表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ピッチとピクセル  作者: やしゅまる
2/10

第2話『君の戦術、現実に通用するのか?』

「偽サイドバック? インサイドレーン? ……なんだそれ」


清田高校サッカー部のミーティングルームに、困惑と呆れが混ざった声が響く。

ホワイトボードの前には監督・黒瀬義隆。部員たちの視線の先には、教卓に置かれたノートPC。その画面に、東京にいる義隆の息子・湊の顔が映っていた。


「は? じゃあサイドバックが、真ん中入るってこと?」

「おいおい、それって守備どうすんの?」

「うちは走って守るんじゃなかったの?」


ざわつく部員たちに、湊は冷静な声で語り始めた。


「偽SBは、単なるトリックじゃない。構造の話。

 守備時は4-4-2、攻撃時は3-2-5に“可変”する。

 そうすることで、中盤で数的優位をつくって、エースの蓮くんに自由を与える」


「数的……何?」


「優位。要するに、味方の人数が多くなるように仕組むってことだよ」


義隆が咳払いして口を挟む。「おい、湊。お前がゲームでやってることを、そのまま現実で通用するとは限らないだろ」


画面の中の湊は、父の目をまっすぐ見た。


「通用するよ。むしろ、現実の方が“戦術”を必要としてるんだ」


沈黙が落ちる。


湊は画面共有をオンにし、仮想ピッチにフォーメーションを並べていく。マウスでドラッグするたび、選手の配置が動き、役割が切り替わる。


「例えば左SBのナオトくんは、足元がうまくて視野もある。だから攻撃時は中に絞らせてボランチ化。

 そうすると、本職ボランチのリョウくんが前に出られて、中盤の圧が上がる」


「……おい、俺らのデータ、もう見てんのか?」

「見たよ。昨日の練習動画、全部3回ずつ見返した」


部員たちはどよめいた。


「そんなやつ、今までいなかったぞ……」

「俺ら、ちゃんと見られてたんだ……」


義隆は腕を組みながら、PC画面をじっと見つめた。息子が語る理論は、確かに筋が通っていた。

根性や気持ちではどうにもならない“構造”が、そこにあった。


「でもよ、頭で分かっても、身体がついてこねぇよ」

「フィールドじゃ、一瞬で判断しないと……」


「だから、やるんだよ。“考えた動き”を“自然な動き”に変えるまで、繰り返す」


湊の声は、決して強くなかった。だがその静けさには、信念が宿っていた。


義隆がゆっくり口を開く。「……お前、いつからそんなふうにサッカー考えるようになったんだ?」


湊は少しだけ視線をそらした。


「中学のとき、ずっとベンチだった。下手だったし、フィジカルもなかった。でも、ゲームなら勝てた。

 戦術を学べば、勝てる。そう気づいた。……だから今、世界で戦ってる」


義隆は思わず苦笑した。


「父さん、昔は“気持ちが足りん”って怒鳴ってばかりだったな……」


「それが、間違ってたわけじゃない。ただ、“設計”がなかったんだよ。

 戦術は、選手を守る。無駄に走らせず、意味のあるプレーをさせるためにあるんだ」


しばらくの沈黙の後、湊は宣言する。


「1週間後、練習試合があるんでしょ? それまでに、僕の設計図、形にして見せるよ」


義隆はゆっくりと頷いた。


「分かった。……ただし、俺は現場にいる。お前の戦術を、ピッチに下ろすのは俺の仕事だ」


PC越しに交わされた、初めての“共同作業”の約束。

清田高校サッカー部に、初めて“設計された希望”が灯った瞬間だった。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ