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白騎士の忠義

 ユーシアに定住してしばらく経ち、私は3日間の休暇を貰った。


 我が主こと優斗曰く、ようやく一段落したから、と言う事らしい。ついでに、ヴィスには頼りっぱなしで申し訳ない、とも言われた。

 それは騎士として喜ぶべき事であると考えた私は、首を横に振って返答した事を覚えている。


 そこまでは問題ない。

 休暇自体はこれまでも半日単位で貰っていたし、その際にはチャイに連れ出されて食べ歩きや買い物をして過ごす事がほとんどだった。私は街には不慣れだったけれど、チャイのおかげで恥をかく事もなかった。

 もちろん、毎回休暇が重なる訳ではないので、1人で過ごす事もある。その際は訓練や学習をして過ごす。少しでも優斗の役に立つために。


 しかし今回は、ある意味それが仇になったと言えるのかもしれない。

 訓練はあまり成果が出ていないけど、読み書きの読む方はほとんどこなせるようになったし、書く方もそれなり。計算は得意ではないけれど、数字は覚えた。最近は、連邦語も勉強中だ。


 その結果、私の給金は、契約に則ってうなぎ上り、らしい。従騎士になった事も理由の1つ、らしい。

 お金がたくさんある事は良い事だ、と優斗は言っていた。だからまさか、そのせいで借金の支払いが早く終わって、優斗に「自由の身になったらどうする?」なんて聞かれるとは思ってもみなかった。


「おう、今日も訓練か?」


 休日の朝一番からやって来たのは、騎士団の訓練所だ。

 ライガットに挨拶すると、私は体をほぐし始める。彼は新兵を育てる為の部隊で隊長を務めている強者で、最近の私は彼の訓練を受けている。


 最初は暇そうな人を見つけて相手をして貰っていたのだけれど、ある時から何故か彼がずっと相手をしてくれている。きっと、私の相手をする事で隊員に訓練をさぼらせる訳にはいかないからだろう。その証拠に、隊長ばっか良い思いしてずるいっす、と文句を言う隊員の声を何度か聞いた事がある。


「どうした?」


 声をかけられた事でぼうっとしていた事に気付き、私は言葉を詰まらせる。

 一度返答に失敗した事で、何と答えるべきか判らなくなった私は、そのまま構えを取る。するとライガットは仕方ないと言う呆れ顔で、それに応えてくれた。


 組手の結果は一方的なものだった。

 飛び掛かった私の拳打を、ライガットがひょいと躱す。当てる事を重視して速度上げても、簡単に受け止められてしまい、やはり攻撃はあたらない。例え防御されずとも、文字通りあたるだけで傷を負わせるには至らない。


 最終的にはライガットが蹴り上げた足を防いで怯んだ私が防御を緩めてしまい、がら空きの胸に拳を貰って終了となる。


「いつも以上にダメだな」


 私は頷き、それを肯定する。

 彼はそこそこ年齢がいっている分、人生経験が豊富だ。だから、相談するのもいいかもしれないと、私は考えた。

 お父さんとは違う騎士の話を聞いて見たいと前々から思っていたので、それをお願いすると言う意味でも好機かもしれない、と言う思いもある。


 私はまず、自分が役立たずであると自覚した事を口にする。

 行商中であれば、私は優斗の役に立てる技術を山ほど持っている。でも、優斗は領主であり、その後は商会を経営するつもりだと聞いている。そして私は、商売に役立つ技術を1つも持っていない。


「別に、用心棒だろうがなんだろうが、仕事はあるんじゃねぇか?」


 そう考えた事はある。でも、それは厳しいとここでの訓練で実感した。

 私の実力は、新兵以上練兵未満だ。訓練を始めたばかりの新兵には勝てても、きちんと訓練を積み、ここで合格を得た兵士には勝つ事はとても難しい。戦闘向きのギフトを持つ相手なら新兵相手ですら勝利は危ういと私は思っている。


 それはあくまで正面から挑んだ場合で、森の中で罠と弓――殺傷能力の高い武器――を使ってもいいと言う条件なら負けないとも、私は思っている。でもそれは、護衛や用心棒に必要な強さではない。


 ライガットから、偵察や探索、もしくは奇襲・遊撃に向いていると言われた私の能力を、街商人の元で役立たせる事は難しい、と言うのが私の出した答えだ。

 護衛なら屈強な男性でのある方が、周りを威圧出来る事も含めて優秀だ。個人を守るなら、有用なギフトを持つフレイや、それに加えて戦闘技能もあるユーリスが居る。


「あー、なら、他の事を探してみる、とかどうだ?」


 落ち込む私を気遣ってくれているのか、ライガットが慌てた様子でそう助言をくれる。それを見て、私は何故か不器用に笑うお父さんの姿を思い出していた。

 それはさておき、ライガットにとっては苦し紛れの発言かもしれないその提案は、私にはなかった視点だった。


 私は騎士に憧れている。正確に言えば、騎士道に。

 それはあくまで主に対する忠義を持ち、役立ちたいと言うものであり、その方法が剣である必要性はない。ただ、騎士は剣で主に仕えるモノと思い込んでいただけだ。


「お、ユーリス。そうだ、アイツにも相談してみるか?」


 訓練所に姿を現したユーリスを視界の端に捉えながら、私はライガットの言葉を首を横に振って否定する。

 私がすべきは、街商人の役に立つ技術を得る事。そう決めたので、相談はもういらない。


 それを教えてくれた彼にお礼と親愛を示し、ついでに今度ゆっくりと話を聞かせて欲しいと告げる為、私は立ち上がり、地面に座り込むライガットへと近づいていく。


「ん、どうし、おい、ってぇ!?」


 親愛を示す為に、彼の娘であるユーリスを真似てライガットを正面から抱き寄せる。座っているせいで頭に手を回してしまう形になってしまったが、細かい事なので気にしない。

 そして聞き取りやすいように耳の方へ口を向けると、ありがとう、次いで、今度部屋にいってもいい? と尋ねる。


「な、なななな何してるのお父さん!」

「いや、これは誤解だ!」


 凄い勢いで走り寄って来たユーリスに引き離された私は、ライガットの返答を待ちながら、ユーリスへと視線を向ける。自分もたまにしているのに、なんでそんな反応をするのだろう、と不思議に思いながら。

 そんな風に見ていたら、ユーリスに睨まれた。仕方なく視線を逸らして辺りを見回すと、訓練所中の隊員が、訓練の手を止めてこちらを見ていた。ユーリスが叫ぶからだ。


「ヴィスちゃん! なんなの!? 何があったの!? 何で!?」

「まて、ユーリス。何もない。ただ、組手の相手をだな」

「聞いてくださいよユーリスさん。実は、隊長が可愛い子との組手を独り占めするんですよ~」


 遠くから聞こえた声は、確か少し前に組手を快く引き受けてくれた人だ。でもすぐにさぼりがばれて、彼がライガットに殴られたせいでそのまま流れてしまった。訓練後に食事に誘われた事もあるけど、チャイとの約束があったので、断った覚えもある。


「ちょ、おま、洒落にならない事を」

「ほう、それは本当なんですか?」

「もちろんっすよ。押し倒したり、さっきもどさくさで胸触ったり」

「待て、あれは押し倒したんじゃなくて引き倒しただけだ、それにな」

「へぇ、ほぉ、ふうん。で、触っちゃったの? あのおっきな胸に。ねぇ、お父さん?」

「あ、いや、間違っちゃいないが、違うんだ」


 ユーリスが何故か怒り始め、長くなりそうだなと判断した私は、仕方なく訓練を邪魔してしまった隊員達とライガットにお詫びの意味も込めて一礼すると、その場を立ち去る。

 背後から、助けてくれと言うライガットの声と、やっぱり胸か、胸なのかー、と言うユーリスの叫び声が聞こえたが、私には関係が無いと思うので、そのまま部屋へ戻る。


 部屋で汗を拭き、訓練着から街着へと着替える。ちなみに今日は、この前、優斗から貰った新製品を選んだ。わんぴーすとれぎんすと言うらしい。私が動きやすいみにすかーとを愛用している事を知っているので、優斗がくれたこのわんぴーすも丈がとても短い。膝の上まであるれぎんすは、裾にりぼんが結ばれている。


 ちなみにこのれぎんすが出来てから、私と同じ様なみにすかーとを履く人が増えた。特に、優斗の回りに。


 着替えを終え、面倒だと思いながらも髪に櫛を通した私は、洗濯室の隣にある、修繕室へと向かった。商人にとって役立つ技術と聞いて私が最初に思い浮かんだのが、お金だ。稼ぐのは優斗の仕事なので、管理する方、確か帳簿と言うモノを書ければ役に立てるのでは、と考えたのだ。


 修繕室に入ると、すぐに目的の人物を見つける事が出来た。相手もすぐ気づいてくれた様で、歩いて向かう間、嬉しそうにこちらを見ている。


「どうしたの、ヴィスお姉ちゃん」


 この子の名前は、ルー。ユーシアで働くお針子さんで、今は修行の為に修繕室に派遣されている。縫う訓練をなるべく多く熟すのに、屋敷中の服の破れなどを繕うここ以上に良い場所はない、と前に彼女は言っていた。


 私が彼女に会いに来たのは、ルーの兄であるディンに取り次いで貰う為だ。ディンは優斗の立ち上げた藍川商会で帳簿担当の補助をしていると、以前聞いた事があった。


 とは言え、この場でそれを切り出す事はしない。以前の私ならしていたと思うけど、今はしない。なんでしちゃいけないのかはイマイチ判らないけど、ダメみたいなのでしない。だからとりあえず、お昼ご飯に誘ってみる。


「お昼? もちろん行く!」


 彼女とお昼を食べるのは初めてではない。

 最初は年が近く、同じ女だと言う事で優斗から案内役を任された事で知り合った私達は、その流れで街を案内したり、チャイを紹介して一緒に買い物に出たりしているうちに仲良くなった、と言うか懐かれた。

 私が一番お姉さんみたいなので、仕事で嫌な事があったり、両親を思い出して寂しがったりした時に話を聞いたりもした。私にはそれを解決する力がないから何も答える事は出来なかったから、優斗を真似て頭を撫でてて、一緒に寝てあげるくらいしか出来なかったけど。


「ちょうどお昼からはお休みなの」


 それなら今日にも紹介して貰えるかな、と考えた私は、お礼も兼ねてしまおうと外での食事を提案する。ルーは手持ちが、と恥ずかしそうに言ったので、お願いがあるから奢ると言うと、ヴィスお姉ちゃんのお願いなら何でも聞く、と内容も聞かず快く引き受けてくれた。


「お昼までまだあるし、暇だったらやってみる?」


 ルーに誘われ、私は少し考えてから頷く。商品を作る技術も、商人の役に立つと考えたからだ。

 罠を使って獲物を捕まえる私は、手先の器用さに少し自信がある。罠で捉えられない鳥を落とす為に弓も得意なので、狙いを定めて正確に射通す事にも。


 思った通り、やって見ると意外と簡単に縫っていく事が出来た。でも、真っ直ぐ、綺麗に縫われているはずなのに、完成品はルーが繕った物よりかなり見劣りする様に見える。それに、時間もかなりかかってしまった。


「さすがヴィスお姉ちゃん、器用!」


 褒められはしたけれど、それはあくまで素人にしては、と頭につくのだろうと言う事は私にもわかった。1つの事に集中するのは得意な方である事も含めて、これは向いてはいそうだと考えた私は、一先ず学習する候補として覚えておく事にする。


 その後、いつの間にか合流していたチャイを含めた3人で、少し豪華なお昼ご飯を食べながら、ルーに兄であるディンを紹介して欲しいとお願いする。

 ルーは少し不思議そうにしながらも、快く承諾してくれた。


 食事中、ふと思い立ってチャイに侍女の仕事を教えて欲しいと頼んでみたけど、騎士には必要ない、と言うか必要なら私がと言われてしまい、諦める。よく考えればそれは、同じく優斗に仕えるチャイから仕事を奪い取る事になるので、拒否されて当然だと気付き、少しだけ反省する。


 主に私以外が賑やかな食事を終えると、優斗の立ち上げた藍川商会が拠点としている建物へと移動して、裏から中へ入る。

 この商会、優斗が立ち上げただけあって、中心街から少し離れた場所にあるにも関わらず、かなり人気がある。見目麗しい女性店員で男性客を集め、珍しい品物で女性客を魅了する事で人気を得ている、と誰かが言っていた。


 何度か護衛として優斗と一緒に来た事のある私は、当然の様に誰に止められる事なく商会に入る事が出来た。

 そうしてやって来た執務室に一番乗りした私は、何故か部屋の主である男と見詰め合う形となった。


「お兄ちゃん」

「ん、って、ルー。どうした?」

「ちょっとお願いがあって」


 そうしている間に、私に続いて部屋に入って来たルーが兄に事情を説明してくれている。

 未だに私と見詰め合ってる男は不機嫌そうな顔をしている。仕事の邪魔をされて、と言う事もあるかもしれないが、それ以前に私はこの人の不機嫌顔以外を見た事がない。毎回、優斗が無理難題を持ち込むので、彼と一緒に来る私にも警戒しているのかもしれない。


「あの、すいません。そう言う事らしいんですけど、いいですか?」

「良いわけあるか。と、言いたいところだが、仕方ねぇ。愛人騎士様のお相手をしてさしあげろ」


 愛人騎士、と言う言葉は最近になって良く聞く様になった。それが自分を指している事も判っているので、許可をくれた事を理解した私は、礼をする為に軽く頭を下げる。

 あまり長居してはいけないかなと思いながら振り返ると、早くもチャイとルーが両脇から帳簿を覗いており、ディンが窮屈そうにしているのが目に入る。


「いや、ちょっと離れて貰えな――」


 なので仕方なく、私は真後ろから覗く事にする。

 ディンの肩を持ち、良く見える様になるべく帳簿に近づくと、彼の背中に半分身体を預ける体勢で顔を彼の頭の横から突き出す。あまり顔をつっこみすぎると頬同士が触れそうになる位置関係だけど、下がり過ぎると頭が邪魔で見づらくなるので、仕方がない。


「え、あ、ちょ」


 何故か妙に慌てているディンに、手がとまってると指摘すると、あー、とか、うー、とか唸り声を上げてから帳簿への書き込みを再開する。

 それを見て私は、すぐにこれはダメだと理解して、身体を離す。計算が苦手な私には、出来る気がしない。


「あ」

「何で名残惜しそうなのか聞いてもいい、お兄ちゃん?」


 ルーはとても良い笑顔を浮かべているのに、何故か目だけが笑っていない様に見える。器用な子だ。

 そんなチグハグな表情を浮かべるルーにどう対応していいか判らなかった私は、チャイの方に視線を向けると、何故かため息を吐かれた。


「お姉さまは相変わらず過ぎ」


 呆れ顔のチャイは、背後に居る男の存在を思い出したのか、小声で「です」と継ぎ足すとまたため息を吐く。

 チャイは私と居る時、乱暴な男の子の様な言葉遣いをする。それは彼女が張った意地であり、今では癖になっているのだと前に聞いた事がある。誰からも直せと言われるらしいけど、私はそのままでも良いと思う。思ったから、チャイにもそう伝えた事がある。


 最近のチャイは、ルーの前でもそんな言葉遣いをする様になった。2人が仲良くなるのは良い事なので、今度、3人で一緒に寝ようと提案して見ようかな、と私が考えているうちに、ルーとディンの話も決着がつきそうだ。


「それは止めてくれ。連れ戻されたりしたら、俺は」

「えー、どうしよっかなぁ」

「頼む」

「んー、じゃあ、何か買って欲しいな」


 元々それが目的だった事はディンも薄々気づいていたのだろう、否定も肯定もせず項垂れている。

 ルーの方はとても楽しそうだ。それは何かを買って貰えるから、と言う部分もあるけれど、一番は大好きな兄と一緒に出掛けられるからだろう。


 何故そう思うかと言えば、身近にもそんな人が何人か居るからだ。贈り物も大事だが、何より自分の為に時間と労力を割いてくれる事は嬉しい。その気持ちは、私にも少しだけ判る気がする。優斗に撫でられるのは、好きだから。


「先にいっとくけど、金はない」

「給料安くて悪かったな。文句は領主様に言え」

「あ、やば」

「ふふん。ちょっと前に優斗さんからご褒美貰ったの、知ってるもん」


 そんな風に戯れる兄妹を眺めながら、私はチャイの頭をぽんぽんと叩く。

 チャイはくすぐったそうにそれを受け入れ、私と同じように兄妹を眺めながら、何故帳簿を覚えようとしたのかと疑問をぶつけてくる。


 まだしばらくかかりそうだと判断した私が大まかな理由をゆっくりと告げると、チャイは不満そうな顔をした。チャイは優斗が好きではないと言っているからそんな反応をするのだろう。でも私は、単純に素直じゃないだけだと思っている。チャイは色々と複雑に考える癖があるし。


「じゃあ、夕食も一緒に食べるって事にけってー」

「あぁ、俺の臨時収入が、よりにもよって妹の為なんかに」


 クシャーナ様相手だったらよかったのに、と呟いたディンの声は小さく、喜ぶ事に忙しいルーには聞こえていないようだ。

 その後、お礼を告げて部屋を後にすると、私達3人はチャイの提案でそのまま街へと繰り出した。後で知った事だけど、チャイは元々午後からも仕事があったらしい。ちゃんと許可を取って抜けて来たとは言え、屋敷には戻り辛かったのだそうだ。


 休日2日目は、朝からフレイのところに向かおうとして、途中でシャーリーに捕まった。

 私の休日を知ったシャーリーは、昨日のうちに気球の使用許可を取ったとはりきっていて、操舵係として私を捕まえた、と言う訳だ。風を操作するギフトを持つ人間はユーシアに何人か居るけど、シャーリーは私が一番気を使わなくて済むからと、指名して来る事が多い。


 私がそれに素直に従ったのは、昨日はまだ慣れていないルーが怖がるので1日留守番だったノルと遊ぶのも良いかもしれないと思ったからだ。一緒に空を飛べると言うのは、ノルも私も嬉しい。


 ライガットの教育隊によって準備された小型気球は、優斗がシャーリーに贈った物だ。縄付きでかつ優斗の指名した誰かの許可と同伴があればいつでも乗ってもいいけど、普通に飛行するなら優斗に許可を取る事、と言う約束付きで。


 気球に乗っている間、私とシャーリーはほとんど会話をしない。シャーリーの方はただ名前を呼び、進んで欲しい方向を指すだけ。私は首を動かして肯定か否定を示すだけ。それにも関わらず、お互いにノルには話しかける事があるので、傍から見れば険悪な関係に見えるかもしれない。でも、実際に険悪ならわざわざ指名してまでこんな狭い場所で一緒には居ない。


 そうしていつも通りの静かな飛行を終えると、着地の為に縄を引くライガットと彼の教育隊に迎えられて地面へと戻る。

 そう言えば話を聞いて見たいと言い忘れてたと思い出した私は、ノルを肩に乗せたまま、ライガットをお昼に誘ってみた。すると周りが騒ぎ出し、気が付けば目の前にユーリスが立っていた。


「私が先に約束したから、ダメ!」


 先約があるなら仕方ない。だから私は、今度話を聞きたい、とライガットに告げるとその場を後にした。

 午後からは今度こそフレイに会おうと、昼食を手早く済ませた私は、フレイが居るはずの、優斗の執務室の隣にある待機室へと移動すると、扉を叩いて中へ入る。


「はい、って、ヴィス。どうしたの?」


 最初こそキツイ風だったフレイは、今ではかなり柔和に話しかけてくれる。彼女がそんな態度だった理由に最近気づいた私は、フレイの事をとても尊敬している。

 彼女は優斗が行商を開始した当初から仕えている。噂によれば、家族を救われ、己も命を救われた上に奴隷身分から解放してもらった恩を返す為に、単身敵の内部に潜り込んでいた事もあるらしい。そんな忠誠心厚い彼女が、己の不在時に現れた私を警戒するのは当然の事だ。むしろ、そんな優斗の忠臣に認めて貰えたことを誇らしくすら思う。もちろん、忠義心で負けるつもりはないけれど。


「何か用?」


 一度上げた視線を再度書類に落としながら告げられたフレイの言葉に、私は後ろ手に扉を閉めてから答える。

 自分の能力は、街商人の従者には向かない事。だから領主を止めた後、商会を経営する事になるであろう優斗の役に立つ方法を探している事。


 私が話し終えると、フレイは仕事の手を止めて書類を片づけ始める。

 そしてため息を吐きながら、お茶の準備を始めた。


「私にそれを聞く?」


 呆れ顔のフレイ。

 確かに、私を助けても彼女に利がある訳ではない。でも、優秀な従者が多い事は、主人の利となる。

 そういった事を説明したら、何故かまた呆れ顔で、さっきよりも大きなため息を吐かれてしまった。何故。


「ヴィスはそう言う娘だと予想はしてたけど、予想以上、かなぁ。これは」


 私から視線を逸らし、口元を押さえながら何やら考え始めるフレイを見つめる私は、この後の事を考えながら答えを待つ。

 彼女が常に優斗を最上に置いて行動している事は、しばらく一緒に居た事で知っている。だからもし断られたとしても、その方が優斗にとって良い事であると彼女が判断したと言う訳であり、ならば反論はせず他の手を考えようと決める。


「ん、もしかしてこれは、好機?」


 悩んでいたフレイが何かを呟いた直後、その口元が吊り上る。優斗が何か良い逆転の手段を思い付いた時によくする表情に似ているなと思いながら、私は口を噤んで言葉を待つ。


「助言してもいいですけど、条件があります」


 フレイの提案を、私は即答で首肯する。

 これは私の人生に関わる問題だ。出し惜しみするつもりは、まったくない。


「同盟を組みましょう」


 同盟。それは、ある目標を為す為に一時的に手を結ぶ事。

 だから、同盟には目標があるはずだ。そう考えた私がそれが何なのかを尋ね返すと、フレイはさも当然と言った表情でそれに答える。


「優斗さんの隣に残り続ける事です。

 クシャーナ様はもちろん、側室の一部やあの人の伝手でユーシアで働く事になった女性全般が敵です」


 ユーシアで働くほとんどの人間は、優斗個人では無くユーシア家に忠誠を誓っているはずだ。私が見る限り、優斗個人に忠誠を誓っているのは私にチャイ、フレイ、ユーリスにライガットくらいだ。チャイは忠誠と言うか、借金で縛られているのだけれど、それは私も同じなので問題無い。


 フレイは実務能力が高い上に護衛適正のあるギフト持ち。チャイは侍女であり、身の回りの世話全般が出来る事を後宮で実証済み。ユーリスもフレイと同じで護衛適正が高い上に私よりも戦闘能力も経験も上。ライガットはこの中で最大の戦闘能力に加え、体格と見た目で威圧も出来る。そう考えれば、私の能力はやはり見劣りする。


 優斗は商人だ。その従者が、利益に見合わない存在である訳にはいかない。仮に優斗自身が許しても、私の騎士道が許さない。


「あぁ、それとあの見た目だけは良い売り子集団も」


 売り子集団、というのは優斗と、と言うか独占的海外貿易を始めたユーシア領主と懇意になりたい大商人や、貴族から贈られてきた女性たちだ。優斗は大抵断るのだが、立場上断りきれなかったり、断ってもその結果行き場を無くした娘を引き取って藍川商会で雇っている。


 彼女達は大商人や貴族が連れてくるのに相応しく、とても見目麗しい。更に、そういった選別の結果、ここ以外居場所がないので必死な娘か、恩を返そうと一生懸命な娘、そうでなければ優斗に気に入られなければと言う使命感に溢れた娘ばかりなので、良く働く。そのおかげで商会は繁盛しているのだが、フレイはそれが気に入らないみたいだ。


「ヴィスには、彼女たちが抜け駆け、じゃなかった、優斗に対してどんな部分を売り込むのか調べて欲しいんです」


 敵情視察は基本だ。でも、1つ気になる事がある。それは、偵察相手が敵では無く、味方だと言う事だ。

 もちろん、内部に敵が侵入している可能性はある。だからと言って、優斗に仕える仲間の足を引っ張るのは間違っている。


「違います。と、言うかこれはヴィスの助言にも関係する事なんです。

 ほら、全員の得意分野が判れば、藍川商会には何が不足しているか判るでしょ?」


 フレイのそんな指摘に、私は驚愕と、そして何より尊敬を感じずにはいられなかった。

 自分に何が向いているのか、自分が役に立つにはどうすればいいのか。私がそんな自己中心的な事ばかりを考えている間にも、フレイは如何に優斗の役に立つかを考えていたのだ。


 私はこの瞬間、負けていないと思っていた忠誠心ですら、彼女に大きく差をつけられている事を知った。でも、そこで諦める事は私の騎士道に反する。だから今は勝てずとも、何時か、と心に誓う。


「直接役に立つ事だけが全てじゃない。

 2人で優斗に足りないモノを補う。どう?」


 それは魅力的な、そして願っても無い提案だ。もちろん、私は即肯定した。

 フレイは既に商会でも十分な立ち位置を得ているし、有能な知り合いも多い。そんな中、私にこの役割を振ってくれたのは、温情と言う部分もあるだろう。それでも、一定以上の信頼がなければこの役割は任せられないはずだ。そう考えれば私の、優斗への忠誠心を高く評価してくれているのだと思え、少し嬉しくなる。


「よろしく」


 出された手を握り、握手を交わす。

 こうして私ことヴィスとフレイによる同盟が結成され、長い長い共同戦線が始まった。

どうするか悩んだ結果こうなりました、ヴィスメインのお話です。


構成のストックが尽きたので短編は以上で終了、の予定です。


が、気が向いたら、もしくは新連載の方が落ち着いてネタが思い浮かべば書くかもしれないので、完結にはしないでおきます。

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