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元女王様Vアバター(中身♂)の皇女、奈落で配信中。~視聴者は最新VR神ゲーだと思ってますが、投げ銭がないと死んでしまいます~  作者:


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第4話:愚民(リスナー)参加型クエスト「王の目を代行せよ」

「……ん。焼き上がったようね」


 湿っぽいダンジョンの空気に、芳醇なバターの香りが爆発的に広がる。

 俺は『Amazone』で購入した「直火式パンメーカー」を携帯コンロから下ろし、ゆっくりと開いた。


 パリパリッ。


 熱々のトレイの上で、きつね色に輝く「クロワッサン」が、微かな音を立てている。

 冷凍生地を焼いただけだが、この世界に「発酵バター」なんて高級品は存在しない。

 その香りは、もはや暴力だ。


『音やばすぎ』

『サクサク音が聞こえる……』

『ここダンジョンだよな? なんでパン焼いてんの?』

『完全に料理チャンネル』


 コメント欄が「空腹」を訴える阿鼻叫喚で埋まる。

 俺は内心でガッツポーズをした。

 昨夜のステーキで味を占めた俺は、この「食事配信」を定番コーナーにすることに決めたのだ。


(……朝はやっぱり、焼きたてパンとスープだよな)


 俺はクロワッサンをちぎり、口に運ぶ。

 サクッ、と軽い音がして、中はもっちりとした食感。バターの甘みが脳を溶かす。


「……悪くないわ。層の立ち上がりも完璧ね」


 俺はパンの欠片を、足元の段ボールへ放った。

 ガサゴソと段ボール箱が動き、中からピンク色の触手が伸びてくる。

 ミミックのパンドラだ。


「お食べ。貴女の分よ」


 パンドラは嬉しそうにパンの耳を受け取り、箱の中に引っ込んだ。

 どうやら、こいつも地球の小麦の味にハマったらしい。


 俺はサイドメニューの「コーンポタージュ」を啜り、優雅に朝食を終えた。

 現在の同接は1,800人。

 朝の時間帯にしては上出来だ。


 腹も満たされた。精神も安定した。


「さて。散歩(攻略)に行きましょうか」


 俺は立ち上がり、パンドラを引き連れて第2層への階段を下りた。



 階段を下りた先。

 そこは、白一色の世界だった。


「……濃いわね」


 俺は顔の前で手を振ってみたが、自分の指先すら霞んで見える。

 濃霧だ。ただの霧じゃない。肌にまとわりつくような湿気と、魔力の気配。

 俺のゲーマーとしての経験則が告げている。これは「視界ジャック」のギミックだ。


(うわ、最悪……。マップが見えないダンジョンとかクソゲーだろ)


 内心で悪態をつきながら、俺は『Amazone』のウィンドウを開いた。

 文明の利器で解決するしかない。

 

 俺は[アウトドア]カテゴリから「業務用強力LEDヘッドライト」を購入し、装着した。


 カチッ。


 ヘッドライトから強烈な光が放たれる。

 だが――光は霧の粒子に乱反射し、逆に視界を真っ白に染め上げただけだった。


(……詰んだ。余計に見えねぇ!)


 俺はライトを消し、冷や汗を流した。

 視界ゼロ。方向感覚も狂う。

 こんな状態で敵に襲われたら、反応すらできずに死ぬ。


 不安に駆られ、俺は視界のコメント欄に助けを求めた。


『うわ、画面真っ白』

『放送事故か?』

『いや待て、TPS(三人称)視点だと透過されてるぞ』

『敵マーカー出てる。赤点2つ』


 ……は?

 俺はコメントを二度見した。

 俺の視界(一人称)は真っ白だ。だが、リスナーが見ている「配信画面(三人称)」には、ゲーム的な補正がかかって霧が透過されているらしい。

 しかも、「敵のマーカー」まで表示されているだと?


『右から来てるぞ』

『距離10メートル』

『【ミスト・ファントム】だな。霧に擬態してる』


 マジかよ。

 俺に見えてない「答え」を全部知ってる。


 その時、霧の奥で「ヒュッ」と風を切る音がした。

 殺気。

 見えない。どこだ? 右か? 左か?

 チェーンソーを構える手が汗ばむ。


(どうする? 逃げるか? いや、方向が分からない!)


 俺は悟った。

 このエリアを抜ける方法は一つしかない。

 俺の目ではなく、神の視点を持つ「彼ら」の目を借りることだ。



 俺は震える足をドレスで隠し、大きく息を吸い込んだ。

 素直に「見えないから教えて」とは言えない。それでは女王の威厳に関わる。

 ならば、言い方を変えればいい。

 これは「ピンチ」ではない。「参加型イベント」だ。


 俺は虚空に向かって、気だるげに髪をかき上げた。


「……ふぁあ。退屈な景色ね」


 わざとらしく欠伸あくびをする。


「ただ歩くだけなのも飽きたわ。ねえ、愚民(リスナー)ども。貴方たち、いつも画面の前で偉そうに講釈を垂れているわよね?」


『は?』

『いきなり煽られたw』

『まあ指示厨は多いな』


 コメントがざわつく。

 俺は口角を吊り上げ、提案キラーパスを投げた。


「いい機会よ。その『能書き』が役に立つのか、試してあげる。――特別に、私の『目』になる権利を貸してあげるわ」


 一瞬の沈黙。

 直後、コメント欄が爆発的な勢いで加速した。


『ファッ!?』

『参加型イベントきたあああ!』

『俺たちが指示出せるってこと!?』

『ラジコンプレイか! 燃える!』

『任せろ! FPSで鍛えたエイム力見せてやる!』


 食いついた。

 リスナーたちは、これを「縛りプレイ企画」だと解釈したらしい。

 よし、これで戦える。


「さあ、案内しなさい。……もし私の体に傷一つでもつけたら、全員『処刑(ブロック)』よ?」



 企画開始スタートの合図と共に、コメントの色が変わった。

 雑談が消え、的確な「指示」だけが並ぶ。


『3時の方角! 敵1!』

『距離5……4……来るぞ!』

『下段攻撃だ! ジャンプしろ!』


 俺には何も見えない。

 だが、俺はコメントを信じて、反射的にその場から跳躍した。


 ヒュンッ!!


 鋭い鎌のような一撃が、俺の足下の空間を薙ぎ払う。

 見えていないはずの攻撃を、紙一重で回避。

 背筋が凍る。だが、止まっている暇はない。


『着地狩り来るぞ! 右へステップ!』

『そこだ! 水平斬り!』


 俺は叫び声の代わりに、チェーンソーのトリガーを引いた。

 唸る刃を、見えない敵がいるはずの空間へ薙ぎ払う。


 ギャアアアッ!


 確かな手応え。

 断末魔と共に、霧の中に血飛沫が舞った。


(当たった……!)


 俺は戦慄した。

 凄い。完全に「見えて」いる。

 俺一人なら今の一撃で足首を持っていかれていた。だが、2000人近くの「目」が、俺の死角を完璧にカバーしている。


『ナイスキル!』

『次、後ろ! 2体いる!』

『左45度! そのまま突っ込め!』


 息つく暇もなく、次の指示が飛ぶ。

 俺は考えるのをやめた。

 自我を捨てろ。俺は今、プレイヤーじゃない。

 リスナーという「神」が操作する、高性能なアバターだ。


 左へステップ。

 振り返りざまに突き。

 しゃがむ。

 跳ぶ。


 霧の中、俺は踊るように戦った。

 側から見れば、完全な暗闇の中で、まるですべてが見えているかのように舞う「達人」に見えただろう。

 その実態は、画面の向こうのオタクたちの書き込みに、必死で食らいついているだけのおっさんなのだが。


『うおおおおお!』

『ラグなしで反応するとかAI凄すぎだろ』

『俺の指示で女王様が動いた……!』

『この一体感ヤバい。神ゲー確定』


 チャリン、チャリン!

 敵を倒すたびに、ドネチャが飛んでくる。

 これは「賞金」じゃない。「操作料」だ。


 数分後。

 周囲の気配が消えた。

 どうやら、このエリアの敵を殲滅したらしい。


(はぁ……はぁ……死ぬかと思った……)


 心臓が早鐘を打っている。

 だが、ここで膝をつくわけにはいかない。

 俺はチェーンソーの血糊を払い、涼しい顔で髪を整えた。


「……ふん。少しは楽しめるかと思ったけれど」


 俺はカメラに向かって、挑発的なウインクを投げた。


「貴方たちの指示、0.5秒遅いわよ?ま、私の『手足』となって動けることを、光栄に思いなさい」


『すいませんでしたァ!』

『一生ついていきます!』

PSプレイヤースキル高すぎて震える』


 コメント欄が称賛と謝罪で埋め尽くされる。

 完璧だ。

 これで、俺とリスナーの間には「共犯関係」が成立した。


 俺は霧の晴れ始めた通路を、堂々と歩き出した。

 もう、視界不良も怖くない。

 俺には数千の「監視カメラ」がついているのだから。

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