第21話:不死の軍勢(ゾンビパニック)は『食品用防腐剤』で鮮度維持(フリーズ)する
「……ふぅ。食べたわね」
第10層、ボス部屋の跡地。
『特上寿司桶・極』を空にした俺たちは、食後のお茶(粉末緑茶)を啜りながら一息ついていた。
ガイルも落ち着きを取り戻したようだ。
泣きながら寿司を詰め込んだせいで目は赤いが、先程までの暴走しそうな殺気は消えている。
ただし――その姿は異様だった。
戦闘で上着を破り捨てたため、彼の上半身は剥き出しだ。
そして右腕。
手首から肩の付け根に至るまで、びっしりと刻まれた黒い紋章。
寿司を食べて鎮静化したとはいえ、その紋章は未だに不気味な脈動を続けている。
「……レン様」
ガイルが、意を決したように口を開いた。
「見てしまわれたのでしょう。この……呪われた腕を」
彼は自分の右腕を強く握りしめ、苦渋に満ちた顔で俯いた。
「俺は、まともな人間ではありません。帝国の闇が生み出した、禁忌の『人造紋章』の実験体……。人の形をした、穢れた兵器なのです。こんな化け物が、高貴な御方の側にいては……」
重い。空気が重い。
典型的な「実は俺、化け物なんです」カミングアウトだ。
ここで「そんなことないわ、貴方は人間よ」と抱きしめてやるのが聖女の役目だろう。
だが、俺は中身はおっさんなのだ。
(うわぁ……反応に困る。下手に掘り下げて、面倒な『自分探しクエスト』とか発生したら最悪だしな)
俺は興味なさそうに視線を逸らし、パンドラから『化粧品』を取り出して弄り始めた。
「……で? それがどうかしたの?」
「え……?」
ガイルが虚を突かれた顔をする。
「貴方が人間だろうが、実験体だろうが、宇宙人だろうがどうでもいいわ。重要なのは、私についてきて、荷物をちゃんと持てるかどうか。……それだけよ」
俺は化粧品を見ながら、冷淡に言い放った。
「過去の傷跡自慢なら他所でやってちょうだい。他人の設定を詮索するほど、私は暇じゃないの」
「レン様……」
ガイルが絶句する。
そして、わなわなと肩を震わせ――また泣いた。
「行くわよ。休憩は終わり」
泣いているガイルに発破をかけるように宣言し、俺たちは荷物をまとめ、次なる階層への階段を降りた。
◇
第11層『凍てつく墓標』。
階段を抜けた瞬間、視界が真っ白に染まった。
猛吹雪。
足元は凍りついた大地。 第7層の砂漠とは真逆の極寒地獄だ。
「……寒いわね。また極端な環境だこと」
俺は『使い捨てカイロ(貼るタイプ)』をドレスの裏に貼り付け、暖を取る。
だが、この階層の問題は寒さだけではなかった。
ズズズ……ッ。
雪の下から、無数の「手」が突き出した。
青白い肌。腐りかけた肉。
這い出してきたのは、ボロボロの鎧や服をまとった死者たち――ゾンビの大群だ。
『ウゥ……アァ……』
その数、数百。いや、吹雪の奥まで見渡せば数千はいるだろう。
「ッ! アンデッドか!」
ガイルが前に出て、双剣を構える。
ゾンビたちが一斉に襲いかかってくる。
ガイルの剣閃が走り、先頭の数体の首が飛ぶ。
だが。
「ア……ァ……」
首を斬られたゾンビは倒れない。
何事もなかったかのように胴体だけで前進し、切り落とされた首も雪の上を尺取り虫のように這って近づいてくる。
「くそっ、死なないぞ! 凍っているせいで痛覚がないのか、肉体が強固だ!」
ガイルが叫ぶ。
物理でバラバラにしても、活動を停止しない。
これだけの数を相手に、いちいちミンチにしていたらキリがない。
『うわ、ゾンビパニック』
『数多すぎだろ』
『ゾンビといえば、ロケランだろ?』
『燃やしても骨になって襲ってくるタイプだこれ』
コメント欄が騒ぐ。
俺は冷ややかにゾンビの群れを見下ろした。
「……野蛮ね。死体なら死体らしく、じっとしていなさいよ」
俺は『Amazone』を開いた。
敵は「腐った死体」だ。
腐るやつにはあれだ!
俺が選んだのは、[食品・飲料 > 業務用添加物] カテゴリ。
『業務用・食品保存料(ソルビン酸カリウム配合・粉末20kg)』×10袋 (防腐剤)
『除菌アルコールスプレー(食品用・18L一斗缶)』
キャッチコピー:『細菌の繁殖をピタリと抑制! 腐敗をシャットアウトし、鮮度を長持ちさせます!』
「ガイル、伏せてなさい」
俺は、前回使ったドローン編隊を再召喚した。
タンクに粉末とアルコールを充填し、上空へ飛ばす。
「――散布」
ブウウウウウウウンッ……!
ドローンから、白い粉末と霧が広範囲に撒き散らされる。
猛吹雪に乗って、保存料の霧がゾンビ軍団を包み込む。
「ウ、ァ……?」
異変は即座に起きた。
防腐剤を浴びたゾンビたちの動きが、ギギギ……と鈍くなる。
Amazoneの「腐敗を止める(=生物的変質活動を停止させる)」という概念が適用されたのだ。
動く死体にとって、腐敗の進行こそが動力源。
それを化学的に「保存」されれば――。
カチッ。
先頭のゾンビが、足を上げたポーズのまま硬直した。
次々と、後続のゾンビたちも彫像のように固まっていく。
「……あら。これで『永久保存版』の完成ね」
俺は満足げに頷いた。
数百体のゾンビが、真っ白な粉を被って直立不動で並んでいる。
シュールな光景だ。
『保存料www』
『鮮度維持してどうするw』
『動き止まった!』
『物理的なタイムストップ』
『斜め上すぎる解決法』
その時だった。
ギギギギ……ッ!
完全に静止したはずの群れの中で、一体のゾンビだけが、無理やり首を捻ってこちらを向いた。
その瞳が、不気味な赤色に発光している。
『……あーあ。せっかくのボクの兵隊を、まさか「固まらせる」なんて』
ゾンビの口から、腐った声帯とは思えない、少女の声が響いた。
俺はその声に眉をひそめたが、隣にいたガイルの反応は劇的だった。
「ッ!? 貴様……! 北のクレーターにいた化け物か!」
ガイルが殺気立つ。
ゾンビの身体から黒い霧が噴き出し、空中で一人の少女の幻影を形作った。
黒いドレス。ウサギのぬいぐるみ。
「はじめまして、お姉さん。ボクはリリィ。魔王軍の幹部やってるの」
(……おいおい、マジかよ。『幹部』って言ったか? こいつ)
少女の幻影――リリィは、値踏みするように俺を見た。
「ふうん、キミが『飼い主』なんだ。……ねえ、単刀直入に言うけどさ」
リリィは、ガイルを指差した。
「そのネズミ(ガイル)、ボクに頂戴? さっき逃げられちゃったんだけど、すっごくいい素材なんだよね。ボクなら、お姉さんより上手く使い潰してあげるよ?」
無邪気な要求。
だが、その裏にあるのは絶対的な傲慢さと絶対的な自信だ。
ガイルがギリリと歯噛みする。
「……ふざけるな。誰が貴様なんぞに……!」
ガイルが吠える横で、俺の背筋は凍りついていた。
魔王軍の幹部。
ゲームで言えば、ラストダンジョン手前で出てくる「四天王」クラス(多分)だ。
おいこっちはダンジョン一つ目だぞ?
そこにいきなり終盤のボス(エンドコンテンツ)がポップするとか、バランス調整を放棄したクソゲーにも程があるだろ!
胃の奥から、酸っぱいものが込み上げてくる。
勝てるわけがない。
逃げたい。
今すぐ「帰還石」を使って、安全なテントの布団に潜り込みたい。
膝が笑い出しそうだ。喉がカラカラに乾いて、悲鳴を上げそうになる。
だが――。
チラリ、と。俺は無意識に、虚空の右斜め上――「同接カウンター」が表示されている位置へと視線を走らせていた。
(……見られている)
数字が回っている。
数千、いや、万を超えようとする「愚民」たちが、固唾を呑んで俺の次のアクションを待っている。
この視線こそが、俺の命綱(資金源)だ。
ここで「ひぃっ、ごめんなさい!」と土下座して逃げれば、命は助かるかもしれない。
だが、その瞬間、「最強の女王」という幻想は剥がれ落ち、スポンサー(リスナー)は離れ、俺は資金難で野垂れ死ぬ。
物理的な「死」か。
社会的な「死」か。
どのみち地獄だ。
なら、選ぶ道は一つしかない。
ギュッ。俺はドレスの裾を、爪が食い込むほど強く握りしめた。
痛い。
その痛みが、震える身体に喝を入れる。
呼吸を止めろ。
心臓の早鐘を無視しろ。
俺は今から、ただの「おっさん」を殺す。
(……上等だ。慣れてるんだよ、こういう理不尽は)
俺の脳裏に、前世でクリアしてきた数多の「理不尽な死にゲー」の記憶が蘇る。
バグで無敵になったボス。
初見殺しの即死トラップ。
開発者の悪意が詰まった無理ゲーたち。
それら全てを、俺は「ハッタリ」と「執念」と「解析」だけでねじ伏せ、クリア画面を叩き出してきた実績がある。
嘘も突き通せば真実になる。
クリア出来ると虚勢を張り続け、ありもしない「余裕」を演じきり、時間をかけて勝利をもぎ取る。
そう、それこそがプロの配信者。
『クリア不可能』と謳われた数多のクソゲーを制覇した、伝説のライバー。
――俺こそが、『クリムゾン・クイーン』だ!
カッ、と脳内のスイッチが切り替わる音がした。
俺は震えそうになる膝を、ドレスの中で無理やり固定した。
俺は顔を上げ、恐怖を飲み込み、吐き気を呑み下し、不敵な笑みという「最強の仮面」を顔に貼り付ける。
「ガイル。黙りなさい」
俺は片手でガイルを制し、一歩前へ出た。
そして、空に浮かぶ幻影を、まるで路傍の石でも見るかのように、冷徹に見上げた。
「……誰に向かって口を聞いているの?」
俺の声は低く、地を這うようだった。
「リリィ、と言ったかしら。 貴女、商売のルールを知らないようね。私の部下に勝手に値をつけ、あまつさえ『横取り』しようだなんて」
俺はニヤリと、凶悪な笑みを浮かべた。
「私のモノに指一本でも触れてみなさい。クーリングオフ(返品)不可の地獄へ、送料着払いで送ってあげるわよ、メスガキ」
場が凍りつく。
魔王軍幹部に対し、「メスガキ」呼ばわり。
リリィの目が、驚きで見開かれ――そして、歓喜に歪んだ。
「……あはっ。怖い怖い」
彼女は心底楽しそうに笑った。
「いいよ。交渉決裂だね。 じゃあ次は――ボクが直接、キミごと『壊し』に行ってあげる」
フッ、と幻影が霧散する。
依り代となっていたゾンビが崩れ落ち、ただの肉塊に戻った。
「……レン様。申し訳ありません。俺のせいで、あんな化け物に目をつけられて……」
ガイルが悔しげに俯く。 だが、俺は鼻で笑った。
「勘違いしないで。売られた喧嘩を買っただけよ」
俺は吹雪の向こうを見据えた。
カメラには映らないドレスの陰で、冷や汗をかいた掌をギュッと握りしめながら。
「行くわよ。……ストーカー(リリィ)には、きついお仕置きが必要みたいだからね」
「……ストーカーには、きついお仕置きが必要みたいだからね」
俺が言い放った、その刹那。
視界の端で、コメント欄が滝のように加速した。
『きたああああああああああああああああ!!』
『うおおおおおおおおおお!!』
『かっけええええええええええ!!』
『魔王軍相手に一歩も引かねえwww』
『「クーリングオフ不可」は名言すぎるwww』
『メスガキ認定クッソワロタ』
『さすが女王様! 一生ついていきます!』
チャリン、チャリン、ジャララララッ!! けたたましい通知音と共に、視界が極彩色の帯で埋め尽くされる。
恐怖で震える俺の心臓とは裏腹に、コメント欄はお祭り騒ぎだ。
この熱狂。この期待値。
もはや、引き返す橋はすべて燃え落ちた。
俺は湧き上がるコメントの弾幕を背に受け、震える足を無理やり前へと踏み出した。




