第三話:封じられた女医の道
翌朝。診療所には、白蓮妃の侍女が顔を伏せてやってきた。
「……妃様が、昨夜から高熱と吐き気で床を離れられず……」
「いつから異変が?」
「夕餉の後に、御前から戻って……その直後です」
凌華はすぐに診察鞄を手に取り、白蓮妃の殿舎へと向かう。
――だが、入口で立ちはだかったのは、ひとりの太監だった。
「女が妃に触れるなど、もってのほか。戻りなされ」
「なら、代わりに死なせるつもり?」
「なっ……!」
「女の身体を診るには、女の手が要る。それが“正しさ”よ」
太監が口を開きかけたその時、妃の弱々しい声が響いた。
「……入れてあげて」
それが許可となり、凌華は寝所へと通される。
白蓮妃は顔色が蒼白で、脂汗に濡れていた。
凌華は、香の残り香、肌の温度、脈の強さを確かめながら呟いた。
「……これは“経絡崩れ”。気の流れが寸断されている」
彼女はすぐに鍼を取り出し、妃の指先、耳、首筋に素早く刺していく。
数分後、妃は苦しげな息をつき、瞳を開いた。
「……胸が、少し楽になった……」
「次に同じ症状が出たら、もう助からなかったでしょう」
凌華は、香炉の底に残った香のかけらを採取しながら言った。
「この香。あの玉瓔妃の部屋にあったものと、酷似している」
帰り道、凌華はふと立ち止まり、香の灰を見つめた。
同じ香。異なる妃。連続する気脈封じの症状。
これは偶然ではない。
(狙われている。この後宮の中で、誰かが妃たちを“順番に封じている”)
その“誰か”は、香を知り、術を使い、そして――医をも偽る者。
凌華は、女医としてではなく、“死を拒む者”として、診る覚悟を新たにした。