6月8日 午後21時01分
明日は学校が休みだというのに、外を眺めればこの曇天の空だ。しかも雨すら降ってきているし。
「そういえば天気予報で今週末から本格的に梅雨入りするって言っていたかも」
正直あまり覚えていない。「午後20時の恋人」には耳を傾けない主義なのだ。でも梅雨入りしたのならば、この湿気も納得できる。
私は左膝にバンソウコウを貼り終えると大きな伸びをして、椅子の背もたれに全体重を預けた。そのまま定まらない眼で天井を見つめる。
頭の中でモヤがずっと晴れずにいた。今日の夕方、ミユキさんを怒らせてしまい、ほぼ絶交と言えるようなメッセージまでいただいた。
『あなた程度の人間に理解されるほど、私は底の浅い人間じゃないの』
あれは果たしてどういう意味だったのだろうか。いや、絶交だっていうことは分かっているんだけどさ。
私の言葉のどこで彼女をあそこまで怒らせてしまったのか、迷宮の中を右手法で歩いているみたいな感覚。
「やっぱりユカリだけに打ち明けた悩みを私が知っていたのがまずかったのかなぁ……」
力なく落胆した。体中から抜ける力は私が空気の抜けた風船だと暗示しているようで。
頭の中は混線中だ。桐野実の自殺騒動が私の高校に刺激の熱をぶり返させているし、ユカリの姉のミユキさんが心身ともに参っているし、本日私はミサキさんに嫌われた。
ストレス過多、頭痛が酷くなってきた。
眼鏡を外してぼやけた視界で窓の外を見た。真っ黒い世界に光の粒が何重にも重なって見える。
雨の雫が窓の外を定期的に叩いていて、冷たい音が部屋の中に入り込んでくる。何もする気になれずに、ただ雨の音だけを聴くのが今の私にとって精神安定剤のような役割を果たしている。
「……」
でもそうやって無心になっている時に限って嫌なことを思い出してしまう。私は中学生の頃、いじめられていた記憶を無意識の内にほじくり返していた。
もともと話すのが上手じゃなかった私に唯一と言っていい友達が出来た。その子は私と同じように友達が少なくて本ばかり読んでいた。類は友を呼ぶ、とはまさにこのことでたちまち私達は仲良しになったんだっけ。
その時、中学校全体が荒れていた時期で、暴力行為だとか麻薬騒動だとか教師と生徒の援助交際なんていうのも目立つようになっていた。一番有名だったのはクラスメイトの不良がホームレスの家を燃やして、その人に大火傷を負わせたって事件。
メディアはその事件に気づかなかったみたいだ。学校側が全力でその事件をもみ消したんだとか。使うべき力の方向性が違うような気もするけれどね。
そんな荒れに荒れきった時期に私に対してのいじめが起こった。最初は物を盗まれたり、陰口といった些細なことだったのだけれど、段々とエスカレートしていって最終的には存在を抹消された。でも、一番傷ついたのは私の唯一の友達だった子が一緒になって私をいじめだした時。誰も信用出来なくなってしまった。
今でも思い出せる。信じていた人間が周りと一緒になって真っ赤な弧を描いている姿を。白い歯に血のように染め上げられた真っ赤な舌が飛び出していて、よどんだ眼光が無数に私を突き刺してくる。
心の底では人間誰しも自己中心的な考えを持っている。自分さえよければ手段を選ばない、そんな感じ。
私だって例外じゃないはずだ。だからせめて私はその自己中心的な部分を隠さないようにしている。裏表のある人間が途方もなく嫌いだから。
「……って、何を考えているんだ私は?」
答えの出ない自問自答。どうにも精神が不安定な状態から一向に良くならない。
とにかく今はミユキさんがブチキレた理由をしっかりと見定めないと。いくら激怒したからといっても理由もなく怒ったわけではない。
だけれど、私の失言だけであそこまで怒ったとも考えにくい。おそらく色々なストレスが溜まっていて、私の失言が激怒のスイッチを入れてしまったのかもしれない。それならば私はまだミユキさんと仲直り出来るチャンスがあるかもしれない。
「……なんつって」
いつも自分にとって都合の良いことばかり考えていて飽きあきする。こんな愚昧な考えしか出来ない私になら嫌われても仕方がないのかも。
自虐、自分自身を嘲笑した。どうしようもなくなった。
結局、私とミユキさんとの間に出来た溝は永遠に埋められないのかもしれない。
好きだった、尊敬していた嫌われた。その事実を未だに受け止められずにいる自分がいる。心の隅っこで「まだ解決策がある」と考えている自分が途方もなく煩わしい。
壊れた物は元に戻らない、人と人の絆は粘土じゃないのだから。




