喫茶店
高校に行くはずだった。周りに流されてばかりの僕は自分の意思で何かを決める事なんてなかった。いや、出来なかったが正しいのかもしれない。15の春、叔父さんが経営している喫茶店にアルバイトから始めた。
「遊羅、よく来たね」
今年36になった叔父は複数の事業を展開している。その中でも趣味に近い事業の1つとしてこの居場所を作り出した。
「ども」
軽く頭を下げると無愛想な言葉が突く、そんな僕を楽しそうに観察しながら、腕組みをしている姿が印象的だった。渡された制服を抱きしめると不安が少し薄れていくのが分かる。奥に入ろうとすると、僕を呼び止めた。
「遊羅、珈琲は飲める?」
「一応、飲めますよ。ブラックは無理ですが」
「子供だなぁ」
ケラケラと笑う叔父はゲームをしている感覚でドリップしていく。お客の前では丁寧な接客が売りらしいけど、そうは感じないのが本音。
「遊羅、覚えていくといい。最初はさ慣れるまで大変かもしれないけど自分の持てる努力能力を120%出していきなさい。それに慣れたら60%に抑えるんだ」
簡単に言うが、その出し方さえも分からない僕にどうしろと言うんだ、こいつは。
叔父の感覚はよく分からない。アルバイトの経験なんて初めてなのに、言葉で説明されても……
考え出したら止まらない。現実世界から意識が離れていく妙な感覚が包み込んで、離さない。まるで走馬灯のように流れる映像達に飲み込まれそうになってしまう。
「考え出したら止まらない。兄さんとそっくりだな」
叔父の言葉が僕の作られていた脳内映像を瓦礫のように壊していく。父でさえもそれを止める事が出来なかったのに、驚いた僕は目を見開いた。
「お前は考える引き金さえ引けば物事を映像化して計算するんだろう? 昔、兄さんから聞いていたが、分かりやすいな。俺の言葉で止まるのなら、俺はお前にとって同士なのかもしれないな」
「……同士?」
「ああ、時期に分かる。今はまだその感覚を大事にしなさい。それは兄さんからプレゼントされた見えない遺産だ」
親戚から変わり者と言われている叔父に対して、気を張っている部分があった。だけど叔父の創り出す言葉達は自我を各々持って、動いている。
聞きたい事は沢山あるはずなのに、上手く言葉に出来ない。僕が何を言ってもこの人の尻尾は掴めない、そう感じたからかもしれない。
カタンとコーヒーカップを置くと、とぽとぽと美しい音色を奏でながら注がれていく。まるで空っぽだった心を癒すようにゆっくりと浸透していく。
「お前は俺が育てる。さて、難しい話は置いといて、今は珈琲を楽しんで」
叔父の柔らかな微笑みが珈琲をより美しくしていく──