ダンジョンから帰還
ダンジョンの壁が薄っすらと光っている。暗闇に目が慣れてきた今はそれがわかる。
光苔かと触ってみたが植物の感触ではない。ダンジョンの壁面自体が淡い光を放っているのだ。
ダンジョンから脱出するため、俺は向かい風に向かって歩いていた。風上に向かうのは風下に向かうよりも安全。何故ならモンスターの匂いに気づく事が出来るからだ。
どこに行くのかなんて決まっている。とにかく地上に戻り奴隷商の商館へ行くのだ。
地下三階からじっくりと油断なく地上を目指す。俺は拳を振り道を切り開いた。
幸い強敵には出会わなかった。
たった一人での帰還が如何に神経をすり減らすのか。それを存分に味わったが。
ダンジョン入口で守衛に声をかけ、土塁を抜けて大通りへ。
地上に帰ってきた。
地下とは空気が違う。
大通りの向こうには一代で財を築き上げた生粋の商売人ザンジバル奴隷商の館。立地はダンジョン前の一等地。言わば俺たちはダンジョンからモンスターが溢れ無いように肉壁としてそこにいる。
戸を潜ると珍しくザンジバルさんが中庭にいた。
魔術師はボロ雑巾のように転がり足蹴にされ、剣士が声を出さずに直立していた。
「大事な商品を壊して来やがって、お前をリーダーにしたのは間違いだったようだな、おい」
奴隷商が声を荒げている。
ふとこちらを見る。ほんとに抜け目なく周囲に気を観察している。
「おお、おお。良く帰った、良く帰った。オトイウ」
喜色満面のザンジバルさんの顔ったらない。
「ただいま戻りました」
俺は特にどこに行く宛もなかったし、飯を食わしてくれるこいつには感謝すらしているんだ。
「オトイウ。良く帰ってきたな。よしよし。温かい飯を用意してある。早く休め」
金になる奴隷が一人帰って来たと目を輝かせる。笑顔なんて人に見せられたもんじゃない。
急かされ俺は食堂へ行く。
俺が通り過ぎると、立ち上がれないでいた魔術師から怒りと憎悪の籠もった視線を向けられる。
だが、その視線は揺れる。俺がオトイウだと気付いたのだ。
途端、怒声があがる。
「生きてんじゃねぇかよ」
奴隷商の声は猫撫で声からドスの効いたものに変わり、さっきまでよりも激しい折檻を再開する。
「アイツは死んでたんだ。死んでたんだ」
「死んだヤツが歩いて帰ってくるかよ」
うぐ。
激しい殴打に魔術師が跪き呻く。
奴隷の剣士シダはオトイウを目で追う。見ればわかるナイフが滑り込んだ衣服の切れ目。脳が痺れるほど戦慄していた。
見られていることに無頓着にオトイウは打たれている魔術師に哀しそうな眼差しを向け。そしてシダにも生きていて良かったとでも言うように微笑んだ。
その動きすべてがシダを慄かせる。
しばらくして、ザンジバルは今叩いているのもパーティのリーダーを任せられるくらいには優秀な商品だったと思い出した。
「仲間を置いて帰ってくるようなクズには相応の報いがあるだろう。今一度、己を見直せ。今後に期待している。下がれ」
魔術師の嗚咽と怨嗟の呻きが石畳に滲みていく。