第十話:銀針の反逆
深夜。診療所の奥にひとり佇む凌華の前に、翠道が気息を乱して飛び込んできた。
「凌華様、今夜、白蓮妃が再び倒れました!」
「……! また、沈黙の症状?」
「いえ、今回は――痙攣と呼吸停止寸前まで……。脈も弱く、気の流れが完全に断たれていました」
凌華はすぐさま鍼の道具と薬袋を手に取り、妃のもとへ急行する。
到着すると、妃は蒼白な顔で布団に沈み、脈は細く、瞳は虚ろだった。
しかし、脈にほんのわずかな“逆流の兆し”が残っている。
(気が戻りかけてる……まだ助けられる)
凌華は躊躇なく、細鍼を耳、喉、腹部へと正確に刺し込む。
その手際に侍女たちは目を見張った。
そして三本目の針を打った瞬間、妃の喉がひくりと動き、息を吐いた。
「……戻った!」
息を吹き返した妃の目に、うっすらと涙が浮かんでいた。
だがその口は震えながら、かすかに言葉を紡ぐ。
「……あの香……焚かれた部屋に……母の……影が……」
「母?」
「寧華……あの人が……私に……“静かに死ね”と……」
その言葉に、凌華の手が止まった。
寧華――白蓮妃の養母。そして“寧家の香術師”。
(実の娘にまで術を――!)
凌華は銀針を抜き取りながら、固く誓った。
(これ以上、誰も沈黙させさせない。この鍼で、“封じの術”ごと穿つ)