第7話:王の寝室は『Amazone』で即日配送(プライム)される
「……ここなら、安全そうね」
第3層と第4層の狭間。
俺たちは、岩壁がドーム状に窪んだ小さな空間に辿り着いた。
入り口が狭く、大型の魔物は入ってこれない。天井も高く、換気も悪くない。
「はぁ……はぁ……。さ、流石はレン様。魔力の流れ(レイライン)を読み取り、瞬時に『結界の適所』を見抜くとは……」
後ろをついてきたリーナが、ゼェゼェと肩で息をしながら感動している。
ただの「行き止まり」を選んだだけなんだが、この学者先生のフィルターを通すと、全てが神算鬼謀に変換されるらしい。
「ですが、地面はゴツゴツした岩場です。その美しいドレスが汚れてしまいます……。私がローブを敷きますので、そちらでお休みを……」
リーナが自身のボロボロのローブを脱ごうとする。
健気だ。
だが、断る。
俺は中身がアラサーのおっさんだ。
こんな硬い岩の上で寝たら、翌朝は腰痛で動けなくなる。
(……ふぅ。さて、寝床を確保したいところだが)
俺は視界の端にある『残高』をチラリと確認し、眉をひそめた。
【現在の残高:¥11,500】
(……足りねえ)
俺が目をつけている『最高級グランピングテント』は、約6万円だ。
今の所持金では、ペラペラの「ワンタッチテント(3000円)」くらいしか買えない。
だが、隣には「私のこと凄いと思ってる信者」がいる。
ここで安っぽいテントを出して、「え、皇女様の城ってナイロン製ですか?」と幻滅されるのは避けたい。女王のブランディングに関わる。
(……稼ぐか。今すぐに)
俺はニヤリと笑い、カメラ(虚空)を見据えた。
ネタはある。ここに「新キャラ」がいるじゃないか。
「……ねえ、リーナ。貴女、さっきの肉、美味しかった?」
「え? は、はい! ほっぺたが落ちるかと思いました! あんな奇跡の料理、人生で初めてで……!」
リーナが食い気味に頷く。 俺は満足げに頷き、カメラに向かって手招きした。
「なら、礼を言いなさい。その肉と皿を用意したのは、私を見守る『精霊』たちよ」
「せ、精霊様……!?」
リーナが目を見開く。 俺は適当なでまかせを並べた。
「そうよ。彼らは気まぐれで、供物を捧げてくれる上位存在。貴女のその感動を伝えれば、また素晴らしい『奇跡』を授けてくれるかもしれないわね」
「な、なんと……!」
リーナは即座に居住まいを正し、俺が視線を向けている「虚空」に向かって、深々と平伏した。
「見えざる精霊様! この度は、迷える私に慈悲深い食事をお与えくださり、感謝いたします! あの白い紙皿の滑らかさ、そして神の如き調味料の味わい……! 遺跡学者の端くれとして、この魂に刻み込みましたッ!」
彼女は本気だ。
涙ながらに、100均の紙皿への感謝を叫んでいる。
その必死さと、方向性のズレた感謝(紙皿推し)が、画面の向こうのリスナーのツボを直撃した。
『うっわ、めちゃくちゃ良い子じゃん』
『紙皿で泣いてるw』
『礼儀正しいなー』
『この子もレギュラー入り?』
『美味しいものもっと食わせてやりてぇ……』
日本人の「健気な子に弱い」という特性が発動する。
ここだ。畳み掛けるぞ。
「……ふふ。精霊たちも、貴女のような礼儀正しい子は嫌いじゃないみたいよ。 ――ねえ、愚民ども。新入りの『歓迎会』、まさか手ぶらじゃないわよね?」
俺の煽りが、起爆剤になった。
¥10,000『リーナちゃん加入祝い!』
¥5,000『紙皿代(笑)』
¥30,000『これで美味いもん食わせてやれ!』
¥10,000『足しにしてくれ』
チャリンチャリンチャリンッ!! 通知音が重なり、カウンターが高速回転する。
【現在の残高:¥76,500】
(――よし、届いたッ!)
ちょろい。あまりにちょろすぎる。
だが、これで念願の「王城」が買える。
「……あら、随分と気前がいいじゃない。いいわ。その忠義に免じて、今夜は『極上の宿』を見せてあげる」
俺は『Amazone』のウィンドウを展開し、カートに入れておいた商品を確定した。
『ラグジュアリー・グランピングテント(4人用・エアベッド&家具付きセット)』
購入価格:¥59,800
「――展開」
購入ボタンを押すと同時に、俺は指定した空間へ指を鳴らした。
ボシュウゥゥゥッ!!
爆発的な音と共に、白い巨大な塊が虚空から出現。
それは地面に着地すると同時に、バシュッ!と自動でフレームを拡張させ、一瞬にして巨大な「白亜の家」へと変形した。
近未来的な流線型のフォルム。汚れ一つない純白の特殊繊維。
薄暗いダンジョンの中で、そこだけが異様に浮いている。
「ひぃっ!?」
リーナが腰を抜かした。
「じ、時空間転移……!? いえ、物質創造魔法ですか!? 一瞬で、これほどの規模の『城』を召喚するなんて……!」
「……ただのテントよ。入りなさい」
俺は入り口のジッパーを開け、中へと招き入れた。
「わぁ……っ!」
中に入った瞬間、リーナが感嘆の声を漏らした。
無理もない。
Amazoneの「完全遮音・断熱」という誇大広告(魔法)のおかげで、内部は完璧な室温に保たれている。
湿気もない。腐臭もしない。
床にはフカフカのラグマットが敷き詰められ、中央にはクイーンサイズのエアベッドが鎮座している。
俺は仕上げに、追加購入した『充電式LEDランタン(1000ルーメン・暖色切り替え可)』のスイッチを入れた。
カチッ。 パァァァァァ……。
暖かく、かつ強烈な光が室内を満たす。
松明の揺れる炎しか知らないであろうリーナは、その「揺らがない太陽」を見て、震える手で口元を覆った。
「こ、これは……『太陽の欠片』を封じ込めた宝玉……? こんな、昼間のように安定した光を放つなんて……国宝級の魔道具が、なぜ無造作に床に……!」
「ただの照明よ。明るくないと肌の手入れができないでしょう?」
俺はドレッサー(付属品)の前に座り、化粧水(試供品)をパッティングし始めた。
完全に女子会のノリだ。
一方、視聴者たち(愚民ども)の反応は――。
『うっわ、内装ガチじゃんw』
『これVR? 解像度どうなってんの』
『【悲報】ダンジョン、都内の俺の部屋より快適そう』
『リーナちゃんの驚き方が演技派すぎるww』
『女子会配信たすかる』
¥5,000『新居祝い!』 ¥10,000『家賃代』
チャリン、チャリン。
快適な暮らしを見せるだけで金が入る。最高だ。
「さあ、リーナ。貴女も座りなさい。今日はもう店じまいよ」
「は、はいっ! 失礼いたします……!」
リーナは恐る恐る、エアベッドの端に腰を下ろした。 その瞬間。
ボフッ。
「……ぁ」
リーナの体が、雲のように柔らかいエアベッドに沈み込んだ。
彼女は目を丸くし、自分の尻とベッドの感触を確かめるように、何度かボヨンボヨンと跳ねた。
「な、なんですかこれ……!? 綿? いえ、羽毛よりも軽い……まるで、空気そのものの上に浮いているような……!」
「エアベッドだからね。空気の上で合ってるわよ」
「く、空気魔法による浮遊結界……!?」
リーナは恍惚とした表情で、ベッドのシーツに頬ずりを始めた。
遺跡調査の過酷な旅で、まともな寝床などなかったのだろう。
その警戒心が、現代科学の快適性の前にメルトダウンしていくのが見える。
横ではパンドラも箱から這い出し、嬉しそうにベッドの上で跳ねている。
可愛い奴らだ。
(……ふっ。チョロいな)
俺は内心でほくそ笑んだ。
恐怖で支配する必要はない。
ただ、この「文明の味」を与え続ければ、彼女は二度と俺から離れられなくなる。
「お腹、空いたでしょう?」
俺はアイテムボックス(パンドラ)から、とっておきの「夜食」を取り出した。
『カップヌードラー(シーフード味)』と『コーカコラー』だ。
ケトルでお湯を沸かす音が、静かなテントに響く。
「……いい匂い」
リーナがベッドから這い出てくる。
俺は出来上がったカップ麺を渡し、フォークを握らせた。
「海鮮のスープよ。……熱いから気をつけて」
リーナは慎重にスープを一口啜り
――そして、カッと目を見開いた。
「――っ!? な、なんて濃厚な……! 魚介の旨味が凝縮されています! それにこの麺……煮込んでいるのにコシがある……! これは、皇宮の宴でしか出されないという、東方の幻の料理『ラァメン』ですか!?」
「……まあ、似たようなものね」
ズルズルと麺をすする音が響く。
貴族的なマナーも忘れ、彼女はカップの底が見えるまでスープを飲み干した。
そして、コーラを一気に煽る。
プハァッ!
「……あ、あの、レン様」
すっかり出来上がった顔で、リーナが潤んだ瞳を向けてきた。
「私……もう、地上に戻りたくないかもしれません」
『堕ちたな』
『完全に餌付け完了』
『カップ麺とコーラは麻薬だからなw』
『文明的退化(進化?)』
コメント欄が爆笑の渦に包まれる。
俺は満足げに頷き、カメラに向かってウインクを投げた。
「あら。困った子犬ね。 ……ま、私の『ペット』になるなら、一生飼ってあげなくもないわよ?」
その言葉に、日本からの一斉送信が炸裂した。
¥50,000『俺も飼ってくれ!』 ¥10,000『一生ついていきます女王様!』
奈落の底のテントの中で。 俺たちの「優雅な遭難生活」は、こうして夜更けまで続いたのだった。




