異世界召喚したら魔法陣通ってる途中で死んだとか笑えない。いや、笑えって? 無理。
痛みの何もない中、ただあるのは吸い込まれる感覚。
そして意識も闇に吸い込まれていく。眠るとはまた違った、深い深い闇へ落ちていく意識。
あんな事故で生き残れるなんて思ってなかったから別に不思議ではない、僕が死ぬのは。これが死ぬことだってわかることに何故か僕は疑問なんて無い。「そういうもの」だから。
頭に走馬灯すらよぎらない。浮かぶのは、啓太のこと。生き残れただろうか?啓太は、僕の代わりに生き残ってくれたのだろうか………?
でも、今はみんなに別れを。
さようなら、みんな。
きらきらと、涙が頬を伝っていく感覚。見開いたままの目がその落ちていく涙を捉える。かすかに見えた涙は、輝いていた。
そして気づいたら、そこは真っ白な世界。
白い、白い、白い。
本当に何もない。
僕だって真っ白。僕が僕と分かるだけ。動けない、しゃべれない。いるという認識つまり考えることだけはできる。存在はしているけれど、他のものに干渉はできない、そんな感じだ。まあここにはその干渉するものだ全くもってないのだけれど。
そしてふと思うんだ。
あぁ、ここは携帯小説とか、パソコンの小説で読んだ展開?
とかいうふざけた言葉がよぎる。
そう、啓太の声で。
心のなかでもいい、啓太が言うのなら、間違いない。そう思いたいんだ。………感傷的だね、我ながら。あぁ………もう会えないのにな。
そこで、僕は納得した。そうか、死んだんだ、僕は。
でも、なんでここにいるってわかるんだろう……?
厨二に侵されている僕の脳が囁く。
魔法陣の展開なら、召喚だね。
物語の基準で考えれば勇者召喚か使い魔召喚だよね。
でも僕は「召喚」に使うであろう魔法陣に縫い付けられて死んだ。動けなくなって死んだ。
だから寿命とかでは違う死に方? になるのかな?
いや、でもこんな空間に呼ばれる筋合いはない。
神様はおそらく関係ないから謝ったり、転生させたりする必要はない。
でも明らかに僕を狙っていたから巻き込んだわけでもない。
そして…………何よりもこんなことがありえるわけがない。
なんでだろ、もしかしてここは「魂の待合室」? 待って、転生して、生き返れたりはしなくても…………魂を真っ白に戻して…………転生なら、するんじゃない? ………まぁ、ぼくは無神論者だけどね、阿呆らしいな。
そう思った瞬間、効果音が降って来た。降ってきたって言うぐらいだから上からだ、もちろん。
ピンポンピンポンピンポーン!
あ、聴力はあるんだ。話は聞ける。音が分かる。
意味の分からない気が抜ける効果音はありがたい情報をくれた。
「正解だよ! ここは『魂の待合室』だよ!
良かったね、分かったからサービスをしてあげれるよ!
そしてよろしくね! 新しい邪神くん! そして勇者の資格を持つ主人公よ! 」
「………なんだよ? って、喋れる! 」
「まず話せないといけないから生前の体を再現してみたんだよ~、それに………君が勇者で主人公で邪神の力を持つのなら不老不死に成るのは決定事項! これから君は死ねないね! 僕の同志だよ! 」
なぜか目が見えるようになったので、声がする方をみた。
上から降っていた声はいつの間にか僕の目の前に移動していた。
…………主人公だとか勇者だとか、邪神だとかいう厨二心がくすぐられる言葉は今は置いといて。
そこにいたのは黒い髪の、黒い目の、黒い服の、いかにも厨二病に侵されました! という日本人らしい感じの「者」がいた。
その顔には全然嘘っぽくない満点の笑顔が張り付いている。
嘘っぽくないのに張り付いている感じがするのは大分不気味だけど。
「えっと、どちら様? 」
「その前に。啓太くんを召喚しとくよ! どうせ、彼は『このままじゃ輪廻に行けずに朽ち果てるだけなんだから』! 」
パッとそいつが「下」に手をかざす。そしてその口が叫ぶのはよりによって親友の名前。
チカリとフラッシュらしき光が走り、そいつが靴をトン、と踏み鳴らすとなにかもやもやしたのが出てきて、人の形にパッとなった。その瞬間、色もついて。
現れたのは、そう、啓太。
「ぁ………けい、啓太…………、…………」
「………っ、結城……ごめんな、結城ぃ………」
現れて、目を開いてぼくを見た瞬間、なぜだかいきなり謝る啓太。
「そいつ」は啓太を指差す。
「こいつ、お前の親友だろ、なのにこいつはお前を見捨てたんだよ。でも僕は君の同志の邪神だから、君の大事な大事な親友は絶対に傷つけないよ! ねぇねぇ、褒めてよ! 朽ち果てて消える前にちゃんと呼べたんだよ? ねぇねぇ! 結城くん? 」
「…………な、なんで………ここに、啓太がいるの………?」
急に狂ったように喋りだす邪神を取り押さえて問いただす。…………今気づいた。こいつは、狂っている。狂って、仲間を求めている……………。
「ねぇねぇ! 今すぐ君を邪神にするよ! だってどうせもう三分もしないうちに君のこの『世界』に邪神として認識されて、邪神の力を貰うんだから! それなら、きっと歴代最強の邪神を僕の手で産み出したい! いいよね! いいんだよね! ほら、結城くん、今邪神にしてあげるよ! 僕の大事な大事な同志になるんだから、今のところ、歴代最強の僕が自分の存在を消し去るぐらいの力で君を邪神にしてあげるよ! 是非とも僕の存在も消えてくれればいいんだけどね! あ、恨まないでね! どうせ世界が君を邪神にしちゃうんだから、それなら強いほうがいいよ! ほら! 」
『邪神の能力をコピーします』
『邪神の能力の移し替えをします』
『警告! 邪神の能力値が規定を下回っています』
『修正! 邪神の能力値を規定まで修復しました』
『邪神の能力を勇者に移します』
『警告! 勇者は一分後に邪神になりますが、能力を移しますか? 能力を移すと勇者は邪神になり、一分後に邪神の能力を二重に得ますが、よろしいですか? 』
「勿論いいさぁ! 勇者に邪神の能力を邪神と同じにする! 」
『勇者に邪神の能力を移しました』
『邪神勇者に邪神の能力を与えます』
『エラー! 邪神勇者は既に邪神です』
『修正! 邪神勇者の能力値を最高位邪神・完全コピー、勇者《光ノ者》、幸運者に修正しました』
「…………、っ?! ぐ、うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ! 」
「結城! 大丈夫か?! 畜生! 邪神め、お前結城に何しやがった! 」
「あはははは! 結城くんはこれで邪神だ! 僕の大事な大事な同志! 『魂の待合室』、もとい『魂の理』を知った者の仲間さ! これで結城くんは…………! 」
狂った笑い声。
啓太の悲鳴。
チカチカと赤黒く点滅する、空間。
膨大な知識が渦巻いて、僕の頭に入ってくる。
歴代邪神の悲しき末路を、すべての世界のことを知って。
勇者の真の目的を知って。
邪神のレイタの、狂気を理解し。
僕は僕で無くなった。………でも、僕は人だったことの記憶を忘れなかった。…………レイタと違って。
・・・・
・・・
・・
・
「おはよう、啓太」
「……! 結城! 大丈夫か?! 」
清々しい気分で目が覚めた。啓太が慌てて駆け寄ってくる。その背後でレイタが満点の笑みを浮かべて啓太を眺め、ぼそっと言う。
「あは、啓太くんには何もしなかったよ? 」
「…………なんかしたの? 」
「あはは、君と啓太くんを轢き殺したトラックの運転手は今頃ミンチだよ? ………あぁ、でも君を召喚した世界の人は君が殺るから何もしなかったんだ、えらい? 」
…………半ば一方的にレイタと記憶を共同する僕は、最初と違って嫌悪感はない。
でも、レイタに僕の記憶は、無い。
「偉いよ、レイタ」
「…………結城? 」
「ごめんね、感性が変わってしまったものだから」
もう僕は………人の心を持たないから、冷酷にも残酷にもなれる。
ただ、僕は。
世界に破滅をもたらすだけの、ただの破壊者。