七大貴族
「さて、そろそろ王宮の前に戻りましょうか。もうそろそろ、会議が終わる時間だと思うわ」
酸っぱくて、それでも仄かに甘さが残るフローラの一押しのレモンアイスを堪能した後、フローラは小さなピンク色のバッグに入っている金色の時計のペンダントを開いて確認しながら言った。
甘いものは偉大だと、いつもユメは思う。
気分転換にはもってこい。
ダークリット遭遇時に聞いた声が頭からしばらく離れず晴れなかった気分も、いくらかマシになった。
「賭けてもいいわ。ラクスはきっと機嫌が悪いわよ」
店の外にでて日差しの中を歩き出しながら、フローラが言った。
「そうなの?」
さほど驚くでもなく、ユメは聞き返す。
「ええ。いつも、会議の後はね。王宮が本当に嫌いなの」
「でも第二王子ということは、王宮が本当のラクスのお家なんじゃないの? 国王様がお父様ってことでしょ?」
「そうね……。ラクスは、正直なところ、あまり、家族と今はいろいろあって関係がうまくいってないの……。とはいっても、本当の家族だし、私は一時的なものだとみているわ」
「お兄様とお母様も王宮に住まわれているの?」
ラクスは第二王子、とういのも第一王子は実のお兄様とレニタスから聞いた。
目の前を白と金で艶やかに飾られた馬車が通る。
ある人は忙しそうに、またある人は穏やかな降り注ぐ太陽の光を堪能しながら、王宮前の大通りを行きかう。
「第一王子であられラクスのお兄様、ウーヌム様はもちろん王宮に住まわれているわ。でも王妃であられたオルビス様は……」
フローラの表情がふいに陰る。
「ラクスが幼い頃に、亡くなられたの……」
フローラはそれ以上何も言わなかったし、ユメも何も追求しなかった。
ただ王宮の立派な門の左右に立つ、微動だにしない番人を見つめながらぼんやりと考える。
もともと親がいないユメにとっては、親を失う悲しさを想像することができない。
いや、親だけじゃなく、大切な人を亡くす悲しさ。
それも分からない。
「大切な人は?」と聞かれても、今は答えに窮するだけだ。
だから、なおさら不思議なのだ。
数時間前よりも、はっきりと暑くなった気温。
額にじんわりと汗がにじみでるのを感じる。
ユメはゆっくりと息をはいた。
ダークリットに会った時、感じた底知れない悲しみ。涙。
ユメは映画や本で泣いたことなど、一度もない。
感情移入しにくい性質らしい。
なのに、なぜあの時はあんなに涙がこぼれおちたのだろう?
自分にそれほど悲しむ感情があったということに驚きを感じるくらいだ。
あの時は、まるであの精霊の残滓だという謎の物体から、感情をうつされたようだった。
「あ!」
小さく叫ぶフローラの声は、門の上にとりつけられている3つの鐘の音によってかき消された。
「脇に寄りましょう」
フローラが誘導するように、ユメの腕を掴む。
「何?」
「頭首様方のお通りの合図よ。頭を下げて、失礼のないようにね」
七大貴族である、月、火、水、木、石、土、日の頭首達。
それぞれの族に属する精霊達を統率していくと同時に守護する役目を担う。
その力は、オリゴと関連して絶大である。
「いい機会だわ。ユメ、失礼にならない程度にこっそりどなたかを教えるわね。みんな素敵で、すごい人達なの」
フローラは間近で頭首達を垣間見れることに、やや興奮しているようだった。
一方、ユメはお偉い様方と聞いて、図らずも身を硬くする。
偉い人と聞けば、どうしても気難しくて怖い人というイメージが離れない。
特に自分は人間界から迷い込んだ身。
ラクスはともかく、もしこのことが彼等に伝わったら、やはりよくないことが起こるのではないだろうか。
「あ、ほら、いらっしゃったわ!」
門が番人によってゆっくりと開けられ、先頭には緑の髪の長い女性が先頭で歩いていた。
「一番前にいらっしゃるのは、木の精霊の頭首、アルボア様。私達、花の精霊も率いてくださってるお方よ」
「どういうこと?」
「花の精霊は木の精霊に下に属する下部精霊ってこと。つまり、アルボア様は木の精霊だけでなく、森の精霊、花の精霊、桜の精霊といったように多くの精霊を率いていらっしゃるの。この場合、桜の精霊は森の精霊、さらに私達、花の精霊にも属する精霊。つまり階層になっていて、オリゴが大きければ大きいほど階層が上になる。頭首様方は、そのオリゴが広範囲に存在するため、そのお力も絶大。貴族たる所以がここにあるのよ。ほら、お顔がよく見える? アルボア様はすごく美人で、さらに物静かでクールなお方なの」
フローラはうっとりとした声で言った。心から尊敬しているらしいことが見て取れる。
ユメは目をぐっと凝らした。
確かに美人だ。
エメラルドグリーンの長いストレートの髪と赤茶色の瞳。
長身ですらっとした身長が、スタイルのよさを引き立てている。
どこかつんとした冷たさを感じさせるのは、物静かな性格であるためだろうか。
ふとアルボアの背後に目が吸い寄せられる。
見事なまでの金髪。肩ほどまでしかないその髪は、大きくウェーブがかかっている。
なんといってもひときわ目立つのは、髪飾りに、ネックレスに、指輪に、どれも金細工が施され大きな宝石が埋め込まれたものだ。
「あの人は……?」
「えっと」
そこでフローラは声を一段と潜めた。
「アウルム様。石の精霊の頭首。本当かどうか分からないけど、アルボア様とは仲が悪いっていう噂。あ、そしてアウルム様の後ろの方も見える? 体格のよくて茶色の髭が生えてらっしゃる、背広のお方。土の精霊の、ルチア様。その隣にいらっしゃる赤毛を束ねてる若い男の方が、日の精霊ソラ様。えっと、それでね…」
フローラがさらに後ろにいる頭首をみようと、体を左右に動かす。
「えっと、言うまでもなく分かると思うけど、ルチア様の後ろにいらっしゃる水色の髪、水色のドレスの女性が水の精霊マレ様。そして、さらに後ろが、えっと…げっ」
フローラが突然身を硬くする。
「どうしたの?」
「ラクスだわ。そして、その隣が火の精霊、イグニフェル様。あの二人も折り合いが悪いのだけど、どうして一緒に歩いてるのかしら。何かを話してるようだけど。ラクス、絶対機嫌悪いわ」
そう話していると、一番先頭にいたアルボアが正門に足をくぐらせ、ユメ達に目をとめた。
「あら花の精霊の長老のお孫さん、フローラさんですね? ご機嫌いかが?」