第1話『再会は、ピクセルの中で』
福岡県の片隅にある清田高校。その校舎裏にあるサッカー部のグラウンドは、雑草に埋もれ、ラインも薄れかけていた。
サッカー部の部員は12人。うち3人はサッカー経験ゼロの初心者。練習は形だけで、監督の黒瀬義隆(42)はベンチで缶コーヒー片手に黙って見ている。
「もっと走れ! 声出せ! 気持ちだろ、気持ち!」
そう言いながらも、義隆の声には熱がこもっていなかった。
かつて、自身も全国を目指した選手だった。だが、膝の怪我とスカウトからの落選で夢は潰え、以来、心のどこかに穴が開いたまま生きている。
この日も、練習後の部室で主将の柴田に「監督、戦術って…なんかないんですか?」と聞かれ、曖昧に笑ってごまかした。
「お前らの実力で戦術とか言う前に、まずは走れや」
──もう一度、真剣に向き合える日は来るのだろうか。
そんな思いを抱えていたある夜、義隆は久しぶりに連絡帳アプリを開いた。東京で暮らす息子、湊の名前を見つける。メッセージ履歴は半年以上も前で止まっていた。
ふと、義隆は指先でビデオ通話のアイコンを押した。
呼び出し音が鳴る。1回、2回……10秒後、映像がつながった。
「……どうしたの?」
画面に映ったのは、冷めた目をした少年。義隆の実の息子、湊(17)だった。
東京の祖母の家で暮らし、進学校に通う高校3年生。中学までサッカーをやっていたが、高校では辞めたと聞いていた。
「元気か?」
「……まあ、普通」
ぎこちない会話が数分続く中、ふと義隆が聞いた。「最近、なにか熱中してることあるのか?」
湊は無言のまま、何かをクリックする。画面共有が始まり、映し出されたのは、ゲーム画面。ピッチを上空から見下ろしたサッカーゲームの映像だった。
「FIFA? まだやってんのか、それ」
「やってるよ。今は世界大会予選中」
ゲームの中で、湊は見事に可変システムを操り、スペースを突き、ゴールを決めていく。
実況と解説が英語で叫んでいた。海外のトッププレイヤーとの試合だった。
義隆は目を見張った。「……おい、それ本気でやってるのか?」
「うん。俺、いま世界ランク112位。コーチも付いてる」
その言葉に、義隆は言葉を失う。
ピッチの外で、息子は自分よりも“戦っていた”。
「……なんだその動き。偽SBか? ハーフスペースを使って……」
思わず口にした専門用語に、湊が冷たく笑う。
「やっと分かった? そっちはどう? まだ“がんばるサッカー”やってる?」
図星だった。根性論と声出しだけで勝てる時代は、もう終わっていた。
義隆は、ほんの数秒、迷った。そして静かに画面を見つめながら言った。
「……湊。お前……サッカー部、助けてくれないか?」
沈黙。
画面越しの湊は、何も言わず、ただ父の顔を見つめていた。
その目には、少しだけ、かつてピッチを走っていた頃の光が宿っていた。