第8話:灼熱の火山は『瞬間氷結スプレー』で完全攻略(クールビズ)する
メインを書かなくては……書かなくては……でも止まらない!
「……嘘でしょ。暑すぎるわ」
快適なグランピングテントを片付け、第4層へ足を踏み入れた瞬間。
俺たちを襲ったのは、呼吸すら焼けるような熱波だった。
ボォォォォォッ……!
視界の先には、煮えたぎる赤い川。
壁も床も赤熱し、陽炎で空間が歪んで見える。
ここは第4層。サウナなんて生温い。人間を調理するためのオーブンの中だ。
「あ、あつ……! 無理ですレン様……! こ、呼吸が……肺が焼けます……!」
隣のリーナが、顔を真っ赤にして膝をついた。
彼女の髪が、熱気でチリチリと縮れている。
彼女は震える手で眼鏡を直し、必死に記憶を辿るように叫んだ。
「こ、この赤い岩肌……そして硫黄の臭い……! 帝都図書館の文献で読んだことがあります……! おそらくここは、古代神話にある『火の神の調理場』の再現エリア……!」
「……調理場?」
「はい……! 本によれば、ここは『全ての生命を灰にするまで焼き尽くす』試練の地……! 最上位の『氷結結界』を持つ魔導師ですら、通過できずに蒸発したと記されていました……!」
リーナが絶望的な顔で解説してくれる。
なるほど、学者の知識によると「無理ゲー」らしい。
俺も汗が止まらない。せっかく風呂に入ったのに、これじゃ台無しだ。
(……あー、もう。ベタつくのは嫌いなんだよ)
俺は不機嫌に髪をかき上げ、カメラを睨みつけた。
「……暑苦しいわね。品性がないわ、このダンジョン」
俺は『Amazone』のウィンドウを開いた。
魔法? 試練?
そんなファンタジーなものは要らない。
俺が必要なのは、見た目も涼しく、かつ一瞬でこの不快感を吹き飛ばす「文明の清涼剤」だ。
俺が[ドラッグストア・冷却グッズ] カテゴリから選んだのは、これだ。
『衣服にスプレーするだけ! 瞬間冷却・氷結ジェット(ストロングミントの香り・徳用サイズ)』 まとめ買い5本セット。
キャッチコピーはこれだ。
『吹きかけた瞬間、マイナス30℃の氷瀑! 汗を凍らせて絶対零度のバリアを張る! 灼熱の屋外でも一日中クールを持続!』
「……リーナ。じっとしてなさい」
俺は青いスプレー缶を取り出し、リーナのボロボロのローブに向かってトリガーを引いた。
シュゴォォォォォッ!!!
勢いよく噴射されたミストが、空気に触れた瞬間、パキパキと音を立てて凍りついた。
まるでダイヤモンドダストのようにキラキラと輝く氷の粒子が、リーナの全身を包み込む。
「ひゃうっ!? つ、冷めたぁッ!?」
リーナが変な声を上げた。
だが、そのローブの表面には薄い霜が降り、熱波を完全に弾き返している。
Amazoneの「マイナス30℃」「絶対零度のバリア」という概念が発動し、物理的な『冷気の外殻』を形成したのだ。
「す、すごい……! 痛いほどの熱気が、嘘のように消えました……! それにこの香り……ミントというより、極北の氷原に咲く『氷晶花』の香り……!? レン様、これはもしや、触れるもの全てを凍てつかせる禁呪の霧……!?」
「……ただの冷却スプレーよ。かけすぎると凍傷になるから気をつけて」
俺も自分のドレスにたっぷりとスプレーを吹きかけ、涼しい顔で歩き出した。
歩くたびに、ドレスからキラキラと氷の粉が舞い散る。
マグマの赤と、氷の青。
その対比は、配信的にも抜群に「映え」ていた。
『うわ、きれい』
『氷の女王かな?』
『冷却スプレーのエフェクト派手すぎだろw』
『マイナス30℃は草。絶対零度バリア最強』
コメント欄が盛り上がる中、俺たちはマグマだまりのほとりで足を止めた。
熱波で敵も出てこない。平和な散歩道だ。
「……ふぅ。少し休憩しましょうか」
俺は汗一つかいていない顔で、パンドラ(箱)を開けさせた。
この灼熱地獄で、最も「贅沢」なこと。
それは、冷たいものを食べることだ。
俺が取り出したのは、『最高級バニラアイスクリーム(ドライアイス梱包・ギフトセット)』
蓋を開けると、冷気がふわっと漂う。
「リ、リーナさん……それ……」
リーナが、信じられないものを見る目でアイスのカップを凝視している。
マグマの真横だぞ? 水すら一瞬で沸騰する場所だぞ?
そこで「氷のお菓子」が存在していること自体が、彼女の常識を破壊していた。
「食べる? 溶けるから早くなさい」
「い、いただきますッ!」
リーナは震える手でスプーンを握り、アイスを口に運んだ。
「……んんっ!!」
彼女の脳髄を、冷たくて甘い衝撃が駆け抜ける。
熱い体内に染み渡るバニラの香り。
「冷たっ……あまッ……! おいひぃ……! なんですかこれ、口の中で雪が溶けて……!」
「……ふん。悪くないわね」
俺も一口食べて、目を細めた。
背景は地獄の業火。
手元には極上のアイス。
この背徳感こそ、最高のスパイスだ。
『アイステロやめろww』
『背景との温度差で風邪ひくわ』
『サウナ上がりのアイスみたいなもんか? 羨ましい』
◇
「……ふぅ。生き返りました」
アイスを完食したリーナが、恍惚としたため息をつく。
だが、すぐに学者の顔に戻り、興味深そうに俺の顔――いや、右手の甲を覗き込んできた。
「ですが、信じられません。 先ほどの『氷結の結界(冷却スプレー)』といい、この空間創造といい……。 レン様の魔法技術は、帝国の歴史を覆すレベルです」
リーナがゴソゴソと懐から、片眼鏡を取り出した。
レンズに幾何学模様が刻まれた、いかにもな魔道具だ。
「レン様のそのお力……帝国の公的記録では、ずっと『国家機密』扱いでしたよね? 他国への牽制のため、あえて情報を伏せているのだと学会でも噂されていました。ですが、ここでなら……その真の数値を拝見してもよろしいでしょうか?」
(……なるほど。無能すぎて記録抹消されたのを、そう勘違いしてるわけか)
俺は心の中で納得した。
「無能」という事実は、帝国の恥として完全に隠蔽されていたらしい。好都合だ。
(だが、これで見せないとなると怪しく思われる……。見せるしかないか……)
「いいわよ。好きになさい」
俺が右手を差し出すと、リーナはモノクルを装着し、俺の甲に浮かぶ「枠線だけの紋章」を凝視した。
そして――息を呑んだ。
「……っ!? い、色が……ありませんね?」
「……そうよ」
(俺は内心ヒヤヒヤしていた。リーナに愛想をつかされるのかもしれない恐怖に)
「通常、属性に応じた色が浮かぶはずですが……レン様の紋章は、水のような透明……いえ、極限まで透き通った『純白』?」
リーナが戦慄したように呟く。
(……いや、ただの空っぽなんだけど)
俺のツッコミは届かない。彼女の脳内で「空」が「源」に変換されていく。
「計測します! この純粋な光の奥に、どれほどの力が秘められているのか……!」
リーナがモノクルの解析モードを起動する。
バチバチバチッ!!
「――っ!?」
直後、モノクルから激しい火花が散った。
焦げ臭い匂いが漂い、レンズに蜘蛛の巣状のヒビが入る。
(……うわ、危なっ!)
俺は咄嗟に顔を背けた。
なんだ? いきなりショートしたぞ?
俺はただ、手をかざしただけだ。
水に濡らしたわけでもないし、乱暴に扱ったわけでもない。
なのに、なんでいきなり火花吹いて壊れるんだ?
(……もしかして、接触不良か? それともバッテリー切れ?)
原因はさっぱり分からないが、一つだけ確かなことがある。
この世界の魔道具は、耐久性が低いということだ。
日本の家電なら、こんなすぐに煙を吹いたりはしない。
やっぱりメイド・イン・ジャパンしか勝たんわ。
ピキッ。パリンッ!!
「きゃあああっ!?」
完全に砕け散ったモノクルを見て、リーナが腰を抜かす。
彼女は真っ青な顔で、震える指先を俺に向けた。
「す、数値が出ない……!? 『測定不能』!? ありえません……測定器が、御方の力の『底』が見えないと悲鳴を上げて爆発するなんて! 無色にして、無限……! レン様、貴女はまさか、人の皮を被った『魔神』そのものなのですか!?」
(……いや、ただの不良品だろ)
俺は心の中でツッコミを入れたが、口には出さなかった。
彼女の中で勝手に「魔神」に格上げされているなら、わざわざ訂正してやる義理もない。
俺は「やれやれ」といった風情で肩をすくめ、壊れたガラクタを見下ろした。
「……だから言ったでしょう? その程度の安物じゃ、私の『価値』は測れないって」
俺は壊れたモノクルの破片を足で退けながら、何気なく尋ねた。
この世界の「強さ」の平均値を知っておく必要がある。
「……それで? 貴女の『数字』はいくつなの?」
「え、私……ですか?」
リーナは恐縮しながら、自身の左手の甲を差し出した。
そこには、『琥珀色』に輝く模様と、中央に浮かぶ『42』という数字があった。
「私の紋章は『黄の42』です。属性は『土』。古代語の解読や、遺跡のトラップ解析に特化した、探求者の紋章ですね」
「42……。それは、強いのかしら?」
「は、はい! 恐縮ですが……!」
リーナが眼鏡をクイッと上げ、早口で解説を始めた。
「この世界の人間は皆、生まれつき右手に『紋章』を持っています。一般市民が『1〜5』、兵士が『10〜20』。 精鋭騎士や上級魔導師でようやく『30〜50』のエリート領域に入ります」
「ふうん。じゃあ貴女はエリートってわけね」
「恐縮です。若くして『42』を記録したので、学会では『神童』なんて呼ばれて天狗になっていました。 ですが……お恥ずかしい限りです」
リーナは自嘲気味に笑って、俺を見た。
「レン様の『測定不能』を目の当たりにしては……私の42なんて、誤差のようなものですから」
(……やべえ。こいつ、普通に優秀な人材じゃん)
内心で冷や汗をかく。
レベル42。一般人が5だとしたら、単純計算で8倍以上の才能だ。
対して俺は「空」。
つまり数値で言えば『0』だ。
エラーで測定不能になったのを「測定不能の魔人」と勘違いされているが、実態は「エリートと無職」くらいの差がある。
だが、ナメられるわけにはいかない。
俺は余裕の笑みを浮かべ、彼女の肩をポンと叩いた。
「卑下することはないわ。42……私の荷物持ちには、丁度いい数字よ」
「は、はいっ! 光栄です!」
リーナが感激して頭を下げる。その時だった。
ズズズズズズ……ッ!
不意に、地響きが鳴った。ただの地震じゃない。もっと生物的で、巨大な何かが移動する振動。 灼熱のマグマだまりの奥、赤熱する岩山の向こうから、明らかに「ヤバい気配」が近づいてくる。
「……ッ!? この振動……!」
リーナが顔色を変え、地面に耳を当てた。
「質量が大きすぎます……! まさか、この……! レン様、来ます! 第4層の番人です!」
俺は冷却スプレーを構え直し、ニヤリと笑った。
「騒がしい客ね。ちょうどいいわ、アイスの後の運動には」
地獄の釜の底で、次なる脅威が口を開けようとしていた。




