第1話:処刑された皇女は、奈落の底で『Amazone』を開封(アンボックス)する
『――というわけで。これにて全アイテムコンプリート。このクソゲー、「クリア」ってことでいいか? 愚民ども』
深夜の自室。
俺はマイクに向かって、作り込んだ「女声」で囁いた。
モニターのコメント欄が、滝のような勢いで流れていく。
『うおおおおおお!』
『女王様最強! 女王様最強!』
『80時間耐久配信とか頭おかしい(褒め言葉)』
『一生ついていきます!』
俺の職業は、V:LIVER。
アバターの名は「クリムゾン・クイーン」。
ドSで高飛車、絶対的な支配者という「設定」で、登録者数100万人を抱えるトップライバーだ。
だが、画面の向こうにいる俺自身は――ただの、くたびれた独身男だ。
部屋にはエナジードリンクの空き缶が散乱し、三日風呂に入っていない体は限界を迎えていた。
(……はぁ。しんど。もう喋る気力もねぇよ)
内心で弱音を吐きながら、重たい瞼をこする。
だが、配信中は絶対に崩さない。それがプロだ。俺は唇の端を吊り上げ、最後の決め台詞を放つ。
『ふん。他愛もないわね。
……さて、そろそろおネムの時間よ。消えなさい』
プツン。
配信終了ボタンをクリックすると同時に、「ON AIR」のランプが消えた。
俺は糸が切れたように、デスクに突っ伏した。
「……あー……死ぬ……」
やりきった。
このゲームの「全アイテム収集」という狂気の企画。誰にも真似できない偉業。
コレクターとしての執念と、配信者としての意地だけで走り抜けた。
ドクン。
心臓が、嫌な音を立てて跳ねる。
視界がブラックアウトしていく。
(ああ、これ……過労死ってやつか?)
薄れゆく意識の中で、俺は思った。
悔いはない。伝説は作った。
ただ、もし次があるなら――。
俺は、俺自身でいるときよりも、「女王」を演じているときの方が生きていた。
虚構の皮を被り、誰かを演じて、熱狂を生み出す。
それだけが、空っぽな俺を満たす唯一の生存証明だった。
だから、願わくば。
もっと、バーチャル(虚構)じゃない。
ヒリつくような「リアル」な世界で。
俺のこの「演技」と「収集癖」を、命がけで発揮できる場所に行きたい。
そんな強欲な未練を抱いたまま、俺の意識は途絶えた。
◇
次に意識が浮上したとき、俺は――いや、「俺」の体は、冷たい大理石の床に跪かされていた。
(……え? ここ、どこだ?)
顔を上げると、そこはシャンデリアが煌めく広間だった。
見下ろしてくる豪華な衣装の貴族たち。
そして正面には、玉座に座る一人の男。
夢か? それにしては、床の冷たさも、重苦しい空気もリアルすぎる。
混乱する頭に、突如として知らない記憶が流れ込んでくる。
ここは帝国。俺の名前はレン・ヴァーミリオン。
帝国の第7皇女であり――前世のアバター「クリムゾン・クイーン」に瓜二つの美少女だ。
(転生……したのか? ゲームの中じゃなくて、異世界に?)
状況を飲み込めないまま、玉座の男――父である皇帝が口を開いた。
「……判定は『空』。色も属性もない。皇族にあるまじき欠陥品だ」
宮廷神官の宣告が、冷ややかに響く。
俺の右手の甲には、透明な枠線だけが浮かんでいた。
周囲の兄や姉たちが、扇子で口元を隠し、クスクスと嘲笑う声が耳に刺さる。
「あらあら、お可哀想なレン」
「皇家の恥晒しめ」
(なんだこれ……。いきなり詰んでるじゃねえか)
俺は呆然とした。
せっかく転生したのに、無能判定?
しかも、実の親や兄弟からのこの敵意。背筋が凍るような悪意が、俺に向けられている。
皇帝が、汚物を見るような目で俺を見下ろした。
「皇族は象徴だ。感情で子を育てた記憶はない」
氷のような声。
そこにあるのは、親としての情などではない。
国家運営者としての、冷徹な計算のみだ。
「色なき紋章など、国家にとってただの枷でしかない。『奈落』へ捨ててこい。」
ざわっ、と広間が揺れる。
奈落。帝都の地下に広がる、未踏の巨大ダンジョン。
実質的な死刑宣告だ。
(嘘だろ……? 死ねってことか?)
一気に血の気が引く。
中身はただの一般人だ。
こんな理不尽な状況、耐えられるわけがない。
喉まで出かかった「助けて」という言葉を、必死に飲み込む。
だが。
周囲の騎士、貴族、皇帝。
数百人の視線が、一斉に俺に突き刺さった瞬間。
ゾクリ。
背筋に電流が走った。
この感覚。知ってる。
何千、何万という人間に見つめられ、品定めされる、このプレッシャー。
(……配信だ)
俺の脳が、勝手にそう認識した。
恐怖でガタガタ震える膝。今にも泣き出しそうな心。
だが、俺の長年の「配信者としての習性」が、無意識にスイッチを入れてしまった。
(見られている。なら、演じろ)
俺は震える足をドレスで隠し、優雅に立ち上がった。
腹に力を入れる。喉を開く。
慣れない女の体。だが、発声の仕方は魂に染み付いている。
(……この喉。声帯の形が違う。息の乗りが良すぎる……これ、私の“女王の声”だ)
確信した。
この体は、演じるために作られた最高の器だ。
俺は「レン(私)」になりきり、玉座の父に向かって、完璧な角度で「不敵な笑み」を向けた。
「……あら。あんな狭苦しい離宮から、広大な迷宮へお引越し?」
よく通る美声。
マイク乗り抜群のイケボで、私は煽った。
「感謝いたしますわ、お父様。 わたくし、ここの空気は澱んでいて肌に合いませんでしたの」
広間が凍りつく。
皇帝の顔が怒りで歪み、こめかみに青筋が浮かんだ。
「……貴様、余の慈悲を愚弄するか」
「慈悲? うふふ、冗談がお上手」
私は髪をかき上げ、冷徹な瞳で「敵」全員を見回した。
心臓はバックバクだ。冷や汗で背中がびっしょりだ。
だが、一度演じ始めたら止まれない。それがプロだ。
「せいぜい、今の玉座の座り心地を楽しんでらっしゃい。
――次に戻る時は、そこは私の椅子になっているでしょうから」
言ってやった。言っちゃったよオイ。
皇帝は顔を真っ赤にして、玉座の肘掛けを叩いた。
「連れ出せ! さっさと奈落へ突き落とせ!」
騎士たちに腕を掴まれ、引きずり出される。
これでいい。
惨めに泣いて死ぬバッドエンドより、呪詛を吐いて生存フラグを立てるトゥルールートへ。
(見てろよ、クソ運営。この無理ゲー、絶対クリアしてやるからな!)
こうして、皇女レンの「国盗り配信」は、最悪の追放イベントから幕を開けた。
◇
ヒュオオオオオッ……!
「ひぃぃぃぃッ!?」
誰も見ていない闇の中で、ようやく素の悲鳴が出る。
高い! 怖い! 死ぬ!
ドレスが風圧でバタつく。パンツが見えそうだが、そんなことを気にしている場合じゃない。
ドォォォンッ!!
衝撃。
俺は腐臭漂う「何か」の山の上に不時着した。
クッションになったのは、大量の生ゴミと――先客たちの死体。
「……っ、ぐ……ぅ……」
激痛。全身の骨が悲鳴を上げている。
手のひらに触れたのは、ぬるりとした不快な感触。
腐った肉だ。誰かの腕だ。蛆が湧いている。
(うっ……えぇ……マジかよ)
吐き気が込み上げる。
むせ返るような死臭。
ゲームじゃ匂いなんて再現されなかった。これは無理、リアルすぎる……!
ここはモニターの向こう側じゃない。死の匂いが充満する、本物の地獄だ。
ガサリ。
闇の奥から、その腐臭をさらに濃くしたような「何か」が這い出してくる。
紫色の毛並みを持つ巨大な狼だ。
牙からは何かの液体が滴り、地面をじゅうじゅうと溶かしている。
(うっわ、リアル……! なんだあの魔物!?)
本音は逃げ出したい。
だが、背後には崖。前には魔獣。
詰んだ。武器もない。魔法もない。
(ゲームなら「最初の雑魚」ってとこだろうけど、生身の俺には死神に見えるぞ……!)
死を確信した、その時。
カァッ……!
俺の右手の甲が、熱を持った。
「……え?」
見ると、「空」だと判定された透明な紋章が、脈打つように赤く輝き出していた。
まるで、空っぽだった器に、何かが流れ込んでくるように。
(な、なに!? これ、魔力反応……じゃない!?)
直後。
輝く紋章から、俺の視界に、見慣れたウィンドウがポップアップした。
【検索結果:魂の波長が一致するアカウント『クリムゾン・クイーン』を発見しました】
【同期しますか? YES / NO】
……は?
アカウント? 前世の?
一瞬、思考が停止する。
クリムゾン・クイーン。
それは俺が前世で使い、死んだはずのアバター名だ。
なぜ異世界で、そんなものが検出される?
(魂の波長……? 俺のアカウントが、異世界の魔力と適合したってことか!?)
ゲーマーの勘が囁いた。
「空」とは「無」ではない。
俺の魂という異質なデータを受け入れるための、空白のスロットだったのだと。
ウルフは待ってくれない。
俺は藁にもすがる思いで、「YES」を念じた。
ピロン♪
軽快な通知音。
次の瞬間、俺の視界に「コメント欄」が出現した。
『……?』
『え、通知きたんだけど』
『誤爆?』
『誰か乗っ取った?』
文字の滝。
日本語だ。見慣れた、前世のリスナーたちの反応だ。
彼らは俺が死んだことを知らないのか?
いや、あれからどれくらい時間が経っている?
混乱する。だが、一つだけ確かなことがある。
繋がった。
この地獄のようなダンジョンの底と、かつての平和な世界が。
そして――チャリンチャリンと、重なる音。
¥1,000『え、なにこれ』
¥500『テスト?』
投げ銭(DonateChat)通称:ドネチャ。
少額だが、総額が右上のカウンターに加算されていく。
【現在の残高:¥1,500】
【現在同接:1,500人】
(金……? これ、日本円か?)
数字が増えていく。
だが、金があっても意味がない。
ここは異世界だ。コンビニもなければ自販機もない。
そう思った瞬間、新たなアイコンが輝いた。
【通販サイト『Amazone(異界支店)』へようこそ】
【残高を使用して、アイテムを購入できます】
商品のリストが並ぶ。
[食品・飲料] [衣類] [家電] [本]……。
(……あ、ありえないだろ)
俺は目を疑った。
異世界で通販? しかも日本と同じ品揃え?
冗談みたいな能力だ。
だが、もしこれが本当なら――。
「グルルゥ……!」
ウルフが唸り声を上げ、跳躍の構えをとる。
やばい。来る。
俺は必死にウィンドウを操作しようとした。武器だ。武器を買わないと死ぬ。
その時。
視界のコメント欄が、警告を発するように加速した。
『へぇ【ポイズン・ウルフ (Lv.3)】だってよ』
『うわ、牙と唾液に毒持ちみたい』
『噛まれたら「猛毒」付与だってよ』
……は?
俺はコメントを見て、目をぱちくりさせた。
ポイズン・ウルフ? 毒持ち?
どうやら、向こうの世界(地球)の画面には、情報が表示されているらしい。
(リスナーは俺に見えない情報が見えてるのか……?)
便利な機能だ。だが、状況は最悪だ。
毒があるなら、素手で殴ることも、噛み付くこともできない。
触れたら終わりの無理ゲーじゃないか。
(くそっ、武器カテゴリはどこだ!? ナイフとか銃とか!)
焦る指先が空を切る。
ない。
[武器] なんて物騒なカテゴリは、平和な日本の通販サイトには存在しない。
俺の脳内で回路が繋がった。
(毒があるなら、近づけない。……なら、リーチのある工具だ!)
ここは「何でも売っている」Amazoneだ。
武器として使える「道具」なら、いくらでもあるはずだ。
俺は震える指で、[DIY・工具・ガーデン] カテゴリをタップした。
だが、そこで手が止まる。
【現在の残高:¥1,500】
足りない。
強力な電動工具を買うには、金が全く足りない。
ウルフが飛びかかってくる。
スローモーションのように見える世界で、俺は悟った。
金を稼がなきゃ死ぬ。
今この瞬間、俺ができる「金稼ぎ」はなんだ?
(――煽れ。魅せろ。リスナーの財布をこじ開けろ!)
俺は、あえて動かなかった。
ウルフの爪が、俺の鼻先をかすめる。
頬が裂け、血が舞う。
『うわっ!』
『血!?』
『これゲームだよな? リアルすぎない?』
『なんで避けないんだ!?』
俺は後ずさらず、一歩前に出た。
震える膝をドレスで隠し、血を指で拭って、俺は本能的に「視線」を探した。
物理的なカメラはない。
だが、右手の紋章を通じて、虚空に浮かぶ漠然とした「焦点」を感じ取った。
あそこだ。あそこから、1500人が俺を見ている。
見られているなら、やることは一つ。
「……ふん。挨拶代わりにしては、品がないわね」
俺は女王の仮面を被り、不敵に笑った。
「ねえ、愚民ども。私の『復帰戦』よ? まさか、手ぶら(無課金)で見物するつもりじゃないでしょうね?」
その瞬間。
画面の向こうのリスナーたちが、何かに気づいたようにざわついた。
『待って、今の煽り……』
『この高笑いの間の取り方……マジでクイーンか?』
『AIにこの反応は無理だろw』
『おかえり、俺たちの女王様!』
疑惑が、熱狂に変わる。
それが引き金だった。
¥10,000『復活祝いだ! 生存確認代!』
¥5,000『とりあえず投げとく!』
¥10,000『何か起きそうだから支援!』
チャリンチャリンチャリン!
通知音が重なり、残高が一気に跳ね上がる。
【現在の残高:¥35,500】
(来たッ……! これなら買える!)
俺はリストの中から、最も殺傷能力が高く、かつ毒の牙が届かない「園芸用品」を選び、購入ボタンを叩いた。
【購入確定:お急ぎ便(即時配送)】
ポシュッ。
虚空から、見慣れた「ロゴ入り段ボール箱」が落ちてきた。
俺の手の中に、綺麗に収まる。
「グルルゥ……?」
ポイズン・ウルフが警戒して足を止める。
突然現れた「異質の箱」に、本能的な恐怖を感じたらしい。
俺は箱を開けた。
中に入っていたのは――ギラリと光る、文明の利器。
(……ははっ。マジかよ)
俺は、乾いた笑いを漏らした。
重い。オイルの匂いがする。
本物だ。
恐怖が消え、代わりに奇妙な全能感が湧き上がる。
魔法? 剣?
そんな古臭いものは要らない。
俺には、金と文明がある。
俺はカメラに向かって、商品を掲げた。
「――お待たせ、愚民ども。今日の『案件』の時間よ」
『え、なにそれ』
『箱から出てきたの……マジ?』
『園芸用品www』
私が手にしたのは、「充電式チェーンソー(庭木剪定用)」。
商品説明には『女性でも扱いやすい軽量設計』『太い枝も一刀両断』とある。
枝が切れるなら、骨だって切れるはずだ。
そして何より、これなら毒の牙に触れずに、相手を切り刻める。
私はスイッチを入れた。
ギュイイイイイーン!!!
甲高いモーター音が、静寂なダンジョンに響き渡る。
ウルフが「キャンッ!?」と情けない声を上げて後ずさる。
遅い。
「躾が必要ね」
私はドレスをなびかせ、チェーンソーを振り上げた。
「私の配信(視界)から――消えなさいッ!!」
ドチュンッ!!
刃が触れた瞬間、腐肉が濡れた紙みたいに裂けた。
抵抗などない。圧倒的な文明の暴力。
ウルフが、鮮血を撒き散らして弾け飛ぶ。
『うおおおおお!』
『チェーンソー無双www』
『スプラッタ映画かよw』
『神ゲー確定』
コメントが加速し、少しずつリスナーたちが状況を楽しみ始める。
私は返り血を浴びながら、恍惚とした表情でカメラを見つめた。
金だ。
金があれば、何でも買える。
水も、食料も、そして「暴力」さえも。
無能? 欠陥品?
違うな。
これは異世界の富を吸い上げ、最強の兵器を取り寄せるための、「黄金の器」だ。
俺は震える手を、ドレスの陰で握りしめた。
リスナーが待っている。
なら――演じるしかない。
「待っていなさい、帝国」
私は闇の奥を見据えた。
このダンジョンの魔物をすべて「資金」に変えて。
現代兵器で武装して。
必ず地上へ戻る。
そして、私を捨てたお前たち全員、文明の力で蹂躙してやる。
「さあ稼ぐわよ――愚民ども」
泥まみれの皇女は、血塗れのチェーンソーを引きずり、その一歩を踏み出した。
「地獄のクエスト配信を始めるわ」
勝利の余韻に浸る俺の視界で、チェーンソーの充電ランプが『赤色』に点滅しているのが見えた。
文明の利器は強い。だが、電気がなければただの鉄塊だ。
俺の生存競争は、まだ始まったばかりなのだ。
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