることが多い桜さんの隣にはいつも幼馴染だという高原さんが寄り添っている。高原さんは女の子にしては身長が高く大人びた印象を与える女の子で人見知りらしくあまり他人と楽しそうに話しているのは見たことがない。
正反対に見えるこの2人がすごく仲が良いというんだから、女の子は不思議だ。
桜さんははっとするような美人ではないが、その雰囲気から来るものだろうか、見れば見るほど愛着が沸く愛らしい容姿をしている。
普段はどこか人当たりの良い笑顔を浮かべていることが多い。
身長は160cm・・・はないと思う。こうやって近くにいるとつむじがはっきりと見える。やり過ぎ感はないけれども小奇麗に手入れされた眺めの髪の毛は毛先がふんわりと弧を描いている。
もし俺が力の限り掴めば簡単に折れてしまうだろう細い腕。制服の上からでもわかるほどの「ふくらんだ胸」。
派手な美人ではないけれど、クラスメイトや違うクラスの野球部の連中もときどき可愛い
と言っていたのも納得だ。
きっと中学でも桜さんに思いを寄せていたやつは多いんだろう。
まあ違う学校だった俺には分からないことだけど。
病的な白さとは違う健康的な象牙色の肌にうっすらと桜色の頬、高くはないけれど形の良い鼻。普段にっこりと笑みが浮かんでいる唇は、今は少しすぼめられていてどこか小鳥のくちばしのよう。
そして何よりも、印象的なのはその目だ。
笑顔になると、ぱっと見開かれる大きな瞳は二重の線と涙袋に縁取られていて顔のほとんどが目元なんじゃないかと思うくらい。そしてその奥の瞳はとっても明るい。
正面に立って、桜さんに見上げられているのに、その瞳には自分がまったくと言っていいほど映り込まないくらい明るいのだ。
こんなに近くにいるのに、本当にちゃんとこっちを見ているんだろうかと思うほど、そんな気分になる不思議な瞳だ。
なぜ俺が桜さんの目の前にいるのか。
それにはいくつか理由があった。
まずひとつめに今日は、テスト前なので野球部の朝練がない。
普段ならば相方であるピッチャーの光司と一緒に自主練するんだけれど、今日はそれもなしになったので入学以来初めてと言っていいほど遅い時間帯の電車に乗った。
次に、いつもは光司と一緒だけれど今日はあいつがいない。
中学校が同じで、最寄駅も一緒だからいつも同じ時間の電車に乗っていたが今日は新しくできた彼女と電車通学するのだと張り切っていた。
そして桜さんをひきとめた一番の理由。それは光司と、桜さんの友達の高原さんが付き合いはじめたからだ。野球部やクラスメイトは、高原さんじゃなく桜さんが光司のことを好きだったと言う。確かに、高原さんより桜さんの方がよっぽど光司とよく話しているところを見たことがある。幼馴染で、親友が自分の好きな人と付き合ってそれを応援しないといけないなんてきっとつらいことだろう。
光司は人の気持ちに鈍感なところがあるから、フォローしてやらないといけない。
可哀想だけれど、光司はかなり高原さんを気にいっているらしく別れそうにもない。
桜さんは何も言わない。
好きな人と親友の間で板挟みになって、きついんだろう。
でもきっとこの子は光司と高原さんの関係を崩さない。
明るくて柔らかい雰囲気だと思っていた彼女だけれど、それは彼女自身を守るための優しい殻だ。すぐに近づけるように見えて本質はとっても遠い内側にある。
自分を取り繕うことが上手だ。
誰にでも明るく優しく見える彼女の笑顔は、もしかしたら誰に対しても『どうでもいい』から平等に優しいのではないかと。
そして、誰にでも優しい桜さんが一人だけ本当に大切にしていて、本音を見せるのが幼馴染の高原さんなんだ。
人の話をうん、うん、と良く笑顔で聞いている桜さんだけど一度高原さんには拗ねたような表情を見せているのを見かけたことがある。
桜さんが甘えを見せる『唯一』。
小学生のころ、人見知りなことや目立つ容姿のせいで女の子からの陰湿なイジメにあっていたという高原さんのそばにいてくれ、守ってくれたのが桜さんだったという。
これは光司が高原さんの話をするときに漏らしていたことだ。
光司は今までの彼女と違って、高原さんの話を良く俺にする。
それだけ大事で、あいつの支えになっているんだろうと思う。
その流れで桜さんの話も出て来るので、あまり話したことのない彼女のことを俺はなんだか良くしっているような気がしている。
だから今日は傷付いているだろう彼女に思わず声をかけてしまったんだろう。
沈黙ばかりではまずいと思い、今日は高原さんと一緒じゃないのかと尋ねてみる。
桜さんはしばらく目をぱちぱちとさせてから、やっと口を開いた。
「今日は電車の時間が合わなくて・・・。」
言いにくそうに答える彼女を見ていると、なんとも言えない気持ちになってくる。
高原さんは光司と一緒に登校しているのに、こんなことを言うなんて可哀想なことをしてしまった。
大丈夫か、と。無理するな、と。
俺は本当のことを知っているから、つらかったら話てもいいと言ってやりたい。
だけどこちらを見る桜さんの明るい瞳は、俺の助けを必要としていないと訴えるようだった。
そりゃあ今までそんなに話したこともないただのクラスメイトにそんなことを言いたいと思う人はいないだろう。
それに俺は光司の友達だ。
光司と高原さんを別れさせて、桜さんと光司が付き合えるようにしてやれるのかというとそんなことは絶対にできない。
こんな中途半端なやつは拒否されて当然だ。
当然だけれど、やっぱり桜さんに拒否されるのは嫌だ。
だけど光司のことは俺が面倒を見ないと。
優しい明るさで人を寄せ付けない瞳に、どうしたら映れるだろうか。
考えろ、俺。
学校に着くまで、もう3駅。
とりあえずいったんはこれで終わり・・・です!
まさか!
片思いでもないのにカテゴリを恋愛にしてしまっている・・・。
とりあえずはここで完結なんですが、いつかこれを元にお話を書きたいですううう。。。