第五話:金糸の刺繍
白蓮妃の衣を管理する刺繍部屋。
凌華は、妃が最後にまとっていた薄衣の縁に、奇妙な縫い直しの痕を発見した。
「この糸……金糸に見えて、実は“導熱銀糸”ね」
それは通気性を保ちつつ、熱や気の流れをわずかに操ることができる特殊な素材。
気脈封じと併用すれば、外からでは分からない方法で“呼吸を断つ”ことすらできる。
(香と術だけじゃない。“衣”まで計算に入れている)
妃たちは、“香を焚かれ”、 “鍼を打たれ”、そして“衣を通して殺されている”。
凌華は、裁縫担当の女官たちにさりげなく聞き取りを始める。
「妃の衣は、すべてこちらで?」
「ええ……でも、一着だけ、“御製”と聞きました。妃様の親族が献上したと……」
「どの家門?」
「……たしか、《寧家》だったかと」
寧家――父が死ぬ直前、名前を残した貴族一門。
(繋がった。父の死、沈心香、衣の銀糸。全部が、寧家と繋がっている)
凌華は、死者を診るだけではなく、いま生きている者の中から“毒を仕込む者”を突き止めねばならない。
(診る者としてだけじゃない。私は――この手で断ち切る)
香の影は薄くとも、命を蝕むには十分だ。
そしてその影を編んでいる“刺繍師”が、後宮のどこかで静かに微笑んでいるのだった。