第3話『戦う設計図』
清田高校サッカー部の部室。静寂が漂うなか、義隆はホワイトボードを指差した。
「守備は4-4-2。攻撃時は3-2-5。……お前たちにとっては初めての形かもしれんが、今日は“考えて”動いてくれ」
選手たちは、緊張と不安の入り混じった表情でうなずいた。
対戦相手は隣町の私立・美南台高校。格上ではないが、清田が今まで勝ったことのないチームだ。
ピッチ脇、義隆のスマホにはZoomでつながった湊の顔が映っている。
「湊、準備はいいか?」
「うん。今日は、設計図が機能するかどうかのテスト。いけるよ」
キックオフの笛が鳴った。
——前半、開始10分。ピッチ上は混乱していた。
「おいナオト、どこ行ってんだよ! 中か!? 外か!?」
「なんで俺、真ん中でボール持ってんだ!? え、俺ってサイドバックだろ!?」
混乱の原因は、“可変”システム。
左SBナオトが攻撃時に中へ絞り、ボランチのようにプレーすることで、数的優位をつくるのが狙いだった。だが、味方も相手もその動きに戸惑っていた。
ベンチの義隆が立ち上がる。「落ち着け! 落ち着いてボールを回せ!」
しかしその声も届かず、パスミス、トラップミス、連携ミスが続く。前半は0-0で終了。
ハーフタイム、義隆が選手たちを集める。だが言葉を探して口ごもった。
すると、スマホのスピーカーから湊の声が響いた。
「うまくいってないのは当然。でも、それは“慣れてない”だけで、“間違ってる”わけじゃない」
彼はホワイトボードの写真を画面越しに映し出しながら続けた。
「ナオトが中に入った時、リョウが一歩だけ前へ。それだけでパスコースが3本増える。
柴田くん、味方を見る視野が少し狭いから、後半は一度深呼吸して、プレッシャーを受ける前に出せる選択肢を探して」
蓮がふっと笑った。「……あんた、ゲームの中でどれだけサッカーやってんだよ」
「365日だよ。君たちが寝てる時も、僕は対戦してる」
後半開始。湊の声が、チームに静かに染み込んでいた。
徐々に、ナオトのポジション移動が自然になっていく。
リョウの前への動きに呼応して、柴田が角度を変えて受けに回る。
——後半22分。蓮が右ハーフスペースでボールを受けた。
「ここだ……!」
相手DFが釣られた瞬間、ワンタッチで抜け出し、角度のない位置から左足一閃。
ボールがゴール左上隅に突き刺さる。
ベンチが総立ちになった。
1-0。
その後、清田高校は組織的な守備で相手の攻撃を封じ切り、試合終了。
部員たちは、まるで夢を見ているような表情で整列した。
「勝った……清田が、勝ったぞ……」
蓮がベンチに戻りながらぽつりと呟く。
「こんなに楽にプレーできたの、初めてかもしれない」
義隆はベンチで黙っていたが、その目は確かに潤んでいた。
「戦術は、選手を縛るものじゃない……選手を“解放”するためにある」
湊の言葉が、胸に残っていた。
選手を信じ、設計図を信じた結果が、初勝利を呼び込んだ。
だがそれは、まだ始まりにすぎなかった。
清田高校サッカー部の、“考えるサッカー”がいま動き出したのだ。