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6月12日 午後20時57分

 携帯ラジオから流れる情報。軽快な音楽とともに訪れるのは、あの雌犬のような声だった。

「台風5号は現在沖縄付近に接近している模様です。この台風10号は数時間後には沖縄県を通過して翌日には四国に上陸して、本州へと訪れる模様です。また、今回の台風は最大風速25メートルという非常に強い……」

 イヤフォンを外した。私はどうにもこの「午後20時の恋人」が好きじゃない。野球選手とテレビマネージャーとの2股をかけているという大胆さが特に気に入らない。

 眼鏡を外してこめかみを抑えてみた。最近の頭痛の原因は連日の雨も関係しているのかもしれないが、大部分はストレスだろう。

「……なんだかなぁ」

 何も考えられずにいた。真っ白いモヤが私の頭にかかって視界が晴れない感じ。

 その原因ははっきりと分かっている。ミユキさんの自殺だ。彼女の死が、私の頭を滅茶苦茶に混線させている。

 どうしてミユキさんは自殺をしたのか、私はどうして彼女の死を止められなかったのか。そればかりが頭の中で巡っている。

 ミユキさんは最期の日に私に話をしてくれた。その前の日に私に酷いことを言った謝罪と、現在の彼女の状況。

 私はその時に何か行動を起こすべきだったのだ。ただ話を聞くだけじゃ救えないことだって存在する。

 そして昨日の夜に、ミユキさんからのメールが届いた。

『今日は私の話を聞いてくれてありがとう。さようなら』

 どう考えてもミユキさんらしくない。私はその時ようやく行動を起こしたのだけれど、結局間に合わなくて。

 今でも、ミユキさんがいなくなったということが信じられずにいた。信じられずに電話をかけたら、必ず出てくれるんじゃないかって。

 携帯の画面をじっと見つめた。ディスプレイに表示される「高良ミユキ」の名前。私に優しく接してくれた名前。この世に存在しなくなった名前。

「……どうしてなのよ」

 冷たい空間に、ポツリと呟いた。涙は出ずとも、胸がとても苦しくなる。


 ユカリはミユキさんを私以上に尊敬していた。だから彼女を亡くした悲しみというのはきっと測り知れないだろう。

 ユカリが3日も学校に来ていない理由は多分それだと考えているから。

 このことはいずれ周囲に知れ渡る。一体どこから情報が漏洩してしまうのかは分からないけれど。

 仮にミユキさんの自殺が広まったら、私のクラスはどんな反応をするだろうか。一緒に悲しんでミユキさんの死を悼むか? まさか、高校生にそんな高等な技能があるとは思えない。

 桐野実がいい例だ。彼はクラスメイトにとっては「知らない人」で、それが何をしようがクラスメイトにとっては対岸の火事でしかない。

 きっとミユキさんも桐野実の延長線となるのだろう。ようやく治まりつつあった自殺騒動がまたぶり返して。

 それを恐れて「ネタ」として扱われたくないからユカリは学校に姿を見せない。それなら嫌でも納得が出来てしまう。

 おぼろげな目つきで携帯を操作して、高良ユカリの電話番号にまで到着していた。

 決定ボタンを押すだけで彼女と話が出来る。そうすれば疲労困憊した彼女の声音が聞こえるだろう。

 そうしたら私はどうする?

「最近学校に来ていないけれど、何かあったの?」なんて無責任なことを聞くのだろうか。

 それを考えたらどうにも出来ない気持ちになって。でもこのままでは何も進まないというもどかしさもつきまとう。


 だから、つい無意識に。通話のボタンを押してしまった。

 無表情、無思考、空っぽの心で。一体何と言えばいいかなんて今の私には想像が付かない。でもその一歩は踏み出してしまって。

 まだ大人になりきれていないのに、成人式を迎えてしまった人の気持ちってこんな感じなのかなって、何となく分かってしまった。

 その呼び出し音が恐ろしかった。恐怖が確実に迫っているみたいで、私の鼓動はどんどん大きくなっていく。

 その時、突然電話が繋がった。あまりに突然のことで心臓が停止するんじゃないかってくらい。

 でも、私が想像していたものとは、この通話はかけ離れていた。

『ただいま、留守にしております。ご用のある場合は、ピーッという発信音の後に、メッセージをお伝えください』

 発信音。でも私は何も伝えることが出来ない。

 無知を装っても、事実を知って同情しても、結局ユカリを傷つけてしまうと悟ったからだ。

 冷静になって考えてみれば当然なことだろう。最愛の姉が死んで、電話に出られるような精神状態じゃないはずだ。マナーモードで無視を決め込む方が賢明だ。

 私は通話を切断して、携帯を床に落とした。プラスチックの安っぽい音がカラカラと部屋中に反響する。


 頭を抱えた。頭痛っていうのもあるのだけれど、八方塞がりの状況を打開出来ないから。

 まるで喉の奥にクモの巣が張り巡らされているようで、私はくぐもったうめき声しか出せずにうずくまった。

 家の外の窓はガタガタと揺れ、台風が到来するという予告をはっきりと告げていた。

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