第四章 なぜか視界に入ってくる
それから一週間が経った。
セドリックが、やたらと絡んでくる。
月曜日。講義棟への廊下でセドリックと鉢合わせた。向こうも気づいている。普通なら無視して通り過ぎるはずだ。しかしセドリックは足を止めて、課題を提出したかと聞いてきた。
「はい、昨日のうちに」
「……早いな」
「殿下は」
「今日出す」
「そうですか」
それだけ言って歩いていった。
(なんだったんだ)
レティシアは首を傾げながら歩き出した。監視にしては内容が薄い。嫌味にしては棘がない。何がしたかったのかよくわからなかった。
火曜日。食堂で一人昼食をとっていると、セドリックが向かいの席に座った。取り巻きを連れているのに、なぜかレティシアの向かいを選んだ。取り巻きたちが困惑した顔で少し離れた席に座るのが視界の端に映った。
「……殿下、こちらでよろしいんですか」
「何か問題があるか」
「取り巻きの方々が」
「関係ない」
そのまま無言で昼食を食べた。セドリックは一言も話しかけてこなかった。食べ終わると「行くぞ」と取り巻きに言って立ち去った。
レティシアは残されたまま、空になったセドリックの皿を眺めた。
(何がしたかったんだ、あの人は)
水曜日。演習場でリリアーヌと練習していると、セドリックが通りかかって、なぜか立ち止まった。
「クラーレ、お前の出力制御は昨日より悪い」
「どこが悪いですか」
「全体的に雑だ」
「具体的にお願いできますか」
「……魔力の流し方が急すぎる。もっと均等に」
「ありがとうございます」
「感謝するな」
「では——」
「何も言わなくていい」
(毎回これだ)
レティシアは内心でため息をついた。指摘してくれるのは助かるが、感謝を受け取らないのはなぜなのか。毎回同じやりとりをしている気がする。
木曜日。図書館で調べものをしていると、隣の席にセドリックが座った。
「……殿下、こちらには何か調べものが」
「静かにしろ、図書館だ」
図書館に来たのはセドリックの方だ。レティシアは何も言えなかった。
二人で黙って本を読んだ。一時間ほどして、セドリックが立ち上がった。
「行くぞ」
「私はまだ用があります」
「……そうか」
少し間を置いて、「邪魔したな」と言って出ていった。
(邪魔したな、って自分で言った)
一週間の出来事を整理すると、セドリックは毎日必ずレティシアに絡んでいる。しかし意地悪をするわけでも、婚約破棄をほのめかすわけでもない。ただ——いる。なぜかそこにいる。
(きっとシナリオの範囲内だ)
婚約者として体裁を保っている。監視している。それだけのことだ。
金曜日の昼食のとき、リリアーヌが向かいに座るなり言った。
「先輩、今週殿下によく会ってましたよね」
「……そうですね」
「なんでだと思いますか」
「監視だと思います」
リリアーヌが少し考えた顔をした。
「監視って、毎日食堂で向かいに座るものですか?」
「……さあ」
「図書館で隣に座るものですか?」
「殿下のお考えはわかりません」
「私にはわかります」 リリアーヌがにっこりした。「でも言いません」
「なぜですか」
「先輩が自分で気づいた方が面白そうだから」
(この子は天然なのか策士なのか)
レティシアは返す言葉を失った。
そのとき、食堂の入口からセドリックが入ってきた。視線がまっすぐこちらのテーブルに向く。迷いなく歩いてきて、当然のように隣に座った。
「……今日もここか」
「文句があるか」
「ありません」
「なら黙って食え」
「殿下こそなぜここに」
「食堂に飯を食いに来た」
「席は他にも——」
「ここがいい」
断言した。理由を言う気はないらしい。
(シナリオと、だいぶ違う)
ゲームの中のセドリックは、この時期レティシアに一切近づかない。ヒロインだけを見ている——そういう王子のはずだった。しかし目の前のセドリックは、毎日必ずレティシアの近くにいる。
(何かの布石だろうか。婚約破棄の前に証拠を集めているとか——)
「先輩、難しい顔してますよ」
リリアーヌが言った。
「考え事をしていました」
「殿下のことですか?」
「違います」
「そうですか」 リリアーヌがスープを一口飲んだ。「先輩、シナリオって何ですか?さっきから何度も呟いてましたけど」
レティシアは固まった。
(声に出ていたか)
「……独り言です」
「そうですか!」
リリアーヌはあっさり引き下がった。レティシアは密かに胸を撫で下ろした。
その夜、寮の窓辺に腰かけて、一週間を振り返った。
セドリックは毎日絡んでくる。意地悪はしない。術式の指摘をしてくれる。食堂で向かいに座る。図書館で隣に座る。
(でも、これはシナリオの範囲内だ)
最終的にはヒロインに惹かれて婚約破棄を突きつける——それがセドリックの役どころだ。今は多少シナリオと違っていても、大筋は変わらない。
(惑わされてはいけない)
でも——
「邪魔したな」と言って出ていったセドリックの声が、なぜか頭の隅に残っていた。




