第2話『君の戦術、現実に通用するのか?』
「偽サイドバック? インサイドレーン? ……なんだそれ」
清田高校サッカー部のミーティングルームに、困惑と呆れが混ざった声が響く。
ホワイトボードの前には監督・黒瀬義隆。部員たちの視線の先には、教卓に置かれたノートPC。その画面に、東京にいる義隆の息子・湊の顔が映っていた。
「は? じゃあサイドバックが、真ん中入るってこと?」
「おいおい、それって守備どうすんの?」
「うちは走って守るんじゃなかったの?」
ざわつく部員たちに、湊は冷静な声で語り始めた。
「偽SBは、単なるトリックじゃない。構造の話。
守備時は4-4-2、攻撃時は3-2-5に“可変”する。
そうすることで、中盤で数的優位をつくって、エースの蓮くんに自由を与える」
「数的……何?」
「優位。要するに、味方の人数が多くなるように仕組むってことだよ」
義隆が咳払いして口を挟む。「おい、湊。お前がゲームでやってることを、そのまま現実で通用するとは限らないだろ」
画面の中の湊は、父の目をまっすぐ見た。
「通用するよ。むしろ、現実の方が“戦術”を必要としてるんだ」
沈黙が落ちる。
湊は画面共有をオンにし、仮想ピッチにフォーメーションを並べていく。マウスでドラッグするたび、選手の配置が動き、役割が切り替わる。
「例えば左SBのナオトくんは、足元がうまくて視野もある。だから攻撃時は中に絞らせてボランチ化。
そうすると、本職ボランチのリョウくんが前に出られて、中盤の圧が上がる」
「……おい、俺らのデータ、もう見てんのか?」
「見たよ。昨日の練習動画、全部3回ずつ見返した」
部員たちはどよめいた。
「そんなやつ、今までいなかったぞ……」
「俺ら、ちゃんと見られてたんだ……」
義隆は腕を組みながら、PC画面をじっと見つめた。息子が語る理論は、確かに筋が通っていた。
根性や気持ちではどうにもならない“構造”が、そこにあった。
「でもよ、頭で分かっても、身体がついてこねぇよ」
「フィールドじゃ、一瞬で判断しないと……」
「だから、やるんだよ。“考えた動き”を“自然な動き”に変えるまで、繰り返す」
湊の声は、決して強くなかった。だがその静けさには、信念が宿っていた。
義隆がゆっくり口を開く。「……お前、いつからそんなふうにサッカー考えるようになったんだ?」
湊は少しだけ視線をそらした。
「中学のとき、ずっとベンチだった。下手だったし、フィジカルもなかった。でも、ゲームなら勝てた。
戦術を学べば、勝てる。そう気づいた。……だから今、世界で戦ってる」
義隆は思わず苦笑した。
「父さん、昔は“気持ちが足りん”って怒鳴ってばかりだったな……」
「それが、間違ってたわけじゃない。ただ、“設計”がなかったんだよ。
戦術は、選手を守る。無駄に走らせず、意味のあるプレーをさせるためにあるんだ」
しばらくの沈黙の後、湊は宣言する。
「1週間後、練習試合があるんでしょ? それまでに、僕の設計図、形にして見せるよ」
義隆はゆっくりと頷いた。
「分かった。……ただし、俺は現場にいる。お前の戦術を、ピッチに下ろすのは俺の仕事だ」
PC越しに交わされた、初めての“共同作業”の約束。
清田高校サッカー部に、初めて“設計された希望”が灯った瞬間だった。