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わたしと佐倉くん

今わたしの前にとっても恐ろしい人物がいる。


電車の揺れとともに前後左右に振られる頭のせいで現実が普段よりも遠いところにあるようで、もしかしてこれは夢なんじゃないだろうか?と思えてくる。


でもこれは夢じゃない。



目の前にいるのは佐倉 駿輔くん。

野球部で、たしかポジションはキャッチャー。朝練があるからいつもならこんな時間に電車になんか乗っていないはず。

小学生のころから野球をしていて、高校でも1年生ながら同い年のピッチャーの久保くんと次の試合にベンチ入りするだろうとスーパーバッテリーの登場に学校中は多いににぎわっている。

まあ、どちらかと言うとピッチャーの久保くんが派手な美貌と新入生とは思えない堂々とした(傍若無人な)態度で話題になっていて、ちょっとわがままな久保くんを中学生のころからバッテリーを組んでいたという佐倉くんがよく言う『女房役』で影になり日向になり支えているのだというのが世間一般のもっぱらの評価だ。


佐倉くんといえば、最近では新しい監督の方針で「見苦しくない髪型にとどめればOK」という実質の【坊主から解放宣言】が出ており、長くはないものの頭を覆うくらいの髪型をしている人が多い野球部の中で、まだスポーツ狩りに収まる程度の長さの髪の毛を保っている。


派手ではない彼の容姿や態度のせいで気づいている人はそんなにいないけれど、この人はとっても整った顔立ちをしている。


普段はどこか人当たりの良い笑顔を浮かべていることが多い。

身長は詳しく聞いたことがないけれど、電車に乗るとき頭を下げていたから180cmは裕に超えていると思う。ほんとうに同級生なんだろうか?と思うくらいにしっかりとした肩幅。わたしが両手を使っても指が回らないだろう太い腕。制服の上からでも分かるほどの「恵まれた体格」。


スポーツをするために神様がこの人にこんな体格を与えたのか、それともスポーツをしていたからこんな体格になれたのか。


高校になってからはじめて佐倉くんの存在を知ったわたしには、知るすべはない。


少し濃いけれどすっきりと長い眉毛だとか、顔のど真ん中を鼻筋が通っていたりとか、上唇は薄いのに下唇はふっくらとしている。

そして何よりも、印象的なのはその目だ。


笑顔になると、くしゅっと細められるちょっとたれ目がちなその目元はくっきりとした二重瞼で眉毛と同じく濃いまつ毛がくるっとカールして生えている。そしてその奥の瞳はとっても黒い。

正面に立って佐倉くんに見つめられると、その瞳に自分が映っているのを確認できるくらいに黒いのだ。


そんなに近くにいるわけでもないのに、すごく至近距離で見つめられているような、そんな気分になる不思議な瞳だ。



そんな佐倉くんがどうしてわたしの目の前にいるのか。


それが問題だ。


まずひとつめに今日は、テスト前なので部活の朝練というものがないらしい。

だけど普段の佐倉くんなら自主的にやっているはずだ。テスト前でも人の少ないグラウンドで佐倉くんと久保くんが練習しているのを良く見ることがある。


次に、いつもは久保くんと一緒にいるのに、どうして今日は一人でいるんだろうか。

中学校が同じで、家もそこそこ近いという佐倉くんと久保くんはいつも一緒に登校していることが多い。その久保くんの姿が見当たらないのだ。


そして一番不思議に思っていること。なぜ佐倉くんはわたしに声をかけて一緒に電車に乗っているんだろう。乗り換え駅のホームで名前を呼ばれて呼び止められて返事とあいさつを返せば成り行きのままに同じ車両の同じ扉から乗ることになり、まあまあ混んでいる電車の中なので佐倉くんとわたしの距離は30cmもないほどだ。


佐倉くんは何も言わない。

この沈黙がとっても恐ろしい。


わたしは、人当たりの良い佐倉くんの瞳が恐ろしい。

もしもこれをクラスメイトに言ったって、きっと分かってくれないだろう。冗談として笑いとばされてしまうに違いない。


だけどわたしは怯えている。

誰にでも平等に優しく見える彼の笑顔は、もしかしたら誰に対しても『どうでもいい』から平等に優しいのではないかと。



そして、誰にでも優しい佐倉くんが一人だけ厳しい面を見せる人物が、ほかの誰でもない久保くんなのだ。

普段はかいがいしく久保くんの世話を焼いている佐倉くんだけれど、久保くんのことを傷つけるものはたとえそれが久保くん自身であったとしても許さない。



佐倉くんが怒りを見せる『唯一』。



優秀なピッチャーで、チームのエースと言われ、プライドが高くわがまま、「天才」と呼ばれる久保くん。何事に対しても好き嫌いが激しくて佐倉くんがキャッチャーになるまでは問題の多い投手だったらしい。


チームメイトとの関係があまり良好でなく、部活の監督や先輩など年上でも納得のいかないことがあればくってかかり手に負えない選手と言われていた久保くんに、佐倉くんが根気よく付き合いそして今の2人があるのだと、聞いた。


誰からか?


そうだ、これを教えてくれた人がたぶん今のこの状況に大きくかかわっていると思う。


野球部のマネージャーでも何でもない、いちクラスメイトのわたしがどうして佐倉くんや久保くんのことを良く知っているのかというと、噂を積極的に収集しているからではない。


同じクラスの友達・・・いや、それだけじゃない小学校のころから仲の良い幼馴染の麻貴が久保くんと付き合っているから。


いろんな情報も、ほとんどが麻貴からいろいろ相談を受けたり愚痴を聞いたり、ノロケられているときに入ってきたもの。





それを鑑みると、わたしの抱いている疑問は自ずと解けてくる。



佐倉くんが今日朝練に出ていないのは、久保くんが久しぶりの部活の休みで彼女の麻貴と一緒に登校しているので、練習に出ないからだと思う。


久保くんが佐倉くんと一緒にいない理由もまた、然り。


そしてわたしを呼びとめてこうして黙っている理由は・・・。



「高原さんとは、一緒じゃないのか。」



高原、タカハラ・・・ああ、麻貴の姓だ。

もう十数年一緒にいる幼馴染を苗字で差されてすぐに認識できないくらいにわたしの思考は遠いところにぶっ飛んで行っていた。


それもこれも、この今の不思議な状況とこちらをじっと見つめる佐倉くんの瞳のせいだ。


なぜわたしが麻貴といっしょじゃないのかくらい、佐倉くんも分かっているはずなのにわざわざそれを話題にするあたりが背筋も凍るような白々しさだと思う。


今日は電車の時間が合わなくて、ともごつきながらも答える。

麻貴は久保くんと一緒だから、だなんてとてもじゃないけれど正直には言えない。



・・・言えないけれど、佐倉くんはもちろん真実を知っているのでその瞳はとっても冷え冷えとしている。


こんなに恐ろしい瞳なのに、どうして目をそらさないのか、自分でも不思議だ。




最近の久保くんは、できたばかりの彼女を優先しがちらしい。

麻貴は、久保くんに野球を一番にして欲しいと言っているみたいだけれど、まあ付き合い始めの高校生カップルなんてそうストイックに生きられるわけがない。


付き合ってまだ一月も経たないんだし、しょうがないよと思ってしまうのがわたしを含め他の人間の総意だ。

必要な練習はするし、元々きっちりとしていたので休みの日に休むくらいどうってことないだろう。



だけど佐倉くんはそうは思わないらしい。


わたしは佐倉くんにとって、大事なだいじな久保くんをたらしこんだやつの幼馴染。

きっと恨みの対象だろう。



状況を見れば、嫌われていてもしょうがないんだ。



それに佐倉くんがこれを知っているかどうかはわからないけれど、わたしは久保くんと麻貴が付き合えるようにずいぶんと根回しをしたりした。(久保くんのメールアドレスを教えてもらったりとか、みんなで話しているときに久保くんと麻貴が話せるように持っていったりとか、久保くんに好きな人がいるのかどうかを探ったりとか)



佐倉くんから、久保くんを奪った共犯であるという自覚はしている。

自覚はしているけど、やっぱり佐倉くんに恨まれるのはいやだ。

だけど麻貴のことはわたしが守らなくちゃ。


佐倉くんがどれだけ冷たい目でねめつけようが、わたしは屈しない。


耐えろ、わたし。


学校に着くまで、まだ3駅。

「かわいい悪魔の言うとおり」を考えていたときにふと浮かんだお話を下書きなしで書いたものです。


メモにちかいような、そんな感じのものです。

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