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遠い街からの来訪者

 俺たち兄妹がユーシアを訪れたその日に謁見出来たのは運が良かったのだと、後から聞かされた。


「久しぶり、ディンとルー、でよかったっけ?」

「はい、優斗さん。お久しぶりです」

「ご、ご機嫌麗しゅう、領主様」

「あー、堅苦しい礼儀作法とかはいいから。前みたいに元気良く、ね」


 そう言って妹――ル―に微笑みかける優斗さんは、噂通りの人だなと俺は少し感心する。


 俺の父親、シュタンが大きな失敗を犯してからはや数か月。破産寸前だった父、いや、我が家もなんとか立て直りつつある。こんな異常な速度でそれが実現したのは、ひとえに目の前に座る領主様――優斗さんのおかげだ。


 優斗さんが資金を都合し、儲かる新事業を提供してくれなければ、我が家は何十年単位で借金の返済に追われ、最悪、家族を借金の形に持っていかれた可能性すらある。


「はい。その、優斗さん、お久しぶりです」

「久しぶり、ルー。前に会った時より可愛くなったね」

「え」


 真っ直ぐに褒められ、頬を染めるルー。

 さすがだ、と思いながらも、俺の視線はついつい優斗さんの隣に居る、彼に良く似た女の子へ向かってしまう。


 優斗さんと同じ黒髪はとても綺麗で、何というか、普通の人とは違う魅力のある女の子だった。

 俺はそれを、身分の高い人だからだろうと考え、気づけば逸れる視線を優斗さんに戻しながら、挨拶に続く言葉を口にする。


「今日は、優斗さんにお願いがあってきました」

「単刀直入なのは嫌いじゃないけど、先に自己紹介からな。クーナ」

「はい、お兄ちゃん」


 少女――クーナと言う名前らしい――の発言で、どうやら彼女は優斗さんの妹である事を知った俺は、彼女と結婚すれば優斗さんとも兄弟か、などと考えてしまい、ルーに負けず劣らず赤面してしまう。


「ユーシア領、次期領主のクシャーナ・ユーシアと申します。以後、お見知りおきを」

「あ、その、俺は」


 荘厳にして優美に一礼するクシャーナ様。

 その姿に見惚れている俺は、さぞ間抜けな顔で慌てているだろう。それが判って居ても、胸の高鳴りは収まらない。


「緊張しなくてもいいって、ディン。あとクーナ、煽るな」

「ふーん」


 どうやらご機嫌斜めらしいクシャーナ様に、何かマズイ事をしてしまっただろうかと考え始めた俺は、そもそもこの謁見自体がソレにあたるのではと思い至り、更に慌てる。

 しかしその場合は今さらであり、ならばご機嫌を取るか、出来るだけ早く終わらせるべきだと結論すると、少し早口で自己紹介を行う。


「カクスで優斗さんのお世話になり、この度新商会を立ちあげる事となりましたシュタンと言う商人の息子で、ディンと申します。こちらこそ、よろしくお願いします」


 元々は父が支店長であった商会は、崩壊して既に存在しない。

 そうなった場合、借金だけが残り働き口が無くなった父は路頭に迷う、と言うのが一般的だ。商会の土地建物も借金取りがやってきて差し押さえるので、父の手元には何も残らない。


 しかしそこはさすがの優斗さん。そう言った状況も考えていたのだろう、土地と建物を担保に支店長名目で大量の借金をする事で、商会が潰れてもそれらはキャリー商会、すなわち優斗さんの息が掛かった場所に移動するだけであり、俺たちはそこで商売を続ける事が出来た。多少、借金が増えはしたが。


「ディンの妹でルーです。仲よくしてくれると嬉しいです」


 律儀にも優斗さんの言葉通りに元気よく挨拶するルーに、恐る恐るクシャーナ様の御顔を確認すると、先程よりも若干不機嫌度が増している様に感じた。

 これは本格的にマズイ。ならば俺がやるべき事は、さっさと目的を果たす事だけだ。


「それで、優斗さん。お願いがあるんです」

「うん。何?」

「俺たちに仕事を斡旋して欲しいんです」


 そう言って俺が差し出したのは、派遣労働契約書と言うものだ。

 優斗さんと交わしたそれには、派遣労働者は労働内容に不満がある場合、派遣元の雇い主に異議申し立てを行う権利がある、と書かれている。


 これは、父が事業に失敗し、うちの商会がキャリー商会に吸収された時に俺たちの身柄を保障する為の条文だと聞いている。それを利用する形になってしまい、申し訳ないとは思いつつも、俺たちはここまでやって来た。また家族が崩壊しない為に。


「理由は?」


 折角一緒に暮らせるようになったのに、わざわざ家を出ると言う判断をした俺たちを、それを為してくれた恩人である優斗さんは頭ごなしに責める事なく穏やかにそう問うた。

 俺の努力を無駄にする気かと怒られる事も覚悟していた矮小な身としては、その器の大きさに少し感動してしまう。


「将来、父の商会を継ぐにしても、外を知るべきだと思ったからです」

「嘘です」


 きっぱりと断じられ、俺は思わず一歩後ずさる。

 確かに本当ではないが、完全に嘘と言う訳ではない。それでも騙すような形になってしまう事に抵抗を覚えていた俺は、そんな罪悪感を読み取られたのだろうと、軽く息を吸って、吐く。


「確かに、それだけじゃないです。でも、本当です」

「それが一番大きな理由だ、と言う事ですか」

「はい」


 今度はきっぱりと答えたが、質問したクシャーナ様は不満顔だ。

 対して、隣の優斗さんはとても楽しそうに笑っている。


「ディン、クーナは審判のギフト持ちだ。嘘は絶対見破るぞ?」

「げ」


 思わず漏れた声に、優斗さんとクシャーナ様は目を見合わせ、次の瞬間、クシャーナ様は花が咲く様に可憐に笑った。

 くすくすと上品に笑うクシャーナ様はとてもとても可愛らしくて一瞬だけ呆けてしまったが、ジト目の妹に睨まれ、正気に戻る。


 って言うか、お前もさっき優斗さん相手に似たような反応してただろーが。


「違うんです、優斗さん」

「いい、いい。とりあえず、正直に全部話せ」

「う……」


 気乗りしない、と思いながらも、指摘されたからには答えざるを得ない、とも考え、俺は肩を落とす。

 可愛い子の前でしたい話ではない。恩人の前でしたい話でもない。そんな、格好悪い理由が、本当の動機だなんて。


「実は、別れた父と母なんですが」

「うん、シュタンさん夫婦がどうした?」

「何と言うか、すごく、仲が良いんです」

「良い事だ」


 即答する優斗さんを思わず睨みつけてしまい、慌てて真顔を作ると、俺は憎々しげに続きを口にする。


「子供の前でも気にせずいちゃいちゃするんです!」

「……なるほど」


 そのくらい我慢しろと言われれば反論の余地もない言葉だったのだが、意外な事に優斗さんはあっさり頷いてくれた。

 これはいけるのでは、と考えた俺は、勢いのままあまり言うべきではない言葉まで口にしてしまう。


「そのうち、弟か妹が増えそうなくらいなんです」

「なる、ほど」


 優斗さんが俯き、悩み始める。

 そこでようやく、可愛らしい娘さんことクシャーナ様がルーより2、3個下程度――10歳前後――である事に思い至り、こんな生々しい話をすべきではなかったと気付き、俺は後悔する。


 でもまぁ、その年なら理解していない可能性も僅かにあるはずだと考えた俺だが、彼女の表情から察するに判ったのだろうと理解出来た。隣の妹から冷たい視線が痛い。


「いや、でもさすがにそれで家を出るのは」

「え」


 もしかしていけるのではと考えていた俺の表情が固まる。

 嘘でない嘘を通そうとしたくらいには無理だろうとは思っていたとは言え、一度大丈夫かもしれないと思ってしまったので、衝撃はそれなりだった。


「ちなみに、ルーの方も?」

「私は別に、両親の仲が良いのは平気です」

「なら、なんで?」


 俺すら予想外な言葉が飛び出し、視線を向けるとそこには恥ずかしそうにもじもじするルーが立っていた。

 その仕草を妹がしても、正直嬉しくない。クシャーナ様がしてくれたらなぁと不純な事を思いながらも、優斗さんと共にルーに視線を向け続ける。


「私は、家族が大好きです」


 唐突に語り出したルーに、しかし優斗さんはもちろん、クシャーナ様も何も言わずをれに耳を傾ける。

 ならば今は聞くべき状況なのだろうと、俺は2人に倣って静かにその続きに耳を傾ける。


「たまに意地悪だけど、私を心配してくれる兄が好きです」


 恥ずかしげも無く語るルーの言葉に、頬が少し熱くなる。

 照れ臭すぎるぞ、妹よ。


「普段はのんびりしてるのに、私が困ると、ううん。家族が困ると凄いお母さんが大好きです」


 子供の危機を救うのは親の仕事だと胸を張る母の顔が思い浮かぶ。

 そして、件の暴落の際、離縁を提案する父の意見を退け、絹の支払いに不足する金額を集める為に身の回りの物、それこそ嫁入り道具から家屋敷まで売り払う決断をした上で親戚中を駆けずり回って代金を工面しようとしていた姿を。その金額は微々たるものだったが、それがどれだけ父の心の支えとなったのか、酔った父から聞いた事がある。


「私は商売の事は詳しくないけど、君のお父さんは凄いね、って褒めて貰えるお父さんだって、尊敬してます」


 普通なら再起不能な大きな失敗をしてしまった父だが、それまでの商人人生は、そこそこ規模のある商会の支店長になれるほどだ。

 今回の事でその評価もかなりおちているはずだが、娘のこれだけ思われている事を知ったら喜ぶだろうなと思い、俺の目元が僅かに湿る。


「そうです、私はお父さんを尊敬しています。してる、はずです」

「えーっと、ルー?」


 怪しげな空気を察したのか、優斗さんが気遣わしげな声でルーに語りかける。

 本来なら俺がすべき事だが、今はそんな余裕がない。


「女性ものの下着を真剣な表情で見分していたって、あれは商売に必要な事です。はい、尊敬しています」


 そんなルーの言葉で、目元の湿り気は一瞬で乾燥した。

 そしてその光景を思い出し、自分は見なかった事にして通りすぎた事も思い出す。あの光景は確かに、心にクルものがあった。


「材質が、とか言って撫で回していても、それは仕事なんです。そうですよね、優斗さん!?」

「う、うん。そうだね」


 優斗さん、笑みが引きつってますよ。

 心の中でつっこみを入れながら、俺は父の成功させた事業について思い出す。


 父は当初、手元の予算を元に普通の商会業をやる予定だった。

 しかしながら我が商会は多くの借金を抱えており、その利子を免除すると言う餌を与えられてある新事業にも手を出す事になった。と、言うかそれを主軸に、他の商売は補助的に。その新事業と言うのが、女性下着の開発と製造だ。


「ですから、真剣に仕事をしているお父さんを尊敬しているのですから、どんな仕事をしていようとも尊敬し続けると決めました!」

「そ、それは偉いね?」

「私は父を尊敬していたいんです!」


 語調が荒れ、言葉が無意識に願望になっているルーの剣幕に、俺の額に嫌な予感と冷や汗が浮かび上がる。


 この後の展開を予想しながら、さりげなく二歩下がる。

 興奮したルーが何か暴挙に出たら、即後ろから取り押さえる為だ。その為には、ルーの全身を視界に入れておく必要がある。


「それだけなら、いいんです。我慢するか、出来ないなら見て見ぬふりをすればいいんですから。

 でも、それだけじゃないんです!

 確かに私は、事業を成功させる為に必要な手伝いはすると言いました。取り扱うのが女性下着なら、若い娘の意見が聞きたくなると言うのも判ります」


 優斗さん、ごめんなさい。

 俺は心の底から謝罪しながら、現実逃避も兼ねて視線をクシャーナ様に合せる。


 えっと、なんでちょっと楽しそうなんですか、クシャーナ様。


「初めは、履き心地を聞かれました。恥ずかしかったけど、新製品の開発の為だって言うから協力しました。恥ずかしかったけど! 恥ずかしかったけど!

 そしたら次は、しばらく履いてどこが痛みやすいか、擦れやすいか調べて欲しいって言うんです。えぇ、それも協力しました。しましたよ! 恥ずかしかったけど!

 でも、でもでもでも! どこが汚れやすい、って聞かれるのは無理です! 使用済みの下着を研究すべきかとか呟いてるのを聞いちゃったら、もう逃げるしかないじゃないですか!」


 何やってんだ、父さん。

 弁解しておくと、うちの父に変態的な趣味はない、はずだ。下着がどうこうは別にして、娘に手を出す様な人間ではない事は確実だ。そんな人間なら、既に俺か母がどうにかしている。


 あの人は単に、凝り性なのだ。任せられると、出来る限り答えずにはいられない。

 その、ある意味上昇志向と似た性質のおかげであの地位まで上り詰めた事を考えれば、悪い事ではないのだが、今回の件ではちょっと間違った方向に突き進んでしまっただけなのだ、と信じたい。


「私はお父さんを尊敬していたいんです。だから、家を出るんです!」

「な、なるほどね」


 優斗さん、眼が泳いでますよ。

 そしてクシャーナ様、何がそんなに面白いんですか。


「ん、でもそうするとルーが居なくなったシュタンさんは別のモデルを雇――」

「優斗さん。私は、父さんを、尊敬、して、いたいん、です!」

「ゴメンナサイ」


 おーいルー。その人、俺らの雇い主で、ついでにここの領主様だぞー。

 心の中でだけそうつっこみを入れながらも、俺にはそれを止める事は出来なかった。ごめんなさい、優斗さん。


「えっと、じゃあ、何か職の希望はある?」


 ルーに押し切られた優斗さんが、話題転換も兼ねてそう尋ねて来る。


 それに対する俺たち返答は決まっている。

 俺はどこかの商会の働き口を希望。将来、父の事業を継ぐ為に経験を積みたいからだ。

 ルーは、服飾系。理由はもちろん、俺と似たようなもの、だと思っていたのだが。


「私が開発と制作を担当すれば、あんなお父さんを見なくて済みますから」

「ソウデスカ。

 って、そうだクーナ。丁度いいからそっちの事業で使う?」


 話を振られたクシャーナ様は、真剣な、そしてそれを補って余るほどの可愛らしい表情で悩み始める。

 クシャーナ様が悩んでいる間に聞いた説明によると、ユーシアは今、服飾、主に新しい意匠の洋服や、和服と言う名の別枠の品物を設計、流通する部署を立ちあがている最中なのだそうだ。うちの商会で扱っている下着も、ある意味優斗さんが元祖なのでここでも生産されているそうだ。


 ん、そうすると優斗さんも父と同じ様に研究を?

 そんな事が思い浮かんだ俺の思考は、クシャーナ様がその小さくて可愛らしい唇を開き、言葉を紡いだことで中断される。


「やる気があるなら歓迎しますけど」

「やります! やらせて下さい!」

「本人はああいってるけど、何か問題が?」


 優斗さんの言葉に、クシャーナ様がジト目で睨みつける。

 うちの妹とは違って、そんな表情でも可愛らしさを損なわないのはさすがだ。


「お兄ちゃんの側室候補を、これ以上屋敷に増やしたくないなーって」

「それは大いなる誤解だ、クーナ」

「出会い頭に口説いてたし!」

「あれは最近の癖、と言うか理由はクーナも知ってるだろ!」

「教えたのは私だし、社交界なら普通だけど、普段からあれじゃあ単なる女たらしだもん!」


 ぷくっと頬を膨らませるクシャーナ様は、幼児退行でも起こしているかのように、幼い容貌が更に幼げになってはいるが、やっぱり可愛かった。

 ところで、右前方のルーが、兄が好きですと言った妹のものとは思えない表情でこちらを見てるんだけど、なんでだろうか。


「お兄ちゃんの変態」

「なんだってー!?」


 あちらこちらで勃発する兄妹喧嘩は収拾がつかなくなり、結局は兄2人が悪いと言う事で謝罪を入れ、今度何か贈り物をすると言う事で決着した。

 その際、ルーがさりげなく優斗さんからも贈り物が貰える用に強請っていた気もするが、恐らく気のせいだろう。

リクエスト第二弾は、カクスの町からやって来た兄妹でした。


夫婦の方をメインにすると、中年のいちゃらぶになるのであえてこちらで。


シュタンさんはそれなりに良い商人なのに、何故可哀そうな扱いが多いのか。あらゆる意味で。

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