第一章 ひび割れ(5)
年末までには私以外それぞの行先が決まった。
退職する事が決まったのが2人。支店長と椎名さん。
椎名さんの退職にはみんなが驚き残念がった。
本人はあと3年で定年の歳になるし、仕事は変わらずとも新しい環境でまた一からなら
退職金と失業手当で早いけど奥さんと2人のんびりしたいと思ったそうだ。
副支店長は新人の子と一緒に新支店への異動。
他の営業さん達は通勤が便利など、それぞれの希望の場所へ異動が決まった。
家族と年越しに初詣と比較的長い年末年始の休みをのんびりと過ごし、仕事始めを迎えた。
やっと休み気分が抜けてきた頃、本社から引継ぎの件で呼ばれた。
久しぶりの本社会議室と松井部長。
「明けましておめでとう。今年もよろしくね。元気だった?」
2月で退職なのにそんな事がないかのような挨拶だなと心の隅で思いながら私も
「明けましておめでとうございます。今年もよろしくお願いします。」
と挨拶。軽く近況などを話して引継ぎの話に。
「2日間ぐらいあれば問題なく引継ぎ終われそうね。来週の月、火でお願い出来る?」
「承知しました。引き渡せる書類等もその日にお持ちします。」
「そうね。じゃあ本題に入りましょうか。」
「えっ!?本題って引継ぎじゃないの???」ものすごく心臓が早くなったのを覚えている。
「支店長から新規事業の件聞いたでしょ?」
「はい。」
「うちの早瀬が副支店長になってやっとかたちになってきたの…。
自分達は出来てるつもりでいるけど、でもまだまだ。」
松井部長はやれやれといった感じで続きを話す。
「自由過ぎて。早瀬も自分の仕事があるからつきっきりという訳にもいかないし。
本社は介入しないはずだったんだけど流石にね。人事も見直してだいぶよくなってきたけど
利益につなげるには今のままではダメでね。
で、東藤さんの仕事の几帳面さを新規事業部で活かしてくれたらと早瀬と考えたの。
閉店の話が出たのは昨年だし、次にやりたい事とか決まってるなら仕方ないけど…。
考えてみてくれないかな?」
「・・・・・・次の事とか何も考えてないんです。子供にまだお金が掛かるので
働かなくてはと考えてますけど。」
すごくありがたい話だった。松井部長だけでなく早瀬さんからも私の名前が出た事も嬉しかった。
早瀬さんは29歳。仕事ができ、社長からも特に目を掛けてもらっていて、まだ若いのに周りから
次期社長候補と言われている人だ。私も年下ながら尊敬している。
悪い話ではない事もわかっていても何かがひっかかり即答出来なかった。
「家庭の事情もあるだろうし、選択肢の一つに入れておいて。いい時間だし、ランチにしましょ。
他の事務員も久々に東藤さんと話したいって楽しみにしてたの。」
この後のランチでは他の事務員さんから一緒に働こうよとお誘いと共に新規事業部の愚痴?を聞いた。