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元女王様Vアバター(中身♂)の皇女、奈落で配信中。~視聴者は最新VR神ゲーだと思ってますが、投げ銭がないと死んでしまいます~  作者:


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18/23

第18話:灼熱の砂漠は『サイクロン掃除機』で空間ごと隔離(クリーン)する

「……暑いわね。品性がないわ、この日差し」


 第7層『渇きの砂丘』。

 第6層の樹海を抜け、階段を降りた先に広がっていたのは、視界を黄金色に埋め尽くす無限の砂漠だった。

 そして、足を踏み入れた瞬間、俺たちを襲ったのは、呼吸すら躊躇ためらわれるほどの熱波。


 ジリジリと肌を焼く感覚。

 上を見上げれば、暴力的なまでに照りつける太陽が、俺たちを干物にしようと殺意を降り注いでいる。


(うっわ、最悪……。紫外線やばすぎだろこれ。お肌が死ぬ)


 俺の中身はアラサーのおっさんだが、今の肉体は「帝国の至宝」と謳われた美少女皇女だ。

 日焼けによるシミ・ソバカス、そして肌の乾燥は、今後の女王としての威厳(タレント生命)に関わる重大な損失リスクだ。

 こんな過酷な環境で、無防備に肌を晒すなんて自殺行為に等しい。


 俺は即座に『Amazone』を展開。[美容・コスメ > 日焼け止め] カテゴリから、迷わず「最強の一品」を選び出した。


 『最高級UVカットクリーム(SPF50+ PA++++・ウォータープルーフ・ダイヤモンド微粒子配合)』

 『貴婦人のレース日傘(完全遮光100%・晴雨兼用)』


 しめて¥12,800。

 戦闘用アイテムでもないのに痛い出費だが、美容への投資は必要経費だ。


 ポシュッ。

 虚空から小箱が落ちてくる。

 俺はバサリと日傘を開き、その濃い影の中に身を隠した。そして、チューブから真珠のようなクリームを出し、腕やデコルテに念入りに塗りたくる。


「……リーナ。貴女も塗っておきなさい。肌が焼けたら、みすぼらしく見えるわよ」


「は、はいっ! ありがとうございます! ……んんっ!?」


 渡されたクリームを頬に塗った瞬間、リーナが目を見開いた。


「な、んですかこの滑らかな聖油は……! 塗った瞬間に、肌の表面に『不可視の光の盾』が展開されました! しかも、太陽の光を浴びると微粒子が輝いて……これが『太陽神の加護サン・バリア』を液状化したものですか!?」


「ただの日焼け止めよ。……ほら、首の後ろも忘れずに」


「ひゃうっ! れ、レン様に塗っていただくなんて……恐悦至極です……!」


 キャッキャと女子とおっさんが美容タイムを楽しんでいる一方。

 新入りのガイルは――。


「…………」


 黒いアサシン装束のまま、直立不動で待機していた。

 黒は熱を吸収する。しかも全身を覆う隠密装備だ。

 サウナスーツを着て砂漠に立っているようなものだろう。汗が滝のように流れ、顔が茹でダコのように赤くなっている。


 だが、彼は微動だにしない。

 俺たちの美容タイムが終わるのを、忠実な犬のように待っている。

 視線を明後日の方向に向けているのは、「着替えや化粧を直視したら殺される」という学習の成果だろうか。


『ガイルwww』

『熱中症になるぞ』

『日傘さしてる女王様、絵になりすぎ』

『ここダンジョンだぞw ビーチじゃないぞ』

『ガイルに水やってくれw 死ぬぞw』


 コメント欄が同情と笑いで埋まる。


 ¥1,000『日傘代』

 ¥500『ガイルへの給水代』


 美容枠で小銭を稼いだところで、俺は日傘をくるりと優雅に回した。


「行くわよ。……暑苦しい場所は嫌いなの。さっさと抜けるわ」


 ◇

 ゴオオオオオオッ……!


 突如、無風だったはずの砂丘で、砂嵐が巻き起こった。

 いや、自然現象ではない。

 舞い上がった砂が意思を持ったように渦を巻き、凝縮し、俺たちの前で巨大な「人の形」を成したのだ。


「グオオオオオオォォォ……ッ!」


 空洞の目を持つ、砂だけで構成された中身はすかすかの巨人。

 その体躯は5メートルを超え、腕を振るうだけで砂嵐が発生する。


(うわっ、デカ!? 無理無理、実体のない砂とかどうやって倒すんだよ!? 詰んだか!?)


 俺が内心で悲鳴を上げた、その時。

 視界のコメント欄が流れ始めた。


『こいつは【サンド・ストーカー】だってよ』

『こいつ、砂の中に極小の「コア」が弱点みたい』

『ただコアが移動しているな……これ』


(……なるほど。中身コアを叩くのが正攻法ってわけか)


 俺はコメントを見て頷いた。

 だが、次の瞬間。


「チッ、出たな! ――下がっていろ、レン様!」


 ガイルが吠えた。

 彼は短剣を抜き、熱中症寸前の体とは思えない速度で飛び出した。

 だが、俺の目にはもう「答え」が見えている。


「待ちなさい、ガイル! 剣じゃ無駄よ!」


 俺の制止も虚しく、ガイルの刃が魔人の首を斬り飛ばす。

 ザラァ……。

 斬り落とされた首は、地面に落ちる前に霧散し、再び本体へと吸い寄せられて再生した。


「なッ……!? 再生だとッ!?」


 ガイルが驚愕する。

 そして、彼が暴れ回ったせいで、舞い上がった大量の砂塵が風に乗って俺の方へ飛んできた。


 バサァッ……!  パラパラ……。


 俺の頬に。

 塗りたての、1本数千円もする高級UVクリームの上に。

 ジャリジャリした汚い砂が付着する。


「……あ」


 俺の脳内で、何かがブチ切れる音がした。


(ベタつくクリームの上に……砂……だと?)


 経験あるだろうか。

 日焼け止めを塗った直後に、砂浜で転んだ時のあの不快感を。

 取れない。擦ると痛い。

 そして何より、美しくない。

 不快指数、限界突破。


 ふざけるな。

 普通に戦ってたら、辺り一面が砂だらけになって、私のドレスも髪も台無しじゃないか。


(散らかったゴミを……撒き散らす馬鹿がどこにいる)


 俺は日傘をリーナに預け、冷徹な目でガイルと魔人を睨みつけた。


「……ガイル。ほこりが舞うわ。やめなさい」


「し、しかしレン様! こいつを倒さねば先に……!」


「倒す? 違うわね」


 俺は『Amazone』のウィンドウを乱暴に叩いた。

 ゴミは、撒き散らすんじゃない。


 ――捨てるのが常識だろう?


 俺が購入したのは、[業務用・清掃機器] カテゴリの最強モデル。


 『業務用・背負い式コードレスクリーナー(ハイパワー・サイクロン式)』

 キャッチコピー:『微細なチリも逃さない』『吸引力が衰えない』=『一度捕らえたら絶対逃がさない』


 ズズズンッ……!


 巨大なタンクとモーターがついた本体が、砂の上に重々しく落下し、砂煙を上げる。

 その無骨で威圧的なフォルムに、ガイルが目をぱちくりさせた。


「……レン様? これは?」


「ガイル、背中を貸しなさい」


「は、はい!? ……ぐっ!?」


 俺は有無を言わさず、20kg近いモーターユニットをガイルの背中に押し付けた。

 予期せぬ重量に、元暗殺者の膝がガクンと折れそうになる。

 だが、俺は構わず固定用のベルトを彼の胸元と腰に回し、ギリギリと容赦なく締め上げた。


「お、重いッ!? 鎧より重いぞこれ……!?」


「動かないで。重心がズレるわ」


 俺はカチリとバックルを留め、そこから伸びる「軽量ノズル」だけを優雅に手に取った。

 これで彼は逃げられない。

 完全な「動力源兼・台座」の完成だ。

 俺は指揮棒のようにノズルを構え、ふぅ、と前髪を吹いた。


「準備完了よ。――お掃除の時間だわ」


 俺はノズルの先端を、再生しようとしている砂魔人に向けた。

 手元のスイッチを『強(TURBO)』にスライドさせる。


 キュイイイイイイイイイーンッ!!!!


 甲高いモーター音が砂漠に響き渡る。

 その瞬間、ノズルの先にあらゆる物理法則を無視した「吸引の渦」が発生した。


「ギ、ギギッ!? ギャアアアアア!?」


 砂魔人が悲鳴を上げる。

 体を構成する砂が、強制的に剥ぎ取られ、ノズルの中へと吸い込まれていく。

 逃げようと拡散しても無駄だ。

 『微細なチリも逃さない』というAmazoneの概念が、砂粒一つ残さずロックオンしている。


「あはっ! すごい吸引力! 気持ちいいくらい吸えるわ!」


 俺はノズルを指揮棒のように振り回し、魔人を根こそぎ解体していく。

 だが、その背後で――異変は起きていた。


 ブォォン……!

 掃除機の排気口から、生温かい風が漏れ始める。

 最初は微風だった。だが、砂を吸い込めば吸い込むほど、モーターは唸りを上げ、熱変換された空気は凶器へと変わっていく。


 ブォォォォォォォォッ!!!


「……っ!? あ、熱ッ!? 熱いッ! なんだこの熱風はァッ!?」


 ガイルが絶叫した。

 背負った機械の真上

 ――ちょうどガイルのうなじから後頭部にかけて、ドライヤーの親玉のような乾燥熱風が直撃し続けているのだ。

 しかも、吸い込んだ砂塵の一部がフィルターを抜け、微細な粒子となって彼に浴びせかけられる。


「ぐ、ぅぅぅぅ……ッ! 顔が! 顔が焼けるッ!!」


 逃げようにも、ベルトがきつすぎて外れない。

 彼は顔をしかめ、脂汗を垂れ流しながら、それでも必死に叫んだ。


「耐えます! ぐぅッ……! これはレン様が魔法を行使するための『排熱リスク』……! 俺が耐えれば、レン様は無傷で勝てるんだぁぁッ!」


 勝手に大声で納得し、ガイルは歯を食いしばって仁王立ちを続けた。

 涙目になりながらも、決して膝をつかないその姿は、まさに「タンク」の鑑。

 いや、ただの「人間室外機」だ。


『ガイルwwwww』

『排気直撃で草』

『人間室外機www』

『扱いが雑すぎるw』

『これが女王と下僕の正しい関係』

『頑張れガイル! お前がNo.1だ!』


 ¥3,000『ガイルへの治療費』

 ¥5,000『ナイス吸引!』


 数分後。

 砂魔人は完全に消滅し、俺の手元のダストカップには、遠心分離で圧縮され、カチカチに固まった「砂の塊」だけが残った。


 ポコンッ。

 蓋を開けて、塊を捨てる。


「はい、パンドラ。おやつよ」


 パンドラがパクっと砂団子を空中でキャッチし、美味しそうに咀嚼した。

 どうやら「きな粉団子」のような味がするらしい。


 ◇


 敵を一掃(掃除)し、静けさを取り戻した砂漠。

 だが、暑さは変わらない。

 ガイルは排気熱と砂埃で、きな粉餅のようになって砂の上に大の字で倒れている。


「……ふぅ。喉が渇いたわね」


 俺はテントの日陰に入り、とっておきの「納涼アイテム」を取り出した。


 『電動ふわふわかき氷器コードレス

 『純氷ブロック』

 『シロップ(ブルーハワイ)』


 シャリシャリシャリ……。

 涼しげな音が響く。山盛りの氷に、鮮やかな青いシロップをたっぷりとかける。

 その鮮烈な青色は、砂漠の景色の中で異様なほどに映えた。


「……どうぞ、リーナ。ガイルも、生きてるなら食べなさい」


 俺は二人にかき氷を手渡した。

 自分の一杯を口に運ぶ。


「……んッ。キーンとするわね」


 冷たい。甘い。

 灼熱の地獄で食べる氷菓子の、なんと罪深い味か。

 俺は口の中で氷を溶かし、その冷気が喉を通って胃袋へ落ちていく感覚をじっくりと味わった。

 体内に籠もっていた熱が、スゥーッと引いていく。


「はふっ、んっ……! はうぅ……!」


 隣では、リーナがスプーンを口に含んだまま、震えていた。

 あまりの冷たさと甘さに、言葉が出ないらしい。

 彼女はうっとりとした目で空を仰ぎ、ほう、と白い息を吐いた。


「こ、氷の宝石……! 口の中で冬が爆発しました……!」


 一方のガイルも、震える手でカップを握りしめていた。

 一口食べるたびに、ビクンと肩を跳ねさせ、こめかみを押さえている。


「ぐぅ……! 頭が……痛い……! これが『氷の魔力』の代償か……」


「ただの知覚過敏よ。急いで食べるから」


 俺たちはしばらく無言で、サクサクと氷を崩す音だけを響かせた。

 やがて、全員のカップが空になる頃。

 俺は口元のシロップをナプキンで拭い、何気なくリーナの顔を覗き込んだ。


「……あら」


 俺はクスクスと笑った。


「見て、リーナ。貴女の舌、すごい色よ?」


「えっ? 私の舌、ですか?」


 リーナが慌てて手鏡を取り出し、自分の顔を映す。

 そこには、毒々しいほど鮮やかな「青色」に染まった舌が映っていた。


「ひゃあ!? あ、青いです!?」


「ふふ、私もよ。……見て」


 俺は鏡に向かって、小さく「ベーッ」と舌を出してみせた。

 俺のアバターの美貌と、リーナのあどけない表情。その口元が、お揃いの毒々しい青に染まった舌が映っていた。

 その様子はどこか背徳的で、妖艶ですらあった。


 だが、それを見たガイルが飛び上がった。


 ガタッ!


「なッ……!? れ、レン様! リーナ! 舌が……青く変色しているぞ!?」


 ガイルは血相を変えて俺の口元を指差した。

 その顔は、魔物の襲撃を受けた時よりも深刻そうだ。


「ま、まさか毒か!? いや、あのポーションの副作用で……?」


「……違うわよ。ただの色素――」


「わかったぞ!」


 俺の言葉を遮り、ガイルが戦慄の声を上げた。


「『魔力汚染』だ! 高純度の水属性の魔力マナを、肉体が処理しきれずに色が染み出したんだ! なんてことだ……これほど濃密な魔力を、平然と摂取していたというのか……!」


 ガイルが勝手に戦慄している。

 そして、恐る恐る鏡で自分の舌を確認し、自分も青くなっているのを見て――。


「くっ……俺の体も、魔力に蝕まれていく……。だが、力がみなぎるのを感じるぞ……!」


(ただの糖分による血糖値上昇ではないのか?)


 俺は冷めた目で思ったが、訂正はしなかった。

 ガイルは自分の青い舌を見て、ニヤリと不敵に笑った。どうやら「魔力を取り込んだ俺TUEEE」モードに入ったらしい。

 幸せな奴だ。


『勘違い乙www』

『ブルーハワイで魔力汚染は草』

『中二病発症してるw』

『舌見せ合うレン様かわよ……』

『平和だなあ(白目)』


 こうして、俺たちは灼熱の第7層を、文明の風(排気ガス)と氷の魔力(着色料)で乗り越えたのだった。


 ◇


 かき氷を食べ終え、俺たちが片付けをしている時だった。


 ヒュンッ……!


 どこからともなく、一羽の「黒い影」が飛来した。

 鳥ではない。魔力で形作られた、半透明の「漆黒のカラス」だ。

 それは一直線にガイルの元へと向かい、彼の肩に留まると同時に――砂のように崩れ落ちた。


「……ッ!? これは……『影鴉』の緊急伝令ブラック・メールか!」


 ガイルが顔色を変え、崩れた影の粒子をてのひらで受け止める。

 それは、隠密部隊の斥候が、死の間際に全魔力を込めて放つ「遺言」の伝達術式。

 受け取り手である元隊長ガイルの耳元でだけ、その最期の声が再生される。


『――隊長……ッ! ほ、報告します……!』


 ノイズ混じりの、悲痛な叫び。

 ガイルの鼓膜を、部下の断末魔が叩く。


『北の防衛線が……崩壊しました。白狼騎士団……全滅。そして……我らがゼス将軍が……討ち死にされました……!』


「――なッ!?」


 ガイルの息が止まった。


『魔王軍の幹部……そして、英雄アルガンの死体……。奴らは化け物です……! もはや、帝国に止めるすべはありません……!隊長……どうか……希望を……!』


 フッ……。

 声が途絶え、掌の黒い粒子が風にさらわれて消滅した。


「ゼス様……馬鹿な……」


 ガイルはその場に膝をつき、肩を震わせた。

 張り詰めていた糸が切れ、古傷だらけの顔を歪めて、ボロボロと涙を流す。

 それは、主を失った忠臣の、魂の慟哭どうこくだった。


「うぅ……ああぁ……帝国は……もう……」


「……」


 俺は、その様子を日傘の下から無言で見下ろしていた。


(……泣かせておけ、と言いたいところだが)


 俺(中身)は、日傘の柄を強く握りしめた。

 わかる。痛いほどわかるぞ、ガイル。

 尊敬する信じていた道標みちしるべ

 それを失う喪失感は、男にとって身を裂かれるほどの痛みだ。


 俺だって、もし「Amazone」がサービス終了したら、たぶん同じくらい泣く。


 だが――ここで一緒に泣いてやるのは、優しさじゃない。

 俺たちは「下」へ進むのだ。

 立ち止まっている暇はない。


(……男が人前で涙を見せるのは、一生に三度だけでいいんだよ)


 俺は『Amazone』を操作し、ある商品をカートに入れた。

 安っぽいポケットティッシュじゃない。

 男の涙を拭うのにふさわしい、最高級の敬意アイテムだ。


 ポスッ。


 俺は届いた白い箱を、無造作にガイルの胸元へ放り投げた。


「……顔を拭きなさい。男が安易に液体(弱み)を垂れ流すんじゃないわよ」


 俺が投げたのは、『最高級ローションティッシュ "天使のエンジェル・ティアーズ

 皇族御用達と言われても信じてしまいそうな、神々しいパッケージの箱だ。


 ガイルは驚いて箱を受け取り、震える手で一枚を引き抜いた。


 シュッ……。


「……ッ!?」


 その瞬間、ガイルが目を見開き、ティッシュを持ったまま硬直した。

 まるで、信じられない聖遺物でも見たかのような顔だ。

 彼は震える手で、薄い紙の表面を指でなぞり、あろうことか鼻を近づけて匂いを嗅いでいる。


(……おい、何やってんだ。早く鼻をかめよ)


 俺が内心でツッコミを入れていると、ガイルがわなわなと唇を震わせた。


「こ、これは……紙ではない……? まるで女神の羽衣のように柔らかく、冷たく……。それに、この心安らぐ高貴な香木(白檀)の香りは……」


 ガイルが俺を見上げる。その目は、なぜか涙目から「崇拝」の目に変わっていた。


「レン様……。これは、『涙と共に過去を拭い去り、誇り高く在れ』という……貴女様の無言の『勅命メッセージ』なのですね……!」


(……いや、ただの保湿ティッシュなんだけど)


 俺の意図イケメンムーブ以上に、勝手に深読みしてくれているらしい。

 まあいい。立ち直るきっかけになるなら、誤解させたままにしておこう。


「……あぁ……ありがたき幸せ……!」


 ガイルはティッシュを押し頂き、涙を力強く拭った。

 そして、顔を上げた。

 その目には、もう迷いはない。宿るのは、恩義に報いようとする、静かで強靭な炎だ。


「……この涙、これにて封じます」


 ガイルは立ち上がり、鼻をかんだティッシュを捨てるどころか、箱ごと宝物のように懐へしまった。


「この命……必ずや、貴女の覇道のために使い切ることを、改めて誓いましょう」


(……ふん。いい顔になったじゃねえか)


 俺は内心でニヤリと笑い、あくまで女王として、冷ややかに日傘を回した。


「行くわよ。……私の背中、任せたわよ」


「はっ!!」


 俺たちは歩き出した。

 地上で始まった「終わり」の足音になど気づかぬふりをして、ただひたすらに奈落の底を目指して。

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