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回りだした歯車


 王位継承者選考についての国王の説明は、以前ラクスが王宮図書館で目を通した本に書いてあった内容とほとんど変わらなかった。あくまでも伝統的な選考方法を数代ぶりに復活させるらしい。


 

 王位。国王の低い、途切れることのない説明を聞きながらラクスは目を閉じた。今まで、まともに考えたことがなかった。興味がなかったのだ。異母兄のウーヌムの母、イルミネ貴妃がどうしてそこまで王座に執着するのかラクスには理解できない。


 王位がその地位から、富や名声を弄び楽しく愉快な人生を保証してくれるとでも思っているのだろうか。現国王を見ていれば、現実はそうではないことが一目瞭然だろうに。特に最近、体調も芳しくなく解決の兆しを全くみせないダークリット問題に多大な心労を抱えている国王を、宰相、側近らが気を揉んでいるのは知っている。つまるところ、国王はもう若くない。


 ましてや、ウーヌム張本人。先程から顔色一つ変えないが、内心では何を思っているのだろう。


 そこで、ふと一つの疑問が浮かび上がる。ラクスは微かに眉根をよせた。



 最後にまともにウーヌムと言葉を交わしたのはいつだろう?



 王宮内にウーヌムとラクスが仲が悪いという噂が流れているのは知っている。噂どころかもはや周知の事実のように飛び交っているそれは、真なのか偽なのかラクス自身も分からない。


 けんかをすること、意見が対立することが仲が悪いというのならば、数えられるほどにしか言葉を交わしたことのないウーヌムとラクスは仲が悪いのではなく、仲が良いということになるのだろうか?



 もちろん、答えは否だろう。窓の外、すぐ傍でカシの木の枝がゆらゆらと風に揺れている。


 大きなカシの木の下で柔らかに浴びる、木漏れ日。まだ少年にすぎなかったウーヌムと同じく幼かったラクス。まだオルビス王妃が生きていた頃。木の下で静かに本を読んでいたウーヌムにラクスはおずおずと近づいた。ウーヌムがラクスに気づき、そしてそっと微笑む。


 風が吹いて、さわさわと枝が揺れて、ウーヌムが口を開く。ラクスはその言葉ににっこりして頷いた。



 あれは現実だったのかそれとも夢だったのか分からない。現実だったとしても、15年以上の前のこと。あの時ウーヌムが何を言って、ラクスが何に頷いたのか思い出せない。ただ風に枝が揺れ、木漏れ日も揺れ、その下でウーヌムが優しく微笑んでいたことだけ、それだけが頭の片隅に残っている。




「とりあえず概要はこれくらいで、詳細はおって知らせる」


 そこでようやく、国王はゆっくりと息をついた。同時に貴族達の顔を順に見回す。



「この国のためにも、お前達の協力を願う」


 頭首達は、極めて珍しいことではあるが、その国王の言葉に誰もが真剣な面持ちでそれぞれ頷く。ラクスも国王、自分の父親の決意の固さはその声調、表情から十分感じられた。ただそこに、自分がどうやってこれから関わっていくのか、正直想像ができない。



 ダークリットの謎の出現により穏やかでないこの治世に、新たに所謂(いわゆる権力争いなるものが開始されるのだろうか?



 会議の最後に、国王はラクスとウーヌムに顔を向けた。



「お前達は二人まで仲間として試練に連れ立つことができる。ただし制限がある。七大頭首、王宮に仕えるものは原則として選ぶことはできない。ここでもお前達の他人を見抜きよりよい人材を見方につける能力が試されるから、慎重に行うように」


 ということは、表向きは王宮に仕えているレニタスも駄目ということか。自分が仲間候補から外された事にひどく落胆して不満顔をこちらに向けるイグニフェルの視線を受け流しながら、ラクスは小さく舌打ちをした。



 これはまた、のっけからやっかいだな。



「お前達の健闘を祈っている」


 それを締めの言葉として、国王は口を閉じた。そして会議を閉じることを告げ即座に立ち上がると同時に、最後に未だテーブルに突っ伏したまま啜り泣きを続けているイルミネに一瞥を与える。それは不満顔でもまた不快感を表すものでもなく、哀れむ顔だ。


 既に長年国王に連れ添っていたオルビス王妃に子がなかなかできず、国の安定にも国王が望まずも側室、貴妃として王宮にあげられたイルミネはもともとは悪い人柄ではない。ただ、彼女は幼すぎたのだ。オルビス王妃一筋であった国王の関心もほとんど向けられることなく、家族とは別離になり、王宮の厳しい仕来りに縛られ、自由さえも失う。


 日の精霊の頭首の娘として、蝶よ花よと育てられてきた彼女にとって王宮の孤独な生活はつらいものであり、感情を抑えられず癇癪をおこしてしまうことも珍しいことではなかった。やがてウーヌムを身ごもり、出産し、彼女は満たされない自分の心を息子に惜しみない愛情を降り注ぐことによって満たそうとする。


 彼女は、息子ウーヌムが立派な成人になった今でも、少女のままだった。哀れなことに、オルビス王妃を失い、もう若くはない齢になった国王は彼女を気にかけるほどの余裕がなかなかない。それゆえ、国王は彼女をあのように見るのだ。哀れむと同時に、どこか自分自身も喉元を押さえられているかのように苦しそうな顔だ。



 国王が部屋を後にし、宰相ボレアースがそれに続いた後、王座とは反対側の席の傍にある扉が開いた。その瞬間、イルミネ貴妃付の召使い二人が慌てふためいた様子で、急いで貴妃にかけよりなだめ始める。


 それを合図に、頭首達は席を立ちそろそろと帰り支度を始めた。その中でラクスとウーヌムはまだ椅子に座り込んだまま、身動きせずにいた。ラクスはさしあたって自分がするべきこと、まずはこれからのことをもう一度再考する必要があるのは明らかだが、今日この次の瞬間に取るべき行動を思案していたのだ。だが同様に席を未だ立とうとしない隣に座るウーヌムが気になり、ちらりとその顔を見やる。



 彼は召使に囲まれた母親を気にすることもなく、ただ窓の外をぼんやりと眺めていた。カシの木の向こうに見える空は、桃色に染まり、黒い鳥が二羽連れ立って飛んでいるのが見える。



「ラクス」


 ラクスが席から立ち上がろうと腰を浮かせかけた時、ウーヌムが呟いた。依然として彼は体ごと窓の外の夕焼けに向けられている。ラクスは何も答えなかったが、次の言葉を身を固くして待った。



「いい機会だ……。これからの勝負、容赦するつもりはない。お前もそのつもりで」


 ウーヌムはそれっきり口を閉じた。


 ラクスは何か言葉を返そうし口を開きかけたが、言葉が見つからずそのまま無言で立ち上がった。ウーヌムももはや何も言わない。


 今までずっと目を逸らし続けた確執。ただ何事もなく、ウーヌムが王位を継承すればよいとずっと思っていた。小さい息を吐く。



 召使いの必死の宥めにより落ち着きを少しずつ取り戻してきたイルミネを最後ちらりと見やり、ラクスはゼフィロスの間を後にした。







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