記憶
食堂へと向かう。
あの魔術師は何という名前だっけ。冷徹で計算高く、己はパーティ内で一番安全な位置取りをする。確かに大切なこと。剣士と二人で無事に帰ったのは評価されるべきだ。
共用の食堂で、じいさんの出す質素な食事をする。いつもの売れ残りの野菜の浮いた汁物で、固く黒いパンをふやかして食べる。
壁は石材。食卓は木製だ。
全ての調度品が手入れされているが年季が入っている。奴隷たちが使う分には十分だと考えているのだろう。
自分の畳一畳ほどの個室に戻る。床には茣蓙が敷いてある。
全てが勝手知ったるもの。だが、違和感はだんだんと大きくなる。考えの整理が出来て来た俺は気づいた。俺の名前って。オトイウ。いや、違った筈だと。この月光の差し込む奴隷用の狭い個室にも馴染みはあるがここでは無いと心が叫んでいる。
強いて言うなら俺は俺と考えている自分自身がもっと奇妙な環境に適合していたと認識しているのだ。
記憶にあるのは真っ白い四角い家。そこには煌びやかに包装をされた幾つもの御馳走が並び、パンや肉が整然と棚に陳列されている。俺はそんな素晴らしい場所でそれらの食事を管理している。それらを売る店主であり、食べる事も条件付とはいえ許されているのだ。
ああ、思い出した。コンビニ、そうコンビニという近くにあるととても便利な施設。俺はそこの管理者。雇われ店長とか、クルーという名前だった筈だ。賞味期限が切れそうな商品や揚げてから数時間たった揚げ物など、すべて処分しなければならない。何という美味しい職業。お気に入りは肉や野菜の入った蒸し物のパンで肉饅という。これはキャッシャーという計算機械の隣に据えられ、黄色や紅色の色とりどりの具の違う肉饅が保温されながらに飾られている。素晴らしい装置だ。
目眩のような感覚と共に眠りから覚める。寝汗が酷い。昨日、脱いだ穴の空いた服と革鎧が水洗いされ部屋の格子に押し込め、部屋に入れられていた。
俺は肌着を手に取って左の脇腹の破れを指でなぞり、肩甲骨の辺からの水平な裂け目が補修され縫われているのを確認する。直せる。だがその破損からの攻撃が致命的な革鎧は前部にギザギザの破損があるが、まだ使用には耐えると判断されたのだろう。こちらにも端切れの革が当てられていた。
どうせまた、何でもない普通の一日の始まり。
それは血が飛び散り、四肢や首が飛ぶ可能性があるダンジョンの魔物と戦闘をする日々だ。