第5話『“がんばるサッカー”からの脱却』
「東龍館……か」
義隆は、対戦カードが記された紙を見つめながら小さく息をついた。
福岡県屈指の強豪校。インターハイ常連。清田高校とは文字通り“格が違う”。
「気持ちでぶつかるしかねぇな」
義隆は拳を握る。
「全員、最初から最後まで、全力で走り切れ! 絶対に諦めるな!」
だが、Zoom画面越しの湊は冷静だった。
「“がんばるサッカー”じゃ、勝てないよ」
「……は?」
「“がんばったつもり”になるだけで、勝つための“設計”がない。東龍館は、個の力と戦術、両方ある」
沈黙。義隆は唇を噛んだ。
「……じゃあ、どうする」
「提案がある」
湊の声が低くなる。
画面に戦術図が映し出された。
「守備時は5-3-2。後ろを5枚で固めてブロックを形成。東龍館のウイングに縦を使わせない」
「攻撃時は3-2-4-1に可変。中盤に厚みを出して、蓮を孤立させない。
中央に人を集めて、前線のサポートに厚みを作る」
「……そんなに動けるか、うちの連中」
「“動かす”のは人じゃない。“配置”が勝手に動かすようにする。それが戦術ってものだよ、父さん」
義隆は、ふっと小さく笑った。
「……分かった。お前の戦術で行く。俺は現場で、お前の目になる」
そして試合当日。
快晴のグラウンド。スパイクを履いた部員たちの顔には、緊張と期待が入り混じっていた。
キックオフ。
前半15分。清田のブロックは崩され、ゴール前で押し込まれる。0-1。
さらに30分。左サイドを突破され、クロスからのヘディングで追加点。0-2。
ハーフタイム。ベンチの雰囲気は沈んでいた。
「やっぱり無理かもな……」
「相手、速すぎる……」
そのとき、義隆が言った。
「おい、湊。どう見る?」
スピーカーから響いた声は、静かで力強かった。
「最初から想定内。あの2点は、こちらが“動ける時間”を稼ぐための捨て駒。
後半、相手が緩んだタイミングで、こっちの構造が効いてくる」
義隆が立ち上がる。「よし、後半は“考えて”動け!」
後半開始。
まるで別のチームのように、清田の動きが変わった。
DFラインの3人が連動し、SBが中へ絞り、柴田と蓮が中盤の密度を保つ。
57分、中央のパスワークから蓮が抜け出し、1点を返す。1-2。
67分、相手のビルドアップを柴田がカットし、ショートカウンター。再び蓮。——2-2。
スタンドがざわつき始めた。
強豪・東龍館が、無名の公立高校に追いつかれている。
そして、残り2分。
相手の右WGがカットインし、強烈なミドルシュート。
GKの指先をかすめて、ゴール右上に突き刺さる。——2-3。
試合終了の笛が鳴る。
だが、負けたはずの清田高校には、誰もが感じたことのない熱が残っていた。
「……これが、本気で戦うってことか」
蓮が、息を切らしながら呟いた。
ベンチに戻った義隆は、湊に向かって言った。
「“がんばる”じゃなく、“考えて戦う”サッカーを、ようやく始められたな」
湊は、少しだけ笑った。
「じゃあ、次は“勝つ”ための設計をするよ」