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6月7日 午後17時58分

 どの町にも人の死っていうのは蔓延っている。それは事故死とか病死って意味じゃなくて。

 でも私達は大概「死」に気づかない。だって周りの人が死んだわけじゃないから。自分に関係のない人が死んだところで悲しみようがない。

 それを無関心だとか非難する人もいるみたいだけど、じゃあ非難しているあなたはどうなの? って聞いてみたい。大体人ひとりに一々悲しんでいたら私達の方が持たないんじゃないかな。

 今回起きた私の町の自殺報道だって、皆驚いてはいるけれど悲しんでなんかいない。せいぜいお茶の間の話題になって1週間で消えてなくなる。


 自殺した人は20代後半の男の人だったらしい。私がいつも通学する際に通る道のすぐ隣、深い茂みの中で一際大きい木があるのだけれど、そこでネクタイで自分の首を吊って死んでいたらしい。

 死んだ男の人の側には綺麗に折り畳んだ衣服が置いてあって、遺書らしきものはなかったみたい。宙吊りになった男の人は全裸だったみたいで、その……排泄物とかも辺りに飛び散っていた。

 衣服以外に所持品はなかったみたいで、男の人の身元確認が急がれている。ここまでが最近起きた自殺の経緯。

 正直私達みたいな高校生には関係のない話だ。クラスの男子なんか自殺をネタに笑いを取っているくらいだから、その程度だったのだろう。

「……」

 ユカリと別れてアヤと2人きりになったけど、頭の中はそればかり考えていた。

 私は昔、自殺しようとした。その理由は誰かに悲しんでもらいたいと思ったから。結局、死ねなかったんだけど。

 もし、自殺した男の人が以前の私と同じような気持ちだったらどうだったのだろう。

 誰かに悲しんでもらいたくて死んだのに、周りには笑い物にされて、メディアには「良いネタ」と注目されているだけ。挙げ句の果てにはユカリには「意味不明」宣言されたし。

 悲しませるために死んだのに、笑わせるために死んだと思われている。それって本人からしてみたら、どういう気持ちなんだろうか。

「ミカちゃん、なんだか元気ないね。疲れちゃった?」

 不意にアヤが話しかけてきたから少しびっくり。

「ううん、そんなことないよ。ちょっと考え事をしていただけっていうか」

 あたふたと言い訳を述べる。我ながら、何を言いたいのかよく分からない。

「考え事?」

「うん。アヤがさっき自殺のこと言ったじゃない。あれって死んだ人が考えた反応を周りは示さなかったと思うのだけど、死んだ人はどう感じるのかなって」

 何を言っているんだ、私は。死人に口無し、だと言うのに感情なんてあった物ではないだろう。

 適当なことを言って、この話題から離れようとした時にアヤが口を開いた。

「多分ね。その人すっごく悲しいと思う、それで後悔しているんじゃないかな。ミカちゃんが言うように『悲しませるために死んだ』のに、『笑わせるために死んだ』と思われているんだから。でも、それって一番許せないのは『死』を笑い物にしている人達じゃなくて、周りのストレスに堪えられなくて『死』を選んだ自分自身じゃないかって思うの」

 ま、自殺した人が本当に周りに哀れみを持ってもらいたくて死んだのかは分からないんだけどね、とアヤは付け足した。

 その時の彼女の表情はやたらと苦しそうで、笑っているのに笑っていないように見えてしまう。

 心の奥底で引っかかっていた疑問。どうしてユカリとの別れ際に「自殺」の話題を持ち出してきたのか。そしてまるで自殺した男性を擁護するような発言。

 自殺しようとした中途半端な私にも同感できるアヤの発言に、心の中で膨らんでいた疑問は喉元まで迫っていた。

「ねえ、アヤってさ。もしかして自殺しようって思ったことあるの?」

 我慢出来ずに吐き出してしまった。同時に酷く後悔、友達になんてことを言ったのだろう。

 まぶたをきつく閉じてアヤの怒号が飛び交うのを待つ。でもそれはいつまで経っても訪れず、私は恐るおそる目を開けた。

 そこには悲しげに笑っているアヤの姿。いつも思うんだけど、彼女のこういう表情って凄く画になる。美しいというよりも似合ってるに近い。本人には申し訳ないけど。

 やがてアヤは小さく頷いて単語を紡ぐように口を開いた。

「私がずっと小さい頃にね、両親が熱心に教育してくれたの。今では愛されているんだって分かるのだけれど、当時の私は親に都合の良い道具にされているようにしか思えなくて。私は一番愛されるべき人に愛されていないんだって、そう感じてしまったの」

「……それで、自殺を?」

「馬鹿みたいな話だよね。愛されていないから、いらない子どもだから死のうって思った。その時は躊躇なんてなかったし、死ぬことが怖いとも思わなかった。それで、睡眠薬でちょっと、ね」

 アヤは小さく笑って右手で「少量」というポーズを取っているが、本当は昏睡するくらい飲んでしまったのではないのだろうか。

 黄昏色の空にカラスの鳴き声が響く。灰色の雲が山の向こうへと消えて行った。それだというのに湿った大気がどこにも消えないのが腹立たしい。

「薬を沢山飲んで、倒れて、周りの人に迷惑をかけた。薬の副作用のせいで、私には二度と『全快』が訪れなくなってしまったのだけれど、それは私の『罪』だって自覚している。それよりもあの時の自殺で確認出来たことは、両親の愛情」

「私が倒れてから、ずっと心配して看てくれていたみたい。私が起きると泣いて喜んで、心配してくれて、怒ってくれた。皮肉な話だよね、自分の死を天秤にかけることでしか、愛情を確かめられなかったなんて」

 最後、アヤの声のトーンは妙に高くなっていた。どんなに愛情が確認出来たと言っても、自分の体を犠牲にしたっていうことが引っかかっているんじゃないかなって思う。


 色々と考えることはあるけれど、今日はもう遅い。

 また後で、このことはゆっくり考えよう。


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