第10話:深淵の大水槽は『流体工学戦闘服(水着)』で優雅に遊覧(クルージング)する
「……ひぃ、冷たいっ……! 無理ですレン様、私、カナヅチで……!」
第5層『深淵の大水槽』といわれているらしい。
階段を降りた先は、天井まで完全に水没した蒼い世界だった。
水際で、リーナがガタガタと震えながら俺の袖を掴んでいる。
「落ち着きなさい。……それより、問題は服ね」
俺は自分のドレスと、リーナの重そうなローブを見比べた。
このまま水に入れば、水分を吸って鉛のように重くなるだろう。
何より、お気に入りのドレスが海水で傷むのは我慢ならない。
「脱ぐわよ」
「は、はい……え? い、今なんと?」
「脱ぐと言ったの。水に入るなら、正装に着替えるのがマナーでしょう?」
俺は『Amazone』を開き、必要なアイテムをカートに放り込んだ。
配信画面の向こうで、リスナーたちが『ざわ……』と色めき立つ気配がする。
いいわよ。ここまで付いてきた愚民たちへの、ささやかな福利厚生だ。
俺が購入したのは、この3点だ。
『海外セレブ愛用・ハイネックビキニ(グロスブラック・ゴールド金具付き)』
『学校指定・旧型スクール水着(紺色・ゼッケン付き)』
『舞台用・最強メイクキープミスト(ウォータープルーフ)』
合計:¥21,000
「パンドラ、荷物をお願い!」
俺はドレスを脱ぎ捨て、パンドラに放り込む。
そして、届いたばかりの黒いビキニを素肌に纏い、仕上げに顔へミストを吹きかけた。
これで完璧。どんな激流でも、私のアイラインは1ミリも滲まない。
「さあ、リーナ。貴女はこっちを着なさい」
「ひゃうっ!? こ、これ……布面積が少なすぎませんか!? 肌にピッタリ張り付いて……これじゃ体のラインが丸見えです!」
リーナが紺色のスク水を押し付けられ、顔を真っ赤にしている。
だが、彼女はおずおずと、その化学繊維の生地を指で摘むと――ハッとした顔をした。
「……っ!? なんですか、この滑らかな手触りは……? 絹よりも強く、水竜の革よりも薄い……? それに、この胸元の『2-A』という謎の暗号……」
リーナの目の色が、乙女から「学者」のそれに変わる。
「ま、まさか……水の抵抗を極限までゼロにするための、『工学戦闘服』!? 防御力を捨ててまで機動性を追求した結果が、この形状だというのですか……!」
「……まあ、そんなところよ(ただの体育着だけど)」
リーナは「なんて高度な設計思想……!」と震えた手つきでスク水に着替えた。
ピチピチの紺色水着に、白い肌。
本人は「最強装備」だと思って真顔で着ているのが、最高にシュールだ。
『うおおおおお! スク水リーナちゃん!』
『戦闘服(スク水)www』
『レン様スタイル良すぎだろ! 黒ビキニ似合いすぎ』
『防水メイクへのこだわりがプロのそれ』
『投げ銭止まらんwww』
画面がピンク色のコメントと高額スパチャで埋め尽くされる。
よし、稼ぎ時だ。
「行くわよ」
俺は[マリンスポーツ] カテゴリから購入した『最新型・電動水中スクーター(ダブルプロペラ搭載)』を水面に浮かべた。
「――掴まってなさい」
俺がメインハンドルを握り、リーナを後ろに乗せる。
水着姿の肌と肌が密着する。
「こうですか……? ひゃうっ、冷たっ!」
スイッチ・オン。
ギュイイイイイーンッ!!!
静寂な水中に、モーターの回転音が響き渡る。
俺たちの体は弾丸のように加速し、水の中を一気に切り裂いて進んだ。
水着(戦闘服)だからこその開放感。
パンドラもまんざらではなさそうだ。
その時。
腰にしがみついていたリーナが、不意に俺の横腹を強く掴んだ。
「んぐっ! ぶくぶくぶくっ!(レ、レン様! あれ! あれを!)」
彼女がマスク越しに、真っ青な顔で前方の暗がりを指差している。
何事かと思い視線を向けると、リーナが必死に口を動かして何かを伝えようとしていた。
水中で声は聞こえないが、その必死な形相と口の動きで分かった。
どうやら、「出会ったら終わりの、この階層最悪の捕食者」が出たらしい。
ギロリ。
リーナが指差す先から、凶悪な牙を持つ巨大な影がヌッと姿を現した。
全長10メートル超。古代の巨鮫だ。
だが、今の俺は機嫌がいい。 せっかくのクルージングだ。邪魔はさせない。
(……野蛮な魚ね。私のプロポーションに見惚れるのは許可するけど、触れるのは死罪よ)
俺は左手首の『サメ避けバンド』を起動した。
キィィィィィン……!
不快な電磁波が放たれた瞬間、メガロドンが「ビクッ!」と震え、脱兎のごとく逃げ出した。
『サメ逃げたwww』
『水着の女神がサメ追い回してる』
『睨んだだけで撃退とか魔王かよ』
コメント欄が爆笑と称賛で埋まる中、俺たちは珊瑚礁の上を優雅に滑空し、美しい熱帯魚の群れを追い越していった。
水温よし。透明度よし。映えよし。
これこそが、女王にふさわしい「ダンジョン攻略」だ。
「……ふふ。悪くない休日ね」
俺は水中で、完璧にキープされたメイクのまま、カメラに向かってウインクを決めた。




