第22話:絶対暗黒(ダーク・ゾーン)は『爆光投光器』で強制露光(フラッシュ)する
第11層『凍てつく墓標』。
数百体のゾンビ軍団を「食品用防腐剤」で彫像に変え、勝利の余韻に浸っていた時だった。
――ピタリ。
不自然なほど唐突に、猛吹雪が止んだ。
風の音が消える。
雪の冷たさが消える。
それどころか、視界に入る世界の色彩が、急速に「彩度」を失っていく。
白い雪原も、青白い固まったゾンビたちも、すべてがモノクロームの静止画のように色褪せていくのだ。
「……レン様、下がってくださいッ!!」
ガイルが警告を発し、俺の前に躍り出た。
足元では、パンドラが「ガタガタガタ……ッ!」と激しく箱を揺らし、俺のドレスの裾に噛み付くようにしてしがみついている。
魔物であるあいつが、本能で「格上の捕食者」を感じ取って怯えているのだ。
俺たちが注視する先。
空間が、まるで黒いインクを垂らした水面のように滲んだ。
ズズズズズ……ッ。
滲んだ空間から、黒い霧と共に二つの影が染み出してくる。
一人は、大剣を持った虚ろな目の青年、ネロ。
そしてもう一人。
黒いゴシックドレスに身を包み、ボロボロのウサギのぬいぐるみを抱いた少女――リリィ。
ダンジョンの階層など関係ない。
まるで自宅のドアを開けるような気軽さで、彼女はそこに立っていた。
「……見つけた」
リリィが、愛らしい顔に似合わない、冷徹な笑みを浮かべる。
「逃さないよ、ボクのネズミさん。……それに、生意気な飼い主(お姉さん)もね」
その瞬間、世界が震えた。
殺気ではない。もっと根源的な「圧」だ。
リリィを中心にして、圧倒的な質量の魔力が膨れ上がり、空間そのものをきしませている。
(……おいおい、マジかよ。画面越しでもヤバかったけど、実物はもっとエグいな)
俺は内心で舌打ちをした。
ゲームで言えば、ラスボス前のイベントシーンだ。
本来ならここで会話イベントが挟まるところだが、彼女にそんな気はないらしい。
「お喋りは終わり。ボク、せっかちなんだ」
リリィが高々と指を掲げる。
その指先に、ブラックホールのような黒い光が収束していく。
「――展開。『常闇の棺』」
パチンッ。
彼女が指を鳴らした瞬間、世界が反転した。
リリィの足元から溢れ出した漆黒の闇が、津波のように広がり、俺たちを飲み込んだのだ。
抵抗する暇すらない。
光という光が食い尽くされ、雪原の景色が塗りつぶされる。
数秒後。
俺たちが立っていたのは、完全なる「無」の空間だった。
「……な、に……これ……?」
リーナの震える声が響く。
上下左右の感覚がない。
音も響かず、平衡感覚すら狂わされる絶対の静寂と暗黒。
「くっ……体が、重い……!?」
ガイルが苦悶の声を漏らす。
俺も感じていた。
ただ暗いだけではない。
泥沼に浸かったように、身体が鉛のように重いのだ。呼吸をするだけで体力が削られていく感覚。
ガチガチガチガチ……!
パンドラが恐怖のあまり、箱の蓋を高速で開閉させて歯を鳴らしている音が、唯一の生々しい音として響く。
そんな中、リーナが杖の先端を光らせた。
だが、その魔法の光さえも、闇に吸われるように小さく萎んでいく。
「こ、これは……ただの目隠し魔法ではありません!」
リーナが分析し、悲鳴に近い声で解析結果を叫んだ。
「空間そのものを切り離して、別次元を作っています! 最上位の空間魔法……しかも、見てください! この空間、術者の魔力だけを増幅させています!」
「増幅……だと?」
「はい! この闇は、私たちの魔力と体力を吸収し、全てリリィの力に変換する『捕食空間』です! 時間が経てば経つほど、私たちは弱り、あちらは強くなる……まさに処刑場です!」
最悪の環境効果だ。
スリップダメージに加え、敵へのバフ(強化)。
しかも視界ゼロ。どこから攻撃が来るかも分からない。
『あははは! すごいすごい、正解だよ魔法使いのお姉ちゃん!』
闇の奥から、リリィの笑い声が反響する。
右から聞こえたかと思えば、左から、そして背後から。
音源の位置すら特定できない。
『ここはボクのお腹の中みたいなものだからね。キミたちが絶望すればするほど、ボクは強くなる。……さあ、まずは誰から食べてあげようかな?』
ゾクリと、首筋に冷たいものが走る。
ガイルが剣を構える気配がするが、どこに向けていいか分からず戸惑っているのが伝わってくる。
(……詰んだか?)
俺は冷静に思考を回そうとしたが、額には嫌な汗が滲んでいた。
Amazonで武器を買っても、敵の位置が分からなければ意味がない。
その時だ。
その画面に映る「コメント欄」だけが、この暗闇の中で唯一の「光」として機能していた。
『うわ画面真っ黒!』
『放送事故?』 『いや音声はいきてる』
『これヤバくね? リリィって魔王軍の幹部だろ?』
『完全な暗黒空間……終わったな』
『レン様でもこれは無理か……』
リスナーたちもパニックになっている。
だが、俺は藁にもすがる思いで、あえて不敵に言い放った。
「……愚民ども。騒ぐんじゃないわよ」
俺の声は、配信を通してリスナーに届いているはずだ。
「画面が暗い? 文句を言うなら、照明係の準備不足を嘆きなさい。 ……それより、暇なら少しは頭を使いなさい。この『安っぽいお化け屋敷』のタネ、誰か分かる奴はいないの?」
強がりだ。
だが、この数千人のリスナーの中には、何かの専門家がいるかもしれない。
それが現代の攻略法だ。
コメントが一気に加速する。
『タネって言われても……』
『光で闇のキャパ超えさせれば晴れる?』
『でも魔法の光は吸われるぞ』
『魔法がダメなら物理でいけ!』
『【カメラオタク】:要は「露出オーバー」にすればいいんだよ! 暗室だって、強すぎる光を入れたら感光して台無しになるだろ!?』
『フラッシュ焚けってことかww』
『太陽を持ってこいってか? 無理だろw』
(……なるほどな)
俺の口元がニヤリと歪む。
『露出オーバー』
『太陽を持ってこい』
そして『魔法がダメなら物理でいけ』。
ヒントとしては十分すぎる。
この世界の住人は「魔法」に頼りすぎだ。
魔法で作られた闇だから、魔法の光で対抗しようとして、力負けする。
だが、俺にはある。
魔法の理を無視した、純粋な「科学の暴力」が。
「……ふん。どいつもこいつも、浅知恵ばかりね」
俺は感謝を隠し、鼻を鳴らした。
「でもまあ、採用してあげるわ。『光が足りないなら、足せばいい』。単純だけど、それが真理よ」
俺はウィンドウを操作する。
カテゴリは [DIY・工具 > 作業灯・投光器]。
家庭用の懐中電灯ではない。
工事現場、スタジアム、災害救助。
プロが「夜」を殺すために使う、本物の機材だ。
購入確定。
ガゴッ、ガゴッ、ガゴッ、ガゴッ!
暗闇の中に、重量感のある「箱」が4つ、俺の四方に出現した。
Amazoneのロゴが入った箱には、自信満々なキャッチコピーが踊っている。
『スタジアム・アリーナ用 LED投光器(20万ルーメン・超広角)』×4基
キャッチコピー:『闇夜を真昼に強制変換! スタジアムの熱狂をそのまま現場へ!』
「レ、レン様? 何を……?」
リーナが怯えた声を出す。
俺は箱を開封し、極太の電源ケーブルを、同時に購入した『大容量ポータブル電源(業務用)』に接続した。
「リーナ、目を閉じなさい。ガイルもよ」
「え?」
「いいから閉じなさい。――網膜が焼けても知らないわよ」
パタンッ!
俺の言葉を聞いた瞬間、パンドラが猛スピードで自分の蓋を閉じた。
中身を完全に隠し、防御態勢に入る。
さすが危険察知能力がずば抜けている。
俺はサングラス(追加購入)を取り出し、優雅に装着した。
準備は整った。
魔法の闇? 吸収? 知ったことか。
この光量は、貴様の「設定」ごときで飲み込めるレベルじゃない。
俺は4台の投光器のスイッチに手をかけた。
合計80万ルーメン。暴力的な光子の嵐。
「――消えなさい(スイッチ・オン)」
カッッッッッッッッッ!!!!!!!!!!!
音が消えた。
いや、視覚情報が強すぎて、脳が聴覚をシャットダウンしたのかもしれない。
炸裂したのは、白一色の破壊。
閉鎖されたドーム状の空間内で、80万ルーメンの光が乱反射を繰り返す。
逃げ場のない光子は、密度を高め、空間内を「光の電子レンジ」へと変貌させた。
「ぎゃああああああああああああッ!?!?」
闇の奥から、リリィの絶叫が響き渡った。
闇とは、光の不在ではない。
ここでは「魔力によって維持された構造物」だ。
だが、物理的な光量がその維持限界を遥かに超えた瞬間、構造そのものが耐えきれずに崩壊を始める。
ミシミシ、パキパキパキパキッ……!!
空間に亀裂が走る。
黒い天井に、白いヒビが入る。
「うそ、だ……ッ!? ボクの闇が……焼けるぅぅッ!?」
リリィの悲鳴と共に、世界が砕け散った。
ガラスが割れるような盛大な音と共に、絶対暗黒の結界が霧散する。
強烈な残光の中、世界の色が戻ってきた。
白い雪原。
冷たい風。
そして――。
「あぅ……、うぅ……目が、目がぁ……ッ」
雪の上に蹲り、両手で顔を覆って転げ回るリリィの姿があった。
その傍らでは、ネロも光にやられたのか、棒立ちになって痙攣している。
完全勝利だ。
魔法の優位性を、科学の物量で圧殺した。
「……眩しすぎて、目がチカチカするわね」
俺はサングラスの位置を直し、悠然と腕を組んで彼らを見下ろした。
周囲には、まだ熱を帯びて唸りを上げる巨大なLED投光器が4台、城壁のように鎮座している。
そして足元では、パンドラが恐る恐る蓋を少しだけ開け、外の様子を伺っていた。
『うっわwwww』
『マジでやりやがった』
『目がぁぁぁ!』 『〇スカ状態www』
『物理(光)最強説』
『リリィちゃん涙目で草』
コメント欄が爆笑の渦に包まれる中、リリィがゆらりと立ち上がった。
その目は充血し、涙で濡れている。
だが、その表情にあったのは「敗北感」ではない。
殺意。
純度100%の、ドス黒い怒りだ。
「……よくも」
リリィの体から、先程とは比較にならないほどの魔力が噴き出す。
空間破壊の反動か、それとも怒りによる暴走か。
雪原の雪が、彼女の熱気で一瞬にして蒸発していく。
「よくも……ボクの『棺』を……こんな、こんなふざけた玩具で……ッ!!」
彼女はもう笑っていなかった。
魔王軍幹部としての本性。災害級の怪物が、その牙を剥き出しにしている。
ガイルが息を呑み、双剣を構え直す。
リーナが腰を抜かしそうになりながら杖を握る。
だが、俺は不敵に笑った。
ここで怯えてどうする。
舞台は整った。照明も完璧だ。
あとは、踊るだけだろう?
「……さあ、電気はついたわ」
俺はリリィを指差し、宣言した。
「始めましょうか。――命懸けのお遊戯を」




