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ある側室の決意

 私は恋をしてしまったのだろうか。


 お兄様と頻繁に会えなくなってからと言うモノ、私は彼の事ばかり思い出し、彼の話ばかりしていた、気がする。


「どーしたのー、ですか?」

「あ、うんとね、チャイ」


 不安そうな私に彼が貸し与えてくれた少女、チャイ。彼女ともすっかり仲よくなって、今では一日中でもおしゃべりしていられるほどだ。その話題は彼女の敬愛する女性か、もしくは彼女の本来の主である彼に関する事かのどちらかばかりだけれども。


「相変わらず、チャイは可愛いなって」

「ヴィスお姉さまには負けるけどね、です」


 出会ってからずっとこんなみょうちくりんな言葉遣いであるチャイは、きっと彼の命令でそうしているのだろうと、私は考えていた。少しでも私と早くなじめるようにと言う配慮なんだろうなと思うと、少しだけ胸がきゅんとする。


 そんな彼と私の関係は、ご主人様と側室と言うモノだ。庶民的に言えば、愛人関係とも言える。

 私達がそんな関係にある理由を端的に言えば、私を助ける為、だった。とは言え、私だけが特別と言う訳ではなく、私の家族全員がなんらかの形で彼に救われている。


 そんな大恩ある彼に、私がそれを返す方法は、あまりに少ない。その1つである身体で、と言う覚悟は決めていたのだけれど、名目上とは言え側室の筆頭である私の閨に彼が現れた事は1度たりともない。夜は勿論、朝も昼も。


 それにも関わらず私は、彼がここ、ユーシアでどう生活しているのか、良く知っていた。それはチャイが色々と教えてくれるからであり、同時に散歩と言う名目で彼女に彼の居るところまで連れて行って貰ったりしているからだ。お仕事の邪魔をしては悪いので、話しかける事はほとんどないけれど。


 私が散歩中に見る彼は、女性と一緒に居る事が多かった。

 一番多いのがチャイが敬愛している護衛の女性騎士で、次が私の妹。それ以外だと、傍付きらしい女性や私の為に新しい薬を作ってくれている薬師さんを良く見る気がする。傍付きの人とは仕事の話をしているんだと思うけど、薬師さんは気球がどうとか詰め寄っている事が多い。気球って言うのは、あの人が持ってきた空飛ぶ乗り物だ。薬師さんは、実は研究者さんだったのかもしれない。


「ヴィスお姉さま、って言うと、あの護衛騎士の人よね」

「うん。アイツ、じゃなかった、ご主人様の護衛をしてるの、です」


 そろそろ普通に話してくれるようにお願いしようかなと思って、既にそれなりの時間が経っている。それにも関わらず、いちいち訂正したり、どう考えても不自然なチャイの言葉遣い可愛らしくて、楽しくて、私は未だにそう伝えられずにいた。それに、もうお兄様がユーシアに戻っているにも関わらず、彼にチャイを返す事すらせずに居る。


 結局のところ、私は彼に甘えっぱなしなのだ。

 側室筆頭でありながら彼に尽くすどころか、負担にしかなっていない現状を顧みながら、私は考える。どうすれば、彼の役に立てるのかと。喜んで貰えるのかと。


「ねぇ、チャイ」

「ん、何? ……ですか」

「あの人、貴方の御主人様の役に立つには、どうすれば良いと思う?」


 友人に近い関係を築いていると一方的に思っている元奴隷の少女に、私はただそれを素直にぶつけた。それすらも彼女に甘えているだけの言動だと気付いたのは、かなり後の事だった。


「出来る事を1つずつやればいい。アイツはそう言ってた、です」

「出来る事を、1つずつ」


 その出来る事が無いから困っている私は、判りやすく困り顔をしていたのだろう。チャイはにやりと笑ってから、その疑問に返答してくれた。


「出来る事が無いなんて事はない。出来る事を探せ。そして少しずつ出来る事を増やせ、って、私は言われた。だから、私は字と家事の勉強してる。悔しいけど。です」


 チャイの指摘を自分に当てはめながら、私は前提条件が間違っていたのだと気付く。

 私は、何も出来ないんじゃない。積極的に、何も出来ないだけなんだ。いや、しないだけなんだ、と。


 私はユーシア家で育った。一応でも貴族の家で。だから文字も、礼儀も、閨の作法も知っている。病気がちで、実践した事はないけれど。

 目の前の、私の面倒を見てくれる娘より、出来る何かがある。それにも関わらず、なにも出来ないと言う私は、単にこの状況に、何も出来ないのだから仕方がないと言い訳したかっただけなんだなと、ようやく気付く事が出来た。


「アイツに聞いてみたらどう、ですか。ああ、えっと、その、ご主人様に直接おたずねすればよろしいのではないかと、私はおもうぜ、です」

「ふふ、そうね、そうしてみる。ありがとう、チャイ」


 チャイの言葉に背中を押された私は、彼に会いに行く決意を決める。そして本心を、自分も何か役に立ちたいのだと、たまには遊びに来てほしいのだと、伝えよう。そう、心に決める。


「ねぇ、チャイ」

「ん、何? ですか」

「今日のお散歩は、貴方のご主人様の寝室あたりまで案内してくれない?」

「……えー」


 嫌そうなチャイに、お願いと拝んで無理にそれを承諾させた私は、その場に立ち上がると薄手の上着を1枚羽織ってから部屋の外へと向かう。


 お役に立たせてくださいと告げるとは決めたけど、それは彼に全て委ねる事の延長であり、私は私を見て貰う為に、まず私の考えで何かをするべきだと、そう考えていた。さしあたっては、側室の本懐であるはずの、そして私がほんの少しだけ望み始めているソレを行う為に。


 その時はまさか、真夜中の寝台で下着姿のまま、もっと自分を大事にしなさいとお説教される事になるとは夢にも思わなかった私なのでした。

本編でちょっとだけ顔を出したクーナの姉のお話でした。


好意的な側室の極端な代表と言ったところでしょうか。


まぁ、好意的でない人はほとんど嫁ぐなり養子に出て行ってもうほとんどいないんですけどね。

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