第四話『語られない一分間』
判決期日が近い、という言葉は、紙の上ではいつも淡々としている。
けれど拘置所の受付で面会カードを出すとき、番号札を受け取るとき、重い扉の向こうに消えていく係員の背中を見るとき――その淡々とした言葉が、急に身体に触れてくる。
この日、廊下の自販機はやけに明るく見えた。蛍光灯が白く反射して、缶のラベルだけがやたらと鮮やかだった。
微糖の缶コーヒーに手を伸ばしかけて、やめた。朝から喉が乾いているのに、糖分を入れる気分になれなかった。代わりに、ぬるいペットボトルのお茶を買った。キャップを回しても、音だけが大きくて、何も落ち着かなかった。
「本日、面会番号――」
アナウンスが呼ぶ番号は、いつも私の心臓の少し上を叩く。立ち上がって、椅子の脚が床を擦る音に自分で驚いた。
通路の先、ガラスの向こうに並ぶ面会ブース。白い壁と厚いガラス、受話器。固定されたテーブル。天井の監視カメラ。壁の上部のデジタル時計。
いつもの景色のはずなのに、今日は時計が目に刺さった。赤い数字が、きちんと一秒ずつ動いている。
録音は禁止。メモも最小限。記録に残らない会話。残るのは、私の手帳と、私の解釈だけ。
――だから今日は、できるだけ「通し」で聞く。
私は手帳の紙を一枚、指で押さえた。これまでの面会で出てきた時刻、言い回し、調書の断定表現、彼の「気がする」。それらを並べて作った、ひどく頼りないタイムライン。
「第4ブースです」
職員に促され、私はブースの椅子に座った。受話器を取る。ガラス越しの向こうが、しばらく空席のまま揺れた。
扉の開閉音がして、少し遅れて真壁惣一が入ってきた。
痩せた身体に、拘置所のスウェット。目の下の影が以前より濃い。笑う気配を見せても、目だけは動かないことが多い人だ。今日もそうだった。
彼は椅子に座り、受話器を取り上げ、こちらを見る前に一度だけ天井の時計を見上げた。
――やっぱり、見る。
「先生」
「真壁さん。……今日は、少しだけ、お願いがあります」
私は言い方を探した。お願い、と言っていいのか。職務の範囲だと言い切ることもできる。でも、このシリーズの面会は、いつもその境界が曖昧になる。
「判決が近いので」
彼は小さくうなずいた。うなずき方が、どこか「知っている」というより「やっと言われた」という感じに見えた。
「最後にもう一度、事件当日のことを――最初から最後まで、できるだけ通しで、聞かせてください」
「……通しで」
真壁は受話器のコードを指でねじった。ゆっくり、同じ方向に。
「先生、前にも、だいたい話したじゃないですか」
「“だいたい”じゃなくて。止めずに。途中で私が確認を入れないで。真壁さんのペースで、最初から最後まで。終わってから、必要なところだけ質問します」
沈黙が挟まった。ガラス越しの隣のブースから、断片的な声が聞こえる。言葉の内容は分からない。抑えた声の調子だけが、ここが“普通の会話の場所”ではないことを思い出させる。
真壁は、私の言葉を一度口の中で転がすようにしてから言った。
「……分かりました。やります。……ただ、うまくいかないかもしれないです」
「うまくいかなくてもいいです。うまく話そうとしないでください」
そう言った瞬間、私は自分が何を求めているのか分からなくなる。うまく話さなくていい。けれど、話してほしい。矛盾しない形で、ではなくて、矛盾の形のまま。
真壁は、また時計を見た。面会時間のカウントダウンを、彼は自分の身体に刻むみたいに確かめる。
それから、息を吐いて話し始めた。
「……その日、家を出たのは、六時前だったと思います。……“前”って言うと曖昧ですけど。六時よりちょっと前。五時五十分とか、そのくらい」
私は頷いた。ペンを持ったが、すぐには書かなかった。今日は“書くために聞く”のではなく、“聞くために聞く”。
「外に出たとき、雨は……降ってなかった。少なくとも、僕はそう感じた。……感じた、っていうのが、もうダメなんですけど」
「続けてください」
「駅まで歩いて、コンビニ寄って。缶コーヒー……あの日も微糖だった。先生が前に飲んでたやつ。……あれ、苦くないですか」
不意に、ほんの小さな笑いが混じった。彼の笑いは、場を軽くするための笑いに見える。軽くするつもりで、むしろ軽くならない。
「苦いです。でも、今日は飲みませんでした」
「……じゃあ、先生も、“終わらせたい側”なんですね」
その言い方に、私は少しだけ息が止まった。“終わらせたい側”という分類が、ここで作られてしまう。
真壁は続けた。
「コンビニを出たとき、頬に当たるくらいの雨があって。傘が欲しいとかまでは思わないけど、……濡れるのが気になるくらい。駅からマンションまで歩く間に、だんだん強くなった。あのへん、街灯が少なくて、雨が目に見えやすいんです。光の中に線が出るみたいに」
“光の中の線”。妙に詩的な比喩だった。彼は普段、比喩を多用しない。必要なときだけ言葉が変わる。
「マンションのオートロックは、インターホンで岡島さんが開けた。……そこは、映像もあるから、多分、合ってる」
「はい」
「エレベーターで十階に上がって。廊下、ちょっと寒かった。……あの廊下、窓があって、雨のときはガラスに水が流れる。あの日も、流れてた」
私は、ペン先をほんの少し紙に触れさせた。書きたい衝動を押さえながら、“廊下の窓の水”だけを小さくメモする。
「1003号室の前に着いて。……ドアは、鍵が閉まってる感じはなかった。ドアノブを回したら、開いた」
「……」
「“中からチェーンを外す音がした”って、調書には書いてあるんですよね。……でも、僕、あれ、たぶん、音を想像したんです。……ニュースで“密室”って言われて、チェーンが重要なんだろうって」
私が頷くと、真壁は少し安心したように見えた。安心の仕方が、どこか“叱られなかった”という種類の安心だった。
「入って、玄関で靴を脱いで。……床が少し濡れてた気がする。僕の靴のせいかもしれないし、……分かんないです。あのとき、雨、強くなってたから」
「続けてください」
「岡島さんは、リビングの方にいた。……最初に言葉を交わしたのは、……“遅いな”だったと思います。……その言い方が、怒ってるというより、疲れてるみたいで」
私は、そこで初めて、彼が“被害者の声”を思い出していることを意識した。今までの彼の語りは、どこか“出来事”として語られていて、相手の声はいつも薄かった。今日は、声が出る。
「僕は、……“すみません”って言った。で、コンビニの袋を見せて、“これ、家賃です”って。……現金。封筒に入れて。……それを、テーブルに置いた」
「岡島さんは、何て」
「“今さら”って。……“今さら持ってくるくらいなら、最初から”って」
真壁はそこで一度、受話器のコードを強くねじった。指が白くなる。
「……先生。僕、こういうの、得意じゃないんです。人の言葉を、正確に思い出すの」
「正確じゃなくてもいいです。あなたの中に残っている形で」
「残ってる形が、たぶん、僕に都合よくなってる」
その自己否定は、いつもより鋭かった。判決が近いという事実が、彼の中の“逃げ場”を削っているのかもしれない。
「岡島さんは、保証人の話をした。……“保証人にも迷惑がかかる”って。……それで、姉の――」
そこで、真壁の声が一瞬だけ途切れた。
私は、促さなかった。促したら、話はまた“整う”。整えるのは彼の癖だ。相手が欲しい答えを察してしまう。
真壁は、息を吸い直した。
「……姉の話を、出した。……“お姉さんはどう思ってるんだ”って。……僕は、“関係ない”って言ったと思う。……でも、強く言ったわけじゃない。強く言うと、逆に、刺さるから」
“刺さる”。言葉の選び方が、また少しだけ変わる。
「それで、いつもの話になった。仕事のこと、将来のこと。……“どうするつもりなんだ”って。……僕、あのとき、何て言ったんだろう。……覚えてない。……たぶん、“すみません”って言った」
「あなたが立ち上がったのは」
私は、質問を挟むべきではないと決めていたのに、口から出た。止めるべきだと思うのに、止められない。
真壁は、私を見た。責めるようではなく、“先生も限界なんだ”と確認するみたいに。
「……立ち上がったのは、……その後です。……岡島さんが、テーブルの上の封筒に手をかけて、……“これで終わりだと思うな”みたいなことを言った」
「“みたいな”」
「……そういう意味のこと。……僕、そのとき、時計を見たんです」
「時計」
「リビングの壁に、時計があって。……白い、丸い。……秒針が、ちょっと音を立てるタイプ。……あれが、やけに大きく聞こえた」
私は、面会室のデジタル時計を見上げた。秒針はないのに、ここでも一秒が目に見える。
「その時計が、……十八時五十八分だった。……と思う」
「“と思う”」
「……はい。……でも、その“十八時五十八分”だけは、変なふうに残ってる。……秒針の位置まで」
真壁は、指先で空中に小さな円を描いた。ガラス越しの、触れない空間に。
「それで」
「それで、僕は立ち上がって。……棚の方に行って。……ガラスの置物があって。……前にも言ったやつ。……あれを手に取って」
彼の声は淡々としていた。淡々としたまま、どこかだけ固い。受話器を握る手が、少し震えているのが分かった。
「一回、振り下ろした」
私は頷いた。ここまでは、これまでの語りと大きくは違わない。
「岡島さんは倒れた。……倒れた、って言うのも、……倒れたというより、崩れた。……僕、そこで、……動けなくなって」
真壁は、そこで一度黙った。黙り方が、これまでの“考えている沈黙”とは違う。言葉が追いつかないというより、言葉を出すことを身体が拒んでいるような沈黙。
「……それで、僕は――」
「はい」
「……次に気づいたとき、岡島さんは……床に倒れてて。……血、は、……あって。……僕は、玄関の方にいた」
私は、ゆっくりとまばたきをした。今、彼は“飛ばした”。
「真壁さん」
「……はい」
「いま、飛ばしました」
彼は、否定しなかった。否定しない代わりに、笑った。いつもの、目だけ笑っていない笑い。
「先生、さっき言いましたよね。うまくいかないかもしれないって」
「うまくいかなくてもいい。でも、飛ばしたところは、飛ばしたと言ってください」
真壁は、受話器のコードをねじるのをやめた。指をほどいた。ほどいたのに、手は受話器から離れない。
「……飛ばしました」
「どこを」
「……」
「最初に言葉を交わしてから、岡島さんが倒れているのに気づくまで」
「……」
「その間の時間」
私は、手帳を開いた。今日のために書いてきた欄。彼が“十八時五十八分”と言ったところ。
「あなたは、時計を見たと言いました。十八時五十八分だった、と」
「……はい」
「そして、“次に気づいたとき”」
「……はい」
「その時計は、何分になっていましたか」
真壁は、目を上げた。天井の時計ではなく、私を見た。ガラス越しの、真正面。
「……十八時五十九分」
私は息を吸った。息が、喉の奥で少し引っかかった。
「一分です」
真壁はうなずいた。うなずき方が、さっきの“知っている”ではなく“知ってしまっている”だった。
「……一分」
「語られていない一分」
私がそう言うと、真壁の口元が少し歪んだ。笑いではない。耐える形に見えた。
「真壁さん。その一分間に、何がありましたか」
「……何も」
「“何も”」
「何も、です」
私は、すぐに次の質問をしなかった。面会室での沈黙は、時間の制約のせいでいつも罪悪感を伴う。沈黙している間にも、面会時間は減っていく。だから私たちは、沈黙を避ける。
でも今日は、避けたくなかった。
私は、天井のデジタル時計を見た。秒が一つ進む。もう一つ進む。
真壁は、こちらを見ない。ガラスの奥の自分の膝あたりを見ている。
一秒、二秒、三秒。
私は心の中で数えた。数えることは、真実に近づくためではなく、逃げないためだった。
十秒。
隣のブースから、短く笑う声が漏れた。笑い声がここでは異物みたいに聞こえる。
二十秒。
真壁の指が、また受話器のコードに触れた。触れて、でもねじらない。触れるだけ。
三十秒。
私の喉が渇いた。さっき買ったお茶を、ここでは飲めない。飲めるのは外に出てからだ。
四十秒。
「先生」
真壁が言った。声が、少しだけ掠れていた。
「僕、ほんとに、何もしてないです。その一分」
「“何もしてない”」
「……“何も”が、何なのか分からないですけど。……僕は、……そこだけ、言葉にできない。……言葉にしようとすると、違うものになる」
私は、言葉にしようとした。あなたは、その一分に何を見たのか。誰の声を聞いたのか。誰かの痕跡を見つけたのか。電話が鳴ったのか。傘の水滴が床に落ちたのか。
でも、それらは全部、私の中の“物語の補完”だ。
「真壁さん」
「はい」
「その一分間、あなたはどこにいましたか。リビングですか。玄関ですか」
「……分からない」
「分からない、というのは」
「気づいたら、玄関の方にいた。……でも、どうやって移動したのか、……分からない。……歩いたと思うけど、……歩いたって言ったら、歩いたことになる」
私は目を閉じたくなった。言葉が、彼にとって“確定”になることへの恐怖が、ここまで具体的に表に出たのは初めてだった。
「あなたは、その一分間に、岡島さんに触れましたか」
真壁の肩が、わずかに跳ねた。
「……触れてない」
「凶器――ガラスの置物は」
「……手に持ってた。……持ってたと思う。……でも、……置いたかもしれない」
「“かもしれない”」
「……先生。僕、こういうの、ずるいですよね」
「ずるい、というのは」
「“かもしれない”で逃げてる。……でも、逃げてるんじゃなくて、……ほんとに、そこで、……抜けてる」
私は、机の上で手を握った。握って、開いた。自分の身体が、彼の言葉に引っ張られて固くなるのが分かる。
「その一分間に、誰かの声を聞きましたか」
「……聞いてない」
「物音は」
「……秒針の音」
「それ以外は」
「……」
真壁は黙った。その黙り方は、さっきの黙り方よりも“意志”がある。守っている。あるいは、壊れないように抑えている。
私は、別の角度から聞くことにした。問いの形を変える。事実を求めるより、彼の“選択”を浮かび上がらせる。
「真壁さん。あなたは、判決について、どう考えていますか」
彼は、意外そうに眉を上げた。
「……急に、そっちですか」
「この一分間が語られないまま、判決は出ます」
真壁は、少しだけ笑った。今度の笑いは苦い。
「……有罪ですよね。……僕も、そうなると思います」
「控訴は」
「……したくない」
「理由は」
真壁は一瞬、答えを探した。探した末に、いつもの言葉を選んだ。
「早く全部、終わってほしい」
「終わったら」
「……終わらないものもあるでしょうけど。……でも、“終わったことにする”のは、できる」
“終わったことにする”。その表現は、彼の中の“公的な物語”と“個人的な沈黙”をつなぐ、仮の接着剤みたいだった。
「あなたは、誰かを守っていますか」
私は言ってしまった。言った瞬間、自分の声が少しだけ震えたのが分かった。面会室の空気が、急に薄くなった気がした。
真壁は、笑わなかった。
「……守ってないです」
「本当に」
「……守ってるって言うと、守ってることになる。……それも、嫌です」
「じゃあ、あなたは何をしているんですか」
「……先生が考えてるより、たぶん、しょうもないことです」
「しょうもない、とは」
「……“迷惑をかけないようにする”とか。……そういうやつ」
その言葉に、私は胸の奥が少しだけ痛くなった。迷惑をかけないようにする。彼が何度も口にする言葉。その言葉が結果的に、誰かに迷惑をかけることもある。
「真壁さん」
「はい」
「その一分間を語らないことは、誰にとっての“迷惑をかけない”ですか」
真壁の目が、ほんの少しだけ揺れた。揺れたのに、答えは出ない。
代わりに彼は、天井の時計を見た。面会室の時計。ここでも、時間が彼を追い立てる。
「先生」
「はい」
「その一分間って、……先生にとって、そんなに大事ですか」
「大事です」
「……なんで」
私は、正直に答えた。
「あなたが、一貫して語らないからです」
「……」
「雨の強さは揺れる。チェーンの音も揺れる。傘の話も、“調書の上では”揺れている。でも――あなたの中では、傘は“ない”。そして、この一分は“語られない”。そこだけは、形が変わらない」
真壁は、しばらく黙っていた。それから、少しだけ首を傾けた。
「……先生、僕、傘の話、そんなにしてましたっけ」
「してました。あなたが思っているよりも」
「……そっか」
その返事が、妙に柔らかかった。柔らかいのに、すぐに固くなる予感がした。
私は、最後に、言うべきことを言おうとした。判決の前に、私の側の“確認”を残したい。
「真壁さん」
「はい」
「真壁静さんのことを――」
その瞬間、ブースの外から短い電子音が鳴った。面会終了の合図。壁の時計が、残酷なくらいちょうどの区切りを示していた。
職員の足音が近づく。扉の向こうの空気が、急に現実になる。
私は受話器を握り直した。言葉を急いだら、台無しになる。でも、急がなければ終わる。
「――事件当日、静さんは」
「先生」
真壁が私の言葉を遮った。遮るというより、先に音を置いて、私を止めた。
「……その話、今じゃなくていいです」
「今じゃないと」
「今じゃなくても、終わります」
それは、彼の“終わらせ方”だった。法廷の判決よりも先に、彼自身が引いてしまう線。
職員が扉の前に立つ気配がした。こちらのブースの扉が開く音がして、冷たい空気が少しだけ入ってくる。
私は、最後に一つだけ言った。
「あなたが語らない一分間は、あなたを守るための沈黙ですか」
真壁は、答えなかった。
代わりに、受話器を握る手に力を込めた。指が白くなる。コードが、ぎゅっとねじれる。
そして、扉が閉まる直前、彼は言った。
「先生が考えているよりも、僕はひどい人間ですよ」
その言葉は、謝罪の形をしていなかった。自慢でも、開き直りでもない。
ただ、事実みたいに、置かれた。
ガラスの向こうで職員が彼を促し、真壁は立ち上がった。最後にもう一度だけ天井の時計を見て、こちらを見ずに出ていった。
私は受話器を戻した。手のひらが、汗で湿っていた。
*
拘置所の外に出ると、空は薄い灰色だった。事件当日の雨とは違う。降りそうで降らない、あいまいな冬の空。
自販機で買ったお茶を開けて、一口飲んだ。冷たさが、舌に触れた瞬間だけは現実的だった。
手帳を開く。書きかけのタイムラインの横に、私は小さく書いた。
――十八時五十八分から五十九分。語られない一分間。
その一分間を埋めたくて、私は今日ここに来たはずだった。
でも、埋めようとすればするほど、そこが“誰かのための空白”にも、“彼自身のための穴”にも見えてくる。
どちらにせよ、そこに私の鉛筆を差し込むのは、簡単じゃない。
面会室のガラスの向こうにいた彼の手。白くなった指。ねじれた受話器のコード。
そして、最後の言葉。
「ひどい人間ですよ」
それは、何の告白だったのか。
答えは、まだ、出ないままだった。




