騎士隊長様の受難
無事に恩人たる彼の元で働く事になった私達親子は、改めて再会を祝してお酒を飲んでいた。
「お前と飲むのもえらく久しぶりだな」
「もう1年ぶりくらいじゃない?」
親子と言っても、目の前に座っているライガットと言う名の男性と、私ことユーリスとは血の繋がりが存在しない。
戦場で拾った子供、いわゆる戦災孤児なのだと教えられた時は、戦災孤児ってどういう意味、と聞き返してしまい、父は複雑な顔をして説明してくれたものだ。
「まぁ、とりあえず乾杯すっか」
「うん、乾杯」
杯を打ち合わせ、並々と注がれた葡萄酒を揺らす。これは作戦の成功祝いに私達の主となった人から騎士団に、と言うか父の隊宛に送られた酒なのだが、父は娘と飲む為にそれをくすねて来たらしい。
仕方ないな、と思いながらも、私は少し嬉しくも感じていた。良い酒だから娘にも飲ませてやりたいと考えたのだろうが、そんな理由であっても、父が自分の事を考えていてくれたのだから、嬉しくないはずがない。
そして服の上から、普段は武器を手にするのでつけていない、でも鎖を通して常に胸元に仕舞い込んでいる指輪に触れると、離れていても自分の事を考えていてくれるのだと思え、自然と笑みが零れる。
この指輪は、父が大怪我をした時に貰った物だ。父から贈られたと言うだけでもお気に入りの品だけれど、装飾も悪くない。そういった事の疎い父が、そういった店で悩んで、自分に似合いそうな物を選んでくれたのだと思えば、その光景を想像し、更に笑顔が漏れ出てしまう。
目の前の父は、それを酒が美味しいから出たモノだと勘違いしているようだが、もちろん訂正なんてしない。
「うめぇだろ? たけぇ酒送ってきやがって」
「あはは。さすが領主様。太っ腹じゃん」
私は普段、丁寧で女らしい言葉遣いを心がけている。それは、私の仕事柄、必要になる機会が多いので、普段から成らすと言う意味でそうしているのだけれど、それは他人相手での話であり、身内である父と話すときは、どうしても昔の癖が出てしまう。男親に育てられた私の、あまり女らしくない言葉遣いが。
「そういやお前、決着の場に居たらしいじゃねぇか。どうだった、我らがご主人様の活躍は」
「格好良く、はなかったけど、すんごかった。呼んだ味方がみーんな敵になるとか、ないない。絶対、敵に回したくねー、って思った」
「違いねぇ」
私との酒盛りの前からどこかで飲んでいたらしい父は、がははと笑いながら杯を干す。私はすかさず酒瓶を手に取ると、父に向ける。
父がそれに応える様に杯を差出す。
私は酒瓶を傾けながら、父の目を真っ直ぐ見据えているが、当の父は酒が注がれていく杯にしか興味がなさそうだ。ばーか。
「おぉ、わりぃな」
「若い女の子にお酌して貰って、嬉しい?」
「はっはっは。可愛い娘の酌だと思えば、酒が3倍美味いってか」
瞳を潤ませつつ悪戯っぽく告げた言葉も、父にかかればこんなものだ。
フレイに教えを乞い、我が主で実験した時にはそれなりの効果があったのになと思いながら、私は仕方なく本題の為の布石を打つために口を開く。素面で出すには気恥ずかしく、あまり酔われるとそれはそれで問題のある本題を。
「そーいやさー」
「ん?」
「騎士隊長、続ける事になったんだって?」
「あぁ、その事か」
まずは前振りにと口にした言葉に、父はとても嫌そうな顔で答える。
出来れば私の方の話題にもそんな顔をして欲しいなと思いながら、話を続けて行く。
「大出世じゃん」
「そりゃ、まぁ、そうなんだがな」
「私は嬉しい」
そう言われる事に悪い気はしなかったのだろう、父は照れ隠しに杯を一気に煽る。中身の大半が残っていたにも関わらずだ。
それはそれとして、私は作り出した流れに乗っかる為に、今度は自分自身の事へ、話題を移す。
「それで、私の所属もそこがいいかって聞かれたんだけど」
「そうか。で、どうなったんだ?」
「親子で同じ職場は恥ずかしいから別にして、って言っといた」
たぶん、男ばかりの騎士団に娘の自分がやって来る事に良い顔はしないだろうと考えていた通り、父はとてもほっとした表情だ。
何時もなら、そうしようかなって思ってる、とでも言って色々と反応を楽しむところだけど、今日の本当の本題はこの先なので自重する。
「それでね、だったら側室にならないかって言われた」
「……おい、それは本当か」
「もちろん」
もちろん本当の事だけど、言ったのはフレイだ。
フレイから「そんな事を許す気はさらさらありませんし、絶対にそんな気はないと思うのですが、ユーリスさんにはお世話になりましたので聞いておきます。側室になって後宮に入りませんか?」と言われた時には何事だと思ったけど、その後に色々と聞いて納得した。そしてその助言通り、私はここで発言したと言う訳だ。
「お前、何て答えたんだ?」
「相談してみるって。どうしよ?」
「どうしよって、おま、ちょっと待て」
これまであまり見た事の無いくらいに慌てている父。こんな姿は、飲んでいる父を快方していてつい同じベッドで眠ってしまった朝以来、記憶にない。
「それなりに良い男だし」
私の趣味じゃないけど、と思いながらかけた言葉に、父は眉間に皺を寄せながら真剣に悩んでいるようだ。
そのこと自体は嬉しいけど、真剣過ぎる表情にちょっと罪悪感が浮かんできた。それをぐっと堪える私に、父は苦悶の表情を浮かべながら、言葉を絞り出す。
「そりゃ、な、確かにある意味良い男だとは、俺も思うがな」
「やっぱ?」
「だがな、側室って、のは、なぁ」
今までに婚姻関係と言うモノを結んだ経験の無い父は、そう言ったモノに対して何というか、夢みがちとでも言うべき幻想を、少しだけ持っている事を私は知っている。それが、私の存在に起因している事も。
娘には幸せになって欲しい。そんな風に願う父から、結婚相手の候補にあんなのはどうだと今まさに話題の男性を上げられた事がある。その時に私は素っ気なく、趣味じゃない、と答えていた事も、父の驚きっぷりに一役買っているのだろう。
「お前、金持ちになりたいとか、そんな風に考えてんのか?」
「ん? 別に、お金なんて暮らしに困らないだけあったらいいけど?」
「だろ? いつもそう言ってんのに、なんでまた、今回は」
側室になる、それを金か地位目当てだろうかと考えていたらしい父。どうやら、育て方を間違ったのではと悩んでいたようだけど、私が考えて欲しいのは、そんな事じゃない。
誰にも言った事のない、私の秘め事。フレイにはばっちりバレてる気がするけど、それでも一度として認めた事はない。
「だって、そろそろ身を固めろって言われたし?」
「言ったけどな。そりゃ、俺が言ったんだけどな」
がしがしと頭をかく父。私はさりげなく隣へ移動し、すすすと近づくと、その腕を取る。
取った腕を胸に抱え、身体をぴたりとくっつけた私は、父、いや、ライガットの耳元に、こうささやきかけた。
「じゃあ、誰と結婚しろって言うの?」
「そりゃ、お前が良い男探してだな」
「見つかんないんだけど、どうすればいい?」
「どうって、言われてもな」
私はここで、さっき全然効き目の無かった悪戯っぽい笑みを今度こそはと浮かべると、困り顔でこちらを向いたライガットに、それを告げる。
「じゃあ、約束通り、お嫁さんにしてくれる?」
「……何年前の話だよ」
「うふ。やっぱり覚えてたんだ」
私は今回の目的が1つが達せられて、満足げに微笑む。
そして追い打ちとばかりに胸元から指輪をひっぱりだし、ライガットに見せつける様にある指にはめ込んで見せる。
それを見てため息を吐くライガットに、今夜は徹底的に甘えまくろうと決めた私は、ライガットの杯を奪ってその残り少ない中身を飲み干した。
その日、私はひたすらライガットにお酌し、ライガットにお酌されながらお酒を楽しんだ。
酔いつぶれる寸前に、もう一度、昔と同じ約束を交わした気がするが、あまり覚えていない。
リクエストより、ライガットとユーリスでした。
この話の胆は恐らく、言わぬが花と言う感じでしょうか。
次回も続けてリクエストからのお話です。