第9話『選ばれなかった者の戦い』
「……東京には戻らない」
湊は、朝のグラウンドでそう言った。
義隆が驚いた顔を向ける。「eスポーツの再選考、まだ望みあるんだろ?」
「うん。でも、もう迷ってない。オレ……このチームの戦いのほうが、本気になれる」
そう言って、湊はまっすぐ義隆を見る。
「世界に“選ばれなかった”からって、ここで自分を終わらせたくないんだ」
義隆はゆっくりと頷いた。「じゃあ、お前はここで何を残すつもりなんだ?」
湊は言った。
「“戦術”は、才能を選ばない。だからオレは、このチームで証明する。選ばれなかった者の、反撃を」
その言葉の重みを、義隆も感じていた。
そして迎える、県大会出場を懸けた最終予選。
相手は、強豪・皇誠学園高校。
“全員が留学生”で構成されたそのチームは、スピード・フィジカル・技術——すべてにおいて圧倒的。
「……体格からして、別のスポーツみたいだな」
義隆が苦笑まじりに呟く。
だが湊は、淡々とホワイトボードを広げる。
「今日の戦術は、“相手の思考回路を奪う”ためのもの」
「つまり?」
「やつらの“反応”を後手にさせる。考える前に、考えさせる」
湊が示したのは可変システム。
守備時は5-4-1でブロックを敷き、奪った瞬間に3-2-2-3に一気に変化。
「数的優位じゃない。“認知優位”を取りにいく」
蓮を偽9番として中盤に落とし、最前線に宮地と柴田を並べる変則配置。
「蓮が引けば、相手CBは前に出ざるを得ない。CBが釣られたら、背後を柴田が狙う。中盤が蓮に食いついたら、宮地がハーフスペースを抜ける」
選手たちは初めて聞く構造に戸惑いながらも、その顔は真剣だった。
試合開始。
序盤、皇誠の猛攻にさらされる清田。
だが、徹底したスライドとブロックの連携でゴールを割らせない。
蓮が中盤に落ちた瞬間、皇誠のCBが釣られる。
その背後——宮地が一閃。
「出せ、蓮!」
ワンタッチで通されたスルーパス。宮地が抜け出し、冷静に流し込む。
——1-0。先制。
観客席がざわめく。「清田……マジかよ」
だが、すぐに追いつかれる。1-1。
後半、またしても蓮の“沈み込み”から動き出し、宮地が決定機を演出。
走り込んだ柴田が押し込む!
——2-1。清田が再びリード。
ピッチ上の選手たちの目が変わっていく。義隆は思わず声を上げる。
「これが……考えるサッカーの力か」
湊はベンチで、必死に声を飛ばす。
「次の5分が山場だ、集中!」
残り時間わずか。相手の猛攻。
主将・柴田が最後のクロスを読み、体を投げ出す——
ボールはゴールの外。笛が鳴る。
——2-1。勝利。
ベンチが沸き、選手たちが抱き合う。
湊は、ピッチの端で静かに拳を握った。
「……選ばれなかったけど、戦えるって証明したぞ」
義隆が近づいてきた。
「湊、お前はもう“選ばせる側”だ。あの子たちに、自分の居場所を作ってやった」
湊は黙ってうなずいた。
その夜。部員たちは祝勝会もそこそこに、戦術ノートを開いていた。
彼らはもう、「考える」ことの意味を知っていた。
そして——清田高校は、県大会へ進む。
まだ誰にも、予想されていない物語の始まりだった。