第6話:異世界の客人(アンインバイテッド)
書き溜め分終了です。息抜きで書いてる作品なので、更新不定期なので、ブクマしてお待ちください!できれば代表作も見てってね!
「……ふぅ。使いすぎたわね」
テントの中で髪を拭きながら、俺は『Amazone』の残高表示を見て凍りついた。
【現在の残高:¥8,200】
(やば……。怒りに任せてシャワーなんて贅沢品を買ったツケだ)
髪がある程度乾いたところで、俺は渋々ウィンドウを開いた。
顔を出さないと、すぐに「放送事故か?」とリスナーが騒ぎ出すからだ。
[食品] カテゴリを眺める。
レトルト、缶詰、カップ麺。
どれも数百円で買える。だが、この「ちり」が積もれば、俺の命(残高)に関わる。
『現地調達の時間だよ女王』
『前に狼ステーキ食ってたじゃん』
『未知の食材開拓しろ』
『雑食はサバイバルの基本』
(……確かに。こっちには『毒抜きフライパン』がある。食材に困る理由はないな)
俺は覚悟を決めた。
チェーンソーを肩に担ぎ、パンドラを連れてテントを出る。
カメラに向かって、俺は優雅に宣言した。
「今日のディナーは、私の手で選び抜いた『極上』にするわ」
◇
第3層を進むこと数十分。
俺の行く手を、巨大な影が塞いだ。
ズシン、ズシン……。
岩場を歩く、軽自動車ほどもある巨大な陸亀だ。
その甲羅は灰色の岩のようにゴツゴツとしており、背中には赤や青の毒々しい「巨大キノコ」が密林のように群生している。
『うわ、デカ!』
『【マッシュルーム・トータス (Lv.13)】だ!』
『あいつ、引きこもると無敵だぞ』
コメント欄が警告する。
俺は獲物を定め、チェーンソーを起動して死角から斬りかかった。
ギュイイイイーン!!
ガキィィィンッ!!
「……っ!?」
激しい火花が散った。
亀は手足を引っ込め、完全防御態勢をとっている。
その甲羅は、俺のチェーンソーを弾き返すほど硬化していた。
『硬っ!』
『物理無効かよ』
『魔法がないと詰みじゃね?』
俺は後退しながら、冷や汗を流した。
硬すぎる。爆薬でも買わないとこじ開けられないか?
だが、金はない。
焦る俺の視界に、亀の背中で揺れる「湿っぽいキノコ」が入った。
(……待てよ。キノコ? 湿気?)
俺はニヤリと笑い、Amazoneのウィンドウを展開した。
亀が硬化しているなら、環境ごと変えてしまえばいい。
検索ワード:『カビ・湿気対策』。
俺が購入したのは、『超強力・業務用除湿剤(押入れ用・大容量タンクタイプ)』。
キャッチコピーは『驚異の吸湿力! 湿気を根こそぎ吸収! カビ・キノコも絶対撃退!』。
「――乾燥の時間よ」
俺は蓋を引き剥がし、亀の背中に薬剤をぶちまけた。
シュウゥゥゥゥ……!!
猛烈な吸気音が響く。
除湿剤が、周辺の湿度とキノコの水分を、掃除機のような吸引力で吸い尽くしていく。
「ギャアアアアッ!?」
亀の中から悲鳴が上がった。
背中のキノコが、一瞬でシワシワの干し椎茸になって崩れ落ちる。
さらに、異変はキノコだけではなかった。
ピキ……ピキピキピキッ!
岩のように強固だった亀の甲羅と皮膚に、無数の亀裂が走り始めたのだ。
水分を極限まで奪われたことで、鋼鉄の強度が失われ、乾いた土塊のように脆くなっていく。
保湿を失った肌がひび割れるように、鉄壁の防御が崩壊したのだ。
『マジで効いてるwww』
『甲羅がひび割れてるぞ!』
『除湿剤つええええ! 「絶対撃退」の嘘広告がリアルになってるw』
「……乾燥肌には保湿が必要だったわね。残念、手遅れよ」
俺はチェーンソーを再起動し、脆くなった亀の首をスパンと切り落とした。
◇
解体した亀の肉は、予想通りピンク色で美しかった。
俺は『毒抜きフライパン』で肉を焼き、崩れ落ちた「乾燥キノコ」を砕いてスパイス代わりに振りかける。
ジュウゥゥゥ……。
濃厚な脂の香りと、キノコの芳醇な香りが広がる。
俺は一切れを口に運び、目を細めた。
「……ん。最高ね。秋の味覚だわ」
その時。
ドサッ。
背後の岩陰で、何かが盛大に転ぶ音がした。
俺は反射的にナイフを構え、振り返った。
そこには、ボロボロのローブを着た小柄な人影が、見事なまでに顔面から地面に突っ伏していた。
「い、痛たたた……」
起き上がったのは、栗色の髪に大きな丸眼鏡をかけた少女だった。
彼女は眼鏡をずり上げ、震える手で、俺のフライパンを指差した。
「い、いい匂い……お肉……」
グゥゥゥゥゥゥ……!!
腹の虫が限界を訴えている。明らかに遭難者だ。
『お、新キャラ?』
『ドジっ子枠きたー!』
『完全に餌付け待ちの小動物』
ここで見捨てれば「女王様」の名折れだ。
俺は焼けた肉を一切れ「紙皿」に取り、彼女の目の前に突き出した。
「食べなさい。私の『気まぐれ』よ」
「え、えっ!? い、いいんですか!?」
彼女は光速で皿を受け取り、獣のように肉にかぶりついた。
そして、一瞬で平らげた後、ハッとした表情で手元の「皿」を凝視し始めた。
「お、美味しい……! でも、待ってください。なんですかこのお皿……!」
彼女は100均の紙皿を、まるで宝石でも鑑定するかのように光にかざしている。
「信じられない……。これほど薄くて、均一で、真っ白な素材なんて……!
こんな高度な加工技術、帝国最高峰の工房にもありません!
まるで失われた古代文明の遺産です! 一体どこの遺跡で発掘を!?」
「……100枚入りで300円の紙皿よ。汚れたら捨てるの」
「す、捨てる!? 皇族の金銭感覚、恐ろしい……!」
彼女は戦慄していた。
どうやら、俺の持っている文明の利器が、彼女の学者魂を刺激してしまったらしい。
ついでに渡した「除菌ウェットティッシュ」にも、「この繊維のきめ細かさは神の業だ!」と感動して震えている。
(……面倒くさい奴に絡まれたな)
「ごちそうさまでした……! い、生き返りました……!」
「……名前は?」
「あ、はい! 私はリーナ・アーベル! 帝国の遺跡学者……をしていました!」
遺跡学者。なるほど、だから道具に食いついたのか。
しかし、装備を見る限り戦闘職じゃない。そんな一般人が、なぜこんな奈落の底に?
「それで、学者がなぜこんな場所に? 帝都から観光に来たわけじゃないでしょう?」
「そ、それが……」
リーナは眼鏡の位置を直し、身震いしながら語り出した。
「私は、帝国の北にある古代遺跡『竜の顎』を調査していたんです。
古い文献に『隠された王の間』の記述があって……私が壁画に埋め込まれた『奇妙な石』を押し込んだ瞬間でした」
「……石?」
「はい。突然、床一面に赤い幾何学模様が浮かび上がって……足元の床が消失したんです。いえ、床だけじゃない。空間そのものが『穴』になったような感覚で――」
リーナは青ざめた顔で、その時の恐怖を反芻するように言葉を詰まらせた。
「視界が真っ白になって、気づいたらこの第3層の空中に放り出されていました。……おそらく、『強制転移の罠』です」
「……強制転移」
俺は眉をひそめた。
「地上の遺跡にあった罠が、この奈落に直結していたってこと?」
「はい。おそらくこの『永劫奈落』は、地上のあらゆる古代遺跡と『裏口』で繋がっているゴミ捨て場なんです。特定の罠を踏んだ侵入者を、問答無用でこの亜空間へ転送して閉じ込める……そういうシステムなんだと思います」
(……うわ、凶悪すぎる)
俺は背筋が寒くなるのを感じた。
だが、俺以上にリーナが驚愕していたのは、俺の顔を改めて見た瞬間だった。
「――ッ!?」
リーナが、その場に深々と跪く。
「あ、あの! もしかして……レン・ヴァーミリオン様、でしょうか!?」
「……!」
俺は眉をひそめ、ナイフの柄に手をかけた。
正体がバレている。
俺は「無能(欠陥品)」として捨てられた身だ。
もし彼女がその事実を知っていて、軽蔑の目を向けるなら――口封じも考えなければならない。
だが。
リーナの琥珀色の瞳にあったのは、侮蔑ではなく、眩しいものを見るような「崇拝」の光だった。
「や、やっぱり! 私、皇室の研究も趣味でして! 肖像画で見た『氷の美貌』そのままです!まさか、『帝国の至宝』と謳われた第7皇女殿下にお会いできるなんて……!」
「……は?」
帝国の、至宝?
俺は拍子抜けして、ナイフから手を離した。
「貴女、私のことを知っているの?」
「もちろんです! 幼少期からあらゆる学問を修め、礼儀作法も完璧。その美貌と才覚から、次期女帝の最有力候補と噂されていたレン様を知らない国民はいません!」
(……あー。なるほど)
俺は瞬時に状況を理解した。
あのクソ親父(皇帝)だ。
「皇族から無能が出た」という事実は、帝国の威信に関わる恥。
だから、あの紋章判定の儀式の結果は「極秘事項」として隠蔽されたのだ。
世間一般にとって、レン・ヴァーミリオンは「無能」ではない。
ある日突然姿を消した、「完璧な天才皇女」のままなのだ。
「し、しかし、なぜレン様のような高貴な御方が、こんな奈落の底に?まさか……その才覚を恐れた他派閥の貴族たちに、謀られたのですか!?」
リーナが勝手に「悲劇の陰謀論」を組み立てて、涙目で憤慨している。
……チョロい。
だが、これは好都合だ。
わざわざ「実は俺、無能で捨てられたんだよね」なんてカミングアウトして、この尊敬の眼差しを失う必要はない。
(勘違いしてくれるなら、そのまま利用させてもらおうか)
俺はフッと口角を上げ、意味深に髪をかき上げた。
「……賢い子ね。多くは語らないわ。ただ、今の私は『ある目的』のために、この底にいる。それだけよ」
「はっ……! す、素晴らしい……!自らの足でこの地獄を平定しようというのですね!?その未知のアーティファクトも、そのための準備……さすがは神童レン様!」
リーナの瞳の輝きが、限界突破している。
やばい。ハードルが爆上がりした。
だが、もう引き返せない。
俺は、彼女が期待する「最強の天才皇女」を演じきるしかない。
「ええ、そうよ。――それで、リーナ。貴女はこの奈落の脱出方法を知っているのかしら?」
「はい、存じています。通常、帝国のダンジョンから脱出する方法は二つあります」
リーナは眼鏡を直しながら、学者の顔で説明を始めた。
「一つは、各階層に設置された『帰還石』を使って地上へ転移すること。もう一つは、最深部の『ダンジョンマスター』を討伐し、ダンジョンそのものを攻略することです」
「ふむ。なら、さっさと帰還石を探して戻ればいいじゃない。なぜ三日も彷徨っていたの?」
俺の問いに、リーナは顔を曇らせ、絶望的な事実を口にした。
「それが……できないんです。この『永劫奈落』には、他のダンジョンにはない特有の呪いがかかっていますから」
「呪い?」
「はい。もし『帰還石』を使って地上へ逃げ帰っても、『2時間』が経過すると、強制転移でこの場所へ引き戻されるんです」
「……は?」
俺は眉をひそめた。
「強制転移? つまり、地上にいられるのはたった2時間だけってこと?」
「はい。たった2時間では、泥のように眠ることも、壊れた装備を修理に出すことも、食料を買い集めることもできません。短時間で、次の探索の準備を強いられ……またここへ戻される。それを死ぬまで繰り返す『無限ループ』に陥るんです」
「なるほど……。で、準備不足のままジリ貧になって死ぬわけか」
リーナが青ざめた顔で頷く。帰還石は「脱出」ではなく、ただの「短い休憩」に過ぎない。
このダンジョンが未踏である理由は「敵の強さ」じゃない。
「補給」が維持できないからだ。
「この呪いを解くには、最深部まで潜って『完全攻略』するしかありません。でも、物資が尽きればそれも不可能……。だから、私は……」
リーナが涙目で俯く。
だが、その話を聞いて、俺の口元は自然と吊り上がっていた。
(……なんだ。普通の冒険者には「無理ゲー」でも、俺には関係ない話だな)
帰還石を使えば呪われる。
地上に戻っても引き戻される。
だが……俺には『Amazone』がある。
俺だけは、ダンジョンに引き籠もったまま、無限に「物資」を調達し、テントで快適に眠ることができる。
補給線が薄いこのダンジョンで、俺だけが唯一、万全の状態で最深部を目指せるのだ。
「……分かったわ。絶望的な状況、ということね」
俺は不敵に笑い、彼女の肩を叩いた。
「顔を上げなさい、学者さん。貴女は運がいいわ。最強のスポンサー(私)に出会えたんだから」
俺はカメラを見据えた。
「一時帰宅なんて退屈な真似はしない。――このまま最奥まで突き進んで、このクソゲーを『完全攻略』してやるわ」
「レ、レン様……!」
リーナが感極まったような顔で俺を見上げる。
パンドラも、箱の蓋をパタパタとさせて同意した。
リスナーたちも俺の宣言に興奮しているようだ。
こうして、俺のパーティに「学者」であり、「天才皇女の信奉者」という、頼もしくも厄介な仲間が加わった。
【現在の残高:¥11,500】
【パーティ加入:リーナ(遺跡学者)】




