第十一話:医と術の狭間
数日後。凌華は宮内医局の帳面をもとに、“寧華”の出入り記録を洗っていた。
「この年……父が死んだ直後、寧華が宮廷に召し上げられている」
「それって……偶然じゃないですよね」と翠道。
「ええ。父が記録した術の帳面、その封じに協力したのが彼女だったとすれば――」
そのとき、翠道が別の文書を差し出す。
「これは、寧華様が後宮の香部屋で“私設調合”をしていた証拠です。名目上は、白蓮妃のための香」
しかしその香調はすべて“逆焚き仕様”。つまり、正規用途ではない術香だった。
(妃を封じ、女医を遠ざけ、記録を改ざんする)
「……これが、寧家のやり口」
香で人を殺す。それは、刀よりも静かな暴力だ。
だが、香に殺された者を“診て”、命を取り戻すことはできる。
それが、凌華にとっての“反撃の術”だった。
その夜、凌華は“ある香”の調合に入った。
それは――気脈封じを逆転させ、術の痕跡を浮かび上がらせる処方。
「次に寧華と会うとき、私は“医”ではなく、“解術師”として向かい合う」
薬では癒せない“術”がある。
だが、医術と香術の狭間に立つ者だけが、それを破れる。
そして今、凌華の手はその境界を越えつつあった。