6月7日 午後16時20分
中学生の頃、私はいじめに遭っていた。理由は多分本ばかり読んでいて、友達がいなかったから。
子どもが他人を傷つけるのに理由なんかいらない、ましてやそこに善悪すら関係ない。そんな文章をどこかの本で読んだことがあるけれど、まさにその通りだ。
いじめる側が相手を攻撃するはっきりした理由なんてない。「キモい」だとか「ウザい」だとか、とにかくそんなレベル。要はストレス解消の為のサンドバッグが必要なだけ。
サンドバッグを殴るのに一々善悪を気にする人間はいない。ただ殴る、そのことだけに意味がある。それでサンドバッグは「痛い」なんて訴えることが出来ないから、やっぱり耐えるしかないんだ。
中学の頃は私の存在を無視されたし、かと思えば私を害虫のように貶され見られていた時もあった。私と関わったら「ビョーキ」が移るって、酷いことも沢山言われた。
そのクセ私は大人に助けを求めることはしなかった。大人は今の子どもを知らなすぎる、大人は「最近の子どもはナメてる」っていうけど、私達からすれば「最近の大人はナメてる」ようにしか見えない。
とにかく役立たずな大人の力を借りても場の状況をさらに混乱させるだけだろうから相談はしなかった。自己解決しようと思って、その結果が不登校と引きこもり。
そんな私を心配してか面白がってか、親は精神科の所へ連れて行きたがったり勝手な推測を立てて重い病気なのじゃないかと疑ったり。
「そんなんじゃないよ、ただ周りがウザいだけ」とは口が裂けても言えなかったんだけど。
薄暗い部屋の中で、本を読んでいてもいつも気にしてしまっていた。私の視線が他人に迷惑を掛けているんじゃないかって。他人といるだけで、迷惑を掛けているんじゃないかって。
悩みを打ち明ける友達もいない、かと言って頼れる大人もいない。「孤独」って言葉をここで使うのは間違っているのかもしれないけれど、やっぱり「孤独」だった。
胸の奥が鋭利なナイフでえぐり取られるみたいで、ズキズキ痛む。痛んでいたんで仕方なくなって、心の奥が黒い何かに蝕まれるみたいで凄く心地悪い。
軽いノイローゼみたいになっていた。世界に私の仲間は誰もいなくて、他は皆敵。もしくは暗い宇宙空間に放り出されたような途方もない不安。
そんな状態が約半年。自傷行動に至ったことなんて数知れず。左腕は切り傷だらけだ。
その後何とか単位が足りて町で一番のバカ校の入学が決まり、中学生最後の日に重い足取りで学校に来た。
教室に入ると生徒の視線が凄く気になる。湧き上がる負の感情を抑えながら申し訳なさそうに自分の席に着くと。
私の前席に花が置いてあった。花は既にしなびていて、誰も取り替えていないみたい。
たしかあそこは以前私をいじめていた主犯の女子。彼女の机上に書かれている油性ペンの跡は消えかけているが、悪意の言葉が全面に書き込まれていた。
言葉にするのも恐ろしい、悪魔の文字。そして机の中にはゴミと鳥の死骸。机から飛び出したゴミの1つに写真があった。写真はいじめていた彼女自身の物。
ただおかしいのは、その写真が異常を極めていた。全裸になって無理やり犯されている姿、苦痛に歪んだ顔は涙と白い液体でまみれていて、全てが見て取れないほどに。
意味が分からなかった。私をいじめていた子が、いつの間にかいじめられる側に回っていて、あまつさえ殺されていたなんて。
いじめっ子がいじめられっ子に回るなんてよくあるパターンだと思う。でもこの場合は、やりすぎだ。
自業自得、因果応報と言うには難しい。確かにいじめていた女子は許せないと思っていたが、本当に死んでしまえなんて思っていなかったから。
その時感じた心の重しはきっと「罪悪感」。でも私がその「罪悪感」を感じる必要があったのかどうかは私には分からなかった。
いじめは終わっても、心の傷は終わらない。私の視線が他人に迷惑をかけるんじゃないかっていう視線恐怖はまだ時々表れてしまう。それこそ、さっきの教室みたいに。
目立たないような工夫はいくらでも凝らしてきた。もう自分が傷つくのは沢山だから。相手がどうなろうが私の知ったことではない。
友達は少なくて構わない。とにかく嫌な思いをしなければいい。そう思って臨んだ高校生始業式。
「あなたさっきから一人だよね。私と友達になろうよ」
盛大に空気の読めない女子高生が私に話しかけてきた。高良ユカリ、またの名を「ユカリっち」、またの名を「ユーカリの葉」。
「え、あ。うん、よろしくお願いします」
あまりの突然の友情宣言に何も言えずにいた私がいた。でもそれは割と間違いなんかじゃなくて。
ユカリはいつもの女子とは違い、表面的な付き合いではなかった。表面的っていうのは一言、二言話しただけで終わる上辺だけの友達って意味。
普通の女子グループをまとめる子なら広く浅くっていう付き合いなんだろうけど、ユカリは潮干狩りの穴のごとく、特定の人物にはとことん深くって感じ。
相変わらず友達が少ない私だけれど、強い味方も手に入れた。それだけで、なんとなくこの学校に来た意味はあるなって思う。
図書館の前廊下に着いた。この学校の図書館は、便宜上附属図書館として機能しているみたいで、つまり学校とは別の施設だってこと。
蔵書量も普通の図書室よりもはるかに多いし、なにより地下に書庫がある時点で違う。
私は次にどんな本を借りようかと迷いながら、新しく蔵書された本をじっと眺める。最近ではライトノベルという一部では「活字マンガ」と良く分からない評価をされている本がよく販売されているけれど、興味がないので手に取ることはない。
自分の好みに合いそうな本を探しているだけで時間が経つ。それがたまらなく楽しいのだ。