2つの力
アネモネの2階は遊羅達の家でもあった。本来なら高校に行かすのがいいが、そうすると彼女を1人にしてしまう。元々、自由を削られていた遊羅は小学生はトータル3年、中学は2年しか通えていなかったのだ。自分の家の内情を親友に話してしまった事で毎日怪我をしていた。突き飛ばされるなんて当たり前、酷い時は環境を理由にして笑い物にされていた。それを知っているカイトからしたら、涼葉から彼女を奪ったこちら側は守るを理由にして、傍に置く事しか出来なかったのだ。
パラパラと昔の事を調べていたカイトの机には日本書紀の論文が置かれている。自分達の祖先が日本に来てから受け入れてくれた人物の事だった。周りからすればおとぎ話かもしれないが、彼等からすればそんな簡単な話ではない。
「……知らない方が幸せな事もある、か」
赤い河の示す先は2人の人物を象徴している。1人は民に光を与え、災害から人々を守ったきっかけをつくった存在。その者の子供達は雨を降らせて土地に生きる源を作り出した。もう一方は血筋と権力に翻弄された者。人を愛し、慈しむ優しい心の持ち主だった人物だった。都を追われてからは、仏教を学び呪詛を作り出した存在だった。
都が焼ける匂いがする。カイトはゾクリとした。今生きている空間は自分が生まれた時代なのに肉が焼ける匂いが充満している。
「御堂家は新在家とは違うはずだ。なのに何故変死が多い。遊羅でさえも植物人間になった過去がある。本来なら目が覚める可能性は低かったと言われていたのに彼女は1週間で目を覚ました。もしかして……」
嫌な考えが巡っていくとズキリとこめかみが傷んだ。これ以上は詮索してはいけない、そう言われているように感じた彼は、呼吸を整え珈琲を嗜む。
見なくてよい、知らなくてよい
感じなくてよい、考えなくてよい
海の傍で微笑みながらこちらを見ている存在は悲しそうに瞳で語る。舌を切り裂き海に教を投げながら、こちらに委ねている。
その存在を遠くの空から覗き見している光は、どっしりと存在を示しながら、目を瞑る。ポタリと涙が零れ落ちるとシトシトと露が産まれる。
同じ事を繰り返すのか、それとも──
絹がふわりとカイトの視界を霞むと、そこには遊羅がいた。驚いたカイトは引き寄せられるように現実に戻ると、額の汗を拭った。
「顔色悪いですね、大丈夫ですか?」
大人は嘘をつく。何も知らない子供の輝きを守るように。
「片付けして疲れただけだよ。遊羅は休憩かい?」
「閉店の時間なのでカイトさん来なかったから片してきましたよ。それを伝えに来ただけです」
遊羅の言葉を聞いて、そんな長い時間篭っていたのかと驚いた。まるでタイムスリップしたような感覚の中で流れていた時間はゆっくりに感じていたから、余計に。
「遊羅、ありがとう。自分の部屋に戻って着替えるといいよ。ご飯の用意が出来たら呼ぶから……」
違和感を感じている彼女は時間が止まったように固まっている。そんな姿にクビを傾げたカイトはそっと遊羅へ手を伸ばした。
「なーにやってんだよ、腹減ったから飯」
全てをぶち壊すように比企がひょっこり現れると漂っていた違和感はスっと隠れ、いつもの日常へと戻っていった。