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元女王様Vアバター(中身♂)の皇女、奈落で配信中。~視聴者は最新VR神ゲーだと思ってますが、投げ銭がないと死んでしまいます~  作者:


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3/7

第3話:高圧洗浄機でお掃除(ジェノサイド)配信


「……ん。良い香りね」


 湿っぽいダンジョンの空気に、香ばしいコーヒーのアロマが広がる。

 俺はAmazoneで購入した「ドリップコーヒー」を淹れ、優雅にカップを傾けた。


 朝食は、携帯コンロで焼いたホットサンド。

 具材はチーズとハム。とろりと溶けたチーズが、サクサクのパンと絡み合う。


(うめぇ……! 生き返る……!)


 俺は内心で感動の涙を流していた。

 昨日のステーキも良かったが、やはりジャンクな朝食こそ現代人の魂だ。

 だが、表情には出さない。俺はあくまで「気品ある皇女」だ。


「……少し焼きすぎかしら。ま、許容範囲ね」


 俺はパンの耳をちぎり、足元へ放った。

 ガサゴソと段ボール箱が動き、中からピンク色の触手が伸びてくる。

 ミミックのパンドラだ。


「お食べ。貴女の分よ」


 パンドラは嬉しそうにパンの耳を受け取り、箱の中に引っ込んだ。

 どうやら、パンドラも気に入ったみたいだ。


『優雅すぎて草』

『ここダンジョンだよな?』

『飯テロやめてw』


 視界に流れるコメントを見て、俺は口元を緩めるが、内心では冷や汗をかいていた。

 右上の同接カウンターを見る。


【現在同接:1,215人】


(……減ってる)


 昨夜のピーク時はもっといたはずだ。

 今は地球時間の早朝だろうか。人が減るのは仕方がないが、この数字は命に関わる。

 注目度が下がれば、稼げるドネチャも減る。それは死を意味する。

全盛期は数万人の視聴者がいたが、復活後ともあって視聴者数も少ない。


(焦るな。まだ朝だ。ここから盛り上げて、数字を戻すんだ)


 俺はカップを飲み干し、気合を入れて立ち上がった。


「さて。腹ごしらえも済んだことだし……散歩(攻略)に行きましょうか」



 探索を再開して数十分。

 俺は、ある「違和感」に悩まされていた。


(……おかしい。敵がいない)


 一本道の通路。

 静かすぎる。

 俺のゲーマーとしての勘が、警鐘を鳴らしている。

 何かがいる。絶対にいる。だが、どこだ?


 キョロキョロと周囲を見回すが、暗闇が広がるだけだ。

 その時、コメント欄がざわつき始めた。


『あ』

『上』

『天井! 天井!』

『気づいてない?』


 俺はハッとした。

 そうだ。この配信は「三人称視点(TPS)」だ。

 俺自身の目(一人称)には見えていなくても、画面の向こうのリスナーには、カメラが引いた映像が見えている。

 彼らには、俺の死角が丸見えなのだ。


(上かッ!!)


 俺は反射的に、前へ飛び退いた。

 直後。


 ドスンッ!!


 俺がさっきまで立っていた場所に、巨大な岩塊――いや、岩のような皮膚をしたトカゲが落下してきた。

 天井に張り付いて待ち伏せしていたのだ。

 もしコメントがなければ、今頃俺はペチャンコだった。


「ギシャアアッ!」


 トカゲが威嚇してくる。

 硬そうな皮膚だ。チェーンソーで切れるか?

 俺が迷っていると、リスナーが即座に情報をくれた。


『【ロック・リザード】だ』

『背中は硬いけど腹は柔らかいぞ』

『動きは遅い』


(サンキュー、攻略班!)


 俺は冷や汗を隠し、ドレスの裾を払った。


「……ふん。天井に張り付くなんて、ヤモリの真似事?」


 俺はチェーンソーを構え、不敵に微笑んだ。

 動きが遅いなら、回り込めばいい。


 スイッチを入れる。唸る刃が、トカゲの柔らかな腹を切り裂いた。


 俺は理解した。

 この配信システムは、ただの金稼ぎツールじゃない。

 数千人の目が、俺の死角をカバーし、敵の情報を解析してくれる「最強の索敵システム」なのだ。



 だが、順調な攻略は唐突に終わりを告げる。

 第1層の最奥付近。

 広い通路に出た俺の前に、それは立ちはだかった。


 ジュワァ……。


 不快な溶解音。

 通路を塞ぐように広がっているのは、緑色のドロドロした液体の大群だ。


「……うわ、汚い」


 俺は思わず本音を漏らした。

 ただのスライムじゃない。そこら中の床が煙を上げて溶けている。

 試しに石を投げてみると、触れた瞬間にジュッと音を立てて消滅した。


(げっ、まじかよ……!)


 マズい。

 俺の武器はチェーンソーだ。近接武器で斬りかかれば、刃が溶かされるか、あるいは飛び散った酸でこっちがやられる。

 この一張羅のドレスも、俺の肌もただでは済まない。


『物理無効きたこれ』

『【アシッド・スライム】だってよ』

『剣とか全部溶かす嫌なモブ』

『詰んだくね?』


 コメント欄が情報をくれるが、それは絶望的な内容だった。

 物理無効。装備破壊。

 完全に俺の天敵だ。


 スライムたちが、じりじりと迫ってくる。

 逃げ場はない。後ろは一本道だ。

 どうする? 火炎瓶でも買うか?

 いや、密閉空間で火を使えば、酸の蒸気でこっちがやられる。


(くそっ……! 物理がダメ、火もダメ……どうすれば!)


 スライムの一匹が体を持ち上げ、酸の弾丸を飛ばしてきた。


「ッ!?」


 反応が遅れた。避けきれない。

 そう思った瞬間、横から茶色い影が飛び出した。


 ジュッ!


 酸の弾丸を受けたのは、俺ではなくパンドラだった。

 自ら飛び出し、その硬い箱の体で弾き飛ばしたのだ。


「パンドラ!?」


 Amazoneのロゴが入った箱の表面が、黒く焦げている。

 パンドラは俺の足元に着地すると、ふらつきながらも「大丈夫?」と問うようにこちらを見上げた。


(……こいつ、俺を庇ったのか?)


 胸の奥で、何かが弾けた。

 ただの便利な道具箱だと思っていた。

 だが、こいつは俺を守った。


(許さん。俺のペットを傷つけやがって!)


 俺は必死にAmazoneのウィンドウを開いた。

 武器カテゴリはない。

 なら、発想を変えろ。

 あれは敵じゃない。「汚れ」だ。

 こびりついた頑固な汚れを落とすには、何が必要だ?


 俺の指が、[DIY・工具]カテゴリを走る。

 そして、ある商品を見つけた。


 キャッチコピー:『頑固な汚れも一瞬で剥がし取る! 驚異の水圧! 根こそぎ洗浄!』


(……これだ!)


 俺は残高を確認し、即座に購入ボタンを叩いた。



 虚空から、大きな段ボールが落ちてくる。

 中から出てきたのは、黄色いボディのタンクと、長いノズルがついた機械。


『なんだそれ?』

『掃除機?』

『高圧洗浄機じゃんwww』


 正解。


 「業務用・高圧洗浄機(タンク式)」だ。

 俺はタンクに水を注ぎ、バッテリーをセットした。


「……あら。随分と汚れているわね、この通路」


 俺はノズルを構え、スライムの群れに銃口を向けた。

 スライムたちが、本能的な恐怖を感じたのか、動きを止める。


掃除クリアしてあげるわ。――汚物は消毒よ」


 トリガーを引く。


 ブシュアアアアアアアアアッ!!!


 爆音と共に、超高圧の水流が噴射された。

 その威力は、コンクリートの苔すら削り取るレベル。

 それが、柔らかい粘液状のボディを持つスライムに直撃したらどうなるか。


 パァンッ!!


 弾けた。

 文字通り、霧散した。

 先頭にいたスライムが、水圧に耐えきれず分子レベルで粉砕されたのだ。


 スライムたちが後退しようとする。

 だが、この洗浄機には「Amazoneの加護キャッチコピー」が乗っている。

 『根こそぎ洗浄』。

 その言葉通り、水流はスライムを「生物」ではなく「除去すべき汚れ」として認識し、容赦なく剥ぎ取っていく。


「あはっ! 消えなさい! シミ一つ残さず!」


 俺はノズルを振り回した。

 水流が鞭のようにしなり、迫りくるスライムの大群を次々と破裂させていく。

 酸が飛び散る暇もない。水に流され、中和され、ただの排水となって消えていく。


『うおおおおお!』

『スライムが汚れ扱いwww』

『洗浄力高すぎだろ』

『見てて気持ちいいw』


 コメント欄が加速する。

 そう、これは「お掃除動画」だ。

 汚いものが綺麗になっていく映像は、人類共通の快感なのだ。


¥1,000『気持ちいい!』

¥500『業務用すげえ』

¥3,000『ナイス洗浄』


 チャリン、チャリン。

 心地よい通知音が響く。

 同接カウンターも、いつの間にか2,500人を超えていた。


 数分後。

 通路からは、スライムが一匹残らず消滅していた。

 残ったのは、ピカピカに磨き上げられた床と、爽やかな水の匂いだけ。


「……ふぅ。スッキリしたわね」


 俺は洗浄機を下ろし、額の汗を拭った。

 内心は疲労困憊だが、カメラに向かってドヤ顔を決める。

 パンドラが、焦げた体を揺すりながら駆け寄ってきた。俺はこっそりと、その頭を撫でてやる。


「掃除は淑女の嗜みよ。

 ――さあ、綺麗な道を行きましょうか」


 俺はパンドラを引き連れ、浄化された通路を歩き出した。

 資金も増えた。これなら、次の階層でも戦える。

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