精霊達の国
「馬子にも衣装ってわけにはいかないか……」
ユメは等身大の鏡の前でため息をついた。
肩の下まで長さの黒いストレートの髪。こげ茶色の瞳。
そして今ユメが来ているのは白いレースでところどころ装飾が施されている薄ピンクのワンピース。
明るいオーラをまとっている容姿のフローラとは、正反対だなとユメは思った。
フローラとユメが初めて出会った日以来、フローラは頻繁に洋館を訪れては何かとユメの世話を焼いてくれる。
「男しかいない館ではいろいろと大変でしょう?」
初めて友達とよべる存在ができたことさまざまな気づかいをフローラがしてくれることは嬉しいのだが、フローラが持ってきてくれたこのフリルつき洋服シリーズだけは喜ぶことができなかった。
「やっぱ私にこんな女の子っぽい服似合うわけないよな」
ユメは一人苦笑を洩らす。
フローラが来るまでラクスが貸してくれていた男もののシャツとかのほうが、サイズは多少大きいが、ユメにはそっちの方がずっと似合っている気がした。
「ユメさん、朝食の準備ができました」
「今すぐに行くわ!」
レニタスの呼び掛けに答えた後、もう一度ユメは鏡を覗き込みため息をついた。
フローラの好意を絶対に無駄にするわけにはいかない。
「まぁ、いいっか。他に着るものもないし」
そう独り言をつぶやくと、ユメは自室を後にした。
「精霊の国の王宮?」
ユメは驚いてフォークを握った手を止めた。
「ええ、そうです。ユメさんにはまだ話していませんでしたね」
レニタスは相変わらず物腰が柔らかだ。
「王様がこの世界にはいるの」
「ええ」
ちらりとレニタスの横にいるラクスに目をやると、気のせいかもしれないが少し暗い表情をしているように見えた。
「どうしてレニタスさんとラクスが王宮に行かなければならないの?」
「それはですね……」
そこで一瞬レニタスは困ったような顔をしたが、その時隣でカチャリとフォークをおく音がした。
「いいよ、レニタス。僕が話す」
心なしか、ラクスの声はどこか不機嫌なように感じる。
「それでは、私はお茶のお代わりをいれておきますね。私はいないほうがいいでしょうからね……」
柔らかく微笑んだままレニタスはラクスに向かってそう言ったが、その意味ありげな視線をユメは見逃さなかった。
レニタスが席をたった後、しばらく沈黙が流れたが、やがてラクスが口を開いた。
エメラルドグリーンの瞳に影がさす。
「あんまり言いたくなかったんだけどね、ユメ」
「何?」
「……僕も王族の者なんだ」
「は?」
「第二王子なんだ、この国の。今の現国王は僕の祖父にあたる人だ」
「……そうだったんだ」
他に言うべき言葉が思いつかなかった。
確かにラクスが王家のものだったということには驚いたが、精霊の国の存在自体が驚きだったユメにとっては、それは今さらという感じである。
ラクスは少しユメから視線をそらし、気のせいなんかじゃなく、確実に暗い表情をしている。
王族というからにはこの世界の中では特殊な存在なんだろう。
そういう存在にはいろいろと複雑な事情があるとみて、間違いってことにはきっとならない。
「それが、嫌なんだね」
ふと口をついて出た言葉。
はっきりと指摘した言葉にラクスは少し驚いた表情をしたが、それ以上にユメは自分自身で驚いた。
一拍間をおいて、ラクスはふっと笑みを漏らした。
「意外とユメってはっきりと物事を言うんだなぁ。はははっ、レニタスでさえもあまり指摘しないことを」
ユメは慌てて謝った。
「気を悪くしたら、ごめんね。つい言ってしまったというか……」
「いや、いいんだよ。そっちのほうが話しやすいし。レニタスもそこに突っ立ってないで入ってきなよ」
ラクスがユメの背後にあるダイニングのドアに呼び掛ける。
カチャリと背後で音がし、部屋の中に柔らかな風が通り抜ける。
「ラクス様には敵いませんね。光のあるところ全てを源にしてしまう王家。さすがです」
盗み聞きしたことがばれても少しも動じない。
おそらくレニタスも只者ではないのだろう、とユメは思った。
まぁ、王家の者に仕えているのだから当然か。
「ユメ、話してあげるよ。この世界のこと」
「この世界?」
ラクスが頷く。
「いつかはもとの世界に戻るとしても、今はユメはこの世界にいるんだから」
「……うん」
「一緒に王都に行くのもありだと思うしね。何か手掛かりが掴めるかもしれないし」
その声にはどこか自信ありげな響きがあった。
「もしかして私に関する謎が?」
「いや、まだだ。けれど、ひとつの推測を打ち出すことはできた。けれど、あまり期待しないでほしい。このことは後で詳しく話すよ。とりあえず今はこの国ついて」
ユメはゆっくりと手を膝においた。
「うん」
精霊達がすむ国。
人間の世界の隣に位置しながら、空間的には隣にはない別次元の世界。
通常精霊も人間も行き来することはできない。
精霊の世界を治めている王家は光の精霊達。
源である光が世界には溢れているのだから、その力は他の精霊達より強くなる。
その下に七大貴族が存在する。
月の精霊、火の精霊、水の精霊、木の精霊、石の精霊、土の精霊、日の精霊。
この中でも月の精霊、日の精霊、水の精霊はその勢力を世に知らしめていた。
精霊達の力はオリゴといわれる源が世にどれだけあるかに大きく関わる。
例えば水の精霊のオリゴは全ての水だが、湖の精霊は湖のみがオリゴであり、特定の湖だけをオリゴとする精霊もまた存在している。
王家の光の精霊の力は強大であるが、それと同じくらい闇の精霊の力もまた強く、かつては光の精霊と共にこの国を治めていたが、さまざまな諍い、陰謀、権力争いにより1000年以上前に王都から追放された。
興味本位で耳を傾けた精霊の国の物語。
この時はまだ自分がこの物語に深くかかわっていくなんて、ユメは全く予想だにしていなかった。