第六話:沈黙する花妃
白蓮妃の回復から数日後――。
今度は、**花妃**と呼ばれる若い妃が、突然言葉を失った。
「口が……動かないの。何も……言葉が……」
診療に呼ばれた凌華が脈を取り、瞳を見つめると、意識ははっきりしている。
舌にも異常はなく、発声器官も問題なし。けれど、言葉だけが紡げない。
(……これは“術的沈黙”――気の流れを逆転させ、言語脳の経絡を封じる禁術)
香や薬ではなく、“意図的な気流操作”による封じ。
凌華は急ぎで香炉を調べる。
使われていた香は、《清華香》。一般的には鎮静に用いられるが……
「この香……逆焚きされてる。通常の焚き方ではなく、芯を反対に折ってある」
その焚き方は、香気を逆流させて体内に戻す、特殊な“封じの技”に似ていた。
(誰かが意図して“香の罠”を仕掛けた。花妃を狙って)
その時、妃の指が、震えるように凌華の袖を掴んだ。
まるで何かを訴えているように――。
「……伝えたいことがあるの?」
花妃は頷き、机の上の筆へと手を伸ばそうとする。
だがその手は途中で力尽き、虚空を掴むように落ちた。
言葉も、書くこともできぬ。
ただ沈黙だけが、彼女の周囲を包んでいた。
凌華は静かに呟いた。
「わかりました。あなたの沈黙、必ず代わりに“診て”伝えます」