第20話:決死の帰省(タッチ・アンド・ゴー)は『強制送還』で未遂に終わる
第8層の空をドローンで制圧し、続く第9層の湿地帯をなんなくクリアし、丸二日が経過していた。
そして今、俺たちは一つの「壁」にぶち当たっていた。
第10層『水晶の回廊』。
壁も床も、天井さえもが透明度の高い水晶で構成された、美しくも残酷なエリアだ。
その最奥部。
俺たちの行く手を阻むのは、この階層の守護者
『クリスタル・ゴーレム』
「……硬いわね。これだから石ころは嫌いよ」
俺は見上げるような巨体を見据え、不愉快そうに鼻を鳴らした。
全身がダイヤモンド並みの硬度を持つ結晶体。
生半可な剣撃は弾かれ、魔法はその鏡面ボディで拡散・反射される。
まさに、物理と魔法を否定する歩く要塞だ。
動き自体は遅いので、俺でも簡単に敵に攻撃を出来るのだが、困ったものだ。
「ガイル。下がっていなさい。貴方の短剣じゃ、爪楊枝にもならないわ」
「し、しかしレン様! 魔法も通じない相手にどうやって……!」
ガイルの焦燥を他所に、俺は『Amazone』のウィンドウを展開した。
硬い? 頑丈?
だからどうした。
人類の歴史は、自然界の「硬度」を文明の力でねじ伏せてきた歴史だ。
俺が購入したのは、[DIY・工具 > 電動工具] カテゴリの怪物。
『プロ仕様・電動ハンマードリル』
キャッチコピー:『コンクリートも岩盤もどんなものもバターのように粉砕! 毎分3000回の打撃で道を切り拓く!』
「道を開けなさい。工事の時間よ」
俺はトリガーを引いた。
ズガガガガガガガガガガッ!!!!
鼓膜を破壊するような轟音が、密閉された水晶の回廊に反響する。
俺の手の中で、鉄の塊が生き物のように暴れる。
凄まじい振動が腕を駆け上がり、歯の根が合わないほど全身を揺さぶる。
だが、俺は構わずその先端を、ゴーレムの左足首へと押し当てた。
「オ、オオオオオッ……!?」
ゴーレムが悲鳴のような軋みを上げる。
魔法障壁? 物理耐性? 知ったことか。
先端にかかる圧力と、超高速のピストン運動。
一点集中された物理エネルギーは、結晶の結合を分子レベルで破壊していく。
パキィッ!!
乾いた音が響いた瞬間、ゴーレムの足首に亀裂が走った。
そこからは一瞬だった。
亀裂は蜘蛛の巣のように全身へ広がり――自重を支えきれなくなった巨体が、ガラス細工のように崩れ落ちる。
ズガァァァァァァァンッ!!
粉塵が舞う中、俺はドリルを止めた。
残心などない。ただの解体作業だ。
「……ふぅ。手が痺れたわ」
崩れた残骸の山。
光の粒子となって消えていくゴーレムの中心に、一つだけ、消えずに残った青白い石があった。
俺はそれを拾い上げる。
『ハンマードリル最強説』
『ゴーレムが豆腐みたいにw』
『音やばすぎ』
『お、レアドロップじゃん』
『【帰還石】だ!』
帰還石。
使用すれば、一瞬で地上へ転移できるレアアイテムだ。
ただし、このダンジョンの「呪い」により、地上にいられるのはたったの2時間。
それを過ぎれば、強制的にこの場所へ引き戻される。
(……俺には必要ないな。地上のベッドより、今のテントの方が快適だし)
俺は興味なさげに石を放り投げようとした。
その時だ。
ガシッ。
横から伸びてきた震える手が、俺の腕を強く掴んだ。
「……レン様。その石……私に、お貸しいただけないでしょうか」
ガイルだった。
いつもは飄々としている男が、今は余裕なく顔を引きつらせ、縋るような目で俺を見ている。
「……どうする気?」
「確認したいのです。……あの報告(ゼスの死)が、真実なのかどうか」
ガイルの声が震えている。
たった2時間だ。移動時間を考えれば、現地に滞在できるのは数分もないだろう。
それでも、彼は自分の目で「主の最期」を見届けなければ、前に進めないのだ。
(ここで「ダメだ」と言って腐られても、メンタルブレイク起こす可能性が高いか……)
俺は中身の計算機を弾き、石を彼に投げ渡した。
「好きにしなさい。……ただし、お土産はいらないわよ」
「……ッ! 感謝、致します!」
ガイルは石を握りしめ、深く頭を下げた。
次の瞬間、彼は青い光に包まれ、その場から掻き消えた。
◇
帝都、ダンジョン入り口。
転移したガイルの視界に、懐かしい帝都の夜景が広がる。
だが、感傷に浸っている時間はない。
残り時間は119分。
(走れ……! 北までは馬でも数日かかる。だが、あの男なら!)
ガイルは裏路地を疾走した。
全力疾走で飛び込んだのは、スラム街の奥にある薄汚い酒場。
彼はカウンターの奥にいた、元部下の「闇の運び屋」の胸ぐらを掴み上げた。
「北へ飛ばせ! 今すぐだ!」
「た、隊長!? 生きてたんですか……って、無茶ですよ! 北の国境までなんて、俺の魔力が空になっちまう!」
「命以外なら何でもくれてやる! だから頼む、送ってくれッ!」
ガイルの鬼気迫る形相。血走った目。
運び屋は息を呑み、震えながら頷いた。
限界まで魔力を注ぎ込んだ、特大の転移術式。
視界が歪む。内臓が裏返るような浮遊感。
バシュッ!!
空間が弾け、ガイルの体は北の果てへと弾き飛ばされた。
◇
ヒュオオオオオオオ……。
転移した瞬間、鼓膜を打ったのは、死者のような風の音だけだった。
ガイルが目を開ける。
「……あぁ……」
そこは、白と赤の地獄だった。
雪原は一面の血で染まり、見渡す限りアンデッドの残骸が散らばっている。
そして、その中心には――巨大なクレーター。
何もない。
騎士団の旗も。兵士たちの遺体すらも。
すべてが消滅していた。
報告は真実だった。
ゼス将軍は、自らの命を犠牲にして、この地ごと敵を焼き払ったのだ。
ガイルはその場に膝をつき、血の混じった雪を握りしめた。
指の感覚がない。心臓が凍りついていくようだ。
「……いい景色でしょう?」
頭上から、鈴を転がすような無邪気な声が降ってきた。
ガイルが弾かれたように顔を上げる。
クレーターの縁。
そこに、喪服のようなドレスを着た少女が座っていた。
その傍らには、青白い肌をした全裸の青年が、虚ろな目で立っている。
「……貴様か。この惨状を引き起こした元凶は」
ガイルが低い声で問う。
少女は退屈そうに頬杖をつき、ゆっくりと視線をガイルに向けた。
「うん、そうだよ。……あ、キミ。この間の雪原にいた『ネズミさん』だ」
少女――リリィは、悪びれる様子もなく微笑んだ。
「また覗きに来たの? 物好きだねぇ。もう何もないよ? ボクの新しいおもちゃ(ネロ)のテストも終わっちゃったし」
リリィが隣の青年――ネロの髪を撫でる。
ガイルの視線が、ネロの右手に吸い寄せられた。
彼が握っている、刃こぼれだらけの大剣。
その柄に刻まれた、誇り高き『黄金の獅子』の紋章。
――ゼス将軍の愛剣だ。
ブチッ。
ガイルの脳内で、理性の弦が焼き切れた。
「……その薄汚い手で。剣に、触れるなァッ!!」
ガイルは地を蹴った。
殺意のままに双剣を抜き、リリィへと突撃する――と見せかけ、その姿が雪煙の中に消えた。
「――遅い」
次の瞬間、ガイルはネロの背後(死角)に出現していた。
帝国暗殺術『影走り』。
視覚ではなく、相手の意識の隙間を縫って接近する必殺の歩法。
双剣が、ネロの延髄を刈り取るべく交差する。
「ネロ、後ろ」
リリィの気の抜けた指示。
ネロは振り返りもしなかった。
ただ、背中に目がついているかのような正確さで、大剣を背後へ回し、ガイルの斬撃を受け止めたのだ。
ガギィンッ!!
「なッ……!? 見ずに防いだだと!?」
ガイルが驚愕に目を見開く。
アンデッド特有の遅さがない。
これは『剣聖アルガン』が生前持っていたとされる「心眼」
――殺気のみを感知して防御する達人の技だ。
「チッ、ならば速さで崩す……!」
ガイルはバックステップで距離を取り、即座に再加速した。
前後左右、あらゆる角度からフェイントを織り交ぜた高速連撃。
雪原に無数の残像が生まれるほどの神速。
キンッ! ギィンッ! ガガガガガッ!!
だが、通じない。
ネロは大剣を盾のように構え、最小限の動きですべてを弾き返す。
それどころか、防御の合間に放たれる「蹴り」や「体当たり」の一撃一撃が、空気を震わせるほど重い。
「ぐぅッ! なんだこのデタラメな出力は……ッ!」
技は剣聖。力は将軍。
ガイルの刃は皮膚一枚切り裂けず、逆に剣を受けるたびに、ガイルの手首が悲鳴を上げる。
「あはは! 無駄だよネズミさん。ネロは最高の素材で作ったんだから」
リリィが退屈そうにあくびをする。
「アルガンの『技』に、あいつの『筋力』を上乗せしてるんだよ?小手先の技術じゃ、傷ひとつつけられないってば」
「……技と、力だと……?」
ガイルの動きが一瞬止まる。
その隙を、戦闘人形は見逃さなかった。
ブォンッ!!
大剣が横薙ぎに振るわれる。
単純な暴力。
だが、回避不能なタイミングと速度。
「しまっ――」
ガイルは咄嗟に双剣をクロスさせて防御するが、それはトラックに正面衝突されたようなものだった。
ドガァッ!!
防いだ双剣ごと弾き飛ばされる。
ガイルの身体は枯れ枝のように雪原を転がり、岩に激突して止まった。
「が、はっ……!」
口から血の塊が溢れる。
肋骨が数本イカれた感覚がある。
圧倒的だった。
「影」としての技術が、純粋な「スペックの暴力」の前に無力化されたのだ。
「あーあ。もう壊れちゃった? つまんないの」
リリィが冷ややかな目で見下ろす。
ガイルは震える手で口元の血を拭い、ゆらりと立ち上がった。
その目から、焦燥が消えていた。
あるのは、底なしの暗い決意だけ。
「……影、か。そうだな」
ガイルは、ボロボロになった上着を掴み、乱暴に脱ぎ捨てた。
バサァッ……。
雪の上に落ちた上着。
露わになったのは、彼の上半身。
鍛え上げられた肉体。
そして――右腕。
通常、紋章は「手の甲」にのみ現れる。
魔族であるリリィでさえ例外ではない。
だが、ガイルのそれは違った。
手首から始まり、肘、二の腕、そして心臓に近い肩口に至るまで。
びっしりと、呪いのような黒い幾何学模様が皮膚を侵食していたのだ。
「……なに、それ」
リリィの笑顔が凍りつく。
彼女は初めて警戒の色を見せ、杖を構えてネロを自分の前へ移動させた。
「手の甲だけじゃない……心臓まで繋がってるの? キミ、人間じゃないの?」
「さあな。……帝国の『実験体』とでも呼んでくれ」
ガイルが、自身の秘孔を突くように、右腕の紋章に指を這わせた。
「――限定解除。ファースト解放」
ドクンッ!!
ガイルの心臓が、早鐘のように爆ぜた。
紋章が赤熱し、ガイルの全身の皮膚が、茹で上がったように赤黒く変色する。
シュウゥゥゥゥゥッ……!!
全身の毛穴から、汗が瞬時に蒸発し、白い蒸気となって噴き出した。
筋肉が極限まで圧縮され、鋼鉄のワイヤーのように引き締まっていく。
脳のリミッターを外し、筋繊維がちぎれる限界を超えて出力を回す。
魔力を燃料にして加速する戦闘形態。
ガイルが構える。
ただそれだけで、周囲の空間が熱で揺らぎ、足元の雪が一瞬で消滅した。
「待たせたな、化け物ども」
ガイルの声が、二重に重なって響く。
「ここからは――『戦争』だ」
リリィが結界を張る。
ネロが剣を構える。
本気の殺し合いが始まる――その瞬間。
ガイルが姿を消した。 否、速すぎる。
ドンッ!!
遅れて衝撃音が響く。
踏み込んだガイルの拳が、ネロの顔面を捉える寸前まで迫っていた。
「――砕けろォォォッ!!」
必殺の一撃。
当たれば粉砕必至。帝国の歴史すら変えうる一撃。
だが。
ピロン♪
無機質な電子音が、ガイルの耳元で鳴った。
【残り時間:00:00】
「……あ?」
ヒュンッ。
ガイルの姿が、かき消えた。
拳がネロに触れる寸前、青い光に包まれ、その質量ごと別次元へと転送されたのだ。
ドォォォォォォンッ!!!
だが、次の瞬間。
彼女の身体が、ゾクリと震えた。
恐怖ではない。
背筋を駆け上がったのは、極上の獲物を見つけた時のような、痺れるような歓喜。
「……あはっ」
リリィの瞳孔が開く。
網膜に焼き付いているのは、あの赤い肌。噴き出す蒸気。
ただのネズミだと思っていた男が見せた、生物としての限界を超えたあの輝き。
――欲しい。
ネロ(死体)にはない、あの煮えたぎるような「生」のエネルギーをもっと見てみたい。
壊してみたい。中身を暴いて、ボクだけのモノにしたい。
(……いい玩具になりそう。あいつの魔力波長は覚えた。……絶対に逃がさない!!)
リリィは歪んだ笑みを浮かべ、舌なめずりをした。
もう、興味本位の偵察じゃない。
これは「狩り」だ。
「いくわよ、ネロ。――あいつを捕まえに」
ネロは無言で頷き、主と共に消えた獲物の気配を追って転移魔法を唱え始めた。
◇
一方、ダンジョン第10層。
ドガアアアアアンッ!!!
テントの横にある頑丈な岩盤が、凄まじい衝撃で粉砕された。
砂煙の中から現れたのは、全身から高熱の蒸気を噴き上げ、肌を赤黒く染めたガイルだった。
「うおおおおおおッ!! 死ねェェェェッ!! ……あ?」
拳を突き出したまま、ガイルは固まった。
充血した目。焼き切れそうな呼吸。
だが、目の前には雪原も魔王軍もいない。
あるのは、のんびりと茶を啜るレンと、ビビって箱に隠れたパンドラだけ。
「……騒がしいわね。帰ってきたの?」
レンは、ガイルの異様な姿――限界突破した肉体を見ても眉一つ動かさなかった。
まるで、泥遊びをしてきた大型犬を見るような目だ。
「レ、レン様……!? 俺は……くそッ! あと一歩だったのに! あの化け物を、この手で……ッ!」
ガイルが地面を殴りつける。
行き場のない怒りと、暴走したエネルギーが燻っている。
「……暑苦しい」
レンはため息をつき、テーブルの上を指差した。
「暴れる元気があるなら、食えるわよね?」
そこには、場違いなほど豪華な「桶」が置かれていた。
『特上寿司桶・極』
艶やかなマグロの大トロ、黄金色のウニ、輝くイクラ。
ダンジョンの無機質な空間に、極東の宝石箱が鎮座している。
「……す、し……?」
ガイルの動きが止まる。
肉体強化の代償。それは、爆発的なエネルギー枯渇だ。
怒りが頂点に達していた脳が、突如として「猛烈な飢餓感」に上書きされた。
グゥゥゥゥゥゥ……ッ!!
腹の虫が、雷鳴のように響いた。
「……座んなさい。死者の分まで、生きているお前が食うのよ」
ガイルはフラフラと席につき、震える手で大トロを掴んだ。
口に入れる。
人肌の温度で脂が溶け、濃厚な旨味が脳髄を直撃する。
「……うめぇ……」
ガイルの目から、涙が溢れ出した。
悔しさか、安堵か、それともワサビが効きすぎたのか。
「ちくしょう……うめぇ……!」
「……不味くなるわよ、涙が入ると」
そういいながらレンはガイルの肩に手をかけて、例のティッシュを差し出した。
彼は泣きながら、寿司を貪り食った。
ガイルの肌の色が元へと戻っていく。
その背中には、もう迷いはない。
いつか必ず、あの雪原へ戻り――決着をつけるという、新たな誓いだけが残った。




